再会
下町の酒場、黒馬亭では、昼間から看板娘のベルちゃんが愚痴っていた。ベルちゃんは布地の少ないシャラシャラした服に、髪飾りを付けていた。彼女は東方の血を引いていて、長くストレートでサラサラした黒髪で、良く見た目がグウェンフィヴァフ姫に似てると言われた。
彼女を黒髪にすると、正しくベルちゃんにそっくりになる。だが、最近は髪を栗色に染めたようだった。
「最近、髪を栗色に染めたら、また変なファンが増えちゃって。あーあ、全く。最近の客ってしつっこいたらありゃしないわ。やってらんない」
「本当ねー」
ベルちゃんに、同じく踊り子のアステルちゃんが頷いた。
「そういや最近、アーサー王のお兄様だっていう、ケイって人がカッコイイ気がするのよね」
「……ケイ? ああ、アーサー王付きの執事の。あんた、サクソン族の金髪に青い目の彼氏がいたじゃない。確かベオウルフっていう」
「当たり前よ、私の彼氏はベオだけよ……。でも、ベイリンには可哀想なことをしたかしら」
踊り子のアステルちゃんに言われて、ベルちゃんはストレートな黒髪を掻き分けて言った。
「ベイリンには、私がいい娘でも紹介しようか」
黒髪に褐色の肌のアステルちゃんが言う。そんな二人に、ウェイトレスのメグちゃんが溜め息を吐いた。
朝の兵舎の広間で、ランスロットが呟いた。
「なんか、最近スッキリしてきた……というか、何であんなにグウェンフィヴァフ様に入れ込んでたのか、わからなくなって来た」
弟のエクトール・ド・マリスや、パーシヴァルが言う。
「そりゃ、良かった」
「本当に良かった。ランスロット様、正常に戻ってきたんですよ」
ランスロットも頷いた。
「……うん、自分でもそんな気がする」
「娘が出来たせいじゃないですか。父性が出てきたとか」
「……そうなんだろうか」
そこへ、ガラハッドがやって来たので、ランスロットが父として言った。
「ガラハッド、お前、ちょっと起きるの遅いぞ」
「ああ……うん。ごめんなさい。お父さん」
「うんじゃなくてはい」
「はい」
ガラハッドが眠そうに目を擦る。ガラハッドは、手を包帯で巻いていた。更に、髪の毛が何だか青っぽかった。
「あれ、ガラハッド。包帯巻いてどうしたんだ。髪の毛も青っぽいし」
パーシヴァルの問いに、エレインが言う。
「ああ、お兄様。ランスロット様が、数日前、ガラハッドをうちの実家のカーボネック城に連れて行ったんです」
「うん」
「で、カーボネック城の冒険の間に行ったんです」
「うん。ガリアのブロセリアンドの森に繋がってるからね。僕のお師匠のヴィヴィアン様に会わせようと思って」
ランスロットの台詞に、エレインが溜め息を吐いた。
「この子、そこにあった『冒険のベッド』に寝たら、ベッドが火の槍を吹いて、怪我しちゃったんですよ」
「夢の中で何者かが襲い掛かってきて、吃驚した上に痛かった。髪の毛はカーボネック城で大青の染め粉を被っちゃって」
「そういえば、そんなこともあったな」
ランスロットは、半目のエレインに睨まれて、思い出しながら答えた。
「……しかし、アーサー王が騎士役を買ってから、モルガンを悪く言う人は随分減ったな」
「いいことだわ。ガラハッドも戦わずに済むし」
ランスロットに、エレインが言う。エレインはずっとランスロットに敬語だったのだが、ガラハッドが現れてから段々敬語が崩れて来ていた。ランスロットはその方が嬉しいみたいだった。ガラハッドが言う。
「……まあ、私も目立たずに済むから嬉しいんだけど。沢山の人に見られるのって本当は物凄く苦手だから」
「でも、騎士としてすることがなくなっちゃうからな。今度、僕とまたヴィヴィアン様の湖まで冒険に行こうか」
話を聞いていたパーシヴァルが、思い出して言った。
「バルフォグ湖で『アファンク』という化け物が出て、近辺の人や動物を襲ってるらしいんだ。アーサー王も行きたがってるけど…。二人も来ますか?」
朝食どきの円卓の間では、ベイリンがブスッとした顔で、何かを繰り返していた。
「女なんていらない」
「まあ、女は他にもいいのがいるさ。誰かいい子紹介するように頼んでやるよ」
「女などいらない」
ベイランは、ベイリンをどうにか励ましてやろうと、ケイに目を向けた。
「おい、ケイ。そういや、俺らの姉妹のアンドリヴェートとはどうだ?」
話を振られたケイは淡々と話した。
「ああ、アンドリヴェート姫とは合意の上で婚約している。
義父のカドール王からは、お前らの代わりにノーサンバランド王国の領地を治めてくれって言われてるよ」
赤毛の双子ベイリンとベイランは、栗毛のケイを凝視した。やがて、ベイリンは泣き出してしまった。ガラハッドが気を使って、果物の皿を渡すと「うぜぇ!」と益々泣き出した。
「じゃあ、俺に寄越せ」と、果物好きのガウェインが果物の皿を持っていって、あっという間に中身を平らげた。ラグネルがジト目で「あんたって人は」と呟いた。
アーサーに、マーリンが耳打ちした。
「ケイが、ベイリンとベイランの義兄弟になるみたいですね」
