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バルフォグ湖

アーサーやランスロット一家が遊びに行ってしまって、カールレオン城での謁見の間では宰相のケイが苛ついていた。普段、青いガウンを羽織ったアーサーが座っている筈の玉座は空っぽだ。

「どんだけ手薄なんだ! ランスロットにパーシヴァルどころか、アーサーとマーリン様まで、一緒に出掛けるなんて!」

「まあ、俺らオークニー一家はいますから」

ガウェインが取りなすように言うが、ケイはがなりたてた。

「面倒事を押し付けやがって……次は僕も遊びに行くからな!」

「本音はそれですね」

ガウェインが謁見の間を退出して、廊下に出ると、窓からグウェンフィヴァフが外を見つめていた。水色のドレスを着たグウェンフィヴァフが、ガウェインの視線に気付く。

「あ、ガウェイン」

「グウェンフィヴァフ様、何を見ていらしたんですか」

「……え? ああ……遠く。ソールズベリー平原の方を見ていたの。サクソン族が随分と迫っていて、大変なんでしょう?」

「ああ……。ちょっとした小競り合いが多いみたいですが…。ウェセックスのシンリック王から、休戦協定の話が来ているんです」

ガウェインの言葉に、グウェンフィヴァフは可愛らしく瞬きをした。

「……サクソン族から使者が来たの?」

「サクソン族からの使者はこれが初めてじゃありませんよ。キリスト教改宗国のケントの王や、イーストアングリアの女王とは同盟関係にありますし……。……これで大きな戦争が減るなら、何よりです。どれだけ保てるかは、わかりませんが」

「……ガウェインも、平和主義なことを言うのね」

小さく笑うグウェンフィヴァフに、ガウェインがちょっとばつが悪そうな顔をして言った。

「俺は強くありたいと思っていますが、特別、争いが好きなわけじゃありませんよ」

グウェンフィヴァフは、視線を遠くの地平線の向こうに戻した。

「……サクソン族……。彼らは何故、このブリテンの地に来るのかしら」

「彼らの故郷……ゲルマンの土地が酷く冷え込んだもので、寒さに耐えられず、民族単位で南に逃れてきているのだと言われてますね。だからローマ帝国も、今は俺らどころじゃないんですよ」

「……ふうん、そうなの」

グウェンフィヴァフはそう言うと、踵でドレスの裾を踏んづけて、後ろに転びそうになってしまった。驚いたガウェインが、小さなグウェンフィヴァフを軽々と抱き上げる。

ちょうど、お姫様抱っこになっていた。

「グウェンフィヴァフ様、大丈夫ですか?」

「……だ、大丈夫よ。ガウェイン」

グウェンフィヴァフがそう言うと、ガウェインの肩越しに見知った金髪の男の子がいた。

ガウェインの末の弟……モルドレッドだった。

その横には、彼が最近いつも一緒に行動している狼男(と周囲から言われている)チューバがいた。

「ンガ?」

ガウェインも、グウェンフィヴァフの視線の先にモルドレッドがいることに気付いた。

「あれ? モルドレッドじゃねえか。お前、そんなところで何してるんだ?」

ぼけっとしていた小さな金髪の少年…モルドレッドは、我に返ると「いや、な、何でもない」と言って、何故か焦りながら近くの階段を登って去っていった。

ちょっと、階段を滑りかけたが持ち直して、行ってしまった。

「何だ? あいつ」

ガウェインが末の弟が行ってしまうのを見ていると、ガウェインにお姫様抱っこをされていたグウェンフィヴァフが、顔を赤らめながら言った。

「……あの、もう大丈夫なので。ガウェイン、離してください」

「おっと、すみません。グウェンフィヴァフ姫」

ガウェインは優しく、グウェンフィヴァフを地面に下ろした。

「あ、あの、私はそれでは……」

グウェンフィヴァフは赤面したまま、その場を走り去っていた。

ドレスの裾を、また踏んづけそうにして走ってゆく、プラチナブロンドの小さなお姫様を、ガウェインは不思議そうなに見守りながら呟いた。

「ちっこい奴同士でなんかあったのかな?」


アーサーら一向は、火竜グラインがバルフォグ湖に到着すると、早速、化物退治…をするわけではなく、各々がのんびり過ごしていた。

天気が良く、湖の向こうに遠くの青い山並まで見渡せた。カッコウや、虫の鳴き声がそこかしこから聞こえる。モルガンとエレインは草むらに腰掛けて、静かに寄せる波を見ながら、たわいない話をして笑っていた。

