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シンリック王

昼下がりのカールレオン城。

城の裏手では、毛むくじゃらの巨人ガルガンチュアと、親指トムが勝負をしていた。

ガルガンチュアは小さ過ぎるトムに手こずり、トムは魔法でガルガンチュアに簡単に勝ってしまった。

ガルガンチュアとトムは仲良しの友達になったようだった。

二人は、馬より大きな手と蝿より小さな手で、熱く握手を交わした。

ケイやマーリンと共に、民衆の聴聞を終えたアーサーは、マーリンに呼び止められた。

「アーサー、勉強タイムです」

「勉強タイム?」

肩をコキコキ慣らしていたアーサーは、ちょっと面倒臭そうな顔をした。

「ええ、まあちょっとこっちへ」

マーリンはそう言って、アーサーと共に書庫に入った。

 幾つもの本や巻物が山のように積まれた書庫で、アーサーとマーリンは向かい合った。

マーリンが持ち出し、開いたのはブリテンとその周辺の地図だった。

「で、どういった勉強なの?」

「今、僕達ブリタニア王国が置かれた現状について、おさらいを。…何だか眠そうですね」

「うん」

「まあ、大体は今更でしょうけど」

欠伸するアーサーを尻目に、マーリンは指を指しながら話し出した。

「今、ブリテンやアイルランドには小さな国が幾つもあります。

その幾つもの小さな国の王の上には、上王…要は、小さな国を纏める宗主の存在があります」

 マーリンの指は、スコーティアの土地に置かれた。

「スコーティアは高地と低地に分かれ、高地は、昔から住むピクト族に、アイルランドから渡ってきたスコット族が住んでいます。 まあ、これは知ってますよね。

低地はローマ帝国に征服されましたが、ローマが手を引いた後は、とっくにスコット族、ピクト族の土地になっています。要はゲール同盟の土地です」

「うん」

「ここには、オークニー、ロジアン、リオネス、ダリルアダ、ストラスクライドなどの王国があります。彼らスコーティアの王国を統べる宗主は、代々ロト王の名を受け継いできました」

「それで?」

「スコーティアは、アイルランドやウェールズ地方の国々、また、東の海からやって来たゲルマン人の国々を統べる宗主とも、ゲール同盟を組んでいます。ロト王はゲール同盟の盟主でもあるのです」

「うん。そうだね」

相槌を打つアーサーに、マーリンは続けた。

「ゲール同盟は、アーサー王率いるブリタニア王国との戦争に負けた後、一応はアーサー王の下に仕える形となりました。ロト王の息子達……ガウェイン兄弟がそれなのです」

「……うん、そうだな」

アーサーは、ガウェインらオークニー兄弟を思い浮かべた。

 「ゲール同盟に加わっていたゲルマン人の王は、セドリックと言います。一応は……ブリテンにやってきたゲルマン人……アングル族、ユート族、サクソン族の…宗主で、王です。

でも、現在は彼らの状況も随分変わりました」

マーリンの真面目そうな顔を見て、アーサーもいずまいを正した。

「ケルディックはサクソン族宗主の座を、息子のシンリックに譲りました。彼らは七つの国に分かれて、その勢力をブリテンの地に伸ばしています。ただ、七つの内、二つ……東アングル族の国イーストアングリアと、ユート族の国ケントは、早々にキリスト教に改宗し、ゲール同盟から、僕達ブリタニアと同盟関係になりました」

「うん。つまり、僕達は大まかには……キリスト教か否かで、分かれている。そういうことだよな」

アーサーの返答にマーリンは頷く。

「ええ。……ドルイドの僕やモルガン、オークニー兄弟は、ゲール同盟の側です」

「僕達はゲールの者達と上手くやっていかないといけないんだよな」

「……そう。ローマ帝国の血を引くアーサーやブリトン人は、大まかにキリスト教ですが」

マーリンは考え込んだように、人差し指を口元に当てて言った。

「サクソン族は膨れ上がる一方です。押し寄せてくる数が、半端じゃありませんからね。…そして、予言となるのでしょうが。いずれ、今の勢力図が一気に変わります。サクソン族はこれから、ブリテンの覇者となり、キリスト教化が進みます。その次は、ガリアからやってきたノルマン人が覇者となり……サクソンや、ゲール同盟と対立する立場になる。僕は、貴方達ブリトン人は僕達ゲールとも仲良くして欲しい。ゲールの側の者として、僕達のために」

