オークニー兄弟
ガウェインが、弟の四男ガレスを調理場から見つけ、アーサーが彼の叙任式を行ってから数日が経った。
剣や槍、弓矢、乗馬の訓練をする兵士や騎士達の中に、ガレスも混じるようになった。
「まさか、料理人になってたとはなあ…」
「いや、僕も、既に円卓の名前は光っているのに、姿が見えないからおかしいと思ってたんですよねー」
渡り廊下から訓練場を見ながら、アーサーとマーリンは話した。
「いてっ! 何をする貴様!」
渡り廊下の向こうから、女の叫び声が聞こえて、アーサーとマーリンは振り返った。
小さな女の子とケイがぶつかったらしく、辺りは羊皮紙の束が散らばっていた。
「ああ、すまない。急いでいたんだ」
黒い皮のマントを羽織っていたケイは、羊皮紙をかき集め、小さな女の子も文句を言いながら、一緒に拾い集めた。だが、最近マーリンから貰い掛けていた眼鏡が見つからない。
「あれ? 眼鏡がないな……。眼鏡、眼鏡……」
「お前の頭に、かかってるやつじゃないのか?」
小さな女の子が舌っ足らずな声で指摘する。
ケイはようやく額の上の銀縁眼鏡に気付き、眼鏡をかけ直した。
「ああ、本当だ。申し訳ない。君、名前は?」
背の低い女の子は、金髪を揺らし、気の強そうな目付きでケイを見ながら言った。
「……アンドリヴェート。ノーサンバランド第一王女だ。何か文句あるか」
「ノーサンバランド? ……ああ、ベイリンとベイランの姉妹の」
ケイは、眼鏡越しにアンドリヴェートを見つめた。
女の子は、手を腰に当て、胸を張りながら偉そうにしていた。
「……随分、年の離れた妹君だな」
「二つだけだ!」
小さな女の子が、侍女を連れて通りすぎると、アーサーはケイに話しかけた。
「さっきの、ケイの彼女?」
「……はあ?」
「ケイ。お前、カエール・ガイ城で彼女いたじゃないか。お前より背の高い女の子で。婚約もしてたんじゃなかったか」
アーサーが、こそこそとケイに耳打ちすると、マーリンも「以前、滅ぶ前は、確か背の高い女の人と結婚してましたね」と言った。
「カエール・ガイ城のときの彼女とは別れた。俺より背が高かったのと長女気質がネックだったんだ」
「え?別れたの?」
「うん。今は彼女がいるよ。もういいか」
ケイはアーサーにそう言うと、書類を抱え、早歩きで行ってしまった。
アーサーは口をぽかんと開けて、ケイが去って行くのを見つめた。
「ケイの奴、彼女いたのか……」
「彼女がいながら、新たにフラグを立てたわけですね」
マーリンも、ううむとケイを見つめた。
翌日、アーサーはいつも通りの日常を過ごした。
祝日を除くと、大体こんな一日が多かった。朝、ランスロットやガウェインらと共に訓練をつけて、騎士の皆と円卓で朝食を取る。その際に、騎士達から様々な話を聞く。
その後は王の間で、玉座に座り、行列を作って並ぶ人々の訴えを聞く。
傍らには相談役のマーリンとケイ、内務官の役割も持つウルフィウス、ブラスティアス、ボードウィンがいて、アーサーに様々な意見を述べる。大体、ウルフィウスとブラスティアスは良く対立していた。
その間に、昼になったら円卓の間で昼食を取る。聴聞の後は、執務室で山のような書類に目を通して、王印を押す仕事。その後、裁判の場に顔を出す。その時は、暴力を振るう夫と離婚したいという妻の訴えで、アーサーは話を聞いてやり、別れるように言った。
こういった裁判は、非常に多かった。基本、離婚は許されていないからだ。
時間が余ると、城の裏にあるマーリンの小屋にマーリンに会いに行き、愚痴を吐いたり、遊んだりする。夕方になったら、円卓の間で夕食を取り、食後にまた騎士の訓練や、マーリンの元で勉強したりして、寝る。基本、アーサーの日常はそんな感じだ。
食事は大体、円卓で取る。円卓は、基本、名が刻まれた騎士達が座るが、彼らの友人や仲の良い女達も、椅子を持って合間に座る。というか、主の決まった席と危険の席以外は……隙間なんかに皆、好きに座っていいよ、とアーサーもマーリンも言っている。
なので、グウェンフィヴァフやエレイン、モルガンも座って食事を取っている。
夕食のとき、アーサーがパンをスープに漬けて食べていると、ランスロットが急に勢い良く立ち上がった。
