アーサー
その日、カールレオン城の廊下ではグウェンフィヴァフがふわふわした扇子を手に、騎士達を引き連れ闊歩していた。
「いつまでもブリッコなんてやってられないわ」
廊下の向こうからは、同じように貴族の女が、騎士を連れて歩いてきた。
「あら、アーサー王の妻の座を下ろされたグウェンフィヴァフ様ではありませんの」
グウェンフィヴァフは『あ?』とでも言うかのように、相手の女を睨み付けた。
「あら。どなたでしたかしら?すみませんがわたくし、全く覚えがありませんの。では失礼しますわ」
「何ですって」
怒る女にグウェンフィヴァフはクスクス笑った。
「わたくし、貴方のようなつまらない人間に興味ありませんの。イケメンでもないですし。イケメンでしたら覚えてさしあげても良かったのですけれど」
そう言うと「失礼」と、その場を立ち去った。
後ろの方では、すっかり背が高くなりルビーのピアスをしたモルドレッドが、黒いマントを羽織って腕を組み、壁に背をもたれて溜め息を吐いた。
ランスロットが彼の肩をポンと叩き「お前、凄いのの相手してるな」と感心していた。
「あー。アホくさいわ。どいつもこいつも、すっかり私を大人しいオドオドした女だと思ってるんだもの。やってらんない」
パーシヴァルが「火を吹きそうな勢いだな」と言った。
「清純系アイドルって何で、楽屋で煙草吸うオチが付きまとうんだろうな」
「本当の自分とは違う、媚びた自分像が出回ることに耐えられなくなるんじゃないか。年齢制限あるしな」
言いたい放題の二人に、モルドレッドは何となく庇った。
「普段はあんなにぶち切れない」
「何か言ったかしら。オワイン?」
グウェンフィヴァフに真名で呼ばれて、モルドレッドは少し驚いて顔を上げた。
だが、少しだけ口許に笑いを浮かべて「何でもない」と返した。
オワイン・ペンドラゴン。
それが今のモルドレッドの名前だった。
常にライオン、レオと一緒だ。
アーサーとグウェンフィヴァルの間にはもう一人、黒髪の女の子が産まれていた。
モルドレッドの妹だ。
モルドレッドが訓練場に行き、エレインがやって来て、新しい服を作ったので着て欲しいと、ランスロットを連れて行った。
すれ違いにガウェインが廊下を歩いてきて、パーシヴァルに言った。
「ランスロットは真面目なんだよな。一途で女に騙されやすいところがある。それだけで、他の騎士らに比べれば、女関係はない方だ」
「エレインの妄想癖に押されたな」
円卓の騎士達は思い思いに過ごしていた。
キャメロットの警備にあたったり、街の酒場でクダを巻いたり、冒険の旅に出たり、婦人て出会って恋に落ちたり。
最近、キャメロット近くの山から温泉が見つかって、皆で温泉に行ったりした。
ドルイドと巫女達も、良くキャメロットに訪れた。
グウィオンは今は背が高く、おでこの開いた銀髪で、黄緑色の瞳で、時や召喚や氷や闇の魔法が使えるエリートだった。
だが、リュネットに良く猫耳カチューシャを付けさせられていた。ランスロットは二人のガラハッドとたまに一緒に冒険の旅に出た。
下の二人……黒髪の男の子と銀髪の女の子はまだ幼く、エレインや乳母が面倒を看ていた。
パーシヴァルの子、ローエングリンは二人と仲良しだ。
やがては、ランスロットの血筋からヴァリアントという騎士が現れ、彼がアーサー王の跡、ブリタニアをを継ぐことになる。
現在、領地はウェールズなどブリテンの西部やフランス北西部だ。だが、もう少し先の話だ。
湖の巫女ニムエは相変わらず、湖の底で親友のヴィヴィアンとお茶をして、様々なことを愚痴っていた。
最近、ヴァレリンは眼鏡を外し、旅に出ていた。
マーリンは「これはあなたが持っていなさい」と、エレインに聖杯を返した。
二人のガラハッドは冒険の扉から、ずっと東方…天空城からだと、少し西の方に…旅に出ることが多かった。日本や加羅や隋とか、そっちの方に冒険の旅に出ていた。
その頃の日本では、大和の国が中央集権化を図っていて、豪族達を臣、連、姓などの階層で秩序付け、氏姓制度が生まれ、飛鳥時代に入ろうとしていた。
朝鮮や、その西側には広大な、隋の土地が広がる。
ガラハッド、荒野を渡り、広大な砂漠が広がる地で絹商人の馬車に揺られていた。
