結婚ラッシュ
クリスマスは馬上槍試合を開催して、季節は真冬に入ったが、やがて御公現の祝日や、聖母マリアお清めの祝日、復活祭を越え、五旬節を迎えた。
その間に、ケイとガウェインが彼女と結婚した。ケイはアンドリヴェートという気が強そうな少女と。ガウェインは前から付き合っていた女騎士ラグネルと。
雪は溶けて、花が咲き乱れていた。
グウェンフィヴァフ姫は侍女達を連れて、花畑で遊んだ。花弁を掴んで、アグネスと掛け合ったり、花の冠を被ったり。美しい蝶が花畑を飛び回っていた。
昼下がり。カールレオン城の、日の差す渡り廊下で、ケイが彼女のアンドリヴェートと仲良く話していた。それを見たアーサーとマーリンが話す。
「ケイと彼女のアンドリヴェート、何だかんだで仲いいよな」
「ラブラブ夫婦ですよ。ケイは最近、モルガンみたいに医療にも興味があるみたいですね」
マーリンは髪を風に靡かせて呟いた。
モルガンは、ガラハッドと一緒に、カールレオン城の裏庭で丸太に座って、乙女の城購買所のカタログを読んでいた。
モルガンが、眼鏡を掛け直し、カタログを捲る。モルガンの耳には、星のピアスが光っている。ガラハッドが言った。
「……そういや、モルガンさんてちょっとケイさんに似てますね」
そこへエレインが通り掛かって、「私にも見せて下さい」というので、カタログを見せた。
「探偵もの小説とかありますね。私、最近マーリン様に探偵もの小説を見せて貰ってるんですよ。シャーロック・ホームズっていう」
アーサーがマーリンと胸壁で話していると、後ろで「アーサー王」と、男の声がした。
「……どうした? フェルグス」
アーサーが答えるとどこからか、肌を大青で塗りたくった男が現れた。次いで、同じように肌を青く塗った少女も。
「……トリスタン様が、妻のイゾルデ様を連れて、キャメロットに向かうとのことです」
「そうか、そりゃ良かった」
そう言うアーサーの隣で、マーリンも嬉しそうに言った。
「……円卓の名がこれでまた、一つ集まりますね」
「うん。懐かしいな。君達、フェルグスやブーティカや……トリスタンとは、小さい頃遊んだな。ピクト族の族長の子息である君達と遊ぶのは、マーリンが僕の家庭教師として課した授業だった。インヴァネスの水竜の背中に乗ったりしたな。あと命の(・)水ってお酒があった」
アーサーは肩に付けた十字架の飾りを、弄りながら言った。
「命の水は、十二世紀辺りから本格な蒸留酒『ウィスキー』として出てきますよ。
賢者の石は『エリクシル』という不老長寿の液体でもあるらしいですけど、ウィスキーのことかも知れませんね」
マーリンは一息ついて言った。
「……古の民、ピクト族は、僕達ブリタニア王国にとって、敵であり……時に影役でした。
中でもハイランドのピクト族の強さは相当ですから。パイプを持っておくに、越したことはありませんからね」
やがて、数日後にアッシュブロンドの若い騎士が、美しい姫と、炬人を連れて、キャメロットにやって来た。
若い騎士は自信家の顔付きで、姫は長い栗色の髪を三つ編みに結って花や鈴を飾り、可愛く大人しそうに見えた。炬人は何だか情けない顔付きをしていた。三人は、カールレオン城の謁見の間でアーサーにお辞儀をした。美形の騎士に、女達がキャアキャア騒ぐ。
「久し振りだね。トリスタン。……そちらの姫君が、噂のイゾルデだね」
青いガウンに十字架の飾りを付けたアーサーが言う。すると、女達の喚声が渦巻いた。
「トリスタン様とイゾルデ様よ! マルク王の元から駆け落ちした!」
「いやーん、危ない恋!」
イゾルデはもじもじと居心地が悪そうだったが、トリスタンは女達を気にも止めず、イゾルデと炬人のメロットを紹介した。
「こちらは、ヒベルニアのアイングィシュ王の姫君。イゾルデ姫です。……彼女は、コーンウォール城代、マルク王の王妃だったのですが。まあ、惚れ薬が切っ掛けではあるのですが、私は仕えるべき君主の妻である彼女と、愛し合うようになってしまい……。駆け落ちをしたのです。こちらの炬人はメロット。色々手助けしてくれて、私達に仕えてくれているのです」
