騎士としてのアーサー
カールレオン城の婦人の間。グウェンフィヴァフは刺繍をしながら、様々な婦人と話していた。
「グウェンフィヴァフ様、ずいぶんお変わりになりましたね」
「……そ、そうかしら」
侍女のアグネスの言葉に、グウェンフィヴァフは首を傾げた。
「…ええ。明るくなられました。でも、人が違うのではなくて、ただ、自分らしさを出すようになられただけだと思いますよ。もしや、気になる殿方でもお出来になったのですか」
「……し、知らないわ」
アグネスに言われて、グウェンフィヴァフは頬を染めてそっぽを向いた。だが、少しして押し黙った。
カールレオン城の屋上では、小柄な金髪の男の子、モルドレッドが、狼男…ということになっている親友、チューバと話をしていた。モルドレッドは、チューバ以外は、一人でいることが多かった。以前、モルドレッドとチューバが会話しているのを聞いてしまったことがあった。
そのとき、モルドレッドは言った。
「……俺、本当はここにいてはいけないのかも知れない」
グウェンフィヴァフは、刺繍をしながら少し俯いた。
(……何で、こんなに気になるのかしら)
休日のカールレオン城の城下町では、人形劇が行われていた。小さな子供達や人々の中で、ガラハッドはそれを見ていた。お姫様が悪い魔女によって拐われて、それを王子様が助ける。
ガラハッドは、人形劇は好きで良く見に来ていたが、魔女が王子様に倒されるのを見て、何となく疑問が沸いていた。人形劇の悪役はいつだって黒い格好や黒い髪の毛の魔女だ。
それは普段からの疑問だった。実際、黒髪の女や、湖の巫女…黒いドレスを着たモルガンは『魔女』と良く言われて蔑まれていた。
昼食どきの円卓の間で、ガラハッドは何となくモルガンに聞いた。
「何故、人形劇の悪役は黒い髪や黒い服なんですか? 黒髪の女の人が魔女呼ばわりされていました」
「……さ、さあ」
辿々しく言うモルガンにガラハッドが続けた。
「私が思うに、金髪や茶髪の人が多いからでしょうか。金髪や茶髪な悪い魔女って、人形劇では余り見たことがない気がします。私は黒髪なんで、悪い魔女は黒髪って迷惑です」
モルガンは瞬きして、憤慨するガラハッドを見た。
「お父さんはどう思いますか?」
「えっ? ……うーん。僕は良くわからないな」
話を振られたランスロットは困った顔をする。近くでパーシヴァルが言った。
「ガラハッド。お前、数年熟成もののチーズ食べただろ。口が臭いぞ」
ガラハッドの皿はチーズばっかりだった。円卓の向こう側では、ベルちゃんにフラれたベイリンが泣いていて、ベイランに励まされていた。
「だって、黒い髪や服を着た人って魔女っぽいじゃない」
婦人の一人がそう言って、モルガンを見て笑い出した。婦人の周辺にいる騎士達も言う。
「皆、言ってるわよ。モルガンはアーサー王をたぶらかす魔女だってね」
「邪悪な妖精さ。昔の、奴隷の刻印を押された痕があるって言うぜ」
沈んだ顔のモルガンに、ガラハッドが言う。
「……モルガンさん……グウェンフィヴァルさんは黒髪でなく、綺麗な栗色の髪の美人さんですよ」
ガラハッドは、月とダビデの星を象ったブローチを弄りながら言った。
「……大丈夫。ああいう奴らは放っておいていいから」
「……でも」
ガラハッドは何となく、アーサー王の方を見た。アーサーは何か言いたそうにしていたが、隣のマーリンに話しかけられて、カドバリー城周辺のサクソン族について話していた。
モルガンの悪口を言っていた女が、ガラハッドに言った。
「勝負なら、受けて立つわよ。私の騎士ウルファンがね。そうね、次の祝日にしましょう」
「……わかりました」
ハーブ仕立てのスープを口にしていたグウェンフィヴァフは、ガラハッドと、彼女の視線の先のアーサーを見た。
