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ベンウィック王国への援軍



第一話 ベンウィック王国への援軍


アーサーは執務室で、羊皮紙の巻物を開いて、じっと見つめた。

羊皮紙は、細工の入った銀の小箱に入れられていた。 

小箱には南方、海を隔てたガリアの国ベンウィック王の刻印が刻まれており、手紙の最後にも同じ刻印が判子として押されている。

 アーサーが目を挙げると、マーリンとケイが、目の前でアーサーを見つめている。

「ついにですか」

マーリンに、アーサーは頷いた。「ああ、ランスロットらの祖国から、援軍要請が来た。

暫くは休戦状態だったが、協定が切れたらしい。結び直す可能性もないそうだ」

ケイが心配そうな目でアーサーを見る。

「ランスロットと、エクトール・ド・マリス、ボールス辺り、(くに)に帰らせるのか」

「……ああ。第一の騎士が暫くいないのは手痛いけれど。あと…そうだな。パーシヴァルにも、軍を率いさせて向かわせよう。パーシヴァルはランスロットになついているから。早速、手紙を書いて使者に持たせるよ」

アーサーは手紙をベンウィック王国からの使者に持たせると、ランスロットとパーシヴァルを執務室に呼んで、事の次第を説明した。

ランスロットは父王に代わり、アーサーに臣下の礼を取った。

「ランスロット、まだモルドレッドにやられた傷が痛むか?」

「多少は。ですが、何ら支障はありません」

「そうか。それなら良かった」

ランスロットは、パーシヴァルと共に執務室を出ると、早速、遠征の準備に取り掛かった。

まず、ボールスやエクトール・ド・マリス、更に率いる兵士達に事の次第を伝えて、出立の準備をさせる。

ランスロットも部屋に戻り、荷物を整理したり、武器庫で小姓達と共に武器や鎧の手入れをしたりと、忙しなく動いていた。

だが、ふと、ランスロットは剣を磨く手を止めた。

(ここ数日間、エレインと話していないな)

ランスロットは、剣に映った自分の顔を眺めながら、物思いに耽った。

(でも、考えてみればグウェンフィヴァフ様やモルガンとも挨拶程度しか話していないし。

……別に、特におかしいわけでもないな)

そう結論付けると、ランスロットは、無心になって武器を磨く手を進めた。

マーリンが城の庭を歩いていると、城の階段に座っている真っ赤な髪の毛の娘…エレインを見つけた。

エレインはぼんやりと宙を見つめていて、マーリンにはその表情は読めなかった。

エレインはマーリンに気付いて、「あ、マーリン様」と小さく笑った。

「どうしたんですか?」

マーリンはそう言いながらも、(この前の、グウェンフィヴァフの潔白を明かすための騒ぎのことだろうな)と思った。

「ランスロット様は、やっぱりグウェンフィヴァフ様が好きなんだろうなと思って…。私がこんなことを言うのは、今更でしょうか?」

「いいえ。今更だなんて思いませんよ」

「マーリン様はお優しいんですね」

エレインは、悲しそうに笑った。

「私、何だか疲れてしまいました」

マーリンは何だか、嫌な予感がして、エレインを見つめ、口を開いた。

「……エレイン。貴方は第二の宝、癒す(ラピス)(エクシリス)を。聖杯を持っている」

マーリンの真面目な口振りに、エレインは少し驚いたようにマーリンを見つめた。

「僕は、貴方に、なるべく人前で使わないように言った。貴方は僕の言いつけを守った」

「……はい。私、この城に来てから使ってません」

「……でも、ランスロットが、癒されることを必要としたとき。そのときだけは、使って欲しい。貴方にはランスロットの傍で、ランスロットを救って欲しい」

「……私、ランスロット様の傍にいないといけませんか」

エレインは悲しげな目でマーリンを見上げた。

「ランスロット様が好きなのは私じゃないのに。私はランスロット様の傍にいないといけないのでしょうか」

「……エレイン?」

「私だって、心が傷つきます。辛いと思ったりします。それでも、空元気で、ランスロット様を追い掛けて」

エレインは、運命を見透かすように言った。

「私は、使命だと思っていたんです。私がランスロット様を愛することは、いいことなんだと。……ブリタニアを救うことに繋がるんだと。……彼を、グウェンフィヴァフ様から引き留めることが私の使命なんだと」

