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CHAIN GAME  作者: 錦木
10/12

第五話 小火騒ぎ-3

〈智雪〉


「よっし。ここまで来ればいったんは安全だろ」


 青児せいじさんはカーテンを閉めた。

 ビジネスホテルの一室。シングルのベッドと、備品がいくつかあるくらいの素っ気ない部屋。


「ここに泊まっているんですか?」


 じっと青児さんは俺を見つめる。出すぎた質問だったか、と少し反省した。

 視線をはずして青児さんは言う。


「この街にはちょっと野暮用でな。しばらく泊まることにしたんだ」


 そう言ってベッドの脇に置いてあったリュックサックを探ると財布とバイクの鍵を取り出した。


「俺はちょっと昼と夕飯の買い出しに行ってくる。お前はここにいていいぜ。しばらく家には戻れねえだろ」


 そう言って笑う青児さんの言葉がありがたかった。


「ありがとうございます」

「しばらくしたらお前の家の様子を見てきてやるよ。黒服の連中がいない間に着替えとか最小限の貴重品とかを持ち出したほうがいい。……行く当てはあるのか?」


 気をつかってくれているのだろう。

 普段の睨むような目を緩めてそう言ってくれる。


「行く当ては、特にないです。俺は親も祖父母もいないですし。叔父は海を渡った遠くに暮らしています。……たまに家に泊めてもらっていた親友も同じアパートの同じ階ですし」

「つまり、今のところどうにもならないと」


 青児さんは冷静な顔で言う。


「お前、歳は?」

「十七です」

「まだガキだな。しばらくなら俺のところにいるか?」


 簡単に言う青児さんに目を丸くする。


「いいんですか?」

「いいも何も。それしか手立てがないなら仕方ねえだろ、乗りかかった船だ。まあこっちもほとんどバイクで旅暮らしなんだけどよ」


 青児さんはバイクの鍵を示してみせた。


「まあ、考えておくんだな。これから先どうするか」 


 そう言って、青児さんは出て行った。

 俺はしばらく肘をついて考える。

 その沈黙を破るように突然着信音が鳴った。


「な、なんだ……?」


 携帯の表示は非通知だった。

 出たほうがいいのか?、これは。

 状況が状況だけに緊張してしまう。 

 だけど、俺は反射的に着信ボタンを押した。


「もしもし……」

朝丘あさおかか?!』


 突然耳元で大きな声がしたので慌てて携帯を離す。


『まだおっ死んでなかったんだな。おい、聞いてんのか』

「き、聞いてます」


 この声は間違いない。あの雀蜂すずめばちという呼び名の男だ。


「なにか、用ですか」

『ようもへったくれも、お前がホテルに帰ったらいねえから渡鳥わたどりがうるさかったんだぜ。俺のカンリフユキトドキだとか言ってよ。まあそれはいい』


 大声でまくしたてた後、雀蜂は言った。


『もうホテルは引き払ったから戻ってくんな。あと、もちろんだが俺たちのことは口外するんじゃねえぞ。喋れば俺が直々に喉元かっ切りに行ってやるってとこなんだが、考えるのも面倒臭え』


 低い声で告げる。


『俺たちはこれから仕事をしに行くから。せいぜい邪魔すんなよ。じゃあな』


 ぶつん、と一方的に切られる。

 しばらく携帯電話の画面を見た後、はーと俺は息をついた。

 とりあえず悩みごとの一つだった雀蜂とのことには決着がついたみたいだ。

 決着がついたというか関心をなくされたというか。

 どちらにしろありがたい。


「おい、智雪ともゆき。起きてるか」


 その時、タイミングよくというべきか青児さんが帰ってきた。


「はい」 


 こんな状況で呑気に寝ていられるわけもない。


「よく考えたらお前の飯のことを考えてなかった。しばらくどうせここを動けないだろ。一緒にすぐそこのコンビニまで行くぞ」

「でも俺は顔バレして」

「大丈夫だ。とりあえずこれでもかぶってろ」


 そう言って青児さんは大きな帽子を俺の頭にかぶせた。


「よし、それなら顔隠れるだろう」


 おそらく青児さんの帽子だろう。

 雑だが目元のあたりまで隠れるので気づかれることはないのではないか、と思いたい。

 二人でホテルを出た。


「お前ここらへんには詳しいのか?」


 このあたりは街の中心部で、比較的人の多い場所だ。

 街で一番大きな駅も近くにある。


「はい。この街の学生なので」

「そうか。……ここからはあんまり話さないでいくぞ」


 青児さんが声を小さくした。俺も小さくうなずく。

 黒服の姿は依然として見えないが、人通りが多かった。 普通なら仕事や学校の時間でなのに出歩いている人も多いなと感じる。

 コンビニに入ろうとしたその時だった。

 青児さんがピタリと足を止めた。

 後ろについて歩いていた俺はその逞しい背中に追突してしまいそうになる。


「ど、どうしたんですか」


 まさかもうみつかったのか、と思ってしまう。


「……みつけた」


 どこか夢見るような惚けた口調で青児さんは言った。

 みつかった、じゃなくみつけた?

 俺は青児さんの視線の先を見る。

 駅にならんだビルの裏はいわゆる飲み屋街である。

 治安がいいとはいえない、雑多な雰囲気の場所、という印象だ。

 だが、汚泥の中に金が隠れているようにその中には隠れ家的というか、ありていに言うとお偉い人たちが密談を交わすようなお高い料亭もある。

 その中の一つに今まさに入っていこうとする人物が見えた。

 線の細い、中性的な佇まい。

 天から糸で吊り下げられたような姿勢のよさがその人物を大きく見せていた。

 あれは。

 木崎きさき、という名前だったと思う。

 次の県議員選挙の有力候補だ。

 候補にしてはとても若い。

 大学卒業、社会に出たばかりの人たちとそう変わらない年齢に見える。

 顔立ちが整っていて、街に貼られているポスターや新聞やテレビの広告で見栄えがしていた。

 遠目だが、男の俺が実際に見てもどこか人間離れしたような美しい顔立ちだった。


「……あいつ」


 青児さんがなにか呟いたが聞こえなかった。

 通りを歩いていた鳩が一斉に飛び立つ。

 飛び立った先には曇天が広がっている。どこか不安を映したような。

 今にも雨が降りそうだと思った。

 風が強く吹き始める。

 嵐の予感がした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで読みました! チュンがとてもいいキャラで、きな臭すぎる世界を中和しつつ情報を出してくれるので渡鳥との掛け合いを楽しんでいるうちにどんどん読めました 一つの発火からどこまで膨らむので…
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