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グウェンフィヴァフ、エレイン


第十二話 グウェンフィヴァフ、エレイン


グウェンフィヴァフは十五歳になって、随分と背が伸びた。

それに最近、イグレインだったときの自分が少しずつ戻って来たのか、おどおどすることが減って、積極性が出てきた。

モルドレッドも、背が伸びてアーサー達に並んだ。

彼も、ゴーロイスだったときの自分が戻って来ているのかも知れなかった。

カールレオン城の中庭で、グウェンフィヴァフは親友のイゾルデと共に、花の苗を植えていた。 春先で、柔らかな日差しが冷たい風の中に照っていた。

マーリン小屋からは、女のガラハッドがピアノを弾いてるようで、ピアノの音が聞こえる。

蝶がどこかから飛んできて、どこかへと去って行くのを、グェンフィヴァフは眺めた。

「あ、蝶々」

「どこかへ飛んで行くわ」

グェンフィヴァフとイゾルデは、蝶々が去って行くのを見つめると、花を飢える作業に戻った。

「グウェンフィヴァフ、最近は赤やピンクのドレスが多いわね」

「そうね」

「明るい色を着るのはいいことだと思う。気分が明るくなるもの」

「でも、私、緑色のティアラも気に入ってるし、青や水色のドレスも気に入ってるの」

「貴方、アーサー王やマーリン様やモルドレッド卿と同じ、目が緑色ね」

「縁者なのかも知れないわね」

二人は、シャベルで花壇の土に穴を開けながら話した。

「イゾルデはいつも二本の三つ編みにしてるのね。たまにはおろしたら?」

「でも、慣れてるから」

近くでは、円卓の騎士…茶色い髪のグリフレットが控えていて、美少女二人の護衛にちょっと照れていた。イゾルデは何となく、小さい声で聞いてみた。

「グウェンフィヴァフ。私、ずっと思ってたんだけど聞いていい? 貴方、アーサー王の婚約者だったんでしょ。何で婚約破棄になったの?」

「……そうね」

グウェンフィヴァフは瞬きをしながら言った。

「アーサーって息子って感じなの」

「息子?」

「そう。息子って感じ」

キョトンとするイゾルデを尻目にグウェンフィヴァフは、そう言って微笑んだ。

二人は、花壇に花を植え終わると、カールレオン城の女達の間へと向かった。

既に女達の間では、銀髪のエレインや金髪のがエプロン姿で、刈り取られ洗われた羊毛や採取された綿毛を、糸車を回して細く紡いだり、服を縫い繕ったりしていた。

近くの暖炉では、侍女が子供達におとぎ話を聞かせている。

グウェンフィヴァフが「グウェンフィヴァルは?」と聞くと、エレインが「薬作り」と答えた。グウェンフィヴァフも糸車を回して、糸を紡ぐことにした。

エレインが糸車をカラカラ回しながら言う。

「グウェンフィヴァルって色々出来て羨ましいわね。薬作りに看護に…アーサー王の剣の鞘も、彼女が自分の髪を編み込んで作ったんですってね。私にはこうして糸を紡いだり、布を織るしか出来ない」

「でも、エレインが織った布はとても綺麗だわ」

「私もエレインの布は本当に綺麗だと思う」

グウェンフィヴァフとイゾルデがそう言うと、エレインは頬を染めた。

「ありがとう」

は、騎士達のほつれた服を縫いながら言った。

「ねえ、あんた達。エレインがこっそり作っているタペストリーを見た?私とグウェンフィヴァルは見たんだけれど」

グウェンフィヴァフとイゾルデは顔を合わせて、エレインに言った。

「タペストリー?」

「見たいわ」

「凄く綺麗なんだから。エレイン、見せてあげなさいよ」

エレインは、糸車を離れると、近くの木綿の布を被せた篭から、折り畳まれていた一枚のタペストリーを出した。

グウェンフィヴァフとイゾルデは、目を輝かせながらそれを見た。タペストリーはとても長く、獅子や竜や鳥や、ユニコーンや妖精。王に騎士にドレス姿の女。

様々な絵柄が絹糸で織り込まれていて、とても美しく……そしてどこか、神聖で不思議な感じがした。

「……凄い。凄く綺麗。そして何だか魔法みたい」

「本当。エレイン、貴方はまるで吟遊詩人みたいだわ。声でなく糸で、物語を紡いでいるみたい」

凄く貴重なもののように扱うグウェンフィヴァフとイゾルデに、エレインは笑った。

「……そう。その通りよ。私は、声でなく糸で物語を紡ぐの。それが私の与えられた役目だった。タペストリーは、ずっと昔…子供の頃から、私が織り続けているものなの」

エレインは瞼を伏せながら言った。

「……私は昔、親戚に預けられてアストラットに暮らしていた。そこには、魔法の鏡があった。

魔法の鏡は、私の知らない外の世界を映した。部屋に引きこもって、その鏡を見ながら、鏡に映ったものをひたすらに織り続け、タペストリーを作ることが、私に与えられた役割だった」

