透明人間
カールレオン城裏のマーリン小屋で、マーリンが羽根ペンで羊皮紙に文を書いていると、ドタバタとアーサーがドアを開け、入ってきた。
「マーリン!」
音に驚いて、フクロウのピュタゴラスがバタバタと羽根を羽ばたかせた。
「どうしたんですか、アーサー。」
「モルガンの首飾りと僕の首飾りを合わせてみたんだけど…。…何も起こらなかった!」
マーリンはアーサーを見て、頭を掻いた。
アーサーとマーリン目の前には、一つになった首飾りがあった。
「半分はモルガンから借りた。後で返さなくちゃ」
「…そうですね。……第三の宝。この石の力について、話すと」
マーリンは咳払いをしながら説明した。
「五色の色、五つの力を持っています。緑色はあらゆる知識や予知の力。赤は人々の魂を統べる力。青は様々な世界への鍵。アヴァロンへの道を開くとも言われています。また、白は運命、黒は闇の力に反応します……。そして、あと六つ目。石を回してみて下さい」
「うん」
アーサーは、首飾りの石を回してみた。
すると、みるみる、アーサーの手が透けてゆき、消えてゆく。
「うわあ、僕の手が消えた?」
「そこにある全身鏡で見てみて下さい」
マーリンは木の壁にかけられた……端にヒビが入った鏡を指差した。早速、アーサーが自分を鏡に映しに行くと、全く何も映らなかった。
「凄い。なんだこれ!」
「それが六つ目の力です。逆に石を回してみて下さい」
アーサーが、 石を逆に回すと、アーサーの姿が現れた。
「これが第三の宝です。半分だと、力も使えないか半端にしか出ないみたいですね」
「……全然、使いこなしてないな。でも確かに、たまに光ってた気がする」
「アーサーの知らないところで、アーサーを助けてくれてると思いますよ」
「……そっか」
アーサーは、手のひらの上の首飾りを見つめ、ちょっと考えると、いたずらっぽく笑った。
「ちょっと透明のままで、城内を散歩してみようかな」
「あっ、じゃあ、僕もこっそりお供しますよ!」
マーリンも面白そうな顔をした。
アーサーはマーリン小屋を出ると、赤色やら青色やらのヘンテコな畑の傍に、毛むくじゃらの巨人ガルがンチュアがいるのを見つけた。
木の枝をポキポキ折って薪を作っている。
アーサーはこっそり、葉のついた枝を手にして、ガルガンチュアの尻をつついてみた。
ガルガンチュアはわからず、尻をボリボリ掻いた。
畑は様々な妖精が飛び回っていた。
畑の傍に咲いてるピンク色の花の上に、親指トムが鼻ちょうちんを作りながら昼寝している。アーサーは、花をそっと摘んだ。
「どうするつもりですか?」
「ガウェインが使う薔薇と入れ替えてやろうかな」
アーサーは面白そうに笑いながら、花を持って歩き出した。
「でもトムが可哀想だから…そうだな。こっちのキノコの上に置いておこう」
アーサーは、マーリンの家の近くに生えている、赤と白の水玉模様のキノコの上に、寝ているトムを置いた。
マーリン畑の柵を越え、鷹部屋や犬舎や狩猟部屋の前を通ると、使用人達が使う井戸がある。そこでは、侍女達が賑やかに話ながら仕事をしていた。歌を歌いながら服を洗濯したり、幾重にも張られたロープに服を干したり。井戸の水を汲んで、調理場に持って行ったり忙しそうだ。
アーサーは調理場に入ることにした。
鍋や食材を片手に料理人達が忙しなく動き回る。
その中で、赤っぽい茶髪の男の子が、野菜の皮を剥いていた。
「ボーマン、スープの具合を見ておくれ」
「あっ、はい」
ボーマンと呼ばれた少年が、慌てて鍋の具合を見に行く。
アーサーは、料理人の間を縫って、鍋の中のシチューや、瓶の中のママレードジャムを味見したり、チーズとパンをこっそり懐に入れた。
