東方から来た少女
乙女の城の書庫には、少女達の叫び声と騒音に、慌てたニムエら湖の巫女が駆け付け、グウェンフィヴァルと少女達は医務室に連れられた。
医務室には校長のガニエダが来て、医務室のベッドや椅子に座った少女達に話を聞いた。
前髪の長い少女は、剣を持ったまま椅子に腰掛けていた。
ガニエダは、白い剣が、腰にくくりつけるよう言われた少女の、その腰でなく…すっかり後ろ髪が短くなった少女の手に握られていることに気付いて、酷く驚いた顔をしていた。
少女は手が震えていて、剣から手が離せずにいた。
ガニエダらは呪いかと思ったが、違うのだとわかると胸を撫で下ろした。
「……すみません、手の震えが止まらなくて」
「……しかし、この剣を抜いてしまうとは……」
ガニエダが顔を青くしながら、少女の手から剣を抜き取り、剣身を見つめた。
「……この剣は、ウェールズ地方に伝わる四つの宝の内の一つ。第一の力。その形態の一つ、ダビデの剣。この剣を手にした者は身内と殺し合わなければならない。扱いの難しい魔剣なのだ。抜いたら、その者が殺し殺される相手の名がその剣に浮かぶという……」
ガニエダは剣をじろじろ見ながら、言った。
「……ないな」
「ない?」
ニムエがガニエダに聞き返した。
「……何の銘文もない。お主……名は?」
椅子に座った前髪の長い少女は、何を言おうか迷いながら辿々しく答えた。
「私が育った遠く東方では華と呼ばれていました。今、周囲はガラハディアと呼びますけど」
ガニエダは、ニムエを見て、ニムエは説明した。
「ナシエンという隠者が草むらで見つけた子なんです。彼が私の湖の城に連れてきました。……ボロボロの服を着て、東方の言葉を喋って。言ってる内容が全くわからないので、私達の言葉が話せる魔法を掛けてやりました。……ただ」
ニムエは言葉を詰まらせながら続けた。
「どこで拾ったのか……。短剣を持っていて、ガラハッドと文字が刻まれていたんです。
なので、皆ガラハディアと呼んでいるのです。ヴィヴィアンが言うには、ランスロットが小さい頃に自分が与えた短剣に違いないと。……確かに、ランスロットに似た顔ですし、髪も目の色も彼と同じ、夜のように黒い色ですし」
「……ガラハッド。ヴィヴィアンが幼いランスロットに与えた名じゃったな。確かに古の民は東方の民と同じ血だという」
ガニエダは難しい顔で、白い剣を見つめながら言った。
「お主、相当に信心深いキリスト教徒なのか。でなければ……呪いがかかる筈なのだが」
「……あの、仏教徒です」
ガラハディアの答えに、ガニエダは一瞬何のことかわからなかった。
が、マーリン並みの知識を持った彼女は、取敢えずマーリンに会わせるべきだと思った。
ガニエダはガラハディアを連れて、手当てを受けているグウェンフィヴァルの元に訪れた。
「……ガニエダ様」
「モルガン……いや、今はグウェンフィヴァルじゃったな。この娘はガラハディアと言う。ランスロットの幼名じゃ。縁者かも知れん。例の魔剣を抜いてしまったのだ。共にカールレオン城に行って、兄上の元に連れていって欲しい」
モルガンは、大きな杖をつく若い娘の姿をしたガニエダの後ろにいる少女に目を向けた。
少女は、短い黒髪に黒い目で、表情が少し固かった。
「……わかりました。私はグウェンフィヴァル。さっきは助けてくれてありがとう。よろしく、ガラハディア」
「……あ、はい、よろしくお願いします」
「…そうじゃ、ガラハディア。手を出せ」
ガニエダはガラハディアの手に、白い剣と小さな袋を渡した。
「この剣については……マーリンに任せる。持って行け。袋の中は書庫に散らばっていた、お前の髪じゃ。乙女の髪は剣の力を鎮める力を持つ。アーサー王の持つエクスカリバーの鞘にも、モルガン……グウェンフィヴァルの髪を使っている」
ガニエダは、重い顔付きでガラハディアの目を見た。
「お前は剣を抜いてしまった。だが、お前は女だ。本来は剣は男、鞘は女の象徴だ……。お前自身が、お前の鞘になれ」
グウェンフィヴァルがガラハディアの手を左手で持ち、革袋から薬草の粉末を指ですり潰し、振り掛けて転移呪文を唱えた。
白い光が二人を包み込み、二人はキャメロット手前の林についた。
「……あれ、おかしいわね。カールレオン城の裏庭の森に来るつもりだったんだけど」
グウェンフィヴァルは頭を抱えた。