エレインはタペストリーの最初の方を見て「これは幾つぐらいのだったかしらね」と言った。

「私はずっと、鏡を見てタペストリーを織り続けた。でも、あるとき鏡が…私が昔に出会った男の子を映したの。私は彼に会いたくて外に出た。でも結局会えなくて……。私はタペストリーを織るのをやめてカーボネック城に戻ったわ。そしたら、邪竜教団の魔女に釜茹でにされちゃった。魔女は倒されたみたいだけど」

グウェンフィヴァフとイゾルデは顔を見合わせた。

「でも、その男の子に助けて貰えたの。その後は何だか、色々大変だった気がするから、余り考えたくないのよね。なんか」

エレインはそう言うと、タペストリーを織り畳んで、再び篭の中に仕舞った。

グウェンフィヴァフとイゾルデは半ば呆れながら、しみじみと言った。

「その男の子って……確か」

「エレインって本当にランスロットが好きよね」

「エレインはブリタニア一の美女で、ランスロットはブリタニア最強の騎士なのよね」

「……最近、またニキビが出てきたけどね」

昼食時、円卓の間でモルドレッドに男のガラハッドが話し掛けていた。

「最近、チューバの姿が見えないな」

「力試しの旅に出るって」

「君も行けば良かったのに」

「……俺はアーサーに、グウェンフィヴァフ姫の護衛を頼まれてて。あと、チューバにもう少し友達と仲良くしろって言われた」

「……成程。どうりで最近、グウェンフィヴァフ姫が浮かれていると」

男のガラハッドがグウェンフィヴァフ姫を見ると、こちらを見ていたグウェンフィヴァフ姫が頬を染めて、慌てて隣にいるイゾルデに話し掛けていた。

黙々と食べるモルドレッドの隣にいたトリスタンが話に加わった。

「なあ、モルドレッド。お前、今のあれを見て何か思わないのか?」

「何かと言われても……何も思い浮かばない」

「鈍い奴だな」

困惑した顔のモルドレッドに、男のガラハッドが「羨ましいことで」と言った。

「……僕には青春なんてなかった」

じめじめと言う男のガラハッドに、モルドレッドもトリスタンも何も言えなかった。

「……彼女がいていいな」

「いや、別に俺にだって彼女なんていないが」

そう言うモルドレッドの皿から、男のガラハッドが無言で、果物のクリーム添えを奪った。

「あっ、何するんだよ!」

「僕は甘党なんだよ」

「モルドレッド。お前、グウェンフィヴァフ姫から、花の刺繍貰って、試合のときとか身に付けてるだろ」

「ああ。それは、まあ」

「やってられない」という顔で果物のクリーム添えを食べる男のガラハッドに、トリスタンが言った。

「モルドレッドは鈍いんだよ」

「鈍すぎるだろ。普通、それ付き合ってるって見られるぞ」

「……俺、余り長く宮廷にいたわけじゃないから、宮廷の暗黙の了解みたいなものには鈍いかも知れない」

「そういうのに強くなれ強くなれ」

何か念じているトリスタンに、モルドレッドは「ありがとう」と返した。

男のガラハッドは、金髪を緩く結って赤い髪飾りを着け、黒いマントを羽織っているモルドレッドと、くすんだ金髪で灰色のマントを羽織ったトリスタンを見比べて、半目になった。

長い前髪からちらりと、物憂げな目が見える。

「……どいつもこいつも青春野郎か」

「いや、ガラハッド。お前だって女の方がいるだろ」

「……僕は青春の全てを聖杯探求に捧げた。もう聖杯なんて探さない。僕の気持ちなんて自分以外わからない。アグレスツィアは結婚しちゃったし」

男のガラハッドは、何だかメソメソと泣き出した。

「……僕だって、女の子と付き合ってみたかった」

男のガラハッドにトリスタンが言う。

「……いや、だからお前、もう聖杯とか探さなくていいから」

「……うん。もう探さない」

「聖杯とか良くわからないものを追い掛けて探すより、目の前の、現実の、ちゃんと触れる女と仲良くしろよ。それが聖杯だ」

モルドレッドは窓の外を見て「農家は、麦畑や野菜畑に種を蒔く季節だな」と呟いた。

トリスタンは男のガラハッドを見て、腕を組んで言った。

「青春知らないからね。ふっ」

黙って見ていた女のガラハッドは、食後、男の方に声を掛けた。

「……ねえ、ずっと考えてたんだけど」

「……何?」

「『問題はグウェンフィヴァルの気持ちじゃない。女なんかじゃない。問題は『アーサー王の王としての権威』なんだ。アーサーを愛し、王として掲げる騎士や庶民達の気持ちなんだ』私は、やっぱりそうだなって思うよ」

