影の者
カールレオン城では、カエール・ガイ城に戻っていた育ての父、エクトールと育ての母、フラブィラが白狼のカヴァルを連れて遊びに来ていた。主に、城下町を観光している。ある昼下がりに、執務室でケイが言った。
「アーサーは、戦うときに使う挑発は、どこで情報を仕入れるんだ」と。
「……僕の情報網は意見箱と…あと…彼らさ」
「……あー、もしかして」
マーリンが半目でアーサーを見た。
アーサーは囁くように言った。
「……フェルグス、ブーティカ」
すると、「はい」という声と共に、黒髪の男と女が天井裏から現れて、アーサーにかしづいた。アーサーの笑顔に、フェルグスと呼ばれた男、ブーティカと呼ばれた女が微笑んだ。
二人とも、黒装束で肌を青く塗りたくって刺青をしていた。マーリンがケイに説明する。
「北方のピクト族。アーサーの幼馴染みで、僕が呼び寄せたんです」
「へえ。いつのまに」
ケイが眼鏡を直しながら言った。
「彼らに影で動いて貰ってるんだ。身内からサクソン族まで、様々な情報を手に入れて貰ってる」
アーサーは二人に笑いかけた。
「……小さい頃、マーリンが家庭教師だったとき。お前達と良く遊んだな。…お前達の主人のトリスタンは元気か?最強とされるピクト族のお前達を、僕の元にやってくれて感謝してる。……コーンウォール城代マルク王の元で騎士仕えをしているらしいけど」
「…はい、そうなのですが」
フェルグスは少し躊躇しながら答えた。
「マルク王の后となるヒベルニアのイゾルデ姫を迎えに行ったときに……ちょっと」
「……ちょっと?」
「イゾルデ姫がマルク王を愛するようにと、持たされた惚れ薬を……水筒の水と間違えて、二人で飲んでしまったらしく……。そのまま、二人で駈け落ちされました」
「……駈け落ち?」
「愛し合ってしまったようで」
マーリンとアーサーは、奇妙な顔で目を合わせあった。
「そういえば、マルク王が最近、女に逃げられて、腹を立たせて他の女と結婚したと聞いたな……」
ケイが思い出したように呟く。
「……えーと。取り敢えず、もしトリスタンと連絡が取れたら、うちの城に来るように言ってください。円卓に名前がありますから」
マーリンの言葉に、二人は「はい」と頷き、再び天井裏に戻った。そのとき。
「うきゃあー!」
城中に大声が響き渡って、皆が吃驚して、声の方を向いた。アーサーが執務室の窓から外を見ると、城よりも大きな親指トムの姿があった。
「……何をやっているんだ?」
傍にいたマーリンも、梟のピュタゴラスを肩に乗せ、大きな樫の杖をついて窓の外を見た。
「……ああ、トムが元の大きさに戻りたいと言ってたので、さっき薬を渡したんですけど…。配合を間違えたかな?」
「取り敢えず、元に戻してあげたら?」
「元……元か……」マーリンがうーむと唸った。
庭では、アーサーの育ての母フラブィラが、吠えたてる白狼のカヴァルを抱いて「あらあら」と呟いていた。傍らでエクトールが昼寝をしていた。
秋も中頃で、肌寒くなってきた。城では、各部屋の暖炉に薪がくべられ、火がつけられていた。アーサーが「うえーん」と涙を滝のように流して泣く巨大なトムに「今、マーリンが行くから元気出せ」と励ましていると、背後でケイが厳しい声音で言った。
「……アーサー。いつまでも、巨人トムを見てないで公務に戻れ!」
眼鏡を光らせた茶色い髪のケイが、机をドンと叩き、羊皮紙の束をアーサーに突き付けた。
「……机ドンか」
吃驚しながら、アーサーが小さく呟いた。
グウェンフィヴァフは、裏の森にある花畑で、侍女達と花を摘んでいた。
城内に花を飾るのは、グウェンフィヴァフの役目だ。
「そろそろ秋も深まって、花も少なくなりましたね。万聖節も近付いてますし」
「……でも、冬に咲く花もあるわ」
