・第六話 ー懐柔ー
第六話
「懐柔」
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物資を持ち帰った俺は、一度グループから離れて、屋上へと舞い戻っていた。
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●真田学園●
●屋上●
「これはどういうことだ…?」
俺はこめかみを抑えつつ、隣に立つ天音に問いかける。
「いや、流石に屋上を九郎だけのにはできないよ。避難民も続々と来てるし、スペースが足りないよ」
「それはそうなんだが…」
俺の目の前には様々な荷物が、ブルーシートをかけられた状態で、山のように置かれていた。その周囲には武装した生徒が数名警戒にあたっていた。
「はぁ…少し寝る」
「夕食前には起こすね」
「いらん。アラームで十分だ」
俺は定位置に寝っ転がり、頭を魔狼に預ける。その瞬間であった。
「ん?これは…ヘリコプター?」
俺は頭を上げる。そこには自衛隊所属と思われる軍用ヘリが飛んでいた。
「自衛隊…?自衛隊だ‼︎自衛隊は無事なんだ‼︎」
「助けが来るぞ‼︎」
学園の中で歓声が上がる。しかし、それを無視するかのように、軍用ヘリが飛び去る。
「…チッ、クソが。自衛隊も余裕はないようだな」
軍用ヘリには俺達に構う余裕がなかったのだろう。まあ、軍用ヘリ1機で何とかしようという方が無茶なのだが。
「九郎…」
「今は生き残ることを考えよう。自衛隊が健在ということは、政府機関が生きている可能性が高いしな」
俺は再び睡眠に戻った。
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●とある母親side●
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世界は終末を迎えた。それは突如として何の脈絡もなく、引き起こされた。
ついこの間まで、旦那と終末思想の新興宗教を笑っていた自分を、全力で殴り飛ばしたいくらいだ。
私の愛した、そして愛された元自衛官の旦那は死んだ。巨大なモンスターに殺された。
私も死の淵に瀕した。ゴブリンとかいう小鬼どものせいだ。
その時、強く思ったのだ。何よりも強く。
ーーーどんな手を使っても、娘だけは守らねばっと。
幸運にも私は生き残った。私に回復魔法をかけたと言っていた女子高生の話によると、娘と私を助けた少年は中々の強さのようだ。
この終末において、最も大切なことは何か?何があれば無事に生き残れるか?
ーーー武力だ。単純な武力がモノを言う。
他を圧倒する武力。終末前は忌避されていたそれ。それこそがこの世界で最も必要とされている。
しかし、私にはその武力はない。終末前までは荒事に自信があったが、明らかに私達親子を助けてくれた少年の方が格上だ。英雄やら剣聖やらそういったレベルだろう。終末を生き残るだけの武力はある。
だが、その武力を持った少年は孤立しているようだ。人との接触を避けている様子さえある。
ーーーならば、付け入る隙はそこだ。武力で崩せないなら、精神的に崩すしかない。
ーーー依存させろ。私に、そして娘に。
膝を枕に、泣き疲れて眠る娘に誓う。
ーーー元アメリカ合衆国中央情報局のエージェントとしての全てをもって。
ーーー貴方だけは絶対に生かしてみせる。
ーーー世界が地獄になろうとも。
ーーー貴方だけは…。
ーーーたとえ、私が外道に堕ちようとも。
私は意識を切り替える。母親としてではなく、エージェント…いや、スパイとしての意識に。
相手は驚異的武力を持つ相手。だがまだ幼いただの高校生。いかに鍛えようとも、私のような専門家を相手にするにはまだ弱い。
情か?色か?単純な利益か?それとも別の何かか?何でもいい。全てを利用しよう。私はそれをしてきたのだ。今更躊躇うことはない。
ーーーそんな覚悟をした私を出迎えたのは、十を超える狼達であった。
ーーー警戒心むき出しの、どんな狼よりも驚異的な魔狼達。
周囲にいた学生に聞くと、これこそが彼の最大の異能。魔狼と呼ばれる、狼系のモンスターを召喚し使役する。まるでゲームでいうところのサモナー。
武力どころか戦力までいた。懐に潜り込めれば、それは間違いなく朗報だ。
ーーー私は少年…九郎君に礼を告げた。
ーーー意外にも寝起きの九郎君は、睡眠を邪魔されながらも、怒る事はしなかった。
ーーー娘の頭を撫でて、狼の背に乗せてくれとせがむ娘を、狼の背に乗せたりしてくれた。
ーーーさらに緊急時用にと、私と娘に魔狼を緊急召喚できる宝石を与えた。
あれ?意外とこの少年、実はちょろいのでは?
