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親指トム

「……運命?」

アーサーは、目の前の小さな魔法使いに聞き返した。

 カールレオン城の胸壁。

沈みかけの太陽に照らされた城下町と、赤く染まった地平線を背にアーサーとマーリンは立っていた。

「様々なマーリンが、様々な世界で様々なアーサー王と出会いました。それは、沢山繰り返された世界」

 秋始めの穏やかな風に、マーリンやアーサーの髪が揺れる。

「ただ、基本的にはどれも独立してますけどね。幾つものバラレルワールドか重なるように存在していて、僕達のティル・ナ・ソナスもその一つに過ぎないんです」

マーリンはそう言ってアーサーに向かって、ほんの少し口元を歪めた。

「たくさんの僕がいる?」

「そう。例えば、家臣を不等に扱うただの悪役でしかないアーサー。妻を奪われ、ただ黙っている脇役のアーサー。女の子になって遠い異国の男の子を好きになるアーサー」

マーリンは、胸壁の際まで歩いて、太陽の沈みゆく空と地平線を見つめた。

「ただ、殺されるだけのお爺さんの僕、若くて真面目でかっこいい主人公の僕。色んな僕とアーサーがいるんです」

「滅びたり滅びなかったりしますが、基本、一度きりの生です。僕達の場合、今の二度目の生は、第三の宝によって……アーサーやブリタニアの民の願いにより、引き起こされたものです」

マーリンはアーサーの方を向いた。

「アーサー。貴方が首に掛けている首飾りこそが、第三の宝。そう、それ。ずっと古くから、この世界に伝わる、この星の主の証です」

「星の主?」

 不思議そうに言うアーサーに、マーリンは頷いた。

「ギルガメシュという最古の王の時代から存在する石。天命の書」

マーリンは、アーサーの胸元で光る首飾りを見つめながら続けた。

「第一の宝、破壊の力。第二の宝、創造の力。……そして、第三の宝。宝達は時代と共に場所を変え、名を変え、主を変える。.……そして、今はここ、ブリタニアにある」

アーサーは、胸元の首飾りを見つめた。

首飾りの先についている石は、半分に割れ、様々な色に反射している。

死んだ実母、イグレインが自分とモルガンに渡したもの。

アーサーの首に掛かっているのは半分だけ。もう半分はモルガンの首元にある。

マーリンは続けた。

「それを手にした『アーサー』や『マーリン』は他にもいた。中には何度もループを繰り返した『アーサー』もいました。でも、本来は、生は一度きりです。……僕は思います。果たして、今ここにいる二度目以降の僕達は本当に、今までと同じ世界にいるのか。……それとも」

マーリンは言い掛けて俯き、言葉を止めた。静かな沈黙が降りる。

「……とにかく、それを、どうか大事にして下さい」

マーリンは首飾りを見つめて呟いた。

空はとっくに太陽が沈み、上も下も、ちらちらと小さな光が幾つか灯るだけだった。

マーリンはじっと首飾りを見つめるアーサーから、夜空へ目を移し、心の中で呟いた。

(……それとも、このティル・ナ・ソナスは……アヴァロンの向こう側か、一部なのではないか)

マーリンは手元の懐中時計を見て、先程の自分を思い出していた。

 マーリンが手にしているもの……。一見時計に見えるが、運命をはかる計測器だ。

随分昔に、二十三世紀のショップで買ったものだ。

(今、この計測器は、何千も重なる世界のパラレルの一つ。妖精世界ティル・ナ・ソナス…その、二周目を示している)

 計測器を開くと、計測器から光が放たれ、宙に文字や模様、画像が浮かび上がった。 

 城の裏の小屋で、マーリンはまじまじとそれを見つめた。

(以前、僕達が迎えた“終焉”から、道が分岐した。分岐点は…ペリノアだ。ペリノアが、四つの宝を追い求めるのをやめたんだ。……モルゴースがホムンクルスの禁術で、ペリノアの愛妻ディオネッタにかりそめの命を与えた)

 マーリンは宙に浮かぶペリノアやエレイン、モルゴースの名前を見つめた。

(そう。モルゴースも、以前より柔らかい)

辿ると、そこには、モルゴースのアメジストの耳飾りを拾う、グウェンフィヴァフの姿があった。

僅かに微笑み合う二人。また、グウェンフィヴァフと婚姻を結ばないアーサーの姿が。

(……皆の中には、かつての自分がいる。結局のところ、今の自分達は…同じところを辿るのではなく、前に進んでいるんだ)

