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グウェンフィヴァル


第十話 グウェンフィヴァル


「……ぐぬぬぬぬ」

人気のない錯綜(タングルド)の(・)(ウッド)の古城。

白い骨や死骸の残骸の山に、毒竜ファブニルは横たわっていた。

その右前足に嵌められた黄金の腕輪を抜き取ろうと、炬人(こびと)のドリュイダンは必死にもがいていた。 やがて、努力の甲斐があってようやく腕輪が抜けた。

ドリュイダンは勢い余って後ろに転がってしまったが、その手には細かい装飾が施された黄金の腕輪が光っていた。

「……ひひひ、やったあ!」

ドリュイダンは金の腕輪を嵌めると、喜びながら古城を出て錯綜の(タングルト・ウッド)を走った。だが、倒れていた毒竜ファブニルが瞳を開いた。

 炬人(こびと)ドリュイダンは山を下り森を抜けた。だが、あいにく一人の騎士にぶつかってしまった。

騎士はドリュイダンの腕に光る黄金の腕輪を見つめた。…そして、それがどうしても欲しくなった。騎士はドリュイダンを蹴り飛ばすと、ドリュイダンの腕から黄金の腕輪をひっこ抜き、馬を走らせて去っていった。

騎士は、ブリタニアの宗主国、ログレス王国の王都、キャメロットへ向かっていた。

カールレオン城の庭の薬草畑で、モルガンは薬草を摘んで篭に入れていた。

薬草を選定していると、ふと、声が聞こえた気がした。

『お前の名は』

薬草畑の向こう側、古く大きなオークの木の後ろで、何かがいた気がして、モルガンは不思議そうに顔を上げた。

『お前の名は』

モルガンは眉をしかめながら、「モルガンだけど……貴方は誰なの」

クスクス、笑い声が聞こえた気がした。

一陣の風が吹いて、薬草畑と不安げなモルガンの栗色の髪の髪を揺らした。

(……しまったわ。良くわからない相手に名前を教えてはいけないと、われていたのに)

それから、モルガンはやたら変な目にあった。

皿を三枚も割るし、大事な本が手から滑って炎が立つ暖炉に落としてしまうし、階段で転んでしまうし……。

アーサーと話していたら、風でスカートが捲れるし。何より、どこへ行っても誰かのクスクス笑いが聞こえる。木陰から、水溜まりから、壁の向こうから。

日に日にそれが酷くなってゆき、モルガンの精神も蝕まれていった。

モルガンは気味が悪くて、城の裏手にあるマーリンの小屋を訪ねた。

マーリンはモルガンに蜂蜜入りのお茶を出しながら、言った。

「……名前を?」

「ええ。誰かもわからない相手に名前を聞かれて……。答えてしまったんです。でも、何だか嫌な予感がして。乙女の城では、わからない相手に簡単に名前を名乗るなと言われましたし」

マーリンは少し考えながら答えた。

「…錯綜(タングルド)の(・)(ウッド)で、モルドレッドは毒竜ファブニルを倒したと言っていました。奴は相手に名前を聞き、その相手に呪いを掛けます。不幸の呪いを」

「……毒竜ファブニル?」

「モルドレッドは倒したと言ってましたが……。……でも、あいつは、生易しい相手じゃないんです。……どこまでも相手を追い詰める。もし、余りに酷いなら、名前を変えた方がいいかも知れません」

