グロリアナ
暗く狭いところに、その小さな赤毛の女の子は閉じ込められていた。
姦通罪を犯した女の娘として……父にロンドン塔に幽閉されたのだ。
その小さな部屋には、監守とカラスしかやって来ない。ロンドン塔の窓辺にはカラスが飛んできて、彼らは守り神と言われていた。
女の子は呟いた。
「……寂しいな」
彼女は、そこに閉じ込められてから何十回目かの眠りに落ちていた。薄れ行く意識の中で、死んだ母が自分の名前を呼んだ気がした。窓際でカラスが言った。
「君があんまり寂しそうだから、君を、他の世界に少しだけ連れて行ってあげる。その世界は妖精がいて、魔法もある。本当はね。本当は今じゃないんだ。いつか、君が……このロンドン塔から出されて、王として玉座に座り、白い仮面を被り、幾つもの海賊船や海軍を率い……生を全うしたその後に、見る夢。いや、生まれ出でる世界さ。君は生を全うした後に、妖精達に運ばれ、赤子に変わり、その世界のある夫婦に拾われる。でも、それはまだ、今の君ではない、もっと後に行く世界なんだ。だけど、ちょっとだけ……君をそこに、連れていってあげよう」
大きな時計台の針が逆回転して、少女は……いつの間にか、薄紫色のネグリジェ姿でその世界に入り込んでいた。
その頃、ある紳士階級の男の屋敷で、眼鏡を掛けた利発そうな少年が、分厚い法律の本を片手に、父のシルクハットを被り、ステッキを持って鏡を覗いていた。
また、ある肌が少し浅黒い赤子がおしゃぶりをして、牧師の父と母の腕に抱かれて港にいた。そして近所に住んでいた海賊の老船長が、長い船旅から帰って来たのを、村人達と共に喜び、抱き合っていた。彼は、老船長がしていた眼帯を、無理矢理に引っ張り取って、嬉しそうにしていた。
外でカラスの鳴き声が聞こえた。
……ふと気付いたとき、彼らは光の燐粉に包まれ、いつの間にか古いオークの森にいた。
突然現れた子供達に、小鳥が騒ぎだし、木の穴からリスが顔を覗かせ、鹿や狐やウーゼルギが驚いて走り去る。
三人の子供達は吃驚して、古く巨大なオークの木の下で、呆然と座り込んだ。
その日も、アーサーはいつも通りの日常を過ごしていた。
テンの毛皮で縁どられた青いガウンを羽織り、謁見の間で玉座に座って、様々な人々の話を聞く。傍にいるマーリンやケイ、ブラスティアスやウルフィウス、ボードウィンが意見を延べて、アーサーが決定する。今日も、そんな一日だった。
ちょうど、ヒベルニアの行商人がやって来て、錫や鉛や銀について色々と話した後だった。
パーシヴァルとガラハッドが謁見の間にやって来た。
「アーサー王」
パーシヴァルの声に、アーサーやマーリン、ケイらはそちらを向いた。
「……なんだ、パーシヴァル、ガラハッド」
パーシヴァルと、ガラハッドは三人の子供…男の子と、女の子と赤ん坊を連れていた。
パーシヴァルが赤ん坊を抱いている。
「……グウェンフィヴァルに言われて、近くの森に薬草を採りに行っていたんですけれど。
迷子になっていた子供達を見付けまして」
「……服装が少し私達と異なるので……。その、私みたいに遠い異国からやって来たのかなと」
男の子は、十歳ぐらいでシルクハットを被り、ステッキを手にして眼鏡を掛けていた。
赤ん坊はおしゃぶりをして、ドクロの黒い眼帯を持ち……女の子は、薄紫色のネグリジェで不安げに、アーサーを見上げていた。
「こういうのはマーリンの出番だな。どうだ? マーリン」
アーサーが言うと「……これはこれは」とマーリンが進み出て、三人の子供をジロジロと眺めた。
「貴方達、名前と住所と年齢と、生年月日を言えますか?」
マーリンがそう言うと、まず、シルクハットの男の子が「はい」と言って進み出た。