「ベイリンとベイランは嫌そうな顔してるな」
ケイの隣には、気の強そうな金髪の女の子…ベイリンとベイランの姉妹が座って食事を取っていた。
「ベイリン、ベイラン。お前ら、相変わらず女をナンパしまくってるんだろ」
「アンドリヴェート。いや、最近のベイリンは一途だったんだ。ベルちゃんて女の子に」
「本気だったんだあー!」
ベイリンは、顔を手で覆ってしくしくと泣いた。
脇で、ランスロット一家が鮭の塩漬けを食べながら話していた。
「バルフォグ湖か……魚が食べられるかなあ」
「ランスロット様、お魚大好きだものね」
ベイリンがぽそりと呟く。
「……俺、やっぱりベルちゃんのこと、諦めない。頑張ってたら、いつか振り向いてくれるかも知れないから」
「……そうかい。まあ、頑張れよ」
ベイランは、少し呆れたような顔でベイリンに言った。
グウェンフィヴァフは、髪に赤い野薔薇の花飾りを付けて、侍女のアグネスと一緒に、自室に籠って刺繍をしていた。グウェンフィヴァフはここ数日の自分の言動を思い返して、何故あんなにも大胆になれたのだろうと、少し恥ずかしいような気持ちが沸いてきた。
何とはなしに、アグネスに言う。
「……ねえ、アグネス」
「どうしましたか?」
「……いえ、何でもないわ」
グウェンフィヴァフは少し押し黙ると、また口を開いた。
「……私、最近おかしいかしら? ……何だか、今になって、色々言ったことが恥ずかしくなってしまって」
「普段通りのグウェンフィヴァフ様なだけですよ」
グウェンフィヴァフは顔を真っ赤に染めた。グウェンフィヴァフの刺繍が出来上がった。
これを、自分が最近気になる男の子……金髪の少年にあげようと思った。
グウェンフィヴァフは、出来上がると早速、城内を歩いて彼を探し回った。
姿が見えないとき、思い当たるのは屋上だ。グウェンフィヴァフは、屋上へと向かった。
男の子はいた。全身、茶色い毛が生えた狼男のチューバと一緒にいる。
彼は、竪琴を手に歌を歌っていた。
「とかげのしっぽ、イチジクの枝、バターミルク、腐りかけの丸太橋……」
何だか、懐かしい歌だった。グウェンフィヴァフは話し掛けるのも忘れて、聞き入っていた。
(……この歌、私が聞いたことがある歌だ。でも、どこで聞いたか思い出せない。何だかとっても懐かしい……)
ふと、少年は竪琴を奏でる手を止めると、隣でじっと聴いていたチューバに言った。
「俺……。俺の親は、本当はガウェインらと違うんだ」
遠い空を見つめながら言うモルドレッドに、チューバは「ンガ」と言った。
「俺の本当の父親はアーサー、母親はモルガン。俺は二人の息子なんだ……」
二人の後ろで、吃驚したグウェンフィヴァフは何も考えられず、そのまま去ろうとしたが、ドレスの裾を踏んづけて転んでしまった。
「きゃあっ!」
驚いて振り返ったモルドレッドに、グウェンフィヴァフは見つかってしまい、気まずそうな顔をした。暫く沈黙が降りて、全身を茶色い毛に覆われた大男のチューバが、モルドレッドに何か言って、モルドレッドは小さく頷いた。
「……あの、グウェンフィヴァフ姫」
モルドレッドに声を掛けられて、グウェンフィヴァフは赤面して慌てて起き上がった。
「……あ、あの、私……。これ…刺繍を作ったの。…貴方に…この前のお礼に」
モルドレッドは、顔を赤く染めながらたどたどしく言うグウェンフィヴァフを見つめるが、少し躊躇いながら言った。
「……すみません、俺はそれは受け取れません。受け取る資格がないんです。だって、俺は」
モルドレッドの脳裏には、どこまでも続く平原で、軍を率い、彼と…アーサーと戦う自分の姿が過った。
「俺はアーサーの息子で、貴方はアーサーの婚約者だ。……それに」
少年の瞳は、戸惑いに揺らいでいた。
「夢を見るんです。自分が、大勢の軍を率いてアーサーと戦う夢を」
弾かれるように、グウェンフィヴァフはモルドレッドを見つめた。
「……だから、俺は」
モルドレッドの金色の髪と、グウェンフィヴァフのプラチナブロンドが、風に靡いた。
ふと、一瞬、重なりあう二人の視線の間に、何かが走った。
二人とも驚いて、息を飲んだ。
自分達は、全然違う別の誰かだった。
モルドレッドも、グウェンフィヴァフも背が高くなっていた。
まるで、アーサーとモルガンのように。
その姿は、彼らより幾つか上かも知れない。
モルドレッドは黒髪で、同じ赤い髪飾りで髪をゆるく結っていて、黒いマントを羽織っていた。グウェンフィヴァフは、プラチナブロンドを少し後ろで纏めて、赤い花を髪に飾り、金色の刺繍が施されたドレスを纏っていた。
グウェンフィヴァフは、瞳に映ったモルドレッドの姿を見て、涙を溢した。
「……ゴーロイス」
モルドレッドは、グウェンフィヴァフの名を呼ぼうとしたが、全然違う名を呼んでいた。
「……イグレイン」と。
それは一瞬で、気が付いたとき、モルドレッドは小柄な金髪のモルドレッドで、グウェンフィヴァフはグウェンフィヴァフだった。
暫くの間、静寂が降りて、二人は何も言えなかった。




