聖杯
結局、皆、ブリテンに一旦、帰還してぼんやりしていた。
アーサーは、ランスロットら他の騎士らと一緒に弓矢の稽古をしたり、狩に出たりした。
猪や鳥を捕って帰った。ランスロットは大きい猪を殺して、槍に刺していた。あと、黄色いオウムを拾って、親指トムに世話をさせた。
「何だか凄く疲れたよ」
アーサーはマーリンと話しながら、庭で栗を拾った。
二人のガラハッドは聖なる騎士でもなんでもない、普通の服の姿になった。女のガラハッドは、スカートを履いた。羽根飾りと月のブローチはつけていた。二人はなんだかとても、気が楽そうな顔になった。マーリンは言った。
「聖なる騎士を名乗る者は多いけれど、君達は彼らとは違う。そうでしょう。女のガラハッド。この世界のガラハッドは君だ。……男のガラハッド、君は」
マーリンは言葉につまった。
「僕は僕ですよ。彼女とは兄妹みたいなものなんです」
旅を終えて、ガラハッドとランスロットは、無事と新たな命の誕生を喜び、エレインを抱き締めた。 悲しみの一撃は起こらず、マーリンと男のガラハッドが知っている壮絶な道……聖杯探求の旅には出る必要がなくなった。だから、ガラハッドも命を失う必要はなくなったのだ。聖杯探求の旅に出ることもないだろう。ガラハッドは何故か、父と母にお礼を言いたくなった。
「お父さん、お母さん。ありがとう」
アーサーはカールレオン城の中庭で、マーリンに聞いた。
「ガラハッドについてどう思う」
「そのままでいいと思いますよ。男のガラハッドも、いい子なんです。本当に、それだけ。彼女は彼女、彼は彼。誰のものでもない」
マーリンは、振り絞るように言った。
「……僕、少し前髪が伸びたかな」アーサーの言葉に、マーリンは「そうですね」と呟いた。
そこへ、ヴァレリンがやって来て話した。
「ふう。やれやれだな」
「ヴァレリン……」
ヴァレリンは眼鏡を外していて、溜め息を吐いた。
「今、君はどういう感じですか」
「……さてね」
近くの湖で魚が跳ねた。
ヴァレリンは錯綜の(・)森にある古城の地下に住むのをやめて、湖畔の古城に引っ越した。
そして、変な魔法の研究をやめて、のんびりだらだら毎日を過ごしていた。
やがて、眼鏡の小さな女の子が魔法を教えて欲しいとやって来たので、まっとうな…藥の調合方法などを教えてやるようになった。マーリンは、最近は青年姿でいるのが多かった。緑色のマントに、樫の杖は瞳の色と同じ、緑色の石を掲げている。
マーリンがヴァレリンについて、「ニムエが『あいつは一体、何やってるの。どうせだらだらしてるんでしょ』と怒ってましたよ」と言って、ヴァレリンは「知るか」と返した。
「ニムエって、鬼みたいだな」
「ニムエとヴァレリンてどういう関係なんですか」
「幼馴染み。昔から成績とか張り合って口喧嘩ばかりだよ。あいつ湖の巫女の中でも、頭いいからな。アーサー王はどうだ」
「青いマント羽織って、毎日過ごしてますよ。本読んだり、剣や槍や弓矢の稽古したり、人々の話聞いたり、だらだらしたり、グウィズブィルしたり」
カールレオン城の胸壁で、マーリンはアーサーと、キャメロットの都を見つめながら話した。
都を囲む外壁や門の向こう側には、地平線と、山と森と岡と、青い空が続いている。
庭では、アッシュブロンドのトリスタンと黒髪を三つ編みにしたイゾルデが仲良く話していた。グウェンフィヴァフも、狼男のチューバとばかり話すモルドレッドを追っかけていた。
「失われた大陸と、天空の城はどうしようか」
「また、そのうち、気が向いたときに行けばいいですよ」
そこへ、グウェンフィヴァルがやって来て「何だか色々大変だったわね」と言った。
「うん」
アーサーは、グウェンフィヴァルに笑い掛けた。
アトランティス近海や天空の城は、蒸気機関車で行くことが出来た。
そして……アーサー達はアトランティスを見つけた。
邪竜教団の残党や大司祭も、ドルイドやアーサー達の手で倒した。アトランティスや天空の城から、成長魔法を解く方法も見つけ出した。マーリンは、自分やガニエダや……モルドレッド、グウェンフィヴァフ、皆に掛かっている成長の魔法を解いた。そして、再び、自分の人生を歩み始めた。ガニエダは薄い茶色の髪を緩く三つ編みにした髪型だ。エレインは双子を産んで、ランスロットはとても喜んだ。
アーサー達は、色々な冒険をした。
例えば、冠を被った海を走る猪トゥルフ・トゥルイスを追い掛けたが、凄まじい速さで海を走ってどこかへ行ってしまった。仕方ないので、他の猪を仕留めた。
ヴァレリンは、おかしな魔術をやめて、邪竜教団の残党を倒す最前線に入り、ニムエに「あんた、どうしちゃったの」と言われた。ヴァレリンは「別に」と答えた。ヴァレリンはある程度、満足して、のんびり暮らすようになった。あと、ヤレヤレという癖がなくなった。
ニムエは戦いの中で片目を負傷して、ウェーブのかかった金髪で片側を隠すようになった。