 胸壁の上、マーリンは微笑みながら計測器を閉じて、ポケットに仕舞った。

 夜風に髪を靡かせ、アーサーが口を開いた。

「……何だか良くわからないけどさ。首飾りを大事にすればいいんだな」

「ええ」

「……昔から、マーリンのことは、わからないことばっかりだから、慣れてるよ。…でも、ありがとう」

「……いいえ。わかり辛くてすみませんね」

 そこで、夕空から梟のピュタゴラスが飛んできて、マーリンの頭にとまった。

「あっ、ピュタゴラス!どこに行ってたんですか!最近見なくて探してたんですよっ!」

「ちぃとばかし、妻に会っていた」

梟はマーリンの頭上で話し出した。

「ああ、そうですか。それは良かった」


休日の朝、アーサーはマーリンと散歩に出掛けた。

城下町を通って、城壁の外近くの森林に、鷹を飛ばしに行くのだ。

アーサーは鷹小屋から、お気に入りの白い鷹を出して、肩に乗せて歩いた。

アーサーは普段着姿で、首には十字架の首飾りをぶら下げている。

 マーリンはいつもの大きな杖に灰色のローブ姿だ。

肩には、数日前に引退した梟のピュタゴラスに代わり、先日やってきたピュタゴラス二世がとまっていた。

ピュタゴラスの引退に、マーリンは名残惜しそうにしていた。

 もちろん、ピュタゴラス二世も鷹小屋に大人しくいるわけでなく、あちこちを飛んでいる。

ピュタゴラス二世は、ピュタゴラスみたいに『……じゃのう』と、爺さん言葉を喋るのでいまいちどう変わったのかわかりづらかった。

ただ、二世は眼鏡を掛けていなかった。

 休日にマーリンと城下町を歩くのは、特に珍しいことでもない。

時には、モルガンやランスロットやグウェンフィヴァフがいたりする。

マーリンは、街の小さなガキ大将に髪を引っ張られて苛められたり、女の子に間違えた男にナンパされたりと、色々と大変なようだった。

ピュタゴラス二世は「たまには老人姿に戻ったらどうじゃ」とマーリンに突っ込んでいた。

 アーサーとすれ違いに、若い黒髪の男と金髪の女のカップルが、パン屋で仲睦まじくパンを買うのを見かけた。それを見たマーリンが言った。

「あそこのパン屋の隣にある道具屋の娘も可愛いけど、その向かいにある果物屋の娘が、気が強くて美人なんですよねー」

「知り合い?」

「まあ、ほんの少し」

マーリンは城門まで歩いて、「こう見えて、僕は中々モテるんですよ。青年時は超絶美形ですからね!」と言った。

アーサーは何となく「僕は、気が強過ぎる女は、余り好きじゃない、っていうか苦手かなあ」と呟いた。

「まあ多少は気が強い方がいいかも知れないけど。女は美人で優しい方がいいや」

「モルガンって美人ですよね」

「なんだよ、いきなり」

「別に?」

アーサーはふと、モルガンに苦手な薬草学の勉強を見て貰って、ぺしーんと叩かれたことを思い出し、ちょっと妙な顔をした。

 マーリンは歩きながら、何やら歌を口ずさんでいた。

ドレミの歌だが、アーサーが知る筈もない。マーリンが知らない歌を歌うのには、もうとっくに慣れたことだ。アーサーは、城では今頃みんなどうしてるか、思いを巡らせてみた。

 ランスロットやガウェインら、騎士達は朝から武術の訓練だ。

アーサーも、一応は第三の騎士だけあって、普段から彼らと共に武術の訓練をしている。

が、今日はマーリンとの約束があるので休みだ。

 城の礼拝堂では、大司教である聖ドゥプリシウスや、剃髪頭の司教、聖ギルダスが使用人達にありがたい話をしていて、訓練後にありがたい話を聞くのもアーサーや騎士達の日課だった。