「……アーサー、いつもとやってることが変わりませんよ」
「ほうはは(そうかな)」
アーサーは、チーズとパンを頬張りながら喋った。
アーサーが食べると、チーズとパンがどんどん消えていく。
調理場から「わああ、パンとチーズがないぃぃ!」と驚く男の子叫びが響いた。
アーサーは、調理場から、城内の廊下を歩いた。
内務官達が、書類を手に早歩きで行き来し、鎧をつけた兵士達がガチャガチャ音を立てて闊歩する。
城門近くでは、門番役の騎士、ベイリンとベイランがいた。
二人とも、階段に腰掛けて、暖かい日差しにうとうとしながら話している。
「黒馬亭のマスターの娘って可愛いよなあ。昨日、声掛けたらマスターに睨まれてよ」
「ベルちゃんだろ。競争率高いから諦めろよ」
「清楚で可愛いんだよなあ」
何となく、アーサーは二人の髪の毛を引っ張った。
二人は揃って「いってぇ!」と声を挙げる。
「いってーな! 何すんだよ!」
「はあ? 何言ってんだよ、今おめーが俺の髪を引っ張ったんだろ!」
口喧嘩する双子を尻目に、アーサーは、兵舎や厩へ続く廊下に向かった。
円卓の騎士の多くは、食事を円卓で取るが、円卓に名がない兵士達は兵舎の食堂で食事を取る。
そんな兵士達の中でも、一人、目立つ男がいた。
誰よりも背が高く(ガルガンチュアには負けるが)、筋肉質でガタイのいい、長い褐色の髪の男だ。
彼は皿に大量の肉を積み上げ、骨付き肉にかぶり付いていた。
「ボールス、お前本当に良く食べるなあ。野菜も食えよ」
「ん? ああ、悪いな」
「……って俺の皿から取るなよ! 自分で取りに行けよ!」
「ガハハハハ! そこに野菜があるからよー!」
ボールスは目の前の兵士の皿から、野菜を取って口に入れていた。
アーサーと、影から覗くマーリンが呟く。
「……ボールスだ。相変わらずでっかいなあ」
「ランスロットの従兄弟のボールスですね。円卓に名前があります」
マーリンは、アーサーの方を向いたつもりだったが、逆みたいだった。
「僕はこっちだよ、マーリン。……あ、ランスロットがやって来た」
厩から、ランスロットと彼の弟のエクトール・ド・マリスがやって来た。
「ボールス、午後は新米の兵士達に体術を教えてくれ。お前の得意分野だろう。宜しく頼むぞ」
「あいよ。体術は俺の得意分野だからな。エクトールにも教えてやるよ。お前、弓矢や槍は得意だけど、ひょろっちいからなあ」
ランスロットの後ろにいる銀髪の男……エクトール・ド・マリスは「ああ、宜しく頼むよ」と苦笑いした。
ボールスは、ランスロットの周辺を見ながら言う。
「今日はランスロットの自称嫁さんは、追いかけて来ないんだな」
「ああ、エレイン?まあ、彼女は彼女で、他の女の人達と仕事してるよ」
「前は、嫌がるお前さんを追いかけて、勢い余って転んで、お前さんのズボン脱がしてたりしてたのにな。公衆の面前で」
「うん、あれは思い出したくない」
ランスロットの受け答えに、ボールスは「ガハハハハ」と、大声を上げて笑った。
脇からバーシヴァルがやって来て、口を出した。
「妹が嫌だったら嫌って言っていいんですよ、ランスロット様。あいつ、ちょっとおめでたいところがありますからね」
ランスロットは「うーん」と、唸るのだった。
透明のアーサーに行こうと小突かれ、マーリンは、そっとその場を離れた。
「ランスロットとボールスとエクトール・ド・マリス。海を隔てたガリア、アルモリカの国の王子達だ」
「今、彼らの祖国は、砂漠の国の王、クラウダスと戦争中です。そろそろ、援軍の要請が来るかも知れませんね」
