ランスロットの凱旋
「ぽっぽ!」
昼下がり、モルガンがじょうろに、水と薄めた液体肥料を混ぜて、薬草畑に水を撒いていたときだった。
カールレオン城の庭で遊び回っていた子供の一人が、モルガンを指差して叫んだ。
「……ぽっぽ?」
「鳩みたいな顔してんだもん」
「……は、鳩みたいな格好?!」
「や~い、ぽっぽ~!」
子供はそういうと、他の子供達と一緒に笑いながら走り去って行った。
モルガンは薬草畑で一人呟いた。
「……な、なんなの。一体」
目の前を、小さな小妖精達が、足下を小さな土妖精達がクスクスと笑いながら去っていった。
アーサーは、広間の隅にある棚に置かれていた、木箱を手にした。
木箱は蓋があり、蓋の上に小さな穴が空いていて、正面にはアーサーの適当な字で「意見箱」と書かれている。アーサーに何か言いたいことがあれば、皆、王座の間で上訴する。
だが、そうする程でもない小さな意見はこちらに入れるようにアーサーは言っていた。
例えば、どんな料理が食べたいとか、あれはこうした方がいいんじゃないか。みたいな些細な意見だ。蓋を開けて、アーサーは中身を見てみた。小さな羊皮紙の切れ端が折り畳まれたものが、何枚か入ってる。アーサーは切れ端を開いてみた。
「どれどれ……」
『ベイリン、ベイラン様のナンパ癖はどうにかなりませんか。あの二人は酒に酔うとウブな女を挟んで、どちらが好みか迫るので困っています。『前は俺がいいって言ってたのに、あいつの方がいいのか』とか、最早イジメの域です。使用人デブナ』
『この前、スープを飲んでたら中に親指トムが入っててびっくりしました。トムが、調理場でスープの味見をしたときに、足を滑らせて鍋に落ちて、溺れてしまったんだそうです。
命に関わるんだから、やめろとトムに言って下さい。一兵士のゲイル』
(……つまみ食いは僕もするからなあ。やめろってのは言いづらいなあ。マーリンから言って貰おうかな)
後は、『三階の渡り廊下の屋根が雨漏りするから、補修した方がいい』という左官職人や、『隣の部屋のボールスのいびきが酷いから部屋を変えてくれ』という、騎士の意見だった。
中には『アーサー王は誰か想う方のために戦ったりはしないんですか?』という、真に迫ったものもあった。
アーサーは、すぐ近くの窓から、外を覗いてみた。冷たく爽やかな秋の風が髪を揺らす。
目の前にはモルガンの薬草畑や、ガラス張りで温室の薬草小屋があり、その隣に謎に満ちたマーリンの畑と小屋がある。マーリン小屋の近くでは、沢山の薪を作り終えて山積みにした、毛むくじゃらの巨人ガルガンチュアが、子供達と遊んでいた。
手のひらや頭の上に子供を乗せている。ガルガンチュアは、細心の注意を払っているようだった。
「ガルガンチュア大きーい! 親指トム小さーい」
「僕は元々は、普通の人間サイズだったんです!」
親指トムの叫びに、子供達がはしゃいで笑っていたが、残念ながら、親指トムの姿は、アーサーの位置からは全くわからなかった。多分、青いマントを羽織っていると思うのだが…。
傍では、母親や乳母達が心配そうに見ていた。
「もうすぐベンウィックから遠征軍が帰ってくるから、母親達が子供を連れて、夫達の凱旋を待ってるんだな」
アーサーの後ろで、丸まった羊皮紙を抱えたケイが言った。
「何だかんだで皆、男達の無事を祈ってるのさ」
その日の夕方、ランスロットやパーシヴァルが率いる遠征軍が、王都キャメロットに帰還した。遠征軍の勝利と無事を祝って、凱旋パレードが行われた。
大勢の人々が歓声を挙げる町中を、馬に乗った騎士や兵士達が闊歩する。
ファンファーレが鳴らされ、屋敷の窓から、篭を持った女達が花びらや紙吹雪を散らした。
城では式典用の格好をしたアーサーが、ランスロットやパーシヴァル、ボールス、エクトール・ド・マリスらを待っていて、彼らと熱い抱擁を交わした。
武勲を挙げた騎士や兵士達には、褒美が与えられ……ランスロットはまた、勲章の数が増えた。
その日の夜、カールレオン城では一晩中、宴が行われた。
家族達は再会を喜び、兵士達は豚や猪の丸焼きに舌づつみを打ち、浴びるように酒を飲んだ。楽士達は音楽を奏で、恋人達は手を重ねて踊った。
遠征軍に同行した吟遊詩人や司教が、人々にランスロットらの雄姿を語って聞かせ、道化師が子供達に五つのナイフを回して見せていた。
円卓の騎士は、……特に、ガウェインやパーシヴァルらは、沢山の女に囲まれて、身動きが取れないようだった。
ラグネルがガウェインを背後で睨み付けていて、ガウェインが居心地悪そうにしている。
ベイリンは黒馬亭のベルちゃんにひっぱたかれていた。
ベルちゃんはベイリンと付き合っていたが、あんまりベイリンがフラフラするので、金髪のゲルマン人……サクソン族の男と付き合うことにしたらしかった。とても筋肉質でガタイのいい大男だった。
ボールスはアグラヴェインと酒を呑み比べていて、ガレスは皆に肉を切り分けて配っている。
そんな中、片隅で人々が沸いた。ランスロットが、エレインに手を差しのべたのだ。
エレインは、頬を染めて、嬉しそうに手を取り、賑やかな音楽に合わせてランスロットと踊り出した。
「あの二人、ちょっと感じが変わったな」
「そうね」
王座に寄りかかりながら、そう言うアーサーに、モルガンが頷いた。
モルガンは、その日は髪を後ろに纏めて、瞳の色と同じ紫色のドレスを着ていた。
マーリンは、先程まで『故郷の空』を歌っていたのだが、どうも肩や頭が軽いと気付くと、大きな杖を片手に、ピュタゴラス二世を探し回っていた。
「ピュタゴラス~! 困ったなあ。どこに行ったんだろう。ピュタゴラス~!」
小走りでマーリンが去って行くのを尻目に、一人杯を口につけていたモルドレッドは窓の外に視線をやった。
宴の外れ……バルコニーで、グウェンフィヴァフは一人、夜風に当たっていた。
傍らに、フウクロウのピュタゴラスがいて、グウェンフィヴァフは僅かに微笑んでピュタゴラスを抱き締めた。そして、何も言わずに夜空の星を眺めていた。