女のガラハッドはそう言って笑った。

「女が誰が好きなのか。そんな些細なことで世界は動かない。そんなので動くのなら…何だかなって。もっと大事なことは沢山ある筈なのに」

「……そう。そんなことで、世界は動くべきじゃないんだ」


昼食を終えて、アーサーはグウェンフィヴァルと、部屋に戻る廊下を歩きながら話した。

「……今日の公務はもういいの?」

「うん。今日は朝方雨が降ったから、謁見に来たのも少なかったし。僕はもう、することはない。のんびり暖炉の火にでもあたって昼寝する」

「……私もそうしようかしら」

アーサーは青いガウンを羽織り、グウェンフィヴァルは長い栗色の髪を纏めている。ちょうど、後ろをモルドレッドが歩いていて、アーサーが振り返った。

「お前、最近グウェンフィヴァフ姫といい感じなんだって? 噂されてたぞ」

「えっ」

「恥ずかしがってないで認めろよ」

モルドレッドは急に話を振られて何と言っていいか困っていた。

グウェンフィヴァフ姫は、アーサー王の元婚約相手だ。

「お前、随分背が高くなったな」

「……はい」

「それに強くなった。特に心が。僕はそう思うよ」

モルドレッドは一礼すると、早足で去っていった。

グウェンフィヴァルは躊躇いながらアーサーに聞いた。

「アーサー。貴方はグウェンフィヴァフ姫のことは…」

「今更、何を言うんだよ。君と結婚したのに。可愛らしい、いい子だと思うけど。でも、僕は母親に似てると思った。そう。一見、可愛らしいいい子に見えるけど、彼女はそれだけじゃないと思う」

アーサーは肩を竦めた。


グウェンフィヴァフは部屋で鏡を覗き込んだ。鏡の中のもう一人の自分が言う。

『随分、幸せになったものね』

「あら、おかしいかしら」

『私は貴方なんか嫌いよ』

「そうね。私も貴方が嫌いだわ」

『……でも、少しは好きになれたのではなくて?』

「貴方を?」

『そう。私。つまりは貴方を。きっと私は、もう貴方の前に現れることもなくなるわ。貴方が……自分を愛し始めたから』

グウェンフィヴァフは眉を寄せて、妙な顔をした。

「二人のガラハッドってどうなのかしら。自分を愛するなんて気持ち悪い気がするんだけど」

『あの二人はちょっと特別なの。あれでいいのよ。……ちょっと、自分を嫌いすぎるから。異性の自分を前にしちゃえばいいのよ。それだけよ。お陰で最近はマシになってきたみたいね』

「私は好きになれないわね。ああいうの。自分より他人を愛するべきだし、自分同士なんてやっぱりおかしいわよ」

『何度も言うけど、ガラハッドはちょっと特別なのよ。放っておいてあげて。グウェンフィヴァフ。今、貴方には『他人』のモルドレッドがいる。違う?』

「……でも、モルドレッドは鈍すぎるのよ」

『そうね。彼はそういうことに、鈍いわね』

「ねえ、結局貴方は……」

鏡の向こうのグウェンフィヴァフは、大人の女の姿になって笑った。

『私はイグレイン。私は貴方よ。私は自分が嫌いだった。許せなかった。ゴーロイスを殺した男の妻になった自分が。でも、もう終わったんだわ』

鏡の中の女は、いつのまにか消えていた。だが、グウェンフィヴァフは自分自身な気がした。

侍女アグネスが、グウェンフィヴァフに話し掛けてきた。

「グウェンフィヴァフ様」

「あら、アグネス」

「ゴートグリム様が、お亡くなりになったそうです」

「兄上が?」

「ええ。通りすがりの騎士と喧嘩して、死んでしまったとか」

「……」

「どう、思いますか」

「私は兄が嫌いだったから、何も。でも、余り不謹慎なことは言いたくないわ」

グウェンフィヴァフは首を振った。


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