「僕はウィリアム・セシル。歳は十三歳。父はジェントリです。スタンフォード育ちで、今はケンブリッジ大学に在学してます。生年月日は西暦千五百二十年、九月十八日です。
将来の夢は政治家です」
男の子は、丸い眼鏡を掛け直しながら言った。
続いて、パーシヴァルが抱いていた赤ん坊が、おしゃぶりをしながら語った。
「あぶー、ばぶ、ばぶ」
「……なるほど。フランシス・ドレイク。一歳。デヴォン住まい。西暦千五百四十三年、二月か三月生まれ。父は農民出の牧師。将来の夢は、海賊になって世界を旅すること」
マーリンは、見事に赤ん坊の言う内容を翻訳した。
そして、薄紫色のネグリジェを着た小さな赤毛の女の子に、顔を向けた。
女の子は脅えた表情をしながら、言った。
「……わ、私はリズ……」
おどおどしながら、女の子は続ける。
「……リズ。……エリザベス。十一歳。千五百三十三年九月七日生まれです。……ロンドン塔に幽閉されてました。ずっと、何年も」
そう言う女の子に、シルクハットを被った男の子が驚いて言った。
「君、どれだけ悪いことをしたんだい?あそこの牢獄に入れられるのは、国罪を犯した者だって聞くよ。……よっぽどの悪人なんだな」
そう言われて、女の子は俯いた。マーリンが呟く。
「……十六世紀のブリテンから来たんですね。時代に微妙に誤差がありますね。…でも、うーん」
「……あれ」
アーサーは、胸元の……半分だけの石の首飾りが、白く光っているのに気付いた。
アーサーは、驚いて少女を見つめた。
「……君は、誰かに似てるな……。えっと……」
アーサーの脳裏に、小さい頃、湖水地方のカーライル城で、イグレインの元で遊んだ…兄妹として育った少女。
雪降る中でおどおどして、アーサーが話し掛ければ少しはにかんでいた、グウェンフィヴァル……モルガンの小さい姿が思い起こされた。
マーリンは、運命測定器で三人の帰り方を調べることにした。
アーサーが、小さな赤毛の少女……リズを指差して「この子は、牢獄に入れられていたらしいのに、また戻すのか。……こんなに小さいのに、何だか、可哀想じゃないか?」
と聞くと、マーリンは「仕方ない」と答えた。
「……アーサー。この、三人の子供達は、貴方や円卓の騎士らに負けないぐらい、とても大きな運命を背負っています。……あの小さな女の子も、その運命のために、戻らなければならない。大丈夫、彼女は近い内に牢獄を出されます。…そして、貴方みたいになるのです」
「……僕みたいに?」
「そう。貴方みたいにね」
出窓にとまったカラスが鳴いて、リズはカラスの元に走っていって、言った。
「……カラスさんが、ここに私達を連れてきたの」
アーサーとマーリンは顔を見合わせた。
「カラスが? 君は変なことを言うね」
「カラスって……ただのカラスだろ」
シルクハットの少年ウィリアムと、ケイが二人揃って、眼鏡を直しながら言った。
それを見て、アーサーは「……お前ら、何か似てるな」と思わず呟いた。
マーリンが、懐中時計の姿に似た運命測定器から顔を上げて言った。
「十六世紀のロンドンに停車する鉄道は、もう今日の分はありませんね。次は、明後日の朝です。それまで、うちで面倒を見ましょう。少しの間ですけれど、きっと、お互いに良い影響になりますよ。……まずは、お乳の出る婦人を探さなければ」
お腹が空いたのか、急に赤ん坊のフランシスが泣き出すので、パーシヴァルが何となく眼帯を付けてやったら泣き止んだ。
ちょうど、パーシヴァルの妻には赤ん坊がいたので、彼女がフランシスに乳をやった。グウェンフィヴァフやイゾルデがやって来て、彼女達が手伝って面倒を見た。
「さっき、お乳を飲んだばかりなのに、もう泣いてるわ」
「おトイレかも知れない」
