海底都市、天空城、親指トム
「……マーリン様、これを」
ニムエはそう言うと、懐から何枚の古ぼけた羊皮紙を出した。
「ヴァレリンがこれを使うようにと。成長魔法を解く方法が記載されている本の、写本です。これがあれば、成長魔法を解くことが出来ます」
マーリンは写本を手に取り、じっと見つめた。
「ガニエダ様は青春をやり直すとおっしゃられてます。マーリン様も、そウーゼルれたらどうですか。青年姿はとても格好いいのですから」
マーリンは「ありがとうございます。でも僕は充分、青春を送りましたけどね。年齢も百越えたお爺さんですし」と言い、写本を読んだ。
早速、自分に掛かっている成長魔法を解き、二人のガラハッドを呼んでこの二人に掛けられている成長魔法も解いてやった。
マーリンは青年姿になり、アーサーが「やっぱり青年姿のマーリンは格好いいな」と言った。
「カールレオン城に戻ったら、グウェンフィヴァフとモルドレッドの成長魔法も解きましょう」
女のガラハッドはグウェンフィヴァルから藥を分けて貰って、男の方に塗ってやった。
リュネットは倒れた機械を漁り、何か目ぼしいものが無いか探した。
やがて、一行はフロアの階段を登り、最上階に出た。だが、誰もいなかった。
真っ暗な空間に、巨大な水晶が淡く光って浮かぶだけだ。
壁には目の絵柄が刻まれていた。
「……逃げたわね。転移呪文かしら」
銀髪に黄緑色の瞳の……最近は魔法で背の高いグウィオンが、水晶を見つめて呟いた。
「古代ギリシャの文字で、天空城への扉と掛かれています。恐らくは、この水晶で転移したんでしょう。水晶に触れれば僕達も転移出来るようです」
「追おう」
アーサーの言葉に、皆頷いた。
皆が触れると、水晶は目映く光を放ち、一行を別の部屋に飛ばした。
部屋は真っ暗で、巨大な水晶が宙に浮かんでいるが、先程のフロアより狭く小さかった。
「ここは天空城?」
不思議がるアーサーにマーリンが頷く。
「恐らくは天空城の一階にある転移室ですね。ドルイドや湖の巫女は、天空城も海底都市も一度は来たことがあります。授業でね。さあ、あちらのゲートから外に出ましょう」
一行はゲートを出て、外に出た。
強い風が吹き付ける。眼下には素晴らしく美しい光景が広がっていた。真っ青な空と、雲海だ。雲の切れ目からは、海と大地が見える。皆が立っているのは白亜の城の端っこで、城の裾には廃れた街が広がっていて、誰も住んでいる様子はなかった。街の街壁より外は無かった。
ただ、雲海が広がるだけだ。円形の空飛ぶ島だ。
「ここが天空城?」
「そう。ほら、あそこに銀河鉄道の駅があります。あそこからキャメロットにも帰れますよ」
マーリンが指差す先は、街門の外の端っこに少し突き出た小さな白い足場で、柵もなく崩れ掛けていた。
マーリンは杖を振り、長い白髪に白髭の、緑色のローブを着た老人姿になった。
アーサーが「マーリン?」と聞くと、老人の姿になったマーリンは笑った。
「さあ、私が案内しよう。ついて来なさい」
まず、一行は誰もいない謁見の間に入った。
謁見の間は、古びた巨大な地球儀や天体儀が置かれていた。
「……誰もいない」
「滅びた古い文明の一端なのですよ。アーサー、君はこの天空城はどこにあると思いますか?」
「ギリシャの海の上じゃないの?」
「ここは、ブリテンよりもずっとずっと西なのですよ。ブリテンからずっと西に海を行くと、南北に広がる巨大な大陸がある。それは、いずれアメリカと呼ばれる土地です」
マーリンは白い髭を撫でながら笑った。
「更に、ずっとずっとずっと西に、とても広い海を西に行く。すると小さな大陸が現れる。バルニバービという国です。その北西に、この天空城は浮かんで、移動している。つまり、バルニバービ王国の首都なのです」
「へえ……」
マーリンは謁見の間の奥にある扉を開き、奥へと進んだ。皆がそれに続いた。
そして、やがては、天井が円形の部屋に出た。
部屋の中央には、先程の巨大な水晶よりも、もっと大きな石が光を帯びて浮かび、ゆっくりと縦に回っていた。
