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黒馬亭

キャメロットに来て数日目の晩、ガラハッドは、自分が聖杯と呼ばれるものを探して、数人の騎士と旅をする夢を見た。ガラハッドは川べりで、流れてきた岩に刺さっていた剣を抜いた。そして、誰もいない不思議な船。

『聖杯とは何か』

パーシヴァルが何か答えた。

ガラハッドは、カールレオン城のベッドの上で、ぼんやりと目を覚ました。

(聖杯……?)

モルガンは、朝から薬草の手入れや怪我人の看病で忙しかった。

 モルガンにべったりだったガラハッドは、円卓の危険の席を通常の席のように座りながら、一人で黙々と朝食を取っていた。普段は、皆が騒いでいても、一人で隅っこにいることが多かった。 そこに、ランスロットとエレイン、パーシヴァル、ボールス、エクトール・ド・マリスがやって来て、ガラハッドの近くに座った。

「ガラハッド。お前、結局、訓練に出ないんだな。でも多少の体力作りはした方がいいぞ。お前、体力ないから」 

パーシヴァルに言われ、ガラハッドは言葉に詰まった。

「……すみません。苦手なもので」

「その剣のお陰で少しの間だけは最強なのは、マーリン様から聞いた。この目で見たしな。でも、そういうのにばかり頼るのも良くないしな」

「……はい」

 パーシヴァルは、ガラハッドを前にするとランスロットとエレインがとても微妙な空気になることに気付いていた。

 ランスロットは、ガラハッドを…自分と同じ目と髪の色の少女をじっと、穴が開く程に見つめていた。ガラハッドは、何となく、モルガンに言われていたことを言ってみようと考えた。

「……あの。あっ、お、お父さん、お母さん」

その場に沈黙が降りた。

ボールスとエクトール・ド・マリスは吃驚した顔でランスロットとエレインを見た。

「…お、お父さん、お母さん?」パーシヴァルは「俺はマーリン様から聞きましたよ」と肩を竦めた。

「……えっと、僕の子だということで。取り敢えず、そうだな」

ランスロットはガラハッドをじろじろ見ながら言った。

「……そうだな。ちょっと臭いから、服を洗濯した方がいいな」

「……そ、そうね。その方がいいわ。頭も洗ってる?」

ガラハッドはちょっと考えて答えた。

「三日ぐらい洗ってないかも知れません」

ガラハッドがそう言うと、エレインが自室にガラハッドを強制連行してタライに入れ、髪と身体をお湯で洗った。

騎士達が訓練するのを、ガラハッドは離れたところでポツンと眺めるだけだった。

段々、手が空いてるなら何かしろと言われ……というか普段着姿だと、使用人と間違われ…ガラハッドは調理場で皿洗いをするようになった。

 何もせずにいるのは中々キツかったので、ガラハッドは(ちょうど良かった) と思った。

騎士達の強さを競う模擬試合や、モルガンの不名誉を張らすときだけガラハッドは現れるので、なんだか珍しいもの扱いされ出した。

カールレオン城の胸壁で、アーサーとマーリンは遠くの風景を見ながら、話した。

「モルガンの騎士役、取られちゃいましたね」

「……え?」

「残念ですね」

「王は公平を帰すために、誰の代理にも戦えないと言ってたのはマーリンだろ」

「……そうですけどね」

 マーリンに呼ばれてて、話しかけようとしたガラハッドは足を止めて黙り込んだ。

それを、近くを通りかかったグウェンフィヴァフは見つめていた。

 グウェンフィヴァフは最近、何だか少し変わったみたいだった。服は暖色系が増えたし、髪に花を飾るのが多くなった。……あと、モルガンやアーサーやガウェイン、モルドレッドやチューバなど、侍女のアグネスとランスロット以外の人に話しかけるのが増えていた。

 機織りなど婦人が集まる場所や、円卓で食事を取るとき、行事のとき、騎士や領主らの女達に、アレコレ遠回しに馬鹿にされていたのだが、何だか言い返すようになった。

 夕食どきの円卓の間で、元々グウェンフィヴァフと仲が悪かった女が言った。

「……最近はランスロット様と、余りお話にならないんですね。あんなに仲がおよろしかったのに」

「……あら。ランスロットは他にも相手がいますもの。彼はわたくしの友達ですの。男と女の友情がわからない方には、怪しく見えるのでしょうね」

 むっとした女は、ずっと黙っていたモルガンに目を向けた。

「……モルガン様は、最近、アーサー様よりガラハッド様と良くお話されますのね。

アーサー様が可哀想ですわね」

 モルガンは、一瞬顔色を変えたが、無視をした。グウェンフィヴァフをランスロットが庇うように、ガラハッドがおずおずとだが…「酷いことを言わないで下さい」と言うかと、周りは思った。だが、ガラハッドは黙って、アーサーの方を見つめていた。

それを、グウェンフィヴァフも見つめていた。


黒馬亭。円卓の騎士いきつけの城下町の酒場である。

ガラハッドは余り行かなかったが、『付き合いが悪すぎるのも良くない』とパーシヴァルにたしめられ、他の円卓の騎士達と共に連れてこられた。

「マスター、大麦酒をもう一杯!」

ボールスが大声を出すと、杯を磨いていた酒場のマスターが「あいよ」と返した。

マスターは大柄で黒い口髭を生やしていた。

テーブルには、ランスロット、エクトール・ド・マリス、ボールスらが座っていた。

あと、普段は余りついてこないが、エレインが何となくガラハッドを心配してついてきていた。何でそんな気持ちになるのかエレインにもわからなかったが、娘が男のフリをして、男達と酒場に行くことに母として心配になったのかも知れない。