エレインは、自嘲したように笑った。

「まるで道化みたいですよね。でも、何だかそれって。私は結局、ランスロット様を愛してるわけじゃないんじゃないかって。だって使命感だったわけですから」

マーリンは、何だか衝撃を受けた。いつものエレインではないように見える。

けれど、これは……きっと、ランスロットを追い掛けるエレインの中に存在した、本当のエレインなんだろう。

「私、もうランスロット様を追い掛けるのやめます」

エレインの辛そうな声が、静寂に響いた。それから、エレインはランスロットを避けるように日々を過ごした。他の女達と共に、機織りに精を出した。……だが、遠くで声が響いていた。

『お前はランスロットを愛さなければならない。お前はそのためだけに存在するのだ』と。

エレインは必死に聞かぬフリをして、機織りを続けた。ある時、司教の一人が、渡り廊下でエレインを呼び止めた。「話がある」と。エレインは、城の庭に呼び出された。

「話とは何ですか。司教様」

司教は厳かに口を開いた。

「……エレイン。貴方には、神の声が聞こえるのではありませんか」エレインは驚いたように司教を見上げた。

「私の元にもお告げがありました。エレイン。貴方とランスロットの間に、ブリタニアを救う子供が産まれる。だがら、貴方はランスロットを愛さなければならない。……いや」

司教は強い眼差しでエレインを見つめた。

「貴方がランスロットを愛する愛さないど、関係はない。ただ、貴方はどうにかして、ランスロットとの間に子供を作らねばならない」

「私は……そんなのは……嫌です」

エレインは恐れながら、思いを吐き出した。

「そうです。私にも神様の声が聞こえます。私も、私の父も、私の故郷の神父も、そのお告げを受けました。……でも、ランスロット様は私のことを愛してないのに、何で、私そんなことしなくちゃいけないんですか」

司教は静かに言った。

「……愛のない夫婦からこそ英雄は産まれるとされています。アーサー王のように。…けれど、エレイン」

追い詰められたような顔のエレインに、司教は困ったように微笑んだ。

「貴方が嫌なら、それでいい。神様もそこまで強制しないでしょう。……でも、エレイン。貴方は本当はランスロットを愛しているのではありませんか?」

「私、父に……いざとなればランスロット様に一晩、惚れ薬を盛って事をなせと言われていました。その惚れ薬は、ずっと部屋の棚にあります」

エレインは俯きながら吐き出した。

「でも、それって愛してるって言えますか。私、ただの使命感だったんだと思います。

私を愛してくれない人を、愛し続けるなんて無理です」

エレインは、そう言ってその場から立ち去った。

それからの日々も、エレインはランスロットを避け続けた。兵舎や厩、訓練場、王の間、円卓の間には顔を出さないようにした。一度、渡り廊下で顔を合わせてしまったたことがあった。