「十一の反乱王戦のとき、そう約束したからな」
厩では騎士付きの小姓と馬丁達が、馬の世話をしている。
厩を通って外に出ると、訓練場に出る。
訓練場の向こうは競技場だ。
訓練場では、ガウェインとペディヴィエールが兵士達に剣術の訓練を付けている。
兵士達は模擬の剣を使い、切り結んでいた。
「円卓の席って二十四つだっけ」
「はい。それに、副席というのがあります。多くの騎士はそちらになりますね。…二十四の騎士は、多くが……国を背負っているんですよ」
「……アーサー、ランスロット、ガウェイン、パーシヴァル、ベイリン、ベイラン、ペディヴィエール、グリフレット、ケイ、ウルフィウス、ブラスティアス、ボードウィン。エクトール、ボールス、エクトール・ド・マリス、アグラヴェイン、ガヘリス、ガレス、ルカン、トリスタン、ガラハッド、モルドレッド、ローエングリン、ヴァリアント」
マーリンはどこか人ならざる色の瞳で……神がかったように、二十四人の名を呼んだ。
マーリンに気圧されながら、アーサーが呟く。
「……まだ、僕の知らない名前が幾つかある。きっと、会うことになるんだろうね」
透明なアーサーの横……赤っぽい茶髪の二人……、髪の毛を短く刈り上げたツンツン頭の男と、背の低い小柄な男が話していた。
ガウェインの弟……次男のアグラヴェインと三男のガヘリスだ。
アグラヴェインが、城を見上げて言った。
「グウェンフィヴァフ様が見てらっしゃるな。残念ながらランスロットはいないんだけどな」
それを見て、三男ガヘリスも呟く。
「……グウェンフィヴァフ様か。以前は花畑に行くのに、お付きにランスロットを従えるのが多かったが、最近は変わって来た気がするな」
「男は幾らでもいるからな…てっ!」
アグラヴェインとガヘリスの頭を、鎧姿の女が弓で小突いた。
彼女は、癖の強い金髪を後ろで縛り、白い肌にソバカスが浮いていた。
「お前ら、サボってんじゃないっての。グウェンフィヴァフ様とは私が最近、良く花畑に行ってるよ。グウェンフィヴァフ様の名誉を掛けた勝負にも、あたしが出てやるよ。その方が良さそうだからね」
「あー、わーったよ。義姉さん」アグラヴェインとガヘリスが苦笑いする。
「おーい、ラグネル。お前もサボんなよ」
「わかってるよ、ガウェイン」
ラグネルと呼ばれた……ちょっとダミ声の女は、ガウェインに呼ばれて、アグラヴェインやガヘリスをジト目で睨みながら訓練に戻った。
「……俺は、余り酷いことは言ってないと思うんだけどな」
ガヘリスがぼそりと呟き、透明のアーサーは吹き出した。
ガヘリスはその音で、不思議そうに辺りを見回した。
「ゲール同盟、盟主の子供達。オークニー兄弟。あと下に二人います。……五男は、アーサー、本当は貴方と深い関係にある。四男は……既に円卓に彫られた名前が光っているんですよね。つまり、近くにいる筈なんですけど……」
「ガウェインの弟?二人しか騎士の叙任をした記憶がないな……」
数日後、使用人の井戸の近くで侍女をナンパしていたガウェインが、鍋を洗う、赤っぽい茶髪の男の子……ボーマンを……四男ガレスを発見した。
「ガレス?! お前、俺の弟のガレスじゃないか! 何で、鍋を洗ってるんだ?!」
「……ガウェイン兄さん。いや、騎士として取り立てて貰うつもりだったんだけど……。人手が足りないとかで、こっちに回されちゃって。でも、料理の腕は上がりました。パンも焼けるようになったし」
ガウェインは、口をパクパクさせて驚いた。
そして、すっかり料理人として板についたガレスを、アーサーの元に連れていくのだった。




