ガラハッド、モルドレッド
モルドレッドはカールレオン城の屋上で、チューバとのんびり話すのが好きだ。
チューバは狼男だかライオンだか良くわからないが、友達だ。最近は良く、トリスタンやグウェンフィヴァフと話すようになった。随分変わってきた気がする。
その日も、ボンヤリ屋上で過ごしていた。中庭では、ケイとケイの妻の……小柄で眉毛が太いアンドリヴェートが、仲良く話すのが見えた。
欠伸をするモルドレッドの元に、男のガラハッドがスッと現れた。
「ちょっといい」
「お前は……確か男の方のガラハッドか」
男のガラハッドも髪は黒っぽい青色で背が高く、白いマントに白い鎧だ。
「アーサー王の息子、モルドレッド。僕は……僕達はランスロットの子だ。二世同士ということで……ちょっと相談があるんだ」
「なんだよ」
「……なんでか、アグレスツィアが他の人と結婚していて失恋したとわかったら、急にグウェンフィヴァル妃がいいような気がして。君の母親だったね」
「はあ……急にな」
モルドレッドは溜め息を吐いた。
「竜の谷に行ったんだっけか。媚薬でも飲んだか吸ったかしたんじゃないか。トリスタンとイゾルデは、それで恋に落ちて駆け落ちしたぞ。俺より、マーリンに相談したらどうだ。何で俺に?」
「何となく。あと、女の方がだんだん冷めた目で僕を見てる」
「……兄妹みたいなもんなんだろ?」
「うん。なんかもう、仕方ない兄貴だなって感じで見られてる」
「そこまでグウェンフィヴァル妃が好きなのか?」
「そうでもないんだ。あの人が眼鏡掛けると、興味がなくなる」
「はあ。やっぱり薬か、何かの術じゃないのか」
女の方のガラハッドは、グウェンフィヴァルと共に、マーリン小屋でマーリンと話していた。
「男のガラハッドがグウェンフィヴァル妃を好きに……ねえ。グウェンフィヴァルが眼鏡を掛けると、興味なくなるんでしたっけ」
「どう思います?」
「グウェンフィヴァルはどう思います? 悪い気はしないんじゃないですか?」
「でも、眼鏡外すと……だし。それに、私は結婚してるし……」
グウェンフィヴァルは長い栗色の髪に、眼鏡を掛けていた。
「身持ち固いタイプですね。女のガラハッドはどう思います?」
「仕方ない兄貴だなと。薬かなんかなら、少し可哀想って思いますけど」
「グウェンフィヴァル、採集したものを見せてくれますか?」
グウェンフィヴァルは頷いて、一旦自分の部屋に行って、また戻ってきた。
マーリンは、グウェンフィヴァルが持ってきた物の中から、ピンク色の鱗を見つめた。
「この鱗、魅了の効果がありますね。もうすぐ戻りますよ」
男のガラハッドは、カールレオン城中庭の木陰に腰を下ろしてボンヤリしていた。
毛むくじゃらの巨人ガルガンチュアが薪を割っていて、親指トムは花を摘んで口にくわえ、他の小妖精らに混じって蜜をチューチュー吸っていた。
女のガラハッドも幽霊みたいにスッと現れた。男のガラハッドは何とはなしに、話し出した。
「……僕は強くなければいけなかった。父ランスロットが出来なかった分まで。父は…僕の世界の父は……グィネヴィア妃にぞっこん惚れていて、グィネヴィア妃も父ランスロットを愛していた。二人の愛でブリタニアは滅んだ。僕は一人っ子というわけでもなかった。……僕は、父は好きじゃなかった」
男のガラハッドは、ずっと遠くを見つめていた。
自分のいたところを思い出しているのだろう。
「……救いの子だとか言われて、僕は期待に応えなければならなかった。強くなければならなかった。……僕は、父みたいにはなるわけにはいかなかった。周囲の期待に応えたよ。善良で、潔白で、強くあったつもりだ」
女のガラハッドが口を開いた。
「……聖杯のために?」
「……そう。聖杯を手に入れるために。僕は手に入れたよ。他の騎士らが持つ、様々なものと引き換えに」
「……もう、終わったんだよ。アグレスツィアも家庭に入ってる。もう、無理しなくていい。この世界の聖杯はどこかへ行った。私達は、追い掛ける必要はない」
「……そうだな。もう、無理する必要はないんだ」
「貴方は優しいんだ。そう思うよ」