「……は~あ、やってらんない」と「バッカじゃないの」というのが彼女の口癖だった。
アーサーは、グウェンフィヴァルやケイ、育ててくれた父のエクトール、母のアルニフェと温かく過ごす時間が増えた。ーサーとグウェンフィヴァルは首元に第三の宝をぶら下げていた。
マーリンはフクロウのピュタゴラス二世(眼鏡はつけてない)を肩に、弟子のグウィオンと共に見聞を広めるため、旅に出た。リュネットも、ポニーテールを靡かせて、好奇心からついていった。マーリンは今は青年姿だ。
彼は旅に出てはたまに帰ってきて、アーサーや師匠のブレイス、美女の姿になった姉妹のガニエダに顔を見せるようになった。
エレインは双子を無事に産んで、ランスロットはガウェインやパーシヴァル、ボールス、エクトール・ド・マリスと共に、様々な冒険の旅に出た。ケイもたまに遊びに出た。
バーシヴァルは妻との間にローエングリンという子を作り、ランスロットとエレインの血筋からはウェールズの王となるヴァリアントが生まれた。
マーリンは、カーボネック城の火を吹くベッドを、普通の何でもないただのベッドに戻した。
マーリンはカーボネック城に祀られた聖杯を見て「大丈夫、聖杯は元気」と言った。
「聖杯とはラブなんでしょうか。遠くまで取りに行かなくても、意外と近くにあるってことなのかも知れませんね」
聖杯は、またどこかへ行ってしまった。
「本当の恋なんて、現実に関わったことのある相手だけですよ」
結局、湖の巫女やドルイド達は、皆、人ではない。竜の血を持つ者達だ。
火竜の血は絶えて、皆、水竜の血を引いている。火竜の血を引くのは、グウェンフィヴァフと、マーリンが見つけた火竜グラインだけだ。だが、グウェンフィヴァフは魔法は使えない。
やがては、沢山の湖の巫女やドルイド達が、人間になる薬を使って、湖の巫女やドルイドは激減していった。森の中で、女のガラハッドが言った。
「私はもう一人の私を愛さなければいけない。彼の中の、色んなのの向こう側にいる、そこにしかいない彼を」
あるとき、二人のガラハッドとパーシヴァルが聖杯について話したことがあった。
「聖杯とは何か」
パーシヴァルは言った。
「キリストの子孫だとか、最後の晩餐にキリストが使ったものだとか、ダグダやブランの鍋だとか言うね。癒しの力を持つという」
「聖杯の乙女とは誰か」
「色んな色の髪や、色んな色の肌や性別の人」
「クンドリという占星術に長けた女が、聖杯の乙女だというね。サンギーフェというアーサーの姉とロト王との間の娘だとか。サンギーフェはモルゴースのことかな」
パーシヴァルは頷いた。
「俺達は聖杯を見たことがある。聖杯は色んな食べ物を出したり、人の傷を癒したりする」
「聖杯とは何か」
「何だか、賢者の石に似てる」
「そうだね。なんだか賢者の石に似てるよ。賢者の石は癒しの力があるし。『エリクシル』という不老の薬も産み出す」
「聖杯に『無価値な石』という名をつけた者もいる」
「アヴァロンの宝かもね」
二人のガラハッドは、森の中、空を見つめながら話した。
「聖杯についてどう思う」
「ハートを描けば、それが聖杯?」
今、聖杯……癒す(ラピス)杯は、エレインに加え、二人のガラハッドになついていた。
あるとき、森の中に女が迷い込んだ。
心が疲れていたので、ガラハッドは、ラピス・エクシリス……聖杯を出して、彼女の心を癒して、心が強くなるようにやった。そして、彼女が元の世界に帰れるよう、カーボネック城の冒険の扉から案内してやった。
聖杯……ラピス・エクシリスは、またどこかへ行った。
女のガラハッドは釣竿を手に、何となく小川で釣りをした。そうしたら青色の魚人が現れたので、倒した。後は、何匹か魚が釣れて、水の入ったブリキのバケツの中に入れておいた。 男の方が魚を食べるので、持って行ってやろうと思った。
糸目に黒ひげにチャイナ服の男が軽トラックで、積んだものを売りに来て、女の方はウーゼルみみカチューシャを買い、男の方は地図を買っていた。
ガラハッドは懐中時計に似た運命測定器を持っていた。
彼らもマーリンのように、それを使うことが出来た。
「……長男アロンの杖、次男モーセの石板、末の娘ミリアムのマナの壺。聖櫃の宝で言うなら聖杯は、マナの壺にも似てるな。マナって虫だっけ」
その頃、エレインは相変わらずタペストリーを織っていた。
「……どうかしらね。まだまだね。ちょっと手直ししないといけないわね。趣味だなんて言わせないようにね。絶対に綺麗に仕上げるんだから」
エレインはじっとタペストリーを見つめた。
「まだ何か足りないわね。手直ししなきゃいけない部分もあるし。もう少し、色々頑張ってみようかしらね」
エレインは溜め息を吐いた。
「自分より凄い人がいっぱいいる。そんなこと言ってたって仕方ないのよ。他人なんかいいの。私は私のものを織るの」
タペストリーを撫でながら、エレインはうーんと考えた。
「何がいいかしら。足りないもの。ちょっと見直してみよう」