「……グウェンフィヴァフ、私、布おむつの変え方なんて知らないわ」
「アグネスを呼んでくる。イゾルデ、ちょっと見ててね」
シルクハットに眼鏡の少年、ウィリアムは、アーサーやケイの仕事に興味があるみたいで、近くで見物していた。だが、時々、持ってきていた分厚い法律の本を手に、口を挟んだ。
「法廷で発言出来るのは、七種類の人間だけなんて少ないですよ。僕のいたところはもっと、進んでますよ」
ケイはウィリアムと気が合うようで、彼の持っていた法律の本を見せて貰い、感嘆していた。
「……へぇ。ためになるな。色々と引用させて貰おう」と、本に載っている法律を細かく覚えていた。小さな赤毛の女の子……リズは、グウェンフィヴァルが面倒を見て欲しいとアーサーとマーリンに言われ、預かっていた。呼び出されたグウェンフィヴァルは、リズを見て、何だか不思議と、他人じゃないような懐かしい気がした。
「……私はグウェンフィヴァル。宜しくね、リズ」
「……宜しくお願いします」
グウェンフィヴァルが手を差し出して、二人は握手した。
リズは、髪を後ろで纏めたグウェンフィヴァルを見上げて、凄く美人な人だと思った。
グウェンフィヴァルはリズを連れて、自分の部屋に入った。
そして、一枚のドレスを引っ張り出した。
「……これは昔、母上が私に作ってくれたの。ずっと大事に箪笥の奥に閉まっていたけど、貴方にあげるわ」
リズは薄紫のネグリジェから、ドレスに着替えさせて貰った。
グウェンフィヴァルは、リズを連れてカールレオン城の裏庭に出た。
裏庭へ出る木のドアを開けると、色とりどりで様々な形の植物が咲く、マーリンの薬草畑が広がっていた。薬草畑は、根元で土妖精がわらわらと動いていた。
小道の向こうに、木の板を継ぎ接ぎして造られた、赤い屋根のマーリン小屋が見えた。
その近くで、毛むくじゃらの巨人ガルガンチュアが指で薪を割り、小屋の裏の切り株と赤いキノコの上には小妖精達が飛び交っていた。
薬草畑の花の上でボンヤリしていた親指トムが、グウェンフィヴァルとベスに気付いて、駆けてきた。
「グウェンフィヴァル、その小さな女の子はどなたの子供ですか?」
グウェンフィヴァルは親指トムを手のひらに乗せると、リズに見せた。
「遠いところから来た子なのよ。リズって言うの。明後日に帰るから、それまで仲良くしてね、トム」
「……はあ。何だか、グウェンフィヴァルに似てますね」
トムにそう言われて、グウェンフィヴァルは目をぱちくりさせた。
グウェンフィヴァルの腰より小さなリズは、もじもじと手を合わせて、グウェンフィヴァルを見上げた。
「……そうね。なんだか似てる気がするわ」
「……そ、そうですか?」
そこへ、フクロウのピュタゴラス二世が飛んできて、近くの木の枝に留まった。
「……なんじゃ、トム。お前を見ると、いつも虫に見えて紛らわしいぞ。獲物かと思ったわ」
「僕は虫じゃない!」
トムはピュタゴラス二世と喧嘩を始めてしまった。
それを見て、ずっと物憂げな顔をしていたリズは、口元に両手をあてて笑い出した。
「……本当。喋るフクロウも、妖精も、小人さんもいるのね。喋る鳥は知っているけど」
「……喋る鳥?」
「……カラスさん。私のたった一人の友達なの。彼が、私達をここに連れてきたの。何で他の子も連れて来たのかわからないけれど……」
「……喋るカラスね」
「……とても寂しいところに、一人でいたの。ずっと、カラスさんだけがお話の相手だったわ」
「……そう」
「カラスさんは魔法があるって言ってたけれど、まだ見てないの」
「……見せてあげようか」
グウェンフィヴァルはそう言うと、右手を前に出した。
すると、どこからか、紫のオーブが先端に付いた長い銀色の杖が現れた。