…いや、元々が善人なのだろう。
懐に入ることに成功した私は、思わず安堵の息を吐き出すしかなかった。
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○とある母親sideEND○
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助けた親子が立ち去り、俺は深い息を吐き出す。
「…あの女何者だ?」
俺とて剣術を使う身だ。ある程度の相手であれば、特殊な訓練を積んだ人間かどうかは、その動きを見れば分かる。
…あれは実戦経験者。最低でもマスタークラスなんて呼ばれる、武を収めた者の動きだ。
「あんなのが近所に住んでたのか…背筋が冷えたぞ。クソが」
寝たいところだが、もう目が覚めてしまっている。立ち上がり、屋上から地上を見下ろす。
校庭にはテントが立ち並び、避難所として運用が開始されていた。その中に俺の助けた親子も混ざっている。
「800人は超えてるな」
「いや、1000はいるぜ」
「ッ⁉︎」
俺が振り返ると、そこにいたのは豪華な鎧を着た男子生徒…いや、俺を嵌めた男。
「【伊賀街 夜叉】」
「おっと、今日は争いに来たわけじゃないぜ?武器から手を離せ。そんな場合じゃないだろ?」
「…チッ、クソが」
俺は剣から手を離す。確かに、いくらこいつだろうと、この状況では余裕もないはずだ。
「何の用だ?変な話だったら斬るぞ」
「怖い怖い…勿論、真面目な話だ」
笑みを浮かべていたヤツが、真剣な表情を浮かべる。
「穂坂…いや、九郎。俺と手を組め」
「…はぁ?」
俺は不快感に顔を歪める。何を言ってるんだこいつ?ぶち殺されたいのか?
「確かに俺とお前は…というか、俺がほぼ一方的に嵌めただけだが…敵対関係だ」
ヤツが地上を見下ろす。
「だが、それは状況が正常であればの話だ。
ーーー世界は終末を迎えた。状況は情勢は大きく変わった。否応なくな。
状況を見極めた結果、俺はお前と手を組むべきと思うに至った」
「…それで?」
俺は続きを促す。
「異世界で、俺もお前も死んだ側の人間だ。俺もお前も記憶はない」
「…ああ、そうだ」
俺は頷く。
「お前は…。
ーーー自分が知らない自分を知る連中を、信用できるのか?信頼を置けるのか?」
「…どういうことだ?」
俺は眉間に皺を寄せながら、ヤツに問う。こいつは何を言ってるんだ?
「人ってのは環境によって全て変わって行く生き物だ。環境、時代、周囲の人間、肉親…自分を構築するものは、俺たちが思うよりも多い」
俺は無言で話を聞く。
「自分の知らない経過を辿った自分を知る他人。自分の知らない自分を己に重ねる他人。
ーーー恐ろしくはないか?その未知が」
「ふむ…」
ようは、何をしたか知らない自分を知る他人がいるのが怖い…ということだろうか?
「それに対して、お前のことは嵌める関係で色々と調べ、大体把握してる。
ーーー帰還者は信用できない」
「ふむ」
確かに、天音含めた奴らに知ってる顔をされるのは癪に触る。
「死亡者の中で、最も理解していて、最も能力のあるのはお前だ九郎。手を組むならお前だ」
「お前はそれでいいだろうが、俺の気持ちをどうする気だ?そんじょそこらの謝罪じゃあ済まされんぞ?」
俺は怒気を放ちながら告げる。
「今まで済まなかったじゃあ済まないのは分かってる。勿論、落とし前はつけさせてもらう」
ヤツはそう言うなり、己の剣を抜き…。
ーーー己の左手首を切り落とした。
「ぐぅううぬ」
ヤツ…夜叉が噛み殺した悲鳴をあげ、冷や汗を流す。いや、それよりも出血で屋上が染まっていく。
「ふぅ…はぁ…俺がお前の下につく。お前が兄貴分でいい。どう、だ?」
「…チッ、クソが」
俺は悪態をついた後に、夜叉に告げる。
「状況も状況だし、一応とはいえけじめも見せてもらった。裏切りは死を意味すると思え」
「今後ともよろしく…とでも言っておこうか?」
俺は夜叉の手首を拾う。
「先に縛って血を止めてたか。これはいらんからくっつけてもらえ」
「悪いな」
俺の投げた手首を、夜叉が受け取り、そのままその場を立ち去る。
「…はぁああ」
俺は深いため息を吐き出す。
「まさか、こうなるとはな…」
だが、下手に情やらで仲間になるよりは、利益重視の営利関係の方が落ち着くというものだ。
「せいぜい使い捨ててやるよ」
俺は笑みを浮かべた。それは久しぶりの笑みであった。
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エンド
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