「……名前を変える?」

モルガンは呆然としていたが、暫くして呟いた。

「……わかりました」

「……少しひねった方がいいかも知れませんね。真名を通常の名前にして、他に真名を自分で自分につけたらどうでしょうか。真名もたまに使っているのでしょう?」

モルガンは真名をどういうとき使うだろうと考えて、アーサーと二人きりのとき…たまに呼ばれるなと思い当たって、顔を赤くした。

「……まあ、大体想像はつきますが」

夕刻の円卓の間で、モルガンはそのことをアーサーに話した。

アーサーはちょっと眉を寄せたが、「まあ、いいんじゃないの」と言った。

「良くわかんないけど、真名を通常使いの名前にするんだな」

「そういうことになるわね。……グウェンフィヴァフと一文字違いなんだけど」

「そういや、そうだな。混同する奴が出てきそうだけど。姉妹みたいでいいんじゃないか。早速発表しようか」

モルガンが頷くのを見ると、アーサーは円卓の騎士一同の顔を前に、手を挙げて大声で言った。

「みんな、モルガンが色々あって名前を変えるそうだ。グウェンフィヴァルと」

モルガン……いや、グウェンフィヴァルは、少し照れながら俯いた。

夕食が終わってモルガンが、城の廊下を歩いていると、どこかから声が聞こえた気がした。

『……いらない名前、貰っていい?』

クスクスと、声の主は笑った。

モルガンが振り返ると、そこには大きな鏡があった。

鏡の向こうのモルガンは、不気味に微笑んでいた。

『モルガン……モルガン・ル・フェは私』

それから、おかしなことが立て続けに起こった。

様々な人が、『モルガン・ル・フェ』という魔女に襲われたと言うのだ。

多くの者は、森で、妖精が醜く変化したような魔物をけしかけられ、襲われたと言った。

『モルガン・ル・フェを退治して欲しい』と、多くの人々がアーサーの元に願い入れ、またグウェンフィヴァル……モルガンがやったのだと思う者もいた。

人々の言葉や、追い詰められた表情のグウェンフィヴァルを見て、アーサーも何か考えていたようだった。


ロジアンの深い森の奥、静かな湖の底に乙女の城はあった。

湖の巫女になるために、その血筋の娘達が修行する場所だ。少女達はここで様々なことを学ぶ。ゲールの神話や長い詩、竪琴の弾きかた。薬草や医術の知識。そして魔法。古代アトランティスの伝説と知識。最近はゲルマンの神話やルーン文字、ヘブライ文字、ソロモンの魔術、召喚術なども加わった。