男の方がスッと幽霊みたいに現れて、女の方に聞く。
「砂漠の国の王になるの」
「ううん。見物したら、キャメロットに帰るよ。えっと、君は結局…」
何だか、言葉に詰まって悩んだ。今は、男の方は少し前髪を開けていた。
「隠者ナシエンさんの元で世話になったな」
「うん」
「隠者ナシエンさんの父はエヴェラークと言う。ガリアにある国の王だ。ベンウィックと同盟関係で、砂漠の地と戦争中だった。エヴェラークは砂漠の地に領地を持っていて、僕はそれを継いで、砂漠の地の王になった。それだけだ。戦争や奴隷貿易は憂鬱だ。奴隷貿易は取り締まった。他の交易は、世界を繋げたと思う。でも、僕はもういい。聖遺物の探求や聖戦に僕は疲れた。……君、もう少し髪伸ばしたら」
本来、砂漠の地とキリスト教国の戦争……十字軍は五百年ぐらい後の話だ。
風が吹き、砂地に美しい波模様が出来ていた。
ブリテンに帰って来てから、女ガラハッドはスッキリしたのか、男装をやめて、ドレスを身に纏って戦わないようになった。だが、化粧は下手くそだった。
親指トムは最近、キノコの家に引っ越した。
マーリンはブリテンの荒れ狂う海に面した崖にある洞窟に入り、探していた宝の一つを手に入れ喜んでいた。
最近、彼はブリテンの十三の宝を探す旅に出ていて、ずいぶん集めた。
急がずにゆっくりと集めるつもりだ。手に入らずとも、欲をかいて躍起にならずに程々でいい。聖杯については何も考えていなかった。
多分ハートを描けばそこに聖杯の癒しは発生するのだ。スペードと強き者を示す剣や、ダイヤと豊かさを示す金貨や石、クローバーと知識を示す杖も、きっと同じだ。
アーサーやブリタニアのことは、もう、自分がいなくても大丈夫だという確信があった。 マーリンは、今も青年や少年や老人……様々な姿に自在に変身した。
これは最早、趣味みたいなもので、少女や大人の女や老婆にもなるし、馬や犬や猫や鳥や魚や竜や虫、様々な姿にもなる。透明にもなる。
髪の毛だって別に金髪が地毛なわけじゃない。本当は黒かった。
若い頃は青や緑や赤や、虹色にしたり、色んな色に染めた。
長くしたり沢山の三つ編みにしたり、爆発したような髪型にして鳥の巣にしたり。
昔のマーリンは、ガウェインに似ていた。彼を見るとマーリンは昔の自分を思い出す。
明るく気が強く色んな美女に惚れては失敗したが、グウェンドロエナやエメラインに出会えたのは良かった。
少年時代にアーサーの家庭教師として彼に授業をしていたとき、アーサーを様々な動物や虫に姿を変えたものだ。あの授業で、アーサーはとても大切な感性を身に付けた。
今も、マーリンにとってそれは大事なことなのだと思う。だから、マーリン自身もそうするのだ。女逹のアイドル、フクロウのピュタゴラス二世は、一世と同じように家族を作って、いにしえのオークの森に帰っていった。
巨大なオークの森に訪れれば、他の動物達や妖精達と共にマーリンを迎えてくれるだろう。
マーリンは、大きな樫の杖をつき、古ぼけたローブ姿で一人、旅を続けた。
時に竪琴を爪弾き、真面目な歌やヘンテコで意味不明な歌を歌って。そして、様々な人々と出会った。
アーサーの方も、マーリンは大切な師で親友で……でも、いつまでも頼ってはいけないと思っていた。マーリンは自由であるべきで、誰にも……自分にも縛ることなど出来ないのだと理解していた。
だから、アーサーの宰相は義兄のケイだ。
マーリンは長い旅に出てはキャメロットに帰ってきて、アーサー達に、旅先の不思議な話を聞かせた。マーリンの帰ってくる場所となっていたことが、アーサーには嬉しかった。
マーリンが、アーサーに言ってない秘密が一つだけあった。
それは、マーリンの妻、グウェン……グウェンドロエナは、アーサーの母、イグレインの母親だということだ。
言えばアーサーは吃驚して、喜ぶだろう。だが、マーリンはアーサーに言うつもりはなかった。理由はない。ただ、何となく言わないだけだ。
もしかしたらずっと、マーリン自身が、アーサーの対等な友達でいたいからかも知れない。
これからも、マーリンはこの秘密を誰にも言うつもりはなかった。