グウェンフィヴァフは、赤いケープを羽織って微笑んだ。プラチナブロンドの髪が揺れる。その瞳には、憂いを宿していた。少し離れたところで、ガウェインが油断のない目で立っていた。最近はラグネルがグウェンフィヴァフに付きっきりだったが、その日はラグネルは風邪を引いてしまっていて、代わりにガウェインが護衛をしていた。ラグネルがカールレオン城に来てから、ガウェインは浮いた話が減ったので、ある程度、信用度があった。
「風習の違いですよ」
侍女のアグネスの言葉に、黙り込んで花を摘んでいたグウェンフィヴァフは顔を上げた。
アグネスは、四十近くの女で、グウェンフィヴァフの乳母で、母親代わりだった。
「グウェンフィヴァフ様が様々な殿方と噂されるのは、ゲールとキリスト教の風習の違。それだけです」
「……私も、故郷のカメリアードもキリスト教改宗国だわ」
「でも、私達はきっと、まだゲールの風習や生活感覚が抜けていないんでしょう。アーサー王はドラゴンの旗を掲げているけれど、洗練された方々からしてみれば……」
アグネスは、言葉を詰まらせながら続けた。
「裏では皆が開放的です。けれど表では……法では許されていない。だから皆の堪った鬱憤や皺寄せが、『表で、法を守っているという顔』をするのが下手な者に行くのです。王の婚約者であるグウェンフィヴァフ様や……モルガン様に。ランスロット様は、真っ向からおかしいと思って、敢えてそのままに振る舞っているみたいですけれど。……そう、何だかんだでモルガン様も、そんなところがありますね」
アグネスは少し言おうか迷ったが、続きを言った。
「グウェンフィヴァフ様も、今は怖いかも知れませんが…きっと、好きな殿方が出来ますよ」
「私はアーサー王の婚約者よ」
「カメリアード王が勝手に婚約を取り付けただけで、妻ではないのですから」
花を篭に入れながら言うアグネスに、グウェンフィヴァフは少し困ったように笑った。
そのときだった。何だか、甘い匂いがグウェンフィヴァフの鼻をついた。
(……あら? 何かしら、この匂い……。花の匂いとも違う……。何……。何だか眠い…)
グウェンフィヴァフの目の前で、アグネスがどさりと横たわる。
「アグネス?」
そして、やがてグウェンフィヴァフも意識を失い、その場に崩れ落ちた。
第五話 錯綜の(・)森
「とかげのしっぽ、イチジクの枝、バターミルク、腐りかけの丸太橋…」
オークニーの城に、つたない竪琴の音と、小さな男の子の歌声が響いていた。
オークニー諸島は、北方の冷たい海に囲まれている。
石造りのカークウォールの城で、五歳程の…実際は一歳程だが…モルドレッドが、城の中をあちこち走り回っていた。
モルドレッドが、モルゴースの部屋の箪笥棚に入ってみたときだった。
奥から、骨製の竪琴を見つけた。馬の尾の毛がピンと張られ、銀の細工が施されている。
モルドレッドが、竪琴を手にすると、不思議としっくりした。
(……不思議だな。まるで、僕のものだったみたいだ)
モルドレッドは竪琴をつま弾いて、 適当に作った歌を歌った。
……そこへ、モルゴースがやって来たのだ。
「……母上?」
モルドレッドは吃驚してモルゴースを見上げる。
モルゴースは酷く驚いた顔で、立ち尽くした。
「今の歌は……」
モルゴースは、かがんでモルドレッドの肩をつかんだ。
「モルドレッド……貴方、どこでその歌を知ったの?」
「どこでって……。今、僕が作ったんです」
モルドレッドが吃驚して答えると、モルゴースは我を取り戻して、何かを考え込んでいた。
やがて、モルゴースは自室に行き、何かを手にして戻ってきた。
「……モルドレッド。貴方にその竪琴をあげるわ。……そして、これも」
モルゴースは握っていた掌を開いて、モルドレッドに見せた。
モルゴースの掌には、銀色と赤色の刺繍糸と、紅水晶と黒水晶を編み込みんだ髪飾りが乗っていた。
「……綺麗。髪飾りですか?」
「……これは、私の父ゴーロイスの形見なの。その竪琴と共に、貴方にあげましょう」