卒業した湖の巫女達も、新たな知識を学ぶために乙女の城に来る。

モルガン……いや、グウェンフィヴァルもそうだ。

グウェンフィヴァルはファブニルについて調べるために、乙女の城にやって来た。

廊下で懐かしい知り合いに声を掛けられた。

「モルガン、久しぶり」

「……リュネット!」

乙女の城時代に仲が良かった友人……リュネットだった。

リュネットは青い目で、青い髪を後ろで纏めていて、身体中にジャラジャラと天然石や貝殻のアクセサリーを付けていた。

「最近どうよ。カールレオン城で働いてるんでしょ。なんかグウェンフィヴァルって名前に変えたって聞いたけど」

「……ええ」

「じゃ、グウェンフィヴァルって呼ばなきゃね。アーサー王と、いい仲だとかヤバイ仲だとか聞いたけど」

「……ヤバイ仲ではないんだけど。今日はどうしたの?」

「新しいゲルマンの魔術を教わりに。最近、働き口探してるんだよね。そのうち、あたしもカールレオン城に行こっかな」

リュネットは、廊下の壁に貼られた羊皮紙の働き口紹介をじっと見ながら言った。

グウェンフィヴァルはリュネットと別れると、毒竜ファブニルについて調べるために書庫に閉じ籠った。

だが、マーリンが言った以上の知識は出てこなかった。

書庫には、唇がカサカサで血が滲んだ女の子がいた。

先程の廊下で、数人の女の子に苛められていた女の子だ。書庫にはそんな子が集まる。

もう一人、彼女とモルガンの他に女の子がいた。

薄汚れた黒いローブで、本を手に、ボサボサの長い黒髪を後ろで一つに束ねた黒い目の女の子だった。東方の血だろうか。

背は他の高い子達に比べれば中くらいで、前髪が長く、おしゃれっ気は全くない。

妙だが、グウェンフィヴァルは何となくランスロットを思い出した。 彼も髪と目が黒いのだ。

古い妖精の血だと言う者もいた。

唇の皮が剥けた女の子が書庫を出ると、他の女の子達が彼女を笑うのが聞こえた。

笑われた女の子は走ってゆく。

グウェンフィヴァルが顔を上げると、前髪の長い女の子が俯いていた。

乙女の城の書庫でグウェンフィヴァルが本を探していると、廊下から少女達の声がした。

「……あれ、ローレ。それ、どうしたの?」

「昨日の夜、抜け出して彼氏と会ってたのが見つかっちゃって……あれを腰にくくりつけられちゃってさ」

「今度はあんたの番なの? ついてないわね」

「今も、言われた本を取りに行かされるし散々よ」

 少女達は書庫に入ると、前髪の長い女の子を見て笑った。

グウェンフィヴァルは笑っている少女の腰にくくりつけられた剣を見て(ああ、また例のあれか)と思った。

白い装飾の剣。

グウェンフィヴァルの時代も、夜中抜け出したのがバレた娘は、その剣を腰にくくりつけなければならなかった。

それは不思議な剣だった。

ガニエダが言うには、絶対に信仰を違えないキリスト教徒にしか扱えず、常に乙女の腰にくくりつけておかねばならず、ずっとそうやって、封印して来たらしかった。

(……一体、どういう剣なのかしら)

そのときだった。

羊皮紙を束ねた本のページに、ポタリと黒いインクが垂れた。

ポタリ、ポタリと黒いインクの染みが本の上に増えてゆく。

「キャアアア!」

少女達の悲鳴が上がった。

グウェンフィヴァルが驚いて天井を見上げると、そこには巨大な黒い染みが広がっていて、ポタリ、ポタリと黒いインクを垂らしていた。

黒い染みから、幾つもの目が現れてギョロっとグウェンフィヴァルを睨んだ。

グウェンフィヴァルの背後で、モルガン・ル・フェが笑う。

粘っこい黒いインクが少女達に降り注ぎ、少女達は叫びながら尻餅をついた。

少女達は、粘着質な液体のせいで身動きが取れなくなってしまう。

たくさんの目玉がついた黒い液体は、巨大な蛇のような形をとると赤い口を開け、牙を剥き、前髪の長い少女を狙って襲いかかった。

グウェンフィヴァルは彼女を突き飛ばし左足を噛まれ、転ぶが、杖を取り出して炎の呪文を唱えた。

天井の黒い染みは落ちてきて、とぐろを巻き、グウェンフィヴァルに襲いかかった。

避けようにも、足に痛みが走って立てない。

(……ダメ。私、ここで死ぬのかしら)

だが、前髪の長い少女が、液体に縛られた少女の腰から白い剣を抜き取り、蛇の形をした黒い液体に斬り付けた。

蛇が前髪の長い少女に向かって何か液体を飛ばし、少女が結っていた黒髪が溶けて床に散らばるが、少女は白い剣で蛇の喉を串刺しにした。

「ギャアアアア!」

モルガン・ル・フェの耳をつんざく叫び声と共に、大量の赤い血が飛び散った。

蛇の形をしていた黒い液体は、バシャッと床に落ちて、やがて染みとなり、消えていった。

グウェンフィヴァルは、立てずに足を引きずったまま、呆然とそれを見つめていた。

血飛沫を受けた前髪の長い少女が、肩で荒く息をして、白い剣を手に立ち尽くしていた。

「……ハア、ハア。っく。……大丈夫ですか?」

短い黒髪の少女は、ぼんやりと黒い目をモルガンに向けて、そう言った。

錯綜(タングルド)の(・)(ウッド)の古城の地下で、水槽を眺めながら、ヴァレリンが呟いた。

彼の手のひらの上、宙に黒髪に黒目の少女の映像が浮かんだ。

「……“以前”にランスロットとエレインが生み出した娘。僕の造った作品。ランスロットから古い妖精の血を受け継いでいる。東方と同じ血を。超速成長の魔法を掛けている。“以前”はすぐに死んでしまった。だから、ちょっと魂に冒険をさせた」

その後、ヴァレリンは水槽を見て呟いた。

「……それにしても、作品が一体足りない」


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