円卓の間を去ろうとしたガラハッドを、グウェンフィヴァフが呼び止めた。プラチナブロンドの彼女は小柄で、ガラハッドよりも背が低く、少し見上げる形になっていた。髪にはハシバミの花をリボンで飾っていた。
「……あなた、やっぱりランスロットの子ね」
「……グウェンフィヴァフ姫様」
「女に興味がない分、神聖扱いされてて……何だか不思議ね」
「女の人の裸にはムラムラしますが、現実的に肉体関係は持ちたくありませんね。気色悪いです」
「……貴方、本当に男?」
ガラハッドは言葉に詰まった。グウェンフィヴァフは、ガラハッドに言った。
「……ねぇ、貴方にはどう見える? 私はアーサー王の婚約者なの。だけど、私……他に好きな人が出来てしまったの」
グ ウェンフィヴァフは苦笑いを浮かべて、窓の晴れた青空を見つめながら壁にもたれかかる。
「アーサーはね、他に好きな相手がいるの。結構、一途で私は放置されっ放しだった。でも、それで良かったのかも知れない、なんて思ったりするの。わかんないけれど。…何で私、貴方にこんな話をしているのかしら」
ガラハッドは何て言えばいいかわからなかった。
(……その、相手は多分)
栗色の髪のモルガンの姿が、ガラハッドの頭に浮かんだ。そして、悪口を言われた彼女を見る、アーサーの視線が。
「……多分ですけど、本当は、違うんですよね。……私が、彼女のために戦うのは」
グウェンフィヴァフが言った。
「貴方にとってモルガンは?」
「憧れの女性、グウェンフィヴァルです」
父、ランスロットの幼名の少女はそう言って少しだけ笑った。
次の祝日、決闘の日は明るく晴れ渡っていた。
競技場はいつものように、混雑していて、パビリオンやテントが並び、食べ物や飲み物を売っていた。
「今日は何だっけ」
「魔女モルガンについて。最近、多いな」
「だって、魔女だろ。アーサー王をたぶらかす、邪悪な妖精だって聞くぞ」
「モルガンは、アーサー王の医女だよ」
「この前、モルガン・ル・フェが酷い悪さをしたじゃない」
口々に噂され、モルガンは浮かない顔で一人座っていた。
ガラハッドは息を切らせて、マーリンとケイと話をしているアーサーを見つけた。
三人は、ガラハッドが近付いてくるのに気がついた。
「……アーサー王、恐れ多いことを申しますが……。あの、よろしいでしょうか」
ガラハッドに声を掛けられ、アーサーは口に笑みを浮かべた。
「うん。そういや、ガラハッドとは余り話さないな」
「……貴方が戦って下さい」
ガラハッドの言葉に、アーサーが固まった。
「……ん?」
「貴方が、グウェ…じゃない、モル……ああ、もういいや。貴方が、グウェンフィヴァル様のために戦ってあげて下さい。好きなんですよね?」
アーサーが呆気に取られていると、隣にいたケイとマーリンが笑い出した。
「誰もが思っていたことだな」
傍らから、髪にハシバミの花をリボンで飾ったグウェンフィヴァフが、手を挙げて「賛成~」と笑った。
「そうですね。アーサーも、たまにはご婦人のために戦ったらいいんですよ」
アーサーは剣呑な顔でマーリンを睨んだ。
「王は公平を帰さないといけないから、どの婦人のためにも戦ってはいけない、って言ったのはどこの誰だ? ん?」
「僕です」
マーリンはあっさり認めた。
「でも、たまにはいいんじゃないですか。女の人のために戦っても。貴方も騎士ですからね。
グウェンフィヴァフも賛成だそうですし」
ケイは、二人とも、勝手にもう婚約破棄したらどうだ? と言おうとしたが、そういえば初めから、ウルフィウスとカメリアード王が勝手に決めたことだったと思い当たった。
「私にも他に好きな人がいるもの」
グウェンフィヴァフは笑った。
「わかったよ。ガラハッド」
アーサーは、ガラハッドを見つめて言った。
「君の言う通りにしてみよう」
アーサーは、王杖をマーリンに預け、腰に差したエクスカリバーに触れた。
「……ありがとうございます」
ガラハッドは口元に笑みを浮かべた。