トリスタンは本当のことを話していた。アーサーを余程信用しているのか、いざこの場で戦いとなっても勝つ自信があるのだろう。アーサーもトリスタンを無闇に扱えない理由がある。
……フェルグスとブーティカ。
また、影でアーサーの手足として暗躍しているピクト族。彼らの上に、トリスタンがいるのだ。だが、アーサーは何となく思った。
(コーンウォールは元々、かつてゴーロイスの……ゲールの土地。マルク王は僕の従兄弟で、ティンタジェルの城代になった。トリスタンはスコーティア、イゾルデはヒベルニア天…ゲールの人間同士だな)
アーサーは考えを振り切り、トリスタンに言った。
「取り敢えず、トリスタン。君の名は円卓に刻まれている。良かったら見に行ってくれ」
マーリンも笑顔で言う。
「貴方達のことをお待ちしていました。トリスタンとイゾルデ。それにメロット」
廊下で、炬人のメロットがトリスタンに言った。
「……あの、私は本来、調理場で働く身なので調理場へ行っても宜しいでしょうか」
「ああ。いいよ」
そう言われると、メロットはカールレオン城の調理場に一目散に駆けていった。
調理場では、ガレスが忙しく料理をしていた。
「……ガレス様、そのようなことをなされなくても」
「いいんです。僕は、料理が好きなんで、趣味なんです。やらせて下さい……ん?」
ガレスの傍に、炬人のメロットがやって来た。
「君、仕事がしたいなら野菜でも洗ってくれる?」
ガレスが言うと、メロットは頷いて、葉もの野菜を水で洗った。
「大丈夫、ここの人達は優しいし、無理は押し付けないし、お給金がいいからね」
トリスタンは、部下であるフェルグスとブーティカとの再会を喜んだ。トリスタンとイゾルデは、すぐにキャメロットに馴染んだ。円卓の騎士でも、力比べ……模擬試合ではパーシヴァルに並んだ。イゾルデはグウェンフィヴァフと気が合うようで、一緒に花畑で花を摘んで、良く花の首飾りや髪飾りを造って遊んだ。また、ガウェインの妻ラグネルとは姉妹らしく、お互いに懐かしがって喜んでいた。
調理場で、小人のメロットがガレスに愚痴った。
「炬人族にドリュイダンって、サドで嫌な奴がいて、また炬人族の村に帰ってきたんですよ」
「……そう。大変だね」
ガレスは優しく、メロットの愚痴を聞いてやった。
カールレオン城から少し離れた森の中に、石を輪のように並べた遺跡……ストーンサークルが存在した。石はどれも古くて、あちこちが崩れ、苔むしている。
モルドレッドは、一人で竪琴を弾いていた。
日頃から、良くここで一人、竪琴を弾いていたが、自分が作った歌は、何となく最近は避けていた。そこへ、アッシュブロンドの騎士…トリスタンがやって来た。
「やあ、久し振り。モルドレッド。ゲール同盟の盟主……スコーティアの上王」
「……トリスタン。お前、コーンウォールのティンタジェル城を、ゲールの手元に取り返そうとして、仕組んだんじゃないか」
そう言うモルドレッドに、トリスタンは肩を竦めた。
「さあね。……でも、酷い暴君だったからな。メロットも鞭打たれてたみたいだし。あと、ロバの耳だった。妖精が化けてるんじゃないかな」
トリスタンは、古い石の環を見つめた。
「イゾルデはヒベルニア……アイルランドの姫君だ。僕はハイランドの王子。君はオークニーやロジアン。そして、ゲール全てを取りまとめるスコーティアの上王。“ロット”の名を継ぐ者。あとウェールズの王と、サクソンの王を加えれば、ゲール同盟だ」
「……だが、アーサーは今、ウェールズに根を下ろしている。コーンウォールやブルターニュ、湖水地方や……俺んとこのオークニー諸島も」
モルドレッドの言葉に、トリスタンは頷いた。
「主に、ブリテンの西側だ。……何だかな。段々、僕達スコーティアと、サクソン族が対立することになるんじゃないかって予感がするんだ。北と南でな」
モルドレッドはふと、思い出して言った。
「……イングランド」
「……?」
「……マーリンが言っていた。サクソン族の住む南東の土地は、のちにイングランドと呼ばれるようになる。俺達のスコーティアはスコットランドと。……やがて、イングランドは、スコットランドとの戦いの果てに、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの北部を取り纏めるようになる。そして、一つの国になるのだと」