「いい天気ねー」

「あそこに沢蟹がいるわ」

マーリンは釣り道具を出して、アーサーとマーリンとランスロットとパーシヴァルとガラハッドが釣りに挑戦することになった。

五人は湖畔の岸辺のごつごつした岩に腰掛けて、マーリンが取り出した釣竿を手に、釣りを始めた。ガラハッドは餌の虫に触れなくて、ランスロットに釣針に虫を刺して貰った。

「もう、虫も触れないのか。情けないなあ」

「ありがとう。お父さん」

「……全然、釣れないなあ」

アーサーが呟く左横で、パーシヴァルはさっきから大量に釣りまくっていた。

パーシヴァルのバケツは魚がうようよ泳いでいる。

「……くっそー。どうやったら、そんなに釣れるんだよ」

「俺の父のペリノアは一応、漁夫達を取りまとめる王ですからね。俺も小さい頃、良く漁に出ました」

焦るアーサーに、パーシヴァルは淡々と言う。

アーサーが半目で見ている間に、また、パーシヴァルは一匹釣っていた。

ランスロットはまあまあで、ガラハッドはナマズが何匹か釣れた。

「マーリン、良く釣れる釣竿を出してくれない?」

「……もう、十九歳なんだから、いつまでも僕の魔法に頼ってちゃ駄目ですよ」

アーサーが言うので、マーリンは仕方なく、大きな樫の杖を振って、アーサーの釣竿をレベルアップしてやった。ただ、木の枝に糸をくくりつけただけだった釣竿が、何だか金色で長く、ガッシリした釣竿に変わった。

「……うおお、な、何だこれ」

「グウィズノ・ガランヒルの(はり)です。沢山の魚が釣れますよ」


それから、アーサーは凄まじい量の鮭を釣りまくった。ランスロットとガラハッドが驚嘆の声を上げる。

「……凄い、さすがアーサー王!釣りの腕も半端ないですね!」

「……いや、まあ釣竿が凄いんだけどさ」

アーサーの隣に座っていたパーシヴァルは「…ズルじゃないか?」と呟いた。

マーリンも、アーサーの方を見て考えていた。

(僕が封印されるのは防げたけれど、僕は、少しはアーサーから離れていた方が、アーサーのためになるのかなあ?)と。

ガラハッドも、アーサーにグウィズノ・ガランヒルの(はり)を借りて、魚を大量に釣らせて貰った。やがて、皆で薪を集め、モルガンが魔法で火を点けて焚き火を起こした。モルガンは何だか、調子が悪くて焦っているみたいだった。エレインが心配して、モルガンに「大丈夫?」と、声を掛けていた。

マーリンが湖に立てられた木の看板を見つけて「この湖は、釣りを楽しむだけなら良いが、魚を捕るのは現地の漁師以外、禁止」と書かれていたので、皆、魚を湖に還してやった。

ガラハッドはグウィズノ・ガランヒルの(はり)を借りて、湖に釣糸を垂らしていた。

隣で、マーリンがそれを見つめる。

「……あれ? 急にかからなくなりましたね」

「……どれ、僕に貸してください」

マーリンに言われて、ガラハッドはマーリンに黄金の釣竿を渡した。

「……あれ。かからない、おかしいなあ」

仕方ないので、マーリンとガラハッドはボケッとしながら話した。

「ガウェインに、貴方の育った土地の名前を付けるとしたら、どんな名前にします?」

「うーん。どうだろう。明るい感じですかね。……ラグネルさんて、ブスの呪いを掛けられてたらしいですけど、美人ですよね」

「……そういや、ガラハッドってベイリンのこと、ちょっと好きでしょう」

マーリンの言葉に、ガラハッドは困り顔で言った。

「……うーん。何と言えばいいか困りますけど。だって、ベイリンさんは酒場のヤミーさんが好き過ぎるので。明るい人が好きみたいですね。私はちょっと暗いですし」

「……そうですか」

そう話すガラハッドとマーリンの背中で、草むらがガサガサと揺れた。

第九話 水辺の妖精アファンク


ガラハッドとマーリンが驚いて後ろを向くと、湖から小さな川が流れる場所に木の枝で塞き止めた、小さなダムがあった。そこに、歯の長い茶色い動物……ビーバーが二匹立って、話し掛けてきた。