戦いは、馬上槍試合でなく単純な模擬試合での果たし合いだった。
相手方の騎士ウルファンは、既に準備を終えて立っていた。
(ガラハッドの奴は、短い間は強いが長くはもたないと聞いた。その短い間持ちこたえれば……)
だが、遅れてやってきたのは全く別の騎士だった。
「おい。あれ……」
観衆がざわめき出した。ガウェインが叫ぶ。
「あれ、アーサー王?!」
観客席には、黒馬亭のベルちゃんが金髪のサクソン人の彼氏を連れて、声援を送っていた。
「きゃあー! アーサー王様あー!」
ベルちゃんはストレートな黒髪を振り乱して応援する。
それを見たベイリンが「ベルちゃん、アーサー王まで目つけてんのかな」と呟いた。
人々も、円卓の騎士達も酷く驚いていた。こういう場では、常に王杖を手に采配を司っていたアーサーが、聖剣エクスカリバーを手に、騎士として立っていたからだ。一番驚いていたのは、当のモルガンだった。
「……アーサー? 何で……」
観客席に立つモルガンの隣に、白い鎧とマントに包まれたガラハッドがやって来た。
「ガラハッド……貴方は」
「本来の役割は、こうだと思ったので」
近くにランスロットとエレインが驚いた顔で、立っているのが見えた。
「あっ、お父さんと、お母さんだ」
采配は、アーサーに替わってマーリンが取ることになった。
マーリンがアーサーに代わり、王杖を振って「はじめ!」と叫んだ。
急にアーサーと戦うことになったウルファンは、当惑をしながらも、剣で斬りかかった。
アーサーは、いつも通りの戦い方をしようかとも思った。
父、エクトール流の、実戦的かつ、ちょっとこすいやり方。
ウルファンに「お前の愛人のローレ、他に男がいるぞ」と言って、驚いている隙に、足払いをして転ばせ、その喉元に剣を突き付ければいい。
だが、今日は沢山の観衆の目もあるし、真面目に戦うことにした。
アーサーはウルファンの剣を苦もなく避けると、激しく剣劇を繰り返し、ウルファンの手から剣を弾いた。そして、武器を失ったウルファンに、剣を向けたのだった。
あっと言う間だった。
マーリンが「そこまで!」と、王杖を投げ入れると、競技場中の観客が湧いた。
何だか良くわからないが、王が競技場に出てきて、あっという間に勝ってしまった。
アーサーの戦い方……エクトール流のやり方に慣れていた騎士達は、普通に戦ってもアーサーは充分強いのだと知った。ガラハッドの傍らで、ランスロットが感慨深げに言った。
「……やっぱり、アーサー王には剣が似合うな」
その反対側では、モルガンがポロポロと涙を流していた。
戦い終えたアーサーが、観客席のガラハッドとモルガンの元にやって来た。
「君の言う通りにしたぞ。これでいいんだな、ガラハッド。……モルガンは何で泣いてるんだ?」
「モル……」
ガラハッドは、そこで言葉を止めると、アーサーの方を見てちょっと考えて言った。
「グウェンフィヴァルさんは、感激してるんですよ、きっと」
アーサーは、ちょっと半目でガラハッドを見た。
グウェンフィヴァル呼びは……元々、アーサーが彼女と二人きりのときにだけ使っていた呼び方だった。モルガン・ル・フェを倒した今、皆、モルガン呼びに戻ったわけだが……。
何故かこの新米騎士ガラハッド……ランスロットの幼名の彼女は「グウェンフィヴァル」呼びをしている。そこへ、王杖を抱えたマーリンがやって来た。
「やあ、アーサーは普通の戦い方でも強いんですね……良かった良かった……。ん?」
モルガンを挟んだガラハッドとアーサーを見て、呟いた。
「……修羅場ですか?」
「いや、そんなんじゃないですよ!」
一瞬、アーサーに喧嘩を売ったかも知れないと気付いたガラハッドは、焦って言い逃れをした。マーリンが何となくガラハッドに聞いた。
「アーサーって男としてどう思います?」
「グウェンフィヴァルさんとの仲を応援しますよ」