「……あの、どうしたら」
「ああ、ごめんなさい。取敢えず、カールレオン城まで歩きましょう」
グウェンフィヴァルは、ガラハディアを連れて歩いた。
「貴方、髪も目も真っ黒ね」
「……グウェンフィヴァルさんはピンクだか茶色だかわからないけど、綺麗な髪ですね。紫色の目も綺麗ですし」
「え? 本当? ありがとう。……照れちゃうわ」
ガラハディアは笑ったが、ちょっと作ったような笑顔になった。
「貴方、表情筋がちょっと固いわね」
「良く言われます。殺伐としてるとか」
「……さ、殺伐。女の子に言う台詞じゃないわね」
林を抜け、牛の群れが横切るのを見ながら、二人はカールレオン城への道を歩いた。
「乙女の城の授業はどう?」
「はい。魔法はからきし使えません。まず、湖の底にあるお城とか溺れ死ぬかと思いました。何か魔法だかで、呼吸出来るようにして貰いましたけど」
「……魔法が使えないの?」
「はい。雪や氷の魔法は適性があるみたいなんですけど」
キャメロットの都は外敵から守るため、高い街壁に囲まれている。
中央門では門番に弾かれかけたが、騎士がグウェンフィヴァルに気付いて通ることが出来た。
騎士はグウェンフィヴァルにペコペコ謝っていた。
キャメロットの街を、ガラハディアは終始珍しげにキョロキョロしていた。
市場に集まった色とりどりの野菜や果物、軒先からぶら下がった肉や、樽に入れられた塩漬けの魚。職人通りの煙や、鉄の匂い、鎚が金属を打つ音。
美しい反物や宝石を売り付けようとしてくる商人達。
広間の噴水に沢山の人々。
「いいところでしょ」
そう言うグウェンフィヴァルに、ガラハディアは頷いた。
「アーサー王って、どういう人なんですか? 私、名前は知ってるんですけど」
「……うーん。割りと普通ね」
「普通?」
「普通」
カールレオン城の城門に着くと、赤毛の双子、ベイリンとベイランがいつものように、だるそうに女の話をしていた。
「いや、だから黒馬亭のベルちゃんはもう忘れて、前に進もうと思って」
「あー、そいつは良かった」
「お前の黒髪に黒い肌のスパニッシュな彼女に、友達を紹介するように言って」
「お前、今はフリーなの?」
「まあ、既に目を付けた子が……」
呆れたようにグウェンフィヴァルが、腕を組んで言った。
「ちょっと、そこ通してくれる?」
「あ、モルガンだ。今はグウェンフィヴァルだっけ?」
双子がモルガンの横のガラハディアに気付いた。
「何、その子、友達?ちょっと可愛いな」
「ちょっと愛らしい」
「うるさいわね」
グウェンフィヴァルが双子をのけて、ガラハディアと共に城内に入った。
「まず王の間に行きましょ。多分、アーサーもマーリンもそこにいるから」
モルガンはそう言った。
ガラハディアが傷付いてない筈がないのだが、何を言っていいかわからなかった。
途中の廊下で、ガウェインがやって来た。
「あれ、モ……でなくてグウェンフィヴァル、その子は?」
「ちょっと、色々あって連れて来たの。じゃあね」
「ふーん。何か暗い子だな」
ランスロットとエレインが通りかかった。
「あれ、モル……でなく、グウェンフィヴァル。まだ慣れないなあ…この名前。…後ろの子は?」
ランスロットとエレインは、ガラハディアを見つめた。
「……あれ」
「なに?」
「……いや、何かこの子、僕に似てる気がして」
ランスロットは、じっとガラハディアを見つめた。エレインが言う。
「……髪の毛も目の色も、ランスロット様と同じ真っ黒ですね」
「うん」
「ガラハディアって言うのよ」
「……えっ。僕の小さい頃の名前の女の子版だ」
ランスロットとガラハディアの目が合った。
「ニムエ様が、草むらで拾った子をロジアンの乙女の城に連れてきたの。……ランスロット、貴方が小さい頃に使ってた短剣を持ってたそうよ。ヴィヴィアン様も縁者じゃないかって」
「……えっ?!」
エレインが、呆けた顔のランスロットをジト目で見た。
「……ラ、ランスロット様……。どこで……そんな……いつのまに」
「ま、待ってくれエレイン、僕は何の覚えもない!」
「取り敢えず、後でいい?まず謁見の間に行くから……」
モルガンは、ガラハディアを連れてまた歩き出した。
「……あの人達」
「……ランスロットとエレイン。…貴方が似てるって言われてるランスロットは、ブリタニア王国最強のイケメン騎士よ。お父さんかもね」




