ランスロット対モルドレッド
後日、競技場で馬に乗ったランスロットと、モルドレッドが槍をつがえて対峙していた。
馬上槍試合だ。
ランスロットは、昨夜にグウェンフィヴァフに貰った赤いスカーフを身に付けていた。
グウェンフィヴァフを中傷した婦人はグウェンフィヴァフを睨み付けている。
そちらはモルガンが睨み返した。
グウェンフィヴァフはハラハラして、十字架を握り締めていた。
そんな状況を目の端にヤレヤレと溜め息を吐きながら、アーサーは、王杖を挙げて試合開始の合図をした。
「はじめ!」
二人は、馬を走らせ、相手の隙を見て打ち合った。
打ち合いは次第に激しくなり、双方、傷が増えてゆく。
やがて、互いに馬から落ちて、折れ曲がった槍を放り出し、腰の剣を抜いて斬り合った。
ブリタニア一の騎士、ランスロットとここまで渡り合える騎士が現れたことに、観客達は驚愕し、沸いた。
アーサーの傍らで、パーシヴァルが呟く。
「凄いですね。ブリタニア最強の男、ランスロット様と互角にやりあってる。ナンバー2のガウェインも、ランスロット様に勝てるのは大陽が出てて日差しがやたら強いときぐらいですし」
「ナンバー3のアーサーは、相手を挑発してムキになった隙を狙うという、実戦的と言えばそうだが、やや姑息なやり方だからな。それで、ランスロットに何回か勝ったな」
ケイの台詞に、アーサーが気遅れしながら言う。
「僕のやり方は、基本、ケイと同じ……父、エクトール流のやり方だろ」
「アーサー王は、戦いで相手に使えるピンポイントでイヤーな弱味情報を、陰で集めてるって本当ですか」
「……うっ」
パーシヴァルの言葉に、アーサーは知らんぷりをした。
パーシヴァルは続ける。
「……ずっと考えてたんですけど、ランスロット様が十歳までオネショが治らなかったとか、小さい頃、近所の子供に苛められて渾名が『ブサイク』だったとか、エレインのファーストキスが三十歳年上の騎士だったとか、どこで知ったんですか」
アーサーは気まずそうに、言葉に詰まった。
マーリンは視線を感じて「僕じゃありませんよ!」と叫んだ。
騎士達がコソコソと話し出す。
「アーサー王は挑発+足払いのコンボが本当に凶悪なんですよ。大体、皆これで転んで、喉元に剣を突き出されて負けるんです」
「そう、わかってても皆これにやられる。挑発内容がまた豊富なんですよ」
「ケイも、耳元で相手の弱味を囁いて、その隙を狙うんですよね」
汗を垂らすアーサーに「うちの父親直伝の技だからな」と、ケイがフォローした。
モルガンはこっそり、(私が作った鞘の話はないわけね。…別にいいけど)と、心の内で呟いた。
モルガンが隣のエレインに目をやると、どこか沈んでいた。
ボールスやエクトール・ド・マリスなど、ガリア勢は、相手に手こずるランスロットを見て、モルドレッドに感心していた。
ボールスなどは「ヒュー」と口笛を吹いている。
ガウェインらオークニー勢は、特にガウェインは…どことなく、ぎこちなかった。
アグラヴェインやガヘリス、ガレスは、モルドレッドに声援を送るが…。
馬上槍試合で、アーサーの傍で良く解説をしていたガウェインが、今日は静かに黙り込んでいる。その横顔を、ラグネルが心配そうに見ていた。
アーサーは、モルドレッドの方を見つめた。
……若い少年だ。
だが、アーサーは時折、モルドレッドが自分に向けてくる視線が、…何かを乞うような瞳が、どうも脳裏に焼き付いていた。他人のように思えない。
ランスロットとモルドレッドの戦いは白熱していた。
互角だ。双方血まみれで、そろそろ止めた方がいい段階に来ている。
モルドレッドがランスロットに剣を降り下ろすが、かわされ、喉元に剣を突き付けられたところで、アーサーは王杖を投げ入れた。