「あの……アーサー王様だとお聞きしたのですが、本当ですか?」

ランスロットとパーシヴァルは吃驚して呻いた。

「お、おお、ビーバーが喋ってる……!」

「いや、でも、フクロウのピュタゴラスも喋るからな」

「人の言葉を理解する獣は沢山います。中には話す者だっています。彼らを傷付けてはいけませんよ。ガラハッド……ちょっと釣竿を頼みますよ」

マーリンはそう言うと、黄金の釣竿をガラハッドに渡して、バケツの中身を嬉しそうに見ていたアーサーを引っ張って、二匹のビーバーに近付いた。

「え? 何? 話すビーバー? ふうん。何の用だい?」

アーサーの反応は他から比べると、とても薄かった。

アーサーは、昔からマーリンから不思議な授業を受けていて、様々な動物…中には虫にも変身して彼らと話したりしたので、こういうことには慣れていた。

モルガンとエレインは、ビーバーに「可愛いー」と騒いでいた。

「……貴方方は、この辺で暴れていると噂の化け物『アファンク』を倒しに来たのではありませんか?」

そう言うビーバーに、アーサーは「うん」と頷いた。

「ああ、『アファンク』は元々、私共の仲間の妖精だったのです。それが、川の汚い部分を探るもんだから……。やめろって言ったのに」

「川の汚い部分?」

マーリンが聞き返した。ビーバーは川を指差して説明する。

「はい、川のあそこの部分は、穢れた水と呼ばれていて、闇の魔法樹から染み出た水が流れているから皆、近付くなと言われていたんです。でも、アファンクの奴は、近付いちゃって……」

もう一匹のビーバーも補足する。

「本当は悪い奴じゃないんですけど……」

そのとき、ガラハッドが「うわあー!」と叫んだ。

酷くグウィズノ・ガランヒルの(はり)がしなっている。

釣糸はびんと張りつめ、水面には巨大な影が揺らめいていた。

「……ヌ、ヌシ?」

モルガンとエレインが駆け付けて、ガラハッドと一緒に黄金の釣竿を引っ張った。

すると、激しい水飛沫と共に、水掻きを持ち、全身が尖った土色の毛並みの巨大な生き物が、釣糸の先を食わえて、宙に引っ張り上げられた。

土色の毛並みの巨大な生き物は、地面に引き上げられると、ガラハッドとエレインとモルガンに襲い掛かった。

「きゃあー!」

「……わあー!」

ガラハッドがビックリして剣を抜き、迫り来る生き物の爪を止める。

後ろで、ビーバー達が騒ぐ。

「こいつです! こいつがアファンクです!」

「あの……どうか殺さないでやって下さい!」

アーサーは、ビーバー達に「わかった」と言った。

「皆、なるべく傷付けないように」

「……余り傷つけないようにか、難しいな」

アファンクの攻撃をかわしながらランスロットが呟く。

アファンクは氷の魔法を放ち、ガラハッドは足元が凍り漬けにされてしまった。

だが、パーシヴァルが剣の柄で、ビーバーの頭を殴って気絶させた。

「……今の内ね」

素早く、モルガンがアファンクに睡眠の魔法を掛けようとした。

だが、何だか失敗して、代わりにアーサーが寝てしまった。

「きゃあ、ごめんなさい!」

モルガンは慌ててアファンクに、睡眠の魔法を掛け直した。

マーリンが懐から、水の入った皮袋を出した。

聖なる魔法樹の生える泉の、光輝く水を出して妖精アファンクに振りかけてやった。

アファンクは毒気が抜かれたようで、穏やかな顔付きで、だんだん他のビーバーみたいに小さくなった。二匹のビーバーが、アファンクの元に駆け付ける。

「良かった、アファンクが元に戻った」

ビーバー達はお礼だと言って、大きな鮭を一匹と、綺麗な真珠色の宝石を渡した。

大きな鮭はランスロットが貰った。

「わーい、塩鮭が食べれるぞ」

宝石は話し合って、アファンクを気絶させたパーシヴァルに渡すことにした。

パーシヴァルが嬉しそうに言った。

「……やった。彼女にあげよ」

「その汚れた川の部分にも降り注いでおきましょう。……近くに闇の魔法樹があるみたいですから、そちらも浄化しなければ。ビーバーさん方、近くの闇の魔法樹まで案内して頂けますか?」