モルゴースは、モルドレッドの髪にゴーロイスの髪飾りを縛ると、沈痛な顔で瞼を伏せ、小さなモルドレッドを抱き締めた。
「母上?」
「……貴方はきっと……多分……。私の……。私の……殺された父の……」
モルドレッドを抱き締めるモルゴースの瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。
「モルドレッド。私は、貴方に大きな運命を背負わせなければならない。けれど……」
モルゴースは、モルドレッドから離れると自嘲気味に言った。
「本当に、それでいいのかしら。私は……」
そして今、雪が降るカークウォールの城には、モルゴースの姿はなかった。
モルゴースの妹、エレインはリスティノイス王国のカーボネック城に帰っていた。
……モルドレッドの姿もなかった。
モルゴースがいなくなった話はオークニーからの使いの話により、ガウェインの知るところになり……ガウェインは次男のアグラヴェインにオークニーを任せると言った。
アグラヴェインは頷き、オークニーのカークウォール城に戻った。
アーサー王が治めるブリタニア王国、王都キャメロット。カールレオン城。
カールレオン城の裏にある庭園は、薔薇が咲き終わり、花弁を散らしていた。
石の階段に腰掛けながら曇り空の下で、モルドレッドは以前よりずっと巧みな指使いで、竪琴を奏で、歌っていた。
黒い服に、白いマントを羽根飾りで留め、金色の髪は、母から貰った髪飾りで緩く結っている。彼は十四歳ぐらいに見えた。
「……とかげのしっぽ、イチジクの枝、バターミルク、腐りかけの丸太橋。橋の向こうに渡ったのだあれ。……強い剣に薬のカップ、くたびれた古い外套。外套のポケットにあるものなあに。……僕たちの月は欠ける。欠けていってしまう。けれど、いつかまた月は満ちる。泣かないでとは言えないけれど。きっといつか報われる。沢山の血と涙の果てに」
モルドレッドが歌いきると、目の前を兵士達が慌てて通りすぎていった。
兵士達は森へ入ってゆく。た、走ってきた兵士をモルドレッドは呼び止めた。
「一体、何があったんだ」
「……グウェンフィヴァフ様が何者かに拐われたんだ。お付きのガウェイン様まで…」
「……兄上と、グウェンフィヴァフ姫が?」
その頃、アーサーは法廷を見守っていた。年下の夫に暴力をフラれ、別れたいという太った女で、アーサーはいつものように別れさせてやった。そこへ兵士がやってきて、近くにいたマーリンに耳打ちし、マーリンは急いでアーサーに声を掛けた。
「……アーサー、グウェンフィヴァフ姫が何者かに拐われました!」
円卓の間に、アーサーと騎士達が集まった。
「兄上まで拐われたって…」
心配そうに詰め寄るガヘリスに、ケイが説明する。
「現場は近くの森の花畑。以前も狙われた場所だ。
侍女達は、何か甘い匂いがして、気がついたら眠ってしまい、目が覚めたらグウェンフィヴァフ姫とガウェインがいなかった…そう言っている」
「……睡眠薬よ」
モルガンが、円卓の間に入ってきて言った。
「さっき、裏の森に行って残り香を嗅いだわ。……相手は、眠り薬の知識がある。ドルイドか湖の巫女か……サクソン族の術師がついてるかも知れない」
マーリンも「僕もそう思います」と頷いた。
「今、猟犬に匂いを嗅がせて…匂いの跡を辿らせてる。ランスロットとグリフレットが一緒だ」
アーサーの言葉に、皆ほっと胸を下ろし、詰め寄っていたガヘリスも、引き下がった。
「ランスロット様が……そうですか」
「……でも、相手が気になります。ドルイドなどの術師では…ランスロットとグリフレットだけじゃ、心配かもしれません。こちらも、術師がいなければ」
そこへ、兵士が円卓の間に駆け込んできた。
「アーサー王、グリフレット様が戻られました!」
兵士の後ろから、息を切らせたグリフレットが入ってきた。
「……錯綜の(・)森(タングルド・ウッド)です……! グウェンフィヴァフ姫とガウェインを誘拐した相手は、錯綜した森の王です! 山頂の城へ、ランスロット様が向かいました」