「これがこの天空城の核。この石に呼び掛けて、天空城を下ろしたり浮遊させたり移動させたりしたのです。ただしバルニバービ王国の領域は出られないのですが」
マーリンはそう言うと、一行を連れて再び外に出た。
マーリンは廃れた無人の街と空を見ながら言う。
「この、天空城から少し西に行けば、すぐに『倭国』という島国があります。ブリテンからずっと東の果ての国です。だが、ずっと西を行けば、それは東でもあるのです。地球は丸いのだから」
「邪竜教団の大司祭は……」
「彼は、あそこにいる。だが放っておいても大丈夫です」
アーサー達は驚いて、城門のアーチの近くに転がっている邪竜教団の大司祭クリングソルを見た。そして、冷たく怪しい赤い光を瞳に帯びた銀髪の少年、シャッヘルが鉛色の鉱物に姿を変えていた。いつもクリングソルと共にいた少年シャッヘル。彼の正体がそれだったのだ。
ニムエが慌てて捕縛の呪文を掛けた。
だが、邪竜教団の大司祭は笑っていた。手には小さく鉛色の、面が四つある三角状の鉱物が握られている。
「この天空城の住人達はとても困った発明を遺した。それがその、やる気がなくなる鉱物だ。
この鉱物に触れると、やる気がなくなってしまう。そうして、天空城は滅んだのだ。彼はそれに触れたようだ」
マーリンはそう言うと、大きな樫の杖を振った。
邪竜教団の大司祭の手から、三角の面が四つの鉛色の鉱物が、宙に浮かぶ。
マーリンはニムエやグウェンフィヴァル、グウィオン、リュネットに『破壊の術を同時に使うぞ』と言った。ニムエ達は頷き、五人で魔力を注いで鉱物を破壊した。
ニムエが、邪竜教団の大司祭クリングソルに、何か魔法を掛けた。すると、邪竜教団の大司祭は表面から砂が零れ落ち、皺がれた姿に代ってしまった。
「何をしたんですか」
女のガラハッドが聞くと、ニムエは、ウェーブの掛かった金髪を風に靡かせながら説明した。
「何百歳も越えてる奴だって情報はあったから、若作りの魔法を解いただけよ。もう、魔法を使う力もないわ」
アーサー達は、砂が風に呆気なく散らばっていくのを見送った。
「それでは、暫く天空の城を見物したら、銀河鉄道に乗ってキャメロットへ帰ろう」
マーリンが言うと、皆も頷いた。
「全部、終わったんだな」
アーサーの言葉に、マーリンは「いや」と言った。
「……あと、一つ」
だが取り敢えず皆、キャメロットに戻って身体を休めた。
マーリンは老人の姿のままでいた。マーリンの言った『あと一つ』はわからなかった
だがマーリンは「それはとても肝心なのだ」と言った。
「我々は、絶対にそれを倒さなければならない。……だがキャメロットの勇気ある者がそれを果たすだろう。……そう、もう一人の救世主が。もう一人のアーサーが」
アーサーは臆しながら「倒さなければならない相手?」と聞くと、マーリンは頷いた。
「そう、我らが真に倒さなければならないもの。……それは、カムランの蛇だ」
だが、やがて、アーサー達が帰還して一年が経った。
グウェンフィヴァルは産気付いて、無事に金髪の娘を産み、娘はメローラと名付けられた。
アーサーとグウェンフィヴァルは第三の宝、半分の蛋白石の首飾りを掛けていた。
モルドレッドは堂々と実子扱いはされなかったが兄になった。
また、グウェンフィヴァフと婚約を結んだ。
国を挙げてのお祝いがなされ、数日間、人々は喜び、歌い、踊り、酒を飲み明かした。
アーサーはマーリンの言葉が気になったが、それを思い起こす日は一年以上経ってからやって来た。
その日、親指トムはいつも通りの日常を送っていた。
朝、日の光と鳥達の話し声で目を覚ます。
親指サイズのドルイド……親指トムは、マーリンの小屋の裏に生えている、オークの木の穴を家にしていた。
穴の奥に葉っぱや花を敷き詰めて、その上に……女達に作って貰った、ハンカチ大の木綿の蒲団に潜って眠る。目を覚ますと、裏に注いでいる小さな泉で顔を洗い、木綿の切れ端で顔を拭く。小さい歯ブラシで歯を磨き、刺々した小さな実に枝を刺したブラシで髪をとかす。