マーリンに、ビーバー達が頷いた。

「それではモルガン、僕は闇の魔法樹まで行きますので、こちらの川の浄化をお願いします」

マーリンは大きな樫の杖を振ると、モルガンの手元に聖なる泉の水が入った皮袋が現れた。

アーサーが、少し心配そうにモルガンに言う。

「……モルガン。最近、不調じゃないか?」

「……ええ、何だか」

モルガンは不安げに俯いた。少し視界が悪くて、モルガンは眼鏡を掛けた。

モルガンは、マーリンに言われたように、川の淀んだ部分に皮袋の輝く水を振り掛けて、浄化した。モルガンは張り詰めた表情だった。

何となく、アーサーはモルガンの頬をぷにっと指で押してみた。

「……な、何?」

「つっかえ棒」

そう言って、アーサーは笑った。

「……グウェンフィヴァフが、好きな相手が出来たから婚約は破棄して欲しいんだけど、暴力兄貴から保護はしといて欲しいって、侍女のアグネスに言われた」

モルガンは何と言っていいかわからず、言葉に詰まった。

「……それだけ」

そう言うと、アーサーは、ビーバー達と話しに行った。


冬が始まり、空気が肌寒いものの、朝日の明るい朝だった。

マーリンは、頭の上でフクロウのピュタゴラス二世を乗せて、裏庭で久々に竪琴を弾いていた。白雪姫の『ハイ・ホー』だった。

何だか、グウェンフィヴァフの元に、兄のゴートグリムが喧嘩で死んだという報せが来た。

カメリアード王国からの報せを受けたアーサーは、執務室にグウェンフィヴァフを呼んで、そのことを教えてやった。

が、何だかグウェンフィヴァフは余りカメリアード王国に帰りたくなさそうだったので、アーサーは気を利かせて「別にいてもいいよ」と言ってやった。

アーサーは「あと」と、付け足した。

「好きな相手が出来たって聞いたから、婚約は破棄してもいいよ」

吃驚したグウェンフィヴァフは消え入るような声で謝ったが、アーサーは全然何ともない顔で笑った。

「……あの、すみません」

「……いいよ。……まあ、わかってるだろうけど、僕にも他に好きな人がいるし。…それに、なんかグウェンフィヴァフって、誰かに似てる気がしてたんだ。誰だったかな、って、ずっと考えてたんだけど、最近ようやくわかったよ」

アーサーは青いガウン姿で執務室の椅子に座り、目を伏せながら言った。

「……君は、僕の母親に似てるんだ。イグレイン。それが、僕の母親の名前さ。……僕の父が、自分の騎士から無理矢理に奪い取った人だった。それが真実なんだ。僕の生まれ方は間違いだった。……でも、僕は……何て言えばいいかな。僕は、凄く嫌な生まれ方をしたけれど……僕は……うーん」

アーサーは唸り、グウェンフィヴァフを見上げて言った。

「受け入れなきゃいけない。そして、前に進まなきゃいけない」

グウェンフィヴァフは、そう言うアーサーを見て、気まずさの向こうに、懐かしさを感じた。

何だか、小さなアーサーの姿が見えた気がして、静かに微笑んだ。

「……そう、そうね。私も、前に進まなければ。ありがとう、アーサー」

アーサーは、その微笑みにイグレインが重なって、少し驚いた顔をしたが、笑い返した。


その頃、モルガンは眼鏡を掛けて、魔法書と睨めっこしながら青い炎を出していた。

ベイリンは、黒馬亭以外の酒場で、「やってられっか、ちきしょー!」と、ナンパしまくった女の子に囲まれて酒を呑みまくっていた。

数日後、ベイリンはベイランの彼女、アステルに友達を紹介して貰って褐色の肌の彼女を作った。

マーリンは師匠、ブレイスのところに行って様々なことを報告した。

「まるで、エディプス王とイスカリオテですよね」

「良く頑張ったね」

ブレイスはマーリンの頬にキスをして、マーリンは焦って顔を赤く染めた。

ランスロットは大きな魚を持って調理場に行き、調理して貰って喜んでいた。

「お父さん、良かったね」

「ガラハッド、お前にも魚食べさせるぞ」

「……まあ、ちょっとなら」

ガラハッドは、月とダビデの星を象ったブローチを弄りながら言った。


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