帰還
夕暮れどき、カールレオン城の城門前で、ベイリンとベイランの双子はいつものように門番をしていた。
「……でよー、どうにか黒馬亭のベルちゃんと復縁したいんだけど」
「諦めろよ。だって、金髪のムキムキしたでっかいサクソン男と付き合うって言ってるんだろ」
行きつけの酒場の看板娘にベタ惚れなベイリンに、ベイランが欠伸をしながら諭すように言った。
「何か、良く話を聞くとそいつ、銀髪の美人といい感じらしくてさ。でもその銀髪の美人も、他に黒髪の彼氏がいるみたいなんだけど」
「良くわかんね。ベルちゃんとムキムキがいい感じってことか?」
「……かなあ。ベイラン。お前は最近どうなのよ」
「俺はまあ、黒髪に黒い肌のスパニッシュな彼女がいるからな」
ぼんやりと門番をしていた双子のベイリンとベイランは突然、五人が城門の前に現れたので「ぎゃあああ!」と驚いて尻餅をついた。
「……皆を、手当てしてくれ」
突然どこかから現れた、小さい金髪の男の子が言った。
モルドレッドの転移呪文で、五人はカールレオン城に戻ったのだった。
チューバは凄かった。
全身を茶色い毛で覆われた大男の彼は、一人で、毒にやられたランスロットと、全身鞭の痕まみれのガウェインを背負っていた。
グウェンフィヴァフは目を覚ましたものの、強い眠りの魔法の名残で立つことが出来ずボンヤリしていて、モルドレッドが背負うことになった。
彼女はガウェインやランスロットに比べればずっと小さいし軽いのだが、モルドレッドも小さいので重労働で、ぜえはあと息を荒げながら引きずる羽目になった。
彼はその上に、ガウェインの鎧や、彼とランスロットの剣を包んだ布を引きずっていた。この布は、他に無いので、ガウェインのマントだった。
「……つ、疲れた」
小さなモルドレッドは前のめりに倒れ、吃驚していた双子が慌てて近寄った。
「……何だ、ちっこいのがちっこいのを引きずってきた」
「こっちは……狼男か? ……あ、ガウェインとランスロットだ!」
双子がぎょっとしてチューバを眺めたが、その背中が、意識のないガウェインとランスロットを背負っているのに気が付いた。
「おい、お前ら、看護部屋に運べ!」
ベイリンは、ワラワラと寄ってくる兵士達に指示した。
「俺は王に報せに行く」
「おう」
ベイランがそう言ってその場を離れ、ベイリンは他の兵士らと共に、五人を看護部屋に運ぶのを手伝った。
やがて、報せを受けたアーサーとマーリン、ケイ、モルガンが慌てて駆け付けた。
モルガンの指示で、五人はひとまずベッドに寝かされ、彼女と使用人達により手当てを受け……マーリンも、小屋から便利な薬や道具を持って駆け付けた。
カールレオン城はちょっとした騒ぎになっていた。
とっぷり日が暮れて、城内が松明や燭台の炎で照らされた頃、看護部屋の近くで待機していたアーサーの元に、モルガンが顔を出した。
そこには、何人かの騎士達にラグネルとエレイン、侍女のアグネスもいて、早速モルガンに容態を聞いていた。
「……どう?」
「……大丈夫ですか?」
「ガウェインはぐっすり寝てるわ。…随分、鞭で打たれたみたいね。全身、ミミズ腫れで体力の消費も酷わ……。でも大丈夫。強いお酒で消毒して、化膿止めの薬を塗って、包帯で巻いておいたから……。大陽を当てるのが一番でしょうけどね」
ラグネルは、ほっと胸を撫で下ろした。モルガンはアーサーらに向かって続けた。
「グウェンフィヴァフ姫は、強い魔法で眠らされてたみたい。魔法は解けたけど、その名残でボンヤリしてるわ。でも一晩寝れば大丈夫だと思う……モルドレッドは偉かったと思うわ。随分疲れてるみたい。多少の擦り傷や切り傷はあるけど、今は寝させてあげて。チューバっていう……狼男みたいな人に、随分助けられたって言ってる。彼も傷が幾つかあったから薬を塗って包帯で巻いておいたわ」
「……そうか」
「……問題はランスロットね」
深刻そうな顔のモルガンに、エレインが弾かれたように顔を上げた。
「右肩の傷が酷いのよ……。モルドレッドが、毒竜に噛まれたと言っていたわ。高い熱が出ていて意識もない。……身体に、毒が回ってしまっているのかも知れない。でも、毒消しの薬も浄化の魔法も効かないし……」
エレインは胸の前で手を合わせ、衝撃を受けたようにモルガンを見つめた。
だが、暫くして意を決したように、アーサーの傍らにいたマーリンに目を向けた。
「あの……。マーリン様」