「貴様、グウェンフィヴァフ様を愚弄するか!」
円卓に座った他の騎士や、女達が驚いてランスロットを見つめた。
騎士が連れていた女の一人がわめいた。
「あら、グウェンフィヴァフ様が色んな男と仲がいいのは本当でしょ。皆が噂してるわよ!あなただってそうでしょ!」
怒るランスロットをなだめながら、グウェンフィヴァフは「私は、殿方と関係なんか持ったことはありません!」と言い張った。その肩は小さく震えていた。
グウェンフィヴァフの傍に座っていたモルガンやエレインも、女の話に怒っていたが、先にランスロットが怒鳴り出したので、呆然と見つめていた。
エレインは複雑そうな目をしていた。女も大声で続けた。
「私は失礼なことは言ってないわ。グウェンフィヴァフ様はアーサー王の妻になられるお方……。少なくとも、私はアーサー王には忠実だわ。そして、アーサー王に忠実に仕える者、皆が思っていることを言ってるだけよ!」
ランスロットはムキになっているが、多くの騎士が女に頷いた。夫のいる女を見つめるだけでも、罪なので……仕方なかった。彼らからしたら、グウェンフィヴァフは様々な男と懇意にしているように見えるのだ。 ランスロットは女を睨みながら言った。
「わかった。私がグウェンフィヴァフ姫の無実を証明しよう。貴殿も無実だと言いたいのならば、それを明かす騎士を立てられよ」
辺りがざわめいた。マーリンがアーサーに囁く。
「どうしますか?」
「様子を見よう。……どうしようもない膿の一つであることは確かなんだ。いっそ、出しきってしまった方がいい」
ガウェインは、アグラヴェインとガヘリスを睨み付けた。
「お前ら、出ていくなよ」
「……ちっ、わかってるよ、兄貴」
手を挙げようとしたアグラヴェインを、ガウェインは睨み付けた。
女の言うような内容を最も話していたのは、アグラヴェインだからだ。
「……俺が、出てもいいよ」
静まり返った円卓の中で、奥の方に座っていた男が手を挙げた。明らかに声変わり前だった。 黒いマントを羽根飾りで留め、長い金髪を髪飾りで緩く縛った少年が手を挙げ、挑戦的な目でアーサーを見つめていた。
アーサーとモルガンの胸元で首飾りが白く光っていたが、それぞれ弱い光で誰も気付かなかった。
第九話 五人目のオークニー兄弟。
数日前。
兵舎では、赤っぽい茶髪のオークニー兄弟が再会を喜んでいた。
長男のガウェインは円卓の騎士でも背が高い方だが、次男アグラヴェインの方が大柄で高かった。四男ガレスは中肉中背で、三男のガヘリスは細身で小柄だ。
ガウェインは、ガレスの頭をくしゃくしゃにしていた。
「全く、いつからこの城にいたんだ、お前は!」
「……えっと、三ヶ月前かな」
「三ヶ月間、ずっと調理場とかアホか?」
「でも、勉強になったよ」
邪気も覇気もない答えに、ガウェインは頭を押さえた。
「まあ、ガレスだからな」
「ガレスだから仕方ないな」
大柄なアグラヴェインと、小柄なガヘリスが腹を抱えて笑った。
「気付かないあんた達もあんた達だよね」
癖の強い金髪を後ろで纏めたソバカスの女が、ダミ声で突っ込む。ガウェインの彼女、ラグネルだ。
「……あと、一人だな」
「あと一人」
アグラヴェインとガヘリスの言葉に、ガウェインが嫌そうに目を細める。ラグネルがそれを見て、不思議そうに聞いた。
「あと一人?」
「末っ子があと一人」
「俺らにも母親にも、死んだ父親にも全然似てないのが一人、ごく最近な」
アグラヴェインが答え、ガヘリスは馬鹿にしたように笑った。
「ガウェイン兄は会ったことある? 俺とアグラヴェイン兄は、前にアーサー王に願い出て、里帰りしたときに会ったよ」
「連れ子だろ」
ガウェインの冷たい声に、ガヘリスが「他の男と作ったんだろ。アーサー王が相手って噂されてるけどな」と、笑った。
ラグネルは、眉をしかめた。
「……アーサー王が?」
「突然、母上が金髪の子供を連れて来たんだよ……。母上は黒髪で、死んだ父上は俺達と同じ髪色なんだ。アーサー王との間に作った隠し子なんじゃないかって、皆が噂してる」
ガレスが、困ったようにラグネルに説明した。
そして数日後。