「……ふうん。その国の王は、まるでアーサー王みたいだな」
トリスタンはそう言って、楽しげに笑った。
五月祭の後は、結婚ラッシュだった。
ランスロットがエレインと結婚することを決めて婚儀を挙げたし、ベイリンとベイランも、それぞれ褐色の彼女と結婚した。 ベイリンの彼女はアステル、ベイランの彼女はアントニアと言った。バーシヴァルは、子供が出来たのに、まだ彼女とぐだぐだやっていた。他にも女の子がいて、ちょっとした修羅場になったらしい。
だが、女関係が一番怪しいのは……ベイリンとベイラン並みにナンパ好きのガウェインだった。 ラグネルとの間にフロレンスという息子を作ったが、 他にアムルフィン、イサベレ、イデンなど、ガウェインが口説いたらしい女の子が何人もいた。
一度、ラグネルは怒ってヒベルニアの実家に帰ってしまい、ガウェインは迎えに行くのがちょっと大変だった。だが、迎えに行く旅路にも、女の子と少しいい感じになったりするのだった。イデンという女の子は、炬人のドリュイダンが欲しがるのであげたが、イデンは物凄く怒って実家に帰ってしまった。
全くモテないガラハッドはむっとしていた。
アーサーも、モルガン……グウェンフィヴァルにプロポーズして、ついに結婚した。
小さな女の子達が花弁のシャワーを散らして、式典の服を着たアーサーと、絹のドレスを着たモルガン……グウェンフィヴァルは、とても幸せそうにしていた。
これを機会に、モルガンは名前をグウェンフィヴァルと変えた。
アーサーが結婚式を挙げた翌日、マーリンがアーサーとグウェンフィヴァルを呼び出して言った。
「……アーサー、モルガン……今はグウェンフィヴァルでしたね。貴方達に、伝えなければならないことがあります」
「……え、な、何?」
深刻そうな顔のマーリンに、黄色いシャツに緑のズボンという、普段着姿のアーサーはおののいた。
「普段着のアーサーは、本当に田舎の普通の男の子にしか見えませんね。素直で、純朴で」
「……はあ。何?」
一方で、モルガンは髪を後ろで一つに纏めて鈴の髪飾りを付け、紫色のドレスを着て静かにマーリンの方を見ている。
「アーサー、グウェンフィヴァル。実は貴方達の息子が、この城に……円卓の騎士にいるのです」
「……息子?」
「そう、息子です。ガラハッドがランスロットとエレインの子なのは知ってますね。
彼らは以前“滅びたとき”から、時を越えて、造り直されて、ここにいるのです」
吃驚した顔をするアーサーに、マーリンは続けた。
「……モルドレッド。それが、貴方達の息子の名前です。アーサー、グウェンフィヴァル。言おうか言うまいか、悩みました。でも言ってしまった方がいいと思いまして」
マーリンは難しそうな顔をしていたが、柔らかい表情で言った。
「モルドレッド、出てきて下さい。貴方の両親だと、貴方は知っていましたね」
柱の陰から、はにかんだモルドレッドが出てきた。
モルドレッドは、少し背が伸びたが、まだアーサーやグウェンフィヴァルを見上げていた。
アーサーと同じ、金髪に青の瞳だった。
「……モルドレッドは“以前滅びたとき”、ゲール同盟の盟主として、アーサー。貴方と対立し、貴方とログレス王国を滅ぼしました」
「ログレス王国を……」
グウェンフィヴァルも驚くが、アーサーとモルドレッド、二人の表情が強張るのを見て、黙り込んだ。
「……そう。俺はたびたび、その様を夢に見た。……でも、俺は」
言葉に詰まるモルドレッドの顔を、アーサーが覗き込んだ。
「……今、俺は、そんなつもりは」
「……なら、まあ。いいさ。どこまで信じていいかわからないけどな」
「アーサー!」
グウェンフィヴァルはアーサーに抗議のような声を上げるが、アーサーは言った。
「僕に信じさせてみな。お前のことを」
アーサーの言い方は少し冷たく、小さなモルドレッドは少しムッとして……少し自信なさげに、アーサーを見つめた。
「……なあ、モルドレッド。あのさ、お前は何でいつも、何かを諦めたような顔をしてるんだ?前から気になってたんだ」
「……別に」
「別にじゃないだろ。……嫌になるな。お前は俺に似てるな」
