ランスロットの娘
ランスロットは城下町の広場で、噴水の縁に腰掛け、ぼんやりと旅の楽団が奏でる音楽を聴いていた。
(……はあ、僕が父親。父親か)
今まで、モルガンは悪口や中傷を受けると、何もせずにただ黙ってやり過ごしていた。
多くの婦人は中傷を受けると、騎士にお金を出して、潔白を示すために戦って貰う。
だが、モルガンはアーサー王の城において、湖の巫女……そして多くの湖の巫女がそうであるように医女役で、日々に追い立てられて、放っておくのが一番だと思っていた。
アーサーの婚約者であるグウェンフィヴァフは、いつも第一の騎士ランスロットが彼女の名誉を守るために戦っていた。
それが目立って、逆に不興を買うことが多く、良く二人の仲が疑われることの一因になっていたか……。
だが、その日常が一変した。
ガラハッドが、モルガンの中傷を晴らすため戦い出したのだ。
ガラハッドは、正直、他の騎士らの訓練についていけなかった。
体力もなかった。体力作りの走り込みも、1キロ程ですぐへばる。
腕立て伏せをすると崩れ落ちる。結局ボロボロ泣き出して、ガラハッドは訓練をやめた。
だが、第一の力……ダビデの剣を握ると、父親……ランスロットに似た剣捌きで、凄まじい強さを発揮した。
身軽さとスピード、身のこなしはランスロットのそれより勝っていた。壁を走り、宙返りまでする。一番、驚いたのは誰よりも本人のようだった。元の体力がないので三分ぐらいしかもたないのがネックだが。だが、その三分以内は無敵と言えた。取り合えず、三分以内なら……という条件付きで、ガラハッドはモルガンの中傷を晴らす役を受けるようになったのだ。
やがて、ガラハッドとモルガンの仲が噂され出した。
ランスロットとグウェンフィヴァフとか、色々混ざって、ランスロットとグウェンフィヴァルの噂になったりした。だが、ガラハッドは噂されるたび思っていた。
(嫌だな。そういう趣味、全くないのになあ)と。
カールレオン城、昼食どきの円卓の間で、モルガンとの仲についてからかわれて、ガラハッドが言った。
「あの、私、別にモルガンさんと何か関係があるわけじゃないです。やめて下さいよ」
騎士達がジロジロとガラハッドを見る。アーサーとマーリンも、何だとそちらに目を向けた。
ベイリンが言う。
「こいつ、おかしいッスよ。まず、付き合い悪いし。酒もあんまり飲まないし、女の話も全然だし。服脱がせようとしたら嫌がるし。美人のお姉さま達に言い寄られても、女にキョーミないって言うんですよ」
アーサーとマーリンが、ちょっと固まってベイリンを見る。
「……服?」
「訓練ですぐへばって汗だらだらだから、暑いだろうと思って、水掛けてやろうと思って。
服脱げっつったら、嫌がるんですよ。無理矢理脱がそうとしたら、酷く暴れるんで。仕方ないから、そのまんま水掛けてやりましたけど」
アーサーとマーリンとケイとモルガンが、半目でベイリンを見た。「…あのなあ」
アーサーが呟くと、ベイランが口を挟んだ。
「いや、でもモルガンが好きなんだろ? 男として」
「……違うって言ってるじゃないですか。ただの先輩後輩のよしみですよ」
「先輩後輩?」
聞き返してくるベイリンとベイランに、モルガンが慌てて話を遮る。
ガラハッドが「乙女の城で助けて貰ったから…」と言いかけると、「ほら、ランスロットも湖の底で小さい頃修行してたでしょ」と言った。
「本当に、怪しい関係とか何もないから。私はいいって言ってるんだけど…」
「でもあんまり、酷いこと言われてるから」
パーシヴァルが、取りなすように言った。
「この双子、模擬試合で数秒でガラハッドに負けたんで、気が立ってるんですよ」
「父親が父親ですからね。色々と似てますよ」
マーリンの言葉に、アーサーとケイがランスロットを見つめた。
ランスロットは信じられない気持ちで、自分の娘だというガラハッドを見ていた。
(…娘? …僕の娘? …た、確かに髪が黒いけど……。だって歳が……)
モルガンが、ガラハッドの取り皿を見て言った。
「肉や魚は食べないの?」
「はい。肉は、余り肉っぽくないやつ……ひき肉や薄切りのハムや、カリカリに焼いたベーコンは食べられるんですけど、基本的には苦手で。魚も苦手です」
そう言ったガラハッドの皿は、野菜や卵料理、チーズとパンなどが乗っていた。
マーリンの小屋で、アーサーとマーリンに呼び出されてガラハッドは顔を出した。