弾かれたように、マーリンとモルガンは顔を上げた。
「錯綜の(・)森の王……」
口許に手を置いて呟くアーサーに、マーリンとモルガンが口を開く。
「……ヴァレリン。それが錯綜の(・)森の王の名よ」
「……ドルイド七賢人の一人。僕の配下で……副ドルイド長です」
マーリンは重々しく言った。
その城は、濃い霧と鬱蒼した森の奥に存在した。
石を積まれて築かれたその城は、一見、打ち捨てられた廃墟に見えた。
そこかしこが崩れていて、外も中も、蔦がびっしりと巻き付いている。
その一室にあるベッドの上で、グウェンフィヴァフは深い眠りについていた。
彼女のプラチナブロンドと、赤いケープ、白いドレスがふわりと広がる。
部屋の中は薄暗く、石を積んだ壁の、石と石の隙間から日の光が溢れている。
床には、一面に蛇が取囲み、うようよと蠢いていた。
崩れかかった城の中は、全身、黒い毛皮で滑りを帯びた化物で満ちていた。
化物達は二足歩行で、爪と牙を持ち、侵入者に襲いかかってくる。
ランスロットはバサバサと化物達を切り捨て、剣についた粘液を振り払い、古城の奥へと進んだ。壁が崩れていたので、正面玄関でなくそこから入った。
ランスロットは、今しがた斬りつけた化物を見つめて、溜め息を吐いた。
「……この化物達は一体。妖精か? さっき斬った筈の奴が、また、少ししたら起き上がって襲ってくる。幾ら倒しても……」
ランスロットが汗を拭いながら呟いていると、若い少年の声がした。
「この城の王、ヴァレリンは、ドルイドにして、邪竜教団の幹部だ」
背後から聞こえる少年の声に、ランスロットは振り向いた。
「……お前は」
「ヴァレリンは古代アトランティス文明の技術……超古代魔法を使い、沢山の生き物を混ぜてキメラ……。魔物を造ってる」
現れたのは、同じ円卓の騎士…モルドレッドだった。
「こいつらは、それさ。知らない人からしたら、妖精か何かにしか見えないだろうな」
ランスロットの背後で、再び、ぬめついた化物が起き上がり、ランスロットに襲いかかった。
一瞬、出遅れたランスロットより早く、少年は何か呪文を唱え…少年の指先から黒い稲妻が生まれた。
そして、黒い稲妻は激しい音を立てて化物を貫き、化物は倒れ伏した。
ランスロットは驚き、少年に目を戻す。
「……モルドレッド。君は…」
「……俺、修行期間はとても短いけれど、一応、カマーゼンでドルイドと…《魔法使い》と認められてるんだ」
モルドレッドは、どこか寂しげに笑った。
第六話 ヴァレリン
背が低く小柄で痩せぎすな身体。幼い顔。もう十三歳になる筈なのに、たまに十歳ぐらいに間違えられる。他の同年代の女の子達は、背が伸びて、胸も大きいのに。
グウェンフィヴァフの母は小さい頃に死んで、乳母のアグネスがずっと母親代わりだった。
始めからグウェンフィヴァフは父の手で、ブリタニアと取り引きされていた。
どこの姫も皆がされている取り引きで、グウェンフィヴァフの相手はどこの姫よりも、凄い相手だった。
アーサー王。
けれど、その事実はグウェンフィヴァフの心を揺さぶらなかった。何の感慨もなかった。
ただ、日々の中で兄のゴートグリムの暴力が減ればいいと願っていた。
グウェンフィヴァフは、ぼんやりと考える。
兄が髪を掴んだり、ぶったり、蹴ったり、しなければいいのに。兄は何故、怒るのだろう。そして、私にぶつけるのだろう。私は何かを傷つけたらしかった。兄の楽しみのためだけに、私はいた。
アーサー王に嫁げば、きっとこんなことはなくなる。そう、アグネスは言った。
だから、ある意味で私は彼との結婚が楽しみだった。血の味を感じながら、そう思った。
ゴートグリムは友人に私をやるつもりだったけれど、それでは私が兄から助かるとは限らない。出来れば、兄から遠く離れたかった。
アーサー王は優しかった。ううん、優しい。