そして、拾った鏡の欠片を見ながら、小さな白い巻き貝の帽子を被り、青いマントを羽織る。
親指トムは、木の家から出ると、友達の、巨人のガルガンチュアに「おはよう」と話し掛けた。食事は、マーリンや梟のピュタゴラス二世に連れて行って貰って、円卓で食べることもあれば、小妖精達と共に、家近くの木の実や花の蜜で済ますこともある。
また、ネズミ達に混じって、マーリンの小屋の棚に置かれたチーズやパンや果物で済ますことも多かった。
フクロウのピュタゴラス二世は、親指トムを良く背中に乗せて、あちこちに連れて行ってくれる。
カールレオン城は親指大のトムにとっては巨大過ぎるので、ピュタゴラス二世はありがたい移動手段だった。
親指トムは食事を終えると、侍女や毛むくじゃらな巨人のガルガンチュアと共に、騎士の子供達と一緒に遊ぶのが多かった。
女達は糸紡ぎや針仕事などで忙しくなるので、近くの暖炉で侍女が子供達におとぎ話をする。
親指トムが話をしたり、字を教えたりするのも多かった。
ガルガンチュアとは、仲良しの友達だ。
ガルガンチュアはマーリンが、鯨の骨と人の血と爪くずから造った巨人だ。成人男性三人分ぐらい背が高い。心優しく、毎日、カールレオン城の裏で薪を割っている。
台風が来て、城や城壁や街や街の外壁、橋や川の防堤が崩れると、ガルガンチュアが度々、土木工事や修理の手伝いをした。
農民が畑を耕すのもときに手伝い、とても頼りになる存在だ。
アーサーに六十フィートの棍棒を貰ったが、親指トムと勝負して、トムの魔法に負けてしまった。
その日の午後も、トムは巨人のガルガンチュアと共に子供達と遊んでいた。
だが、草むらから一匹の大きな蛇が子供達を狙っていた。
ローエングリンに噛み付こうと、牙を剥きながらとぐろを巻いていて、真っ先に気付いたのは、近くの花の上に乗っていた親指トムだった。
親指トムは名付け親の妖精から知恵の帽子、姿を消す指輪、姿を変えるベルト、千里の靴を貰っていた。魔法も得意だから、とても強い。
親指トムは、魔法で光の剣を出すと、巨大な蛇を切り裂いた。
だが、トム自身も蛇に噛まれてしまう。蛇はトムを噛むと、ぐったりと息絶えた。
子供達は驚いて、地面に倒れた親指トムに駆け寄った。ローエングリンは、手のひらに親指トムを乗せた。
「早く、誰かに診せなくちゃ!」
子供達はマーリンの小屋を訪ねたが留守で、グウェンフィヴァルを探した。
グウェンフィヴァルは医務室の机で、何種類かの薬草を磨り潰していて、突然入ってきた子供達に吃驚した。
隣の部屋の暖炉では、乳母のシビルが、娘のメローラ姫の面倒を看ていた。
「親指トムが、大きな蛇と戦って。蛇を倒したんですけど、蛇に噛まれて死んでしまったんです」
泣きべそをかく子供達から、グウェンフィヴァルは親指トムを自分の手のひらに乗せ、服を脱がした。胸の部分に牙の跡があり、血が流れている。
グウェンフィヴァルは小人や妖精指用の聴診器を取り出した。
だが、親指トムは小人よりずっと小さい。
トムの心音を耳を寄せるが、聞こえなかった。
グウェンフィヴァルは、聖なる泉から汲んだ水を取り出しトムに振り掛けた。闇の魔法樹の力を浄化する力がある。 親指トムは光に包まれ、ゆっくりと瞼を開いた。
「……あれ、僕は」
「トム!」
子供達が喜んで親指トムに笑い掛ける。
グウェンフィヴァルは、絹のハンカチで親指トムを包んだ。
「暫く安静にしていて、トム。子供達を助けてくれてありがとう。貴方は英雄よ」
親指トムは何だか照れていた。
やがて、話を聞いたアーサーとマーリンが医務室にやって来た。
「トムが蛇から子供達を守ったんだって」
「……アーサー。親指トムが殺したのはカムランの蛇。融和を引き裂くもの。以前私が言った、我らが、絶対に倒さなければならなかったものです」
「マーリンが言っていた英雄は、親指トムだったんだな」
トムは白い巻き貝の帽子を被り顔を赤らめていた。