ガラハッドの青っぽい黒髪と、白い羽根飾りやマントが風にはためいた。
男のガラハッドは、小さく笑みを浮かべながら言った。
「僕には僕。それでいいんだ」
グウェンフィヴァルは胸壁から、外の風景を見つめているアーサーに声を掛けた。
「どうしたの?」
「……別に。空や雲や鳥を見てたんだ」
グウェンフィヴァルは黒髪に、赤いドレスを着ていた。
「……アーサー、貴方一体何を考えてるの? 最近、何だかわからなくなるのよ」
「僕は僕さ。ガラハッドと一緒に竜の谷に腕試しに行ったんだって?」
「ええ。まあね」
「僕も今度、ケイやランスロットや……モルドレッドを連れて出掛けようかな。君も来る?」
「……その時に考えるわ。ねえ、アーサー。貴方、何か辛そうな顔をしているけれどどうしたの」
「マーリンから話を聞いたんだ。他の世界の……並行しているという、他の世界の僕が享受する運命ってやつを」
「それ、私も聞いたことがあるわ」
「言いたい事がいっぱいある感じだ。物凄くいっぱい。辛いことや悲しいことや…色んな気持ちが溢れてる。それを素直に言っていいのかもわからない。僕は君が好きだし、僕は僕だし」
アーサーは視線を、グウェンフィヴァルから外の風景の方に戻した。
「僕はマーリンにいつまでも、甘えてしまってるかな」
「……そんなことないわよ」
「……僕は僕だ。それだけだ」
「素直に言ってみたら」
「えーっと、素直に言うと……。何かアホっぽく思えてきたな。僕は一体、何を言っているんだろうか。良くわからない。マーリンのところでテレビでも見るか、気晴らしに弓矢の訓練でもしに行こうかな。何であんなに鬱憤が溜まってたのか。この世界の僕は僕でしかないのに」アニメ見よう」
「この世界のアーサーは貴方。それでいいじゃない」
「うん」
アーサーは、マーリンの小屋に行く途中で、木陰で膝を立てて腰掛けている男のガラハッドに話し掛けた。
「君、僕に似てるな」
「そうですか?」
「何となく。ランスロットとは話したか?」
「……少し。僕のいたところの父とは随分、違う気がします。別人ですね。こちらの母は、幸せそうで良かった」
「……そうか」
グウェンフィヴァルは、何だか不安に駆られてマーリンに相談しようと思った。だが、既にアーサーがいて、マーリンと一緒にアニメを見ているので、踵を返した。
どこからか、スッと女のガラハッドが現れた。
「グウェンフィヴァルさん、どうしたんですか」
「……何だか、不安になっちゃって。アーサーと他世界の私達の話をしたら。変よね」
グウェンフィヴァルは何かを話そうとしたが、ちょうど、そこへモルドレッドとチューバが現れた。
「あなた……モルドレッド?」
モルドレッドは、何だか気まずそうな顔をして「…どうも」と言って、去ろうとした。
グウェンフィヴァルは何かを言おうとして…何を言えばいいかわからなかったが、呼び止めてみた。
「モルドレッド、待って」
モルドレッドは足を止めて振り返った。
「……えっと、これから訓練場へ行くの?」
「はい」
「……気を付けてね」
モルドレッドはペコリと頭を下げると、チューバと共に去っていった。
女のガラハッドはグウェンフィヴァルにそっと声を掛けた。
「……モルドレッドですね」
「……私とアーサーの息子らしいの。なるべく話し掛けるようにしてるけど……。あの子にとって、母親はモルゴース姉様だから……」
マーリン小屋から、アニメを見終わったアーサーが出てきて、ちょうどモルドレッドと目があった。アーサーが「あれ、モルドレッド」と言うと、モルドレッドは何だか、花畑の根本でうろちょろしていた土妖精を引っ付かんでアーサーに投げ付けた。
「ふごっ」
土妖精は見事にアーサーの顔にぶつかった。
「仲いいですね、あの二人」
「……そうね。仲いいわね」
モルドレッドは走り去って、慌ててチューバが「フガフガ」と後を追い掛けた。
カールレオン城の窓から、グウェンフィヴァフが見ていて「キャッ」と言った。
女のガラハッドは何となく、赤い花を拾って見つめてみた。