マーリンがお茶を出しながら聞く。
「……ガラハッドは、乙女の城に連れて来られるまでどうしてたんですか?」
「……赤ん坊のとき、お寺の前に落ちていたのを、拾われて育てられました。短剣を持ってたそうです。ここよりずっと、ずっと東の国の江戸というところです。他の子より育つスピードが速すぎて、本当は三歳ぐらいなんですけど。寺の住職……育ててくれた方には『人間じゃない、妖怪か化け物だ』と驚かれました」
「超速成長の魔法が掛けられてるんですね。時代も今より千数百年後から来たようですね」
ガラハッドは頷いた。
「ガニエダ様にそう言われました。寺の納屋で、その短剣を見つけて……、気付いたら、知らない土地の草むらで……。わけがわからず、さ迷っていたら、ナシエンという方が現れて、ニムエ様の湖の城へ連れて行って貰ったんです」
アーサーが肩肘をついてお茶を啜りながら、ガラハッドに聞いた。
「ずっと東の国ってどこらへん? 砂漠の国?」
「わかりませんけど、私の話を聞いたガニエダ様は、砂漠の国より東だと言ってました。
言葉は、はじめわかりませんでしたけど、同じ言葉を話せるっていう魔法を掛けて貰ったんです。たまに、魔法が切れて話せなくなるときもあります」
ガラハッドは窓の外から、遠くの地平線を眺めていた。遠い自分の故郷を懐かしんでいるのかも知れなかった。ガラハッドは、城の礼拝堂や、街の大聖堂や、イエスやマリアの像や、讃美歌が好きだった。故郷のお寺や仏像や、お教に何となく似てると思った。 基本的に、血が流れることは好きじゃなかった。戦いも本当は嫌いだし、狩猟でウーゼルぎや鹿などか殺されるのも苦手だった。 だから、なるべく狩猟小屋は近寄らなかったし、狩猟や果たし合いも基本的には参加しなかった。獲物が解体されるのを見ると、叫び声を挙げて泣いて走り去った。
女達に言い寄られても、困った顔をする。人付き合いも下手だし、友達も少ない。
騎士達も、ガラハッドの扱いに戸惑い、変わり者扱いしていた。
だが、力のない人々が、荒くれ者の騎士に暴力を振るわれるのを見ると、放っておけなかった。そして、ダビデの剣で戦って、相手を殺さない程度に倒す。
そんなガラハッドは、段々と『よっぽど信心深い騎士なのだ』と思われるようになった。
競技場で、またも誰かと誰かの名誉を掛けて、馬上槍試合をしていた。アーサーが王杖を握って采配する。ガラハッドは怯えながら見ていた。
「……あなた、戦いが苦手なの?」モルガンの質問にガラハッドは頷いた。
「血が流れるのは苦手です。人でも動物でも。戦いでもなるべく……剣の刃がついてない方を使ってます。他の人達の剣は両刃なんですけど、この剣は……片刃なんで」
ガラハッドは剣を少しだけ抜いて、モルガンに見せた。
「本当、片刃だわ」
「私が育った東の国の剣は片刃なんです。マーリン様は私の剣のイメージがそれだから、片刃の形状なんだと言ってましたけど。……女の人も苦手がるので、変人て言う人もいます」
「……大変ね」
モルガンはちょっと考えて、ガラハッドに聞いた。
「あなたは、どういう男の人がタイプなの?」
ガラハッドはちょっと驚いた顔で、うーん、と考え出して答えた。
「明るい髪色の人は苦手です。黒髪の人達の中で育ったので。ベイリンさんやベイランさんみたいなタイプは苦手です。あと、眼鏡の人も苦手ですね。ケイさんが「規律を乱すな」って、怖い目で睨んでくるんで。偉そうな人や、鬼みたいな人は苦手です」
「……最早、人間が苦手なのね」
「そうですね。苛められてたんで。私も全くしてないかと言われたら、きっとそうは言い切れませんけど」
「……アーサーってどう思う?」
「……うーん。なんか、ちょっと私に似てる気がします」
ガラハッドはモルガンを見ながら言った。
「モルガンさんみたいな、明るい髪色で頭のいい、美人さんの方が似合うと思いますね」
モルガンは栗色の髪の髪を揺らし、顔をちょっとピンクに染めた。
馬上槍試合で決着がつき、アーサーが王杖を投げ入れると、大きな歓声が湧いた。
帰り行く人達でごった返す中で、モルガンがガラハッドに聞く。
「お父さん……ランスロットを見てどう思う?」
「ランスロット……父だって人は。故郷にいたカズくんていうお兄さん……十五歳上の友達に似てますね。カズくんて呼びそうになります」
「その内、お父さんて呼んであげて」