マーリンはエレインの視線を受けて、何か思い当たったようだった。
「マーリン様は、言われましたよね。ランスロット様が傷付いたとき……そのときだけは……」
「……エレイン。でも……」
マーリンは、辿々しく言った。
「でも、あれは……。危険なんだ。あなたの命を、相手に使うんです」
エレインはわかっている、という顔で看護部屋の扉を開けた。
「少しの間、誰も中に入らないで下さいね」
エレインはそう笑って、壁際の燭台の炎に照らされた看護部屋の中へ進み、使用人達に暫く部屋の外に出ているように言った。
部屋の中から誰もいなくなると、エレインはランスロットのベッドの傍に行った。
ランスロットは額に脂汗を浮かべて、辛そうに呼吸している。
エレインは一息吸って、小声で唱えた。
「……癒す(ラピス・)杯」
エレインが右手を出すと、彼女の右手のひらに、光り輝く結晶のようなものが現れた。
結晶は、更に眩く光を放つと、ランスロットの身体が淡く光った。
辛そうだったランスロットの顔が、段々穏やかになっていき…やがて、安らかに寝息を立て始めた。エレインはそれを確認すると、静かに笑って看護部屋から出た。
ガウェインもモルドレッドもぐっすり寝ていたが、グウェンフィヴァフはうっすらとした意識の中でそれを見つめていた。
(……こうやって、ランスロットは癒されて来たのかしら)
グウェンフィヴァフは、ぼんやりそう思いながら、ふと、先程の、自分を背負っていた小さな背中を思い出した。
顔をベッドの左横に向けると、金髪の男の子が、寝息を立てていた。
何となく苦手で、どこか怖いと思っていた相手だった。
そして、何だか凄く懐かしいとも。
……お礼を言わなければと、グウェンフィヴァフは思っていた。
(……それにしても、男の人達と同じ部屋よね)
グウェンフィヴァフがそう思ったところで、外では「とりあえず、グウェンフィヴァフは一旦、部屋に戻そう」という話になって、侍女のアグネスが慌てて看護部屋に入ってきた。
夜が明けた。
教会の鐘が鳴るより早く、兵舎では、ケイが鍋を叩いて兵士達を起こしていた。
「お前ら、とっとと起きろ!」
ガウェインは、いつも通りに目を覚ましてベッドの上で起き上がるが、全身の痛みに戦慄いてまたバッタリとベッドの上に倒れた。
それを見たモルガンが、「おはよう、ガウェイン。調子はどう?」と声を掛けた。
「……いってえ。あれ、俺」
「全身、鞭の痕が酷いんだから、暫く寝てなさいな」
ガウェインは周囲を見渡した。
白い清潔なシーツを引いたベッドが幾つもあって、自分の右隣ではランスロットが寝ていた。
「……あれ? ここは。俺、確か小人に鞭で叩かれてて……」
「カールレオン城の看護部屋よ。……貴方、末の弟と狼男さんに助けられたのよ。グウェンフィヴァフ姫もね」
「……末の弟?」
「狼男さんと、朝早くどこかに行っちゃったみたいだけどね。部屋に戻ったのかしら……」
モルガンが腕を組みながら呟いた。
看護部屋の少し開いた扉の外で、グウェンフィヴァフはノックしようとしたところで、その会話を聞いた。助けに来てくれた人々にお礼を言おうとしたが、ランスロットはまだ寝てるし、モルドレッドはいないようだった。
少し考えて、グウェンフィヴァフはその場を立ち去った。
まだ朝が早く、辺りは霧で白んでいた。
モルドレッドはカールレオン城の屋上の端で、チューバと腰掛け、遠くの景色を眺めていた。
「……俺、ここにいていいのかな」
「……フガ」
「……俺、多分本当はここにいちゃいけないんだ。……だって、俺は」
モルドレッドの脳裏に、不可思議な映像がよぎった。
大勢の軍を率いて、剣を抜く自分。そして、振るった剣の向こう側には、見知った顔。
自分と同じ金髪に緑の瞳。……自分の父の顔。
自分の属する場所は。自分の味方は。敵は。家族は。
「母から聞いたんだ。俺の本当の母親は別にいて、俺の父親は……」
モルドレッドは自分の手の平を見つめた。
「時々、変なものが見えるんだ。変な夢。夢の中の俺は、軍を引いていて、戦争をする。それが運命みたいな気がして、不思議に思わなかった。……でも、俺は……」
だが、そこまで言ってモルドレッドは口をつぐんだ。
「俺は、そんなのは嫌だなって思うんだ」
モルドレッドの傍らで、チューバは何も言わずに、ただ静かに聞いていた。
後ろでは、グウェンフィヴァフがお礼を言うために声を掛けようとした。
だが、何も言えずにその場に立ち尽くしていた。