「うん……」

「アーサーはキリスト教だけどドラゴンの旗を掲げている。キリスト教もゲールもどちらも受け入れる。僕は素晴らしい思想だと思います。だから、貴方は伝説の王として名を残す。だから、僕は貴方は貴方の考え方のままでいて欲しい。……それだけです」

マーリンはアーサーに、少し意味ありげに笑った。


森の奥深く。湖の底。

ニムエの城がある湖の周辺は、最近騒がしかった。

近くのブリタニア王国の街に、サクソン族が襲いかかったらしかった。

こういうとき、ゲールの側は、ブリタニアに味方して援軍を送る者と、サクソン族に味方 して補給させる者とで分かれる。

 どちらも、それぞれの理由によるとしか言いようがない。

 キリスト教とゲールで分かれている現状では、キリスト教色の濃いブリタニア王国より、ゲール同盟の仲間であるサクソン族に味方する者が多いのは確かだった。

サクソン族は現段階では、多神教の神オーディンを崇めているのだ。

 ニムエは一応はブリタニア王国とは休戦協定を交わしたのだから、アーサー王の味方という立場を貫くつもりだった。

「何だか騒がしいわねん」

角杯に注がれたエールを啜りながら、銀髪の女……ヴィヴィアンが呟いた。

彼女の向かいに座っていたニムエは、眉をしかめて角杯を置いた。

「最近、近くの街で小競り合いが酷いのよ。一応はブリトン人の街なんだけど。サクソン族が破竹の勢いだから。全く、こんな僻地まで……。近くのピクト族が苛立って出てくるわよ」

「領主は?」

「私の従兄にあたる人なんだけれど……、最近はオーディンに興味を持ち出してるわ」

「サクソン族になりそうってことね」

「様子でも見に行こうかしら」

ニムエが、様子を伺いに、湖の外に繋がる階段を登りきったところだった。

 背後で馬がいななき、若い男がどうどうと、諌めている声が聞こえた。 ニムエが金髪を手で掻き分け、振り返ると、狼の毛皮を身に纏った黒髪の若い男が、芥子色の馬と共に立っていた。目は切れ長で、端正な顔立ちをしていて、背が高く、腰にサクソン族の剣、スマラサクスを穿き、首には獣の牙の首飾りをしている。男は、湖から現れたニムエを見て、瞬きをした。

「驚いたな。湖から綺麗な女の人が出てきた。貴方は、噂に聞く女ドルイド…湖の巫女ですか?」

ニムエは不機嫌そうに、男を見た。

「そうだけど」

「中々に好みなタイプだ」

「……あなた、見たところサクソン族みたいだけれど、余りこの辺でドンパチを起こさないで欲しいんだけれど」

「ああ、すみません。いや、何だか僕にも止められなくて……一応、大将なんですけど」

「……?」

「皆、思うまま勝手に動くから」

「大将?」

「はい、あ、すみません。勝手に湖の水を飲んでしまって。喉が乾いてたもので。でも皆、喉が乾いてるので、申し訳ないんですが使わせて下さい」

「はあ?」

ニムエが呆然としていると、男は懐から角笛を出して吹き出した。

 暫くすると、体に獣の皮を纏い、斧や槍を持った髭の長い男達が、群れをなして集まってきた。

「シンリック様! こちらにいらっしゃいましたか!」

「おお、お前ら、湖があるぞ!」

「水だぁー!」

凄まじい……何万もの男達が湖のほとりを囲んで、群れをなしてガブガブと水を飲み始めた。ニムエは呆然とそれを見つめていた。

「海の狼…サクソン族」

サクソン族。彼らはまるっきり、山賊としか言えない出で立ちで、体毛も濃く、一言で言えば、とても男むさかった。

ニムエの傍らの男がはにかむ。

「あの……ありがとうございます。貴方の湖のお陰で助かりました。あ、あと申し訳ないんですが、ここの湖も僕達の領地にさせて貰います。とても便利なんで。本当にすみません」