カールレオン城の円卓の間で、ゲール同盟盟主の肩書きを背負ったオークニー兄弟は、固まっていた。
オークニー兄弟は、奥の方で手を挙げている少年を見て、一斉に驚いた。
彼を指差して、ガウェインは叫んだ。
「お前……モルドレッド!」
その場にいた者達、皆が金髪の少年モルドレッドに視線を注いだ。
モルドレッドは口の端を歪め、グウェンフィヴァフを不敵そうに見つめた。
グウェンフィヴァフは、ランスロットの後ろで、震えながらその視線を受けていた。
夜風の吹くカールレオン城の胸壁で、アーサーは、マーリンとモルガンと話していた。
モルガンは黒いドレスで、髪を後ろに纏めている。
「……どこぞの婦人が、僕への忠義心から、グウェンフィヴァフを堂々と中傷した。
そして、ランスロットがぶちキレて、騎士を立てての勝負を申し込んだ。今までも良くあったことだけど……ここまで堂々とってのはな。どう思う?」
マーリンは懐から袋を取り出し、手のひらに中身を……カラス麦などを乗せて梟のピュタゴラスに与えていた。
「揉め事で、騎士を立てて勝負して正しさを証明するのは、腐るほどあること。
グウェンフィヴァフと第一の騎士ランスロットが仲良いのは、わかりきったことです。
大体は、グウェンフィヴァフが中傷されるとランスロットが怒って、彼女の無実を証明する」
「そう。余りにそれが多すぎるから、ガウェインやケイなんかが心配して、ランスロットの代わりに、グウェンフィヴァフの騎士になりかわっていたんだ」
アーサーはこめかみを押さえながら続けた。
「そうしたら、グウェンフィヴァフはガウェインやケイとも付き合っていると噂され出して、結局、女のラグネルが名乗りを挙げたんだ。そうして、今は彼女がグウェンフィヴァフの騎士役。それで、上手くいってると思ってたんだけど……」
アーサーは、星空を見つめながら続けた。
「……僕は冷たいのかな? 本来は、婚約者として僕が戦う必要があるんだ」
「王は公平を帰さなければならない。だから、貴方はどの女性の名誉のためにも戦えない」
「……うん」
一番、ボロクソに中傷されている者と言えば、モルガンだった。
モルガンは黒巫女と呼ばれていた。
古の黒い血を引いているとか以前から言われていたが、普段から黒いマントと黒いドレスばかり着るのもあってだろう。モルガンは黒いイメージが付き纏うのだ。
だが、既にモルガンは慣れきってしまっていた。
モルガンは、モルドレッドと呼ばれた少年を思い出していた。
モルドレッドもまた、黒いマントに黒い服、黒い馬を愛用していた。
誰かがモルドレッドに何故、黒を愛用するのか聞くと、死んだ祖父、ゴーロイスが黒騎士と呼ばれていたが、彼のものをモルゴースから譲り受けたかららしかった。
「……ねえ。私、あの男の子……。モルドレッドという、ガウェインの末の弟……。私の甥に当たるけれど。何だか、どこかで会ったような気がするの」
アーサーとマーリンは、モルガンを見つめた。
「……何でかしらね」
以前、滅んだときのことを知っているマーリンは、言うべきか悩んだ。だが、結局何も言わなかった。
(……モルドレッド。彼は、アーサー、モルガン。貴方達の……子供だ)
兵舎に続く渡り廊下で、ガウェインは、金髪の小さな男の子……モルドレッドを呼び止めた。
「……おい、お前……。モルドレッドだよな」
モルドレッドは振り返り、自分の倍も背丈のあるガウェインを見つめた。
「兄上。お久し振りです」
「……お前、カールレオン城に来ていたのか。いつから」
「……つい先日に。特にすることもなく、暇だったので」
ガウェインは思っていたことを、口に出してみた。
「……お前。一体なんなんだよ。俺が最初にお前を見たのは、アーサー王が即位した直後…。
俺がオークニーに帰ったとき。お前は赤ん坊だった。そして、一年前にオークニーに帰ってお前を見たとき、お前は既に五歳ぐらいに見えた。立って歩いて、炉端の侍女の婆さんに、良く話を聞かせてくれとせがんでた。そして、今、お前は……十三歳ぐらいに見える」
モルドレッドはガウェインを静かに見つめ返した。
その瞳には見覚えがある気がした。……すぐ近くで。
(やはり、アーサー王の瞳に……似てる)