 ランスロットも余り、付き合いがいい方ではないが、今日は何となく来たのだった。

黒馬亭ではウェイトレスのメグちゃんや、亭主の娘で看板娘の少女ベルちゃんが、お酒やおつまみを運んでいた。少し離れたテーブルでは、ベルちゃん目当てに通いつめているベイリンが、ベルちゃんに声を掛けている。

「ベルちゃん、今日は踊らないの?俺と付き合ってよ。暇って言ってたじゃん」

「私のダンスは、もう少しあとでよ。本当にウザイわねー。私には他に、彼氏がいるって言ってるじゃない。私の付き合いは、あんただけじゃないの。男友達も女友達も妹もいるんだから」

ベルちゃんは、さらっとしたストレートな黒髪を掻き上げて言った。

ベイリンとベイランのテーブルには、もう一人、長い髪に黒い肌で、布地の少ない赤い服を着た美女がいた。

「この娘は?」

ベルちゃんの言葉に、ああとベイランが説明する。

「俺の彼女のアステル。ずっと南にある国の出身で、イスパニアに住んでたけど、こっちに来たんだって。聖杯に仕えてる巫女さんなんだってさ」

「……ウフフ。宜しくね」

女は艶っぽく足を組み、ウィンクした。

「色っぺー」

「……ていうか、うちの踊り子よ」ベルちゃんが冷めた目で突っ込んだ。

 やがて、楽団が南方のエキゾチックな音楽を奏で、踊り子のベルちゃんとアステルちゃんが、布地の少ない服で大胆に踊り出した。

 男達が口笛を吹き鳴らし、手を叩いて「ベルちゃーん! 超可愛い!」「アステルちゃーん!美しい!」と熱い声援と手拍子を送っていた。

 奥の方で、ガラハッドは蜂蜜(ミー)()を飲みながら「……凄いなあ。二人とも美人だ」と言った。

「……やっぱり、音楽はいいな」

「ランスロット様音楽好きですよね」

「ベイリンとベイランの奴、うるさいなあ」

ランスロットとエレインとパーシヴァルが話していて、ガラハッドは声を掛けた。

「あの……お父さん」

「…あ、ああ、何?」

慣れない顔で少し固まりながらランスロットが聞き返す。

「アーサー王とグウェンフィヴァルさん……。いや、モルガンさんて、仲がいいんですか?」

「……え? そうなのかな? 知らないな。自分で精一杯だから」

「血の繋がらない兄妹だとは聞いたな」

酔っているらしいランスロットがあやふやに返すと、パーシヴァルが補足した。

横ではエクトール・ド・マリスとボールスが大麦酒入りの杯を手に、笑いながら、最近の出来事を話している。

「最近、余り一緒にいるのは見ないわね。前は良く見たけれど……。二人とも、それぞれの仕事で忙しいのよ」

エレインの言葉に、ガラハッドは「……うーん」と唸った。

やがて、あんまりベイリンがベルちゃんにしつこいので、金髪の筋肉ムキムキな彼氏、ベオがやってきて、店の中でベルちゃんを掛けて喧嘩が始まってしまった。

「ベルちゃんの彼氏なんか認めねえええ!」

「ベルは俺の彼女だ!」

皿や杯、木製のテーブルや椅子が投げられて破壊される。

酔っ払った男達がやんややんやと声援を送る。

ウェイトレスのメグちゃんが「喧嘩は店の外でして下さい!」と叫んでいた。

「あー、始まっちゃったな」

そろそろ帰り時だと思ったパーシヴァルが、酒で顔が赤らんで機嫌の良いランスロットと、酔って寝てしまったボールスを引っ張った。

エレインとガラハッドがランスロットに手を貸して、巨体のボールスはパーシヴァルが肩を貸した。パーシヴァルの黒髪と赤いマントが少し潰れた。

「パーシヴァルさんはお酒に強いんですね」

「まあ、酔っ払ったことはないな」

「お兄様はお酒強いわよ。ボールスもランスロット様もお酒に強かったんだけど、最近はちょっとね」

ガラハッド、パーシヴァル、エレインは話ながら、カールレオン城への帰り道を歩いた。

 夜道は真っ暗だったが、城門通りに入ると、あちこち松明やランプ、燭台で照らされて明るかった。夜空には半分だけの月と星が光っていた。

「お母さん……エレインさんて呼んだ方がいいですか」

「……どっちでもいいわ。なんか信じられないけどね」

「……お母さん。あの……」

ガラハッドは、少し躊躇しながら言った。

「はじめて会ったとき、モルガンさんはグウェンフィヴァルさんだったんです。…だからでしょうかね」

「もっと砕けた喋り方でいいわよ」

「……はい。じゃなくて……うん」

「母さん。私が出会ったとき、彼女はグウェンフィヴァルさんだった。……だからどうも、モルガンさんて感じがしなくて……言いづらくて。グウェンフィヴァルさんて、呼んでも大丈夫なのかな」



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