ベイリン、ベイラン
マーリンは梟のピュタゴラス二世を肩に乗せ、カマーゼンのオークの森の奥に、ひっそりと立つブレイスの塔にやって来た。
この塔では、マーリンの師匠…隠者ブレイスが、マーリンの話を聞いて羊皮紙に記録している。だがその日、マーリンはブレイスにドレスを着せられ、ヒマワリを頭に飾られ女装させられていた。
「……あのー、これは一体」
「僕の趣味」
ブレイスは、長い銀髪を揺らしてニッコリ笑った。
ブレイスはリスを飼っていた。
ブリタニア王国の王都キャメロットは、その日も賑やかだった。
その日は復活祭の祝日で、祝日のたびにカールレオン城には、各国の王や諸公がやって来て、宴が開かれる。馬上槍試合を行い、勝ち上がった者には報奨が与えられる。
いつだって頂点に立つのは大概、ランスロットだった。だが、最近はガウェインやモルドレッドやガラハッドも頂点に立つのが増えている。円卓の間では、ご馳走が運ばれ、皆で讃美歌を歌い、聖ドゥプリシウスや聖ギルダス、聖パトリックがありがたい話をして、ドルイドや吟遊詩人が竪琴を奏でて歌を歌う。 そして、円卓の騎士達がそれぞれの冒険の話をする。
これが定例だ。
だが、その日はあいにくマーリンが出掛けていたので、その分、ケイが忙しそうにしていた。
ガラハッドの女の方は、祝日となると……試合に引っ張り出される以外は、長いスカート姿になることが多かった。普段着の……普通の娘にしか見えない。城下町の広場に出て、毎度開かれる人形劇を見るのが多かった。小さい子供や大人達に混じって、噴水の淵に腰掛けて人形劇を見る。その日は『アーサー王』だった。
悪妻グィネヴィアが騎士ランスロットと恋に落ちてしまう。
だが、その人形劇ではグィネヴィアはランスロットへの想いを引き摺りながら、アーサー王と復縁した。人々は『アーサー王が情けない』、『グィネヴィアは嫌な女だ』と言いたい放題だ。
女の方のガラハッドは「つまらない」と呟いた。
「こんなの、侮辱だ」
男の方のガラハッドはスッと幽霊みたいに現れた。
「僕のところはこんな感じだったよ。誰も感情移入なんか出来ない。行くところまで行って、教皇から言われて復縁したけれど、復縁したところで無意味だし遅かった。……でも、この世界も元々はそうだったらしいな。マーリン様から聞いたよ。要は、問題はグィネヴィア妃の気持ちなんかじゃなくて『アーサー王の、王としての権威』だったんだ。女なんかじゃないんだ。
アーサー王を王として掲げ、愛していた人々の……騎士や民衆達の気持ちだったんだ。早い内に別れていれば、まだ権威は保たれたと思う。でも……アーサー王の権威はとっくに失墜していて、モルドレッドが担ぎ出された。そして国が滅んだ」
女のガラハッドは、男の方に視線を向けた。 男のガラハッドは言う。
「侮辱というなら、確かにそういう筋書きだよね。マーリン様が言うには、父ランスロットや母や僕達は、五百年以上後からフランス人が付け足した話らしいけどね」
女のガラハッドは言った。
「……私達って一体なんなの?」
「この世界……妖精が住み、魔法が存在する世界。ハイ・ブラセルの住人。ランスロットとエレインの子して生まれ、水槽で超速成長の魔法を掛けられ三年程育てられた。聖杯を手にするために。それだけさ。そして聖杯を探す必要はもうない」
人形劇も終わり、観客が去っていく中、女のガラハッドは呟いた。
「男って『悪女に振り回される可哀想な男』って話が好きだよね。アダムやエリヤ、洗礼者ヨハネにキリスト。とてもキリスト教的だとは思うけど」
人形劇が終わっても、王都キャメロットの広場は人で賑やかだった。
噴水の傍には、待ち合わせの人が沢山いて、親子が鳩にパン屑をやっていた。
花売りの少女が、いい匂いのする花を詰めたカゴを手に「いかかですか」と声を掛け、旅の吟遊詩人が自作の歌を披露し、市場通りの角では果物売りが店に並んだ果物を整理していた。