私を女として愛してないけど、それは他の女に対しても言えることで、彼が愛しているのは本当は一人だけだった。
私は、兄から助かった。男の手からも助かった。
彼女が羨ましくないと言えば、嘘になるけれど、私はアーサー以上に気になる男の人がいた。
……私は、いつの間にかムキになって、彼の愛を得ようとした。
……あれ? これはいつの記憶だろう。……知らない、私は。
そう、そんなことがあったのかしら。
つまらない。いいえ、本当のことじゃない。
だって、そうじゃない。
私だけのものにしたかった。彼の全てを支配したかった。
私は、結局誰も好きじゃなかった。ランスロットも好きじゃなかった。
…誰かしら、これ。私かしら。そう、兄が私にしたみたいに、したかったのね。
だって、皆が私を女神だと言うんだもの。ブリタニアの女神。
私だって、誰かを私のものにしたっていいじゃない。
男が女にするみたいに。男が女の自由を奪うみたいに。だって、それを愛だと呼ぶのでしょう。愛してると言えば、殴っても蹴っても許されるのでしょう。それが愛なのでしょう。
そんなのは違う。違う? 何故。
愛ではない。物欲と同じ。だって、私、何人かの男にそウーゼルれて、沢山の男に愛されてるって羨ましがられたのよ。何故、詩人は恋を歌うのかしらね。
だから、ほら。他の人が持ってるものが、何よりも尊いと大切にしてる宝物が、欲しくなってしまうのよ。兄も、皆も、結局そうだったのよ。それだけよ。
下らないわ。仕方ないのよ。何を言っても。
もう、いいのよ。こんな感情は。ただ、忘れなさい。世の中は、それだけじゃないわ。
あなた(私)は、前に進みなさい。ランスロットは……きっとこんなことはなくなる。
誰か(わたし)が、私の頭をはたいた気がした。
ランスロットが好きなの? 誰かに似ていただけよ。
グウェンフィヴァフは数百もの蛇が蠢く部屋で、深い眠りに落ちたまま、瞳から一筋の涙を流した。髪には、先程の花畑で侍女達と戯れていたときに差したハシバミの花飾りが残っていた。
錯綜の(・)森の頂きにある廃れた古城。
蔦まみれで崩れかけた石壁の廊下で、ランスロットとモルドレッドは向かい合っていた。
「ヴァレリン……?」
ランスロットの声に、モルドレッドは頷いた。
「ドルイド七賢人の一人で、邪竜教団の幹部だ。あいつがいるのはこの城の地下だ。そこで、古代の知識や技術を研究してる。主に、様々な生物の素を混ぜて、色んな化け物を造り出してるんだ」
モルドレッドとランスロットは、足元に転がった、ぬめりを帯びた化け物に目をやった。
モルドレッドは目を伏せる。
「……そして、俺もあいつに造られた。俺に超速成長の古代魔法をかけたのはヴァレリンだ。
母モルゴースに連れられ、俺は定期的にヴァレリンに実験やそのデータを書き留められていた。俺にとってはこの城も慣れたものだ」
「モルドレッド……。お前」
「俺はモルドレッドと名付けられた。魔法使いのマルドゥーク。バビロンの竜殺しの英雄の名前さ」
モルドレッドは再び、何か呪文めいた言葉を唱えた。
ランスロットの背後、遠くで蠢いていた化け物に、モルドレッドの放った黒い稲妻が落ちた。
後ろを見るランスロットに、モルドレッドが言った。
「……兄、ガウェインを助けてくれるなら、グウェンフィヴァフ王妃を助けてやる」
ランスロットとモルドレッドは、石造りの城を奥へ、奥へと進んだ。
中は薄暗いが、石を積まれた壁の隙間や、崩れた箇所から差し込む光で視界は見渡せた。
ランスロットが崩れた石を跨いで蜘蛛の巣を切り払っていると、モルドレッドが呟いた。
「ヴァレリンのいる地下の部屋は、転移呪文で移動できるんだが……」
「転移呪文?」
「ああ。だが、転移呪文は自分が一度行ったことがある場所じゃないと行けないんだ。……さっき、ヴァレリンの部屋に行ったが…。ガウェインやグウェンフィヴァフ姫が捕われている場所は、俺達自身が行かなくてはいけない」