『グウェン』は、グウェンドロエナが持っていた、姿が透明化するマントの名前だ。
ブリテンの十三の宝の一つで、これが第三の宝ルクスの別の姿だ。
ルクスの力を持つこの透明マントは、父から子へと受け継がせるべきだとマーリンは言い、アーサーはモルドレッドに渡した。
そうして、アーサーやマーリンや円卓の騎士達や、婦人達や、彼らの住むキャメロットでは、ゆったりと緩やかで穏やかな時が流れた。
ある日、アーサーも転移魔法の護符をグウェンフィヴァルから貰い、公務はケイらに任せて……マーリンみたいに一人で、縁のある土地を巡ってみようと思った。
青いズボンに緑の上着の楽な姿だ。アーサーはマーリンのいない小屋で、テレビを見ていた。
テレビを見終わるとリモコンでテレビを消し、大きくのびをした。
今アーサーは、ゆったりした普段着だが剣は背ではなく腰に巻き付けている。
何となく、背中に剣を背負うのは少年時代の自分だという気がする。大きな樫の杖をついたマーリンが、傍にいたときの自分だ。
アーサーは転移魔法の護符を使った。まず、生まれ育ったカーライル城に行くことにした。
ウーゼルやイグレイン、モルガンだったグウェンフィヴァルと育った湖水地方のカーライル城、白亜の城が建つ湖畔は、清涼な空気に包まれ水鳥達が羽根を休めている。
あの頃、グウェンフィヴァルは小人に薬草を教わり、自分は泥団子を磨いていた。
続いて、アーサーは転移の護符を使って、荒れ森のカエール・ガイ城に訪れた。
森や麦畑に囲まれた小さな領地で、小川には水車が回っている。
何匹か檸檬色のピクシー達が笑いながら飛び去った。
この城でアーサーは、善良な騎士エクトールとその妻に育てられた。
義理の兄ケイと一緒に良く遊び、喧嘩をし、一緒のベッドで眠った。
農民に混じって畑を耕し、種を巻き、麦を刈り取って束にして干したりした。
ケイはガキ大将で、アーサーは泣くことが多かった。
だが、家庭教師としてマーリンが現れて、アーサーに様々なことを教えてくれた。
時に、ケイも一緒に冒険した。
ケイは冒険で手に入れた弓矢を、今も大切にしている。
続いて、ソールズベリー平原。ウーゼル王が主に使っていたカドバリー城。丘の上にこの城は立ち、すぐ近くにストーン・ヘッジがあり、ウーゼル王と前妻オルウェンが眠っている。
サクソン族の村が近く、現在サクソン族は七つの国に分かれ、互いにしのぎ合っている。
アーサーは護符で王都キャメロットに戻った。
森や山の中、外壁に囲まれた賑やかな街と美しい城が聳え、ドラゴンの旗が風にはためく。
教会の鐘の音が響き、鳩の群れが空へ羽ばたいた。
「ここが僕の居場所だ」
アーサー・ペンドラゴンはドラゴンの旗を見上げて笑った。柔らかな風がアーサーの金色の髪を揺らした。
数十年後の青空、美しいグラストンベリー教会。
マーリンは、アーサーとグウェンフィヴァルの墓に花を添えた。
墓は、土がこんもり盛り上がり、そこに、鞘に収められた聖剣エクスカリバーが突き刺され、十字を表していた。
「……アーサー。貴方は鞘を失わなかった。鞘は失われず、国も滅ばずにつつがなく続いた。何よりです」
マーリンは微笑むと、また、どこかへと消え去った。
海の狼サクソン族の村の片隅にある酒場で、青年姿のマーリン……マーリンは狩人を前に竪琴を爪弾き、詩を歌う。
カウンター上には肉や野菜、魚が並んでいる。
「これは、ずっと昔の……アヴァロンの向こう側の話なんです。グウェンフィヴァルは、アーサーの妻となり、二人、幸せに一生を過ごしました。こうして、アーサー王の国は、国土は減ったもののグウィネズとして、彼らが死んだ後も、長く続きました。今はちょっとまた、大変みたいですけれどね。グィネヴィアとは、グゥイネズという国そのものだったのかも知れませんね」
狩人は弓矢をテーブルに置き、手を叩いた。
「アーサー王の話は他にも聴いたな」
「僕もアーサーも沢山いる。その一つに過ぎないんです。昔々の物語ですよ」
そう言ってマーリン……マーリンはウインクし、また竪琴を弾いて歌い出した。
歌ケイが終えると、いつのまにかマーリンも子供もどこかに消えていた。
狩人はポツリと呟くけ。
「何だったんだ」