また、派手な化粧に丸い赤鼻をつけた道化師が、二本のナイフを投げて回して見せている。
そんな中で、男にナンパされて困っているドレス姿の小さな女の子がいた。
それを見た女のガラハッドが「やめて下さい」と助けに入った。ナンパ男はいちゃもんをつけようとしたが、男のガラハッドが睨むと、すごすごと去っていった。
「大丈夫ですか」
少女に声を掛けて、女のガラハッドは吃驚した。
可愛い女の子に女装したマーリンだったのだ。
「何やってるんですか、マーリン様」
「いやあ、ちょっと女装して散歩を」
「そういう趣味だったんですか」
その時、近くの人混みから歓声が上がった。
男のガラハッドが、ふと、目の端で道化師を見て「凄いな」と溢した。
女のガラハッドもマーリンもそちらを見る。道化師の男は、五本のナイフを回していた。
もう一人、道化師の男が言った。
「さて、ここにおりますナイフ投げの名人。更に見事なナイフ捌きを見せてごらんにいれましょう。どなたか、前に出てきて下さい!」
道化師の男は、うーんと唸りながら、観客の中に女のガラハッドを見つけてニヤリと笑った。
「よし、じゃあ君、こっちおいで」
「えっ」
女のガラハッドが嫌がる暇もなく、二人の道化師の内の一人は彼女の手を引っ張っていってしまった。女のガラハッドは何だか、大きな的の前に立たされた。
随分距離を取って、もう一人の道化師が笑う。
「さーて、皆様おたちあい。こちらにおります道化師が見事、ナイフを十本投げて、この女の子に当たらないように的に刺して見せましょう」
的の前に立たされた女のガラハッドが、何が何だかわからない内に、離れたところからもう一人の道化師がナイフを両手の指の間から十本出して、不気味に笑っていた。
「えっ、何、何ですか!ちょっとま…」
「さーてそれではいきますよ!ワン、ツー、スリー!」
道化師がナイフを十本、一気に投げつけた。
そして、女のガラハッドの顔の真横やら腕や足の間やら、本当に1ミリか2ミリ、ギリギリのところにナイフが深々と刺さっていた。
固唾を飲んで見守っていた観客は、道化師の腕前に盛大な歓声と拍手を送った。
女のガラハッドは恐怖と驚きで、「こ、こ、怖かった…」と半泣きした。
もう一人の道化師は、帽子を逆さにして、観客から金貨を集めていた。
ショーが終わり、客がそれぞれ散らばってゆくと、二人の道化師はそれぞれ化粧と赤いつけ鼻を取って、マーリンやガラハッドらのところに来て笑った。
「よ、どうだよ。俺のナイフの腕は。すげえだろ」
マーリンと女のガラハッドは吃驚して声をあげた。
「ベイリン、ベイラン!」
真紅の髪に青い瞳、耳にピアスをした双子が…ノーサンバランドの王子である二人が、いたずらっぽく笑った。男のガラハッドは何となくわかってたみたいだった。
「一体、何やってるんですか」
女のガラハッドが聞くと、双子は声を合わせて「銭稼ぎ」と言った。
「たまに暇なとき、こうやって銭稼ぎしてんだよ」
「門番ばっかだから、その合間にな」
「つまんねーんだもん。たまにカーボネック城の冒険の扉で、遊びに行ってるけどな」
「貴方達、こんなことしてたんですねえ」
ドレス姿のマーリンがそう言うと、ベイリンとベイランの双子は、マーリンを見て、口をあんぐりした。マーリンは水色のドレスに、髪にヒマワリの花を飾っていて、とても愛らしい美少女に見えた。ぱっちりした若草色の瞳に、サラサラの金髪。陶磁器のような白い肌。
ベイリンとベイランは色めきたって騒ぎ出した。
「め……めっちゃ可愛い!」
「……おい、誰だよこの女の子。お前の友達かよ?」
「えっ……えっと、この子は、その……」
ちょっと困ったような顔をしたマーリンを見て、女のガラハッドは唸りながら、辿々しく言った。
「と、友達の……マ、マリンちゃんです」
「超可愛いんだけど。俺マジ好みなんだけど」
「グウェンフィヴァル妃にベッタリで気持ち悪いお前に、こんな可愛い友達がいたなんて!」