(二人共、死なせるわけにはいかないな)
アーサーは心の中で呟いた。
ランスロットとモルドレッド、二人共、病人や怪我人が押し込められる部屋で、ぐったりしていた。
体のあちこちに傷薬が塗りたくられ、包帯を巻かれている。
「全く……。アーサーも、もっと早く止めれば良かったのに」
「悪かったよ」
侍女姿のモルガンが、隣り合ったベッドで横になった二人に溜め息を吐き、隣のアーサーが頭を掻いた。
窓辺には、硝子の花瓶に飾られた白い花が揺れていた。
「ランスロットは、行っていいわ。そこまで酷くないから。…でも、もう少し手加減して欲しかったわね」
「手加減なんて、する余裕なかったんですよ」
あちこちに包帯を巻き付けたランスロットは「いてて」と、言いながら、パーシヴァルやボールスらと共に立ち去った。
モルガンは、視線をモルドレッドの方に向けた。
「貴方は暫く、動かない方がいいわね。……特に額と左手の出血が酷いわ。何針か縫ったから、塞がるまで大人しくしてて」
モルドレッドは大人しく、ベッドの上で横になって…アーサーを見つめていた。
アーサーも、同じ緑色の瞳で見つめ返し、笑った。
「凄いな。ブリタニア一の騎士に本気を出させた。…ガウェインの末の弟だったな。…僕の甥か」
モルドレッドは、アーサーの視線を受けて、少し照れたように横を向いた。
(……俺は、アーサー王の子供かも知れないって噂されてる。本当だろうか。…俺の髪や瞳は、母上にもロット王にも似ていない)
モルドレッドは、視線をアーサーに少し戻した。
(この人は、本当に……俺の父なんだろうか)
「その若さで凄いな。傷が癒えたら、騎士の叙任をしよう。…それでいいかな?」
アーサーはモルドレッドの頭をくしゃくしゃと撫でた。
ガウェインがたまにガレスにする、それに似ていた。
だが、運悪く傷があった。
「……痛い」
「ちょっとアーサー! 怪我したところに触らないでよ!」
「あ、ごめん。怪我人だった」
「出てけ! 公務に戻れ!」
アーサーはモルガンに追い出され、仕方なく執務室に戻り、書類と格闘することにした。
「全く。凄い逸材が来たもんだから、喜んじゃってもう」
モルガンは、アーサーを閉め出すと、文句を言いながらモルドレッドの元に戻ってきた。
「包帯、巻き直さなくて大丈夫?」
質問に、モルドレッドが小さく頷くと、モルガンは「そう」と言い、笑った。
「じゃあ、私は薬草畑の面倒を見に行くから。何かあったら、他の人に伝えて。…そうそう」
モルガンは思いついたように言った。
「私のこと知ってる? モルゴース姉の妹なの。貴方の叔母にあたるわ。他人じゃないってこと。よろしくね。……あと」
モルガンは迷ったようだったが、続きを述べた。
「そこの窓辺の花は、グウェンフィヴァフ姫が摘んできて飾ったものなの。彼女のこと…悪く思わないで欲しいの」
そう言って笑うと、モルガンはそっと扉を閉めて、部屋を出ていった。
看護役の使用人が二人、その場に残って忙しなく動いていた。
モルドレッドは、窓辺に飾られた白い花が、そよ風を受けて揺れるのを見つめていた。
ある歌が、頭の中に浮かんだ。
自分が作ったわらべ歌だ。
オークニーの城で歌ったとき、母親のモルゴースが酷く驚いた顔で自分を見つめていた。
どこでその歌を知ったのか、問い詰められた。
自分が作ったんだと答えたら、モルゴースはそれきり黙ってしまった。
「……とかげのしっぽ、イチジクの枝、バターミルク、腐りかけの丸太橋」
モルドレッドはそっと歌ってみた。
廊下で、花を籠に入れて持ってきたグウェンフィヴァフが、扉越しにその歌声を聴いて、驚いた顔で足を止めた。