モルガンは、怪我人や病人の看病をして、その後、グウェンフィヴァフやエレインらと、城の女達と共に、縫い物や織物をするのが日常だった。

女達は、互いに夫や子供、孫などについて話し出していた。

 モルガンは適当に相槌を打ち、グウェンフィヴァフはそういった話が苦手そうに俯いていて、一番活発に話すのはエレインだった。

エレインはランスロットの自称妻なので、ランスロットについてばかり話して、周囲から呆れられていた。だが、それもすっかり慣れたものだった。

 グウェンフィヴァフは、現段階ではアーサーの婚約者という肩書きであるが、そういった噂について特に話すこともなかった。侍女のアグネスとたまに話すぐらいだ。

モルガンもそういった話より、織物の模様の方が気になるようで、眼鏡をかけ、じっと黙って織物の模様を見つめていた。

 城内で騎士達……特に円卓の騎士達が通りすがると、城中の女達が甲高い声を挙げた。

ガウェインは一々手を振ったり、ウィンクをしたり愛想をばら蒔くが、パーシヴァルは余り 興味がないようで気を引かれもしない。

 最も、多くの女達が騒ぐのはランスロットで、ランスロットは慣れた様子で、特に気にしてないように見えるのだが……時に、ちょっと邪魔そうに歩いていた。

 カールレオン城で、女の側といえば、ブリタニア一の美姫とされるエレインや、グウェンフィヴァフが男達に人気だった。

二人にはファンクラブもあり、二人が歩くと男達が色めき立つ。

グウェンフィヴァフはアーサーの婚約者ゆえ、様々な噂が立てられたりするが、人気も高いのだ。

 モルガンはというと、黒いドレスやマントで歩くとどうも魔女と怖がられるので、最近は侍女姿が多かった。

が、段々鬱憤がたまってきたらしく今はまた黒いドレスを着ていた。

こっそり、モルガンをいいと思っている男もいたりするのだが、モルガンはそういったことに疎かった。

 なお、アーサーとマーリンは、城内を歩いても、特別叫ばれるわけではない。

王と宮廷魔術師だから、皆、厳かに頭を下げるのが普通なのだが。二人が普段着姿で街を歩いても、地味なので、国王や宮廷魔術師だと気付く者はいなかった。

 

街壁近くの森。

アーサーとマーリンが、白い鷹を飛ばしていたら、鷹が何やら口にくわえて帰ってきた。

「~めろ! 離せ! 僕は餌じゃないぞ!」

「? ……なんだろう」

白い鷹がアーサーの腕に留まると、マーリンが吃驚した顔で叫んだ。

「あっ! 君は!」

マーリンは、白い鷹が口にくわえている小さな…親指サイズの男の子を見て、嬉しそうに叫んだ。

「……君は、親指トム!」

「……? あなたは……マーリン様! 大賢者マーリン様じゃありませんか!」

親指サイズの男の子が声をあげ、アーサーは鷹のくちばしから男の子を、手のひらに乗せた。男の子は……本当は成人男性のようだが……巻き貝のような帽子を被り、青いマントを羽織っていた。

「親指トム?」

「カマーゼンのドルイド養成校出身の、若いドルイドです。ずっと昔に姿を消したから、どうなったのかと心配していました」

「昔、マーリン様が引きこもってる間、イグレイン様の子供達を見張ってるときに、何者かに魔力を封印され、魔法をかけられて小さくされてしまったんです。

あれから僕は記憶を失い、子のない夫婦の息子になり、時を過ごしてきました。

でも、最近記憶が戻り、マーリン様に会いたくて旅に出ていたのです。ああ、またマーリン様に会えて良かった!」

親指トムは嬉しそうに叫んだ。

 昼食頃、カールレオン城に戻ったマーリンは、肩にピュタゴラス二世とトムを連れて、円卓の間にやってきた。

 トムは巨大な穴開きチーズが円卓にやってくると、自分より巨大なチーズにしがみつきながら、かぶり付いていた。

「いいなあ、トムは。僕も小さくなってチーズにかぶり付きたいよ」

アーサーは豆スープにパンを浸しながら、羨ましそうにトムを眺めていた。 

 その頃、オークニーの城で、多少成長したモルドレッドが、モルゴースを探した。

「……母上、どこですか? 母上」

だが、モルゴースはどこにもいなかった。

 モルゴースの部屋で、モルドレッドは一枚の絵を見つけた。

モルゴースが大事にしていた、赤い髪の男の絵だった。

「……ガレス兄さんに似てる」

近くには、アメジストのイヤリングと羊皮紙が置かれている。

羊皮紙には、モルゴースの字で「気晴らしに少し旅に出る。後はエレインに任せる」と書かれていた。

 そのとき、ふわりと風が吹いて、モルドレッドは風の吹く先の風景を見つめた。

どこまでも晴れた青空が広がっていた。

「モルドレッド、おやつよ」

 階下から、モルゴースの妹であるエレインがモルドレッドを呼ぶ声が聞こえた。



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