「気持ち悪いとは失礼な!」
「俺はマリンちゃんを愛してます。世界中の誰よりも」
「じゃあ、俺はマリンちゃんを甲子園に連れていく」
双子に紹介を迫られて、女のガラハッドは考えながら話した。
「マリンちゃんは湖の巫女で、マーリン様の親戚なんです。えーっと、南の方のカマーゼンから来たんです。ね、マリンちゃん」
「えーっと、まあ、そうですね」
「あれ?マリンちゃんの肩に留まってる梟ってピュタゴラスじゃね?」
「マーリン様の親戚の子なんで」
その後、女装したマリンちゃんは双子に連れられ、一緒にお茶に行ってしまった。
男のガラハッドは女の方に言った。
「君、今はもう騎士姿でもミニスカートはいてるし、皆、女だってわかってるよね」
「まあね」
「この世界のアーサー王もグウェンフィヴァル妃も父ランスロットも穏やかだ。何で、あんな人形劇がされたんだろう。僕の世界のアーサー王とグィネヴィア妃みたいだった。…でも、この世界でも元々はそうだったんだっけ」
「らしいね。マーリン様から話を聞いたけど。一度滅ぶ前。良く良く聞いてみると、父さんは……グウェンフィヴァフ様と関係を疑われてたみたいだけど。私はこの世界の……今のアーサー王やグウェンフィヴァル妃や、グウェンフィヴァフ妃や父ランスロットは、その後悔の後の、延長状なんだと思う。でも、違うように、見える人もいるんじゃない。だから『侮辱だ』って言った。どれだけ出来た王様でも、侮辱する人はいる」
「……あの人形劇は、やり直す前の君達なんだな」
「でも少し違うかも知れない。私は父さんは……ランスロットは、ちゃんと母さんを愛してると思う。それに過去は過去。全然別の話。今の私達とは違う世界の話。いつまでも引き摺っても仕方のない、終わった話だよ」
その頃、カールレオン城の円卓の間はちょっとした騒ぎになっていた。
『ローマ皇帝ルシウス』を名乗る男の使節として、十二人の老人がオリーブの枝を手にやって来ていた。
「ローマ皇帝の使者?」
アーサーはそう呟いて眉根を寄せた。
本国のローマ帝国はゲルマン人が押し寄せ、西ローマと東ローマに分裂し、今、西ローマはなく東ローマ帝国だけだ。だが、東ローマ帝国にはレオ皇帝がいる。どう考えてもローマ皇帝の偽者だった。
ローマ帝国が滅び、ローマ皇帝を名乗る偽者は沢山いたが、ルシウスという男は、執政官か、行政長官ではあったのかも知れない。
使節の老人は、青いガウンを羽織ったアーサーに言う。
「ブリテン王に挨拶を申し上げる。貴下には主である東ローマ帝国皇帝陛下を崇め、支払うべき貢物を皇帝陛下に送るように命ずる。貴下の先王達も支払って来たものだ。東ローマ帝国皇帝陛下を主君と崇めよ。このブリテンの征服者にして初代ローマ皇帝ジュリアス・シーザーの制定した法令に従わぬならば、貴下は反逆者である。もし、貴下が皇帝陛下の要求に従わぬというのならば、覚悟せよ。皇帝陛下は貴下にいくさを仕掛け、貴下を罰し、見せしめとするだろう」
若い騎士達は怒り、殺気立った。
「ローマ帝国は私達の祖父らの時代に、ブリテンを放棄すると宣言した筈だ。今更、何かを支払う義務なんてない」
「あれは、本当にローマ皇帝の使者なのか。偽者だろ。東ローマ皇帝は別にいるぞ」
「行政長官が皇帝を名乗っているみたいだな」
アーサーは冷静に騎士達に命じた。
「使節達を宿所に案内し、丁重にもてなせ。決して危害を加えるな。俺の名誉を汚すなよ」
その場にいた、ヒベルニア(アイルランド)のアングィッシュ王が立ち上がり、発言した。
「アーサー王。私達の宗主。彼らに決して従ってはなりません。過去、ローマ人は我らの祖先を苦しめ、莫大な搾取と税を課しました。私は彼らと戦うため、二万の兵を出しましょう」
ブルターニュと西ウェールズの王もそれぞれ三万の兵を、オークニー兄弟もスコーティアから三万の兵を、ランスロットも多数の兵を出すと約束した。
アーサーは皆に心から感謝した。