若い男……シンリックはすまなそうな顔で言いのけた。

「大将、とっとと城を制圧に行きましょう。エセックスに先を超されちまいますよ」

毛深い男達の群れの中にいた、長い黒髪の女が叫んだ。

シンリックは「ああ、そうだな」と返し「じゃあ皆、一旦戻ろうか」と男達に声をかけた。

「あ……あと」

馬に跨がったシンリックは、思い付いたようにニムエに振り返った。

「ゲール同盟の盟主モルゴース妃と、その息子モルドレッドに、よろしくって言っておいて下さい。以前ゲール同盟の顔出しでモルドレッドとは友達になったんです。確か、盟主は湖の巫女でしたよね」

シンリックは、むさい男達の大将とは思えぬ、柔和な微笑みでニムエに言った。

「もしかしたら、そのうち遊びに行くかもって」

そう言うとシンリックは、髭を生やし獣の皮を纏った凄まじい数の男達と、去っていった。

その場に、数人の男が湖の管理係だかなんだかで残った。

彼らは、そこらの木を切り倒し、何やら小屋を作り始めたようだ。

 ニムエはぽかんと、その場に突っ立っていた。

ニムエの後ろから、ヴィヴィアンがやってきて呟いた。

「……シンリック。サクソン族の宗主ねん。いい男じゃない。タイプって言って貰えて羨ましいわん」

「……私はああいうのはタイプじゃないわね」

ニムエは苛ただしげに呟いた。

ニムエとヴィヴィアンは、湖底の城に戻り、たった今見た光景……サクソン族の大群について話し合った。

「何が気にくわないって、あの男……いいえ、サクソン族は、ブリテンの全てを自分のものだと思ってるのよ。すみませんって謝りながら平気であらゆる土地を侵略して、自分のものだって思ってる」

「でもイケメンだったわん。ローマ帝国だってそうじゃない?」

「イケメンだからってヴィヴィアン、あんたね……。そうだけど、一応、壁より外は手出ししなかったじゃない」

「それに、サクソン族は私達とゲール同盟を組んでる間柄じゃない?」

ヴィヴィアンに言われ、ニムエは言葉に詰まった。

「覇王だわね。アーサーが追い詰められた守りの王なら、シンリックは勢いに乗ってる攻めの王だわん」

「でも、サクソン族も今は七つに分かれていて、シンリックは一応宗主でも、ウェセックスの王という形みたいだけれどね…。多分、次はアングル族、サクソン族同士で土地争いをし出すわよ」

苛ただしげに言うニムエに、ヴィヴィアンはほんの少し首を傾けた。

「ニムエはシンリック派よりアーサー派なのかしらん?」

「……そりゃ、アーサーはエクスかリバーの剣を渡したよしみもあるしね…。というか、たった今そうなった感じだけど」

「私もアーサー派よん。だって私は、ランスロットを弟子として育ててアーサーのところにやったんだもの」

ヴィヴィアンは銀髪の髪を揺らし、肩を竦めた。

「アーサー王はもう大丈夫だと思うわん。ブリトン人にはウェールズの土地がある。ローマ提督時代よりは、彼らにとっての領地は減ったけれど。私達ゲールは、彼らから土地の全てを奪うつもりはないもの。…アーサーが私達、ゲールを受け入れる限りは」

静かに言うヴィヴィアンを横目に、ニムエは金髪をかき分けて呟いた。

「……その内に、私達ゲールとサクソンがぶつかり合うことになるのかしらね」

ニムエは憎々しげに先程、会話を交わした切れ長の目の青年を…。海の狼、サクソン族の若き王シンリックを思い出した。

「……本当に気にくわない」

「……でも、イケメンだったわん」

「うるさいわよ! ……それより、これからドルイド七賢人会議でしょ。行くわよ!」

ニムエは苛立ちながらヴィヴィアンを連れ立って、目の前の大きな鏡に呪文を唱え、鏡の向こうへと姿を消した。


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