アーサーはそう言って、腕を組んで溜め息を吐いた。
「その表情は、俺の表情だ」
アーサーは人差し指を立てて、モルドレッドに突き付けた。
「いいか。僕はお前には興味を持たない。それで、いつも通りに自分の日常を送ってやる。お前なんか知らないんだからな。お前なんか知るか! 裏切りそうな奴なんかいらない!」
ポカーンとして、グウェンフィヴァルもマーリンもアーサーを見つめた。もっと違う、慈愛に満ちた言葉が出るだろうと思った。モルドレッドは何と言っていいかわからなかった。
「お前は本当にチビだなあ。それ以上背が伸びるのか? 良くわかんないけどさ。やーいチービ、チービ」
何だか良くわからないが、マーリンもグウェンフィヴァルも(これは、いつもアーサーが戦うときの挑発だ!)と勘づいた。モルドレッドは、段々ぷるぷると震え出して、懐からキャラメルの包みを出してアーサーの顔に投げ付けた。アーサーは幾つか受け止めるが、幾つか溢してしまった。
「このお菓子は食べていいんだな!」
「お前なんか嫌いだあー!」
泣き叫びながら走って行くモルドレッドを見つめていたグウェンフィヴァルが、アーサーに怒った。
「ちょっと、あれでいいの?! 可哀想じゃない! まだ子供なのよ!」
「あいつ、ちょっと大人になり過ぎてて暗いからな。ガキくさいくらいでいいんだよ。ガキなんだから」
アーサーはキャラメルを食べながら呟いた。
以降、アーサーとモルドレッドの子供じみた喧嘩が続いた。
モルドレッドは地面に落とし穴を掘ったり、上から大量の水が振ってくる罠を張ったり。
残念ながら、アーサーはことごとく引っ掛かった。そのたびにモルドレッドを「チービ!」と馬鹿にするのだが、何だかんだで周囲からは、アーサーとモルドレッドが仲良くなっているように見えた。これが、この親子なりのコミュニケーションなのかも知れなかった。
グウェンフィヴァフは、はじめ呆然としていたが、段々とその様子を見て笑うようになって、仲良くなったイゾルデに「笑ってていいの?」と心配されていた。
「……なんでかしらね。なんだか、ホッとしたの。……いつも、大人びた顔をしてたから」
アーサーがあんまり色々言うので、段々とモルドレッドが泣き出して、アーサーはグウェンフィヴァルに「いい加減にしなさいよ」と叩かれていた。
マーリンはそれを穏やかに見つめながら、アーサーに呟いた。
「……やっぱり、僕自身が、海に沈んだ大陸に行きたがっている」
「……マーリン?」
「あそこに行けば、僕やガニエダや、モルドレッドやガラハッド……それにグウェンフィヴァフに掛かっている、様々な成長の魔法が解けるかも知れないから。ヴァレリンは詳しいけれど、教えてくれないですし」
「ヴァレリン?」
「うちのアレイスター・クロウリーですよ」
マーリンは、失われた大陸の方角を見詰めていた。
「……海に沈んだ大陸か。まるで、異世界みたいだな。……ゲールの異界アンヌゥンみたいな」
数日後、アーサーの謁見の間に、ドルイド養成所の校長、タナブルスとガニエダがやって来た。タナブルスは口元に長い白髭を生やし、ガニエダは若い娘の姿で大きな樫の杖をついていた。後ろに、黒いローブを纏った眼鏡の男がいる。
「……アーサー王。邪竜教団の話はマーリンから聞いておりますかな」
タナブルスの言葉に、アーサーは頷いた。
「……ああ。君達がそいつらと戦っていることも」
「……では、プラトンの詩、クリティアス、ティマイオスに登場する、失われた大陸のことは」
「小さい頃、マーリンから習った。でも最近、忘れかけてたから、マーリンに言われて本を読み直したよ。ギリシャに伝わる古代大陸アトランティス。千年も昔に、政治家ソロンがエジブトの神官から伝え聞いた話を記したもの」
アーサーは腰に差した聖剣に触れた。
「僕が、湖の巫女から貰ったエクスカリバーも、アトランティスの鉱物で造られたものだと聞いたよ」
ガニエダが言った。
「……現在、湖の巫女らがギリシャ付近の海底に潜り、海に沈んだ大陸……アトランティスを探しております。……見つかったそのときは……力を貸して欲しいのです」
「……力を? わかった。そうしよう」