夕暮れ頃、また糸目に黒い髭の太ったチャイナ服の男が、軽トラックに色々な荷物を載せて売りに来た。小さい二人の娘も一緒だ。マーリンが、ガチャガチャと何か取り出していた。
そこへ、ランスロットとエレインが通り掛かった。双子の息子と娘も一緒だ。
息子はランスロットに似た黒髪で、娘はエレインに似た銀髪だ。
マーリンが「あんた達は仲良くていいですねー」と言うと、ランスロットとエレインは仲良く寄り添って、幸せそうに笑った。
マーリンが女の方のガラハッドに「貴方がこちらでお世話になった、ナシエンとケイナ夫婦ですが、ナシエンは料理屋をやってるみたいですよ」と伝えた。
訓練場で、ちょうど剣の打ち合いを終えたトリスタンが、モルドレッドに話し掛けた。
「最近、アーサー王と仲がいいな」
「そんなことはない」
ムッとするモルドレッドにトリスタンは笑った。
「今や、アーサー王もすっかりウェールズに根付いて、ゲール同盟の一部となったな」
「……そうだな」
「ヒベルニアのイゾルデとラグネル姉妹。スコーティア、ハイランドの俺。ローランドやオークニーの君。……そして、ゲール同盟盟主のオークニー兄弟。ガリアのランスロット兄弟。聖杯を祀るカーボネック城のパーシヴァル兄弟。北部ノーサンバランドの兄弟。良く集めたと思うよ」
「まあな」
アッシュブロンド……くすんだ金髪を風に靡かせるトリスタンにモルドレッドは聞いてみた。
「確か、お前とイゾルデ姫って、惚れ薬で一緒になったんだっけ」
「まあな。それで俺達は駆け落ちしたよ。でも、効き目はとっくに切れていると思うけどね。いつまでも、効果が続くものでもないんだから。結局、切っ掛けの一つみたいなもんだよ」
「そうか」
イゾルデは黒髪を三つ編みにしていて、大人しく可愛らしく、グウェンフィヴァフと仲がいい。先程も、二人で一緒に親指トムと話していた。
トリスタンは布で汗を拭いながら続けた。
「ゲール同盟の王逹も、キャメロットの行事に参加するようになったし。後は、アーサー王の跡継ぎ問題だろうな。ゲール同盟の者逹が……君を利用したがるかどうか」
「俺がアーサー王の息子だと知っている奴は少ない。……でも、きっと、それでいいんだ。ゲール同盟が分裂しないように。国が滅ばないようにするには……」
「ずいぶん、なついたもんだね。まあ、でもそれが結局、一番無難なんだろう」
夕陽が差し込んできて、モルドレッドが眩しそうにしながら言った。
「アーサーとグウェンフィヴァルの間に、これから……俺以外の子供が出来るかも知れない」
「君の弟か妹がね。君はそれでいいの?」
「それでいい。王位に興味はない」
「……でも、知って欲しいという気持ちはあったんじゃないか。実父アーサーや実母グウェンフィヴァルに。……構って貰いたいとか」
「なっ!」
トリスタンの言いぐさに、モルドレッドは顔を赤くして「違う!そんなことはない!」と否定した。トリスタンは「さーてね」と笑う。ちょうど、グウェンフィヴァフとイゾルデが「夕食だ」と、伝えにやって来た。
何だか、モルドレッドとトリスタンが言い合いしているので、二人は顔を見合わせてしまった。暮れゆく空を見上げながら、女のガラハッドは男の自分に聞いた。二人の黒っぽい青い髪が風に揺れる。
「……結局、貴方は私で、私の兄貴なの?」
「そう。そして僕には君でいいのさ」
グウェンフィヴァルは、最近手入れを細かくするようになった栗色の髪を鏡で見つめてみた。そうしたら右肩のところに、昔……赤子だったときに、ウルフィウスに付けられた痣……奴隷の刻印が見えた。まだ、グウェンフィヴァルの魔力を抑える力を放っている。
だが、随分と薄れてきた。
一番上の姉、モルゴースは何処かへ消え、二番目の姉エレインは……モルゴースにより仮初めの命を得て、今はペリノア王の傍にいるという。ペリノア王は一時期、妻エレインの湖にテントを張り、通りすがる騎士逹に戦いを挑み続け……その死骸で死霊兵団を作り、唸る獣クエスティング・ビーストを追い掛けていたと聞いた。
だが、今は妻の存在によりすっかり大人しくなったらしい。
ふと、グウェンフィヴァルは姉のモルゴースや、エレインに思いを馳せた。