近くで酒場のマスターが言った。
「きっと、魔法使いマーリンと妖精ですよ」
傍のテーブルでは、人々が賑やかに酒を飲み交わしていた。
……人が賑やかに行き交うロンドン。
観光用のバスや、車が都市の最中を交差する中、眼鏡を掛けた少女がボブカットの真赤な栗色の髪を靡かせ、本を手に、ロンドンの街を歩いていた。
「荷物はアパートに送ったし。少し観光するぐらい、いいわよね」
通りの途中、小さなパブで、ギターを手にした青年が弾き語りをしている。
青年は、肩まで伸ばした金髪を後ろで纏めてピアスをしている。
客達が酒の入ったグラスを手に、賑やかに騒ぎ立てている。
店には看板娘か美しい女がいて、客達は声を上げていた。
青年は『レットイットビー』を歌っていた。
テーブルの上には、シェパードパイやフィッシュアンドチップス、ボイルした野菜、蜂蜜酒、ウィスキーやビールが並んでいる。
飼い猫を膝に乗せた幼い少女も、野菜を食べながら一緒に歌っていた。
すぐ近くには、フクロウが留まっていて、少女の方を見た。
何だか、少女は懐かしい気持ちに駆られた。青年が少女の視線に気づいて、ウインクする。
少女は、何となく視線を逸らして、パブを通り過ぎた。青年は気にも留めずに、ギターを奏でて陽気に歌っていた。青年は、声を立てる客達を見て、苦笑いして呟いた。
「いやあ。何だか、皆、数日前、僕が暫くいた村のパブの客達にそっくりだなあ」
青年は、何となく壁に掛けられた時計を見て、呟いた。
「ああ、そろそろテレビ局に行かなくちゃ。歌番組に出なくちゃならないから」
少女も、先程、パブで人々が歌っていた歌を口ずさみながら、ロンドンの街を歩いた。
やがて少女はロンドン塔に辿り着き、その歴史ある要塞を見上げた。
ロンドン塔の近くには、観光客が溢れ、ワタリガラスがそこら辺を歩き、羽ばたいていた。
アジア人らしき黒髪の少年が、銀髪の少女と通り過ぎる。アジア人らしき、黒髪の少年は紫色をしたマフラーを巻いていて、少女に「ランスロット様~」と呼ばれていた。
少女のすぐ傍、カラスが突然羽ばたいたので、少女は吃驚して、手にしていた本を落としてしまう。長い栗色の髪が風になびく。
少女が本を取ろうとすると、同じぐらいの歳の、眼鏡を掛けた、金髪の少年が本を拾い上げ、少女に手渡した。目は、綺麗な青色だった。
ニットのベストに、鞄を手にした学生姿だ。ポテトチップの袋を手にしている。口もとや指が、ポテトチップで汚れてしまっている。
「えーっと。はい。これ落としたよ」
少女は少し吃驚した顔をしたが、眼鏡を掛け直して「ありがとう」と、本を受け取った。
「……私、ちょっと夢を追い掛けて、イギリスに来たのよ」
「ふうん」
少年は、何も聞いてないんだけどなあ、といった顔で少し戸惑っていた。
少女も、聞かれてもいないのに自分は何を言ってるんだろう、と、一瞬思ったが、
ロンドン塔やワタリガラスを見つめながら言った。
「ワタリガラスはアーサー王が生まれ変わった姿、って本当かしら。チャールズ二世は、『ロンドン塔からカラスがいなくなるとイギリスが滅ぶ』って占い師に言われたらしいんだけど」
「ああ、有名な話だね。さあね。僕にはわからないけど」
少女と共に、少年はロンドン塔を見上げ、ワタリガラスが空に羽ばたいてゆくのを見つめた。
少年は、首に小さな十字架の首飾りを着けていた。
「あなたは?」
「僕は、アーサー。遂さっき、パブリックスクールを卒業して、歩いてたんだ」
少年が食べる?とポテチを差し出して来て、少女は食べた。
傍のベンチでは、青い服を着た女が腰かけ、お茶を飲み、本を読んでいた。
蝶々を象った髪飾りを付けている。
着信メロディが鳴り、携帯電話を開いた女はちょっと笑った。
メールには『ちょっと疲れたよ、ブリギッド。Fromマーリン』と書かれていた。
ちょうどブリギッドが書いたことに対する返事だった。
女はお茶を飲み、返事を返した。
その次の瞬間、人並みの中に女の姿は消え去っていた。
〈終わり〉
ここまで読んで下さった方どうもありがとうございました。
私が心血注いで描き上げたアーサークロニクルという小説です。
あとおまけも残しときます。