モルドレッドはそこまで言って言葉を濁らせた。そして、先程のことを思い出した。
崩れた石造りの古城の地下深くに、暗く巨大な空間が……ヴァレリンの部屋がある。
その空間は硝子張りの水槽に囲まれ、水槽の中は深海のように暗い。
水槽はどれも不気味だった。
ある水槽にはクラゲのような生き物が分裂を繰返し、ある水槽ではびっしり鱗の生えた魚人のような生き物が眠り、ある水槽では毛むくじゃらで羽根の生えた大きな生き物が瞬きをしている。モルドレッドもそんな奴らのように造られたのだ。
水槽に囲まれ本の積み上がった机に、黒いローブを纏った細身の眼鏡の男が…ヴァレリンが座っていた。
周囲は幾つもの硝子瓶……ビーカーやフラスコや試験管、硝子管、天秤などが散乱している。
そして、数人のローブを深く被った男達がいた。
中には、素っ裸で、床に広がる程長い銀髪の艶かしい女がいて、ヴァレリンの首に白い手を巻き付けていた。
ヴァレリンが造った女だった。
「……グウェンフィヴァフ姫?」
ヴァレリンの問いに、目の前の金髪の少年が頷いた。
「それに、俺の兄のガウェインも……お前達が拐ったとカールレオン城では騒ぎになっている。返してくれ」
「……兄、ね」
ヴァレリンは口許を歪めた。
「オマケは返してやってもいいが、グウェンフィヴァフ姫は駄目だ」
モルドレッドが眉をしかめると、ヴァレリンは笑い出した。
「彼女は僕の観察対象の一つ。彼女は絶滅した丘の巫女だ。そして、丘の巫女は、絶滅種の火竜の血だ。カメリアードはドラゴンアイランドが近いからな。母親辺りが、血を継いでいたのだろう」
「……絶滅種?」
「私にとっては貴重な素材なのさ」
ヴァレリンは笑みを深めた。
「湖の巫女や丘の巫女、ドルイドは皆、古代アトランティス人が造り出した竜の血を引いている。古代アトランティス人は、他の星の……遥かに進歩した文明を持つ者達と親交していた。彼らは鱗を持つ魚人の姿で「オネアネス」と呼ばれた。古くは、魚と蛇と竜は根は同じとされた。鱗を持つものだからね。古代アトランティス人は、自らも高度な文明を持ち、彼らの血から竜を造り出し、神と呼んだんだ」
ヴァレリンが手を宙に挙げると、緑色に光った文字や絵柄の羅列が宙に浮かんだ。
「竜の血とは、彼らが造り出した《魔術》を使える血、万能遺伝子さ。《魔術》は、自然現象他、様々な事象を操作出来る。『神ははじめに、蛇を引き裂き、半分を天の水に、半分を海にした』
彼らは生み出した竜を殺し、その竜の血を世界に撒いた。この竜を悪魔とすれば、キリストと呼ぶ者もいた。この竜の血こそが聖杯だと言う者もいた。キリストは元々、イクトゥスという魚の印を使っていたからね。また、ヴィシュヌも『マツヤ』という角の生えた魚の姿で、大洪水を報せた」
ヴァレリンはとても生き生きとした表情で楽しそうに語る。
「ともかく、この世界の根幹に竜の……竜と呼ぶべきかは謎だが、そいつの血が宿っている。竜の遺伝子を持つ者は世界の根幹を、ナノマシンのように、その意志で操作出来る。古代アトランティス人は、生み出した竜の血を自分達の遺伝子に組み込んだ。だから、我ら巫女やドルイドは皆、古代アトランティス人の血筋と言える。だから、魔法が使える。また、その竜の子供達の死骸や血痕が、丘となり湖となり、力の基となり、異界への門、聖地と崇められている」
ヴァレリンの手元には、魔術的な絵柄や魔方陣、ヘブライ文字が浮かんでいた。
モルドレッドは溜め息を吐く。
「お前のその手の話は聞き飽きた。素材だかなんだか知らないが、面倒だから返して貰う」
「……返す? 嫌だね。……でも、そうだな」
ヴァレリンはモルドレッドを見て笑った。
「お前の戦闘データを取らせてくれるならいいよ。好きに自力で持って帰りなよ。出来るならね」
ヴァレリンは素っ裸の女を抱き寄せて笑った。