「あ、エレイン……」

ランスロットは、エレインに何か言おうとしたが、エレインは何も言わず、その場から走り去った。後には、ちょっとショックを受けたランスロットが残された。

エレインは、父方の祖母が住むアストラットにでも行こうかと考えた。

アーサーもモルガンも、グウェンフィヴァフもパーシヴァルもおかしいと思った。

女達の間で機織りに精を出していたエレインが、一度、こぼしたことがあった。

「愛のない結婚なんておかしいですよね」と。 

真剣なエレインに、女達は顔を見合せ、クスクス笑い出した。

「最近、全然ランスロット様の話をしないから、どうしたのかと思ったら。親御さんに結婚の話でも持ち上げられたの?」

「エレインは、他の殿方に結婚の申し出をたくさん受けていたわね」

「ブリタニア一の美姫だもの。貰い手は気が遠くなるほどいるでしょ」

女達は笑いながら軽口を叩く。

「愛のない結婚なんて当たり前でしょ。私だって他に好きな人がいたのに、無理矢理、親に決められたもの」

「私もよ」

「私も。旦那様のことなんて愛してないわよ。でも、それが結婚でしょう。ねえ、モルガン」

突然話を振られて、モルガンは焦った。

「モルガンってウリエンス王と結婚の話を出されて、それが嫌でコーンウォールの城を飛び出したんでしょう?ウルフィウス夫人から聞いたわ」

「怒ったウリエンス王は、他の婦人と結婚したんですってね」

「……そ、そうね」

「若いわね~」

女達が笑い声を上げた。

「良くあることよ。私だって旦那より、幼馴染みの騎士の方がいいもの。旦那は二十も年上で幾らでも愛人と庶子もいるし」

「でも、それを言えば幼馴染みの騎士にも妻子はいるしね」

グウェンフィヴァフは侍女のアグネスと共に縫い物をしながら、静かに見つめていた。

エレインは幻滅したような顔で女達を見つめた。

「これが、今の、私達の現実よね」

「現実だわね」

「私、旦那の遠征中に目当ての騎士様に声掛けちゃお。どうせ旦那は、現地妻作ってるだろうし」

モルガンも、グウェンフィヴァフも何だか、悟ったような呆れたような顔をしていた。

 エレインは冷めた頭で、どうしようかなと思った。

差し当たり、取り敢えず、遠征に出るランスロットと、兄のパーシヴァルのために、無事を祈るお守りでも作ろうと、針と布の切れ端を手にした。

「ランスロット様も現地妻を作ってくるのかしら……」

エレインの呟きに、グウェンフィヴァフが不思議そうに口を出した。

「遠征先は、ランスロットの故郷のベンウィックですよね。パーシヴァルも行かれるんですよね。エレインは同行しないんですか?」

「……え?」

「……私達、てっきりエレインもついて行くんだとばかり」

「そうね。私達の中だとエレインって、そっちの勢力の女代表だから」

グウェンフィヴァフの言葉に、モルガンも頷いた。


後日、ランスロットやパーシヴァルらと共に、船に乗るエレインの姿があった。

そして、誰一人として、その姿に違和感を持つ者はいなかった。エレインの荷物は、いつの間にか気をきかせた兄のパーシヴァルがまとめて積み荷にしてしまっていて、エレインの部屋の中身は閑散としていた。ただ、棚には惚れ薬の入ったガラス瓶が置かれていた。

四方を海に囲まれた船の上。舳先にはカモメが飛び交っていた。

潮風を受けながら、エレインは「あの…」とランスロットに声を掛けた。

「現地妻なんて作らないで下さいね」

「……え?」

久々にエレインが声を掛けてきたと思ったら、これなので、ちょっと嬉しそうだったランスロットは返答に困ってしまった。

(でも、ランスロット様が好きなのはグウェンフィヴァフ様だしなあ~)とエレインは思い返し、海を眺めている兄、パーシヴァルの傍に行って、話でもすることにした。

「パーシヴァル兄様は好きな人います?」

「うん。人妻だけど」

何だか悩ましい顔のランスロットの肩を、ボールスがぽんと叩いた。

ランスロット仕えの兵士達がコソコソと話す。

「模擬試合のとき、三十歳年上の騎士の話でアーサー王に負けてから、ちょっと荒れてるよな」

「酒飲みながら、やっぱり僕にはグウェンフィヴァフ様しかいないとか、わめいてたな」

「エレイン様にアクセサリーでも買ってあげたらいいと思うんですけど」

エレインは、いつだったか故郷に戻ったとき、侍女に持たされた薬を積み荷から取り出した。そして、思いきり海に投げた。怪しい色の液体が入ったガラス瓶が、海の底深くに沈んでいった。

数日後。ガリア、ブルターニュの土地で、ランスロットと市場を歩くエレインの姿があった。エレインは嬉しそうに、ランスロットに買って貰った胸飾りを付け、そんなエレインを、ランスロットが穏やかな笑顔で見つめていた。


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