母親とアーサー王の噂を思い出して、ガウェインは拳を握り締めた。
「……兄上。俺は、他の人間とは生きる速さが違うらしいです。超速成長の術というものだとか。貴方の近くにもいる筈です。周囲とは違う時の流れを生きる者が。魔術師マーリンにその姉妹のガニエダ。多分、俺も、似たようなものなんだと思います」
驚くガウェインに、モルドレッドは淡々と話した。
「……俺は、今、普通の人間で言うと十三歳らしいです。父親は誰か知らない。ただ、俺は人ではなく、造られたんだと思います。……母上やヴァレリンに」
「……造られた……?」
「北欧の術や、古代アトランティスの秘術を混ぜたと言ってました。母上は俺を、ゲール同盟の王達や、ドルイドの養成校に連れていきました。……俺を、新しいゲール同盟の盟主だと言って」
ガウェインは呆然と、母、モルゴースのことを思い返した。
モルドレッドを睨み返して、ガウェインは吐き捨てるように言った。
「……おかしい。こんなの、間違いだ。母上も…モルドレッド、お前の存在も」
「……でも、兄上。あんたも、父ロト王の仇を討つと誓った筈だ。ロト王は、アーサー王の宿敵、ゲール同盟の盟主だった。それなら、俺達が仇を討つ相手も……アーサー王の筈だ」
「父を殺したのはペリノア王だ!」
「……それでも、俺はそのために、アーサー王を殺すために、生み出されたんだと思います」
ガウェインはショックを受けたように、末の弟を……モルドレッドを見つめた。
モルドレッドは静かに瞼を伏せ、立ち尽くすガウェインを後にした。
モルガンは、グウェンフィヴァフの部屋の前に立ち、扉をノックした。
中から侍女のアグネスが出てきて、モルガンを中へ通した。
グウェンフィヴァフは、中で何もせずにボーッと考え込んでいた。
「……グウェンフィヴァフ。さっきは大変だったわね」
「モルガン……。心配して来てくれたんですか?ありがとうございます」
グウェンフィヴァフは心許なく笑った。
アグネスが、陶器のカップに薄めて温めた蜂蜜酒を淹れた。
「……モルガンは、強いですね」
「え? ああ、私の名誉のために戦ってくれる騎士はいないものね……」
モルガンが苦笑すると、グウェンフィヴァフは俯いてカップの中を見つめた。
「誰も味方しなくても、毅然としてる。私は色んな人に守られているのに……」
「でも、さっきのアレは酷いわ。ランスロットが怒るのも最もよ。エレインなんか、コップの水をぶっ掛けようとしてたし……」
そこでモルガンは、エレインを思い出して、少し苦い顔をした。
自分が相手の女にぶちキレようとしたら、先にランスロットがぶちキレたもので…。
何だか落ち込んでいた。
(エレイン的に、ランスロットのああいう態度ってどうなのかしら……。多分……いや、かなり……きついわよね。慣れてるとは思うけど)
モルガンはランスロットの想い人について、思いを馳せてみた。
(……ランスロットって結局、グウェンフィヴァフが本命なのかしら?)
そこで、グウェンフィヴァフの部屋を誰かがノックして、アグネスが出てみるとランスロットだった。
「グウェンフィヴァフ様、僕がグウェンフィヴァフ様の名誉のために戦いますから、取り合えず何か証を下さい。つけますから」
モルガンはランスロットの余りの傍若無人さに呆然とした。
「……おや、モルガンもいらしたんですか。これはお邪魔を」
「……ランスロット、貴方ね。私が今ここにいるから、いざとなったら、あんた達の潔白を証明出来るからいいけど。他の人が見たら、こんな夜の時間にグウェンフィヴァフの部屋を尋ねるとか。どう考えても不倫扱いされるじゃない!」
「……いや、僕は日頃から思うんですけど、それ、ちょっとおかしくないですか?だって、湖の底でヴィヴィアン様に訓練して貰ってた頃は、女の部屋に入るぐらいで不倫とかありませんでしたよ」
「私でなくアーサーや司教に言いなさいよ。私はゲールボケだってわかるけど」
「アーサーにも司教にも普段から言って、呆れられてます」
「でしょうね」
モルガンは、ピシャリと言い返した。
グウェンフィヴァフはぼんやりとしていた。
先程のモルドレッドという少年の視線が、忘れられなかった。




