腕相撲大会
アーサー王が即位してから、三年の月日が流れた。
暖かな午後の日差しがカールレオン城を包んでいた。
マーリンは灰色のローブ姿で、午前は竪琴を弾きながら蛍の光(日本語版)やキラキラ星を歌っていたのだが、午後は城の裏の小屋に籠り、色素の薄い髪を縛って眼鏡を曇らせ、湯気が立つ錫製の大鍋の前にいた。
部屋の隅には、水槽に鱗まみれの生き物ヘチと赤い犬ターメリックが餌を食べていたり、猪のトゥルフ・トゥルイスが寝息を立てている。
様々な薬草や蝙蝠の牙だの、虎の血だの、人魚の鱗だの、葉っぱだのを入れて、ぐるぐると怪しい青色の液体をかき混ぜていた。
小さな陶器の壺に、液体を注いでいると、背後の扉がノックされた。
赤いペンキを塗り、適当に打ち付けた釘があちこちから飛び出た扉が、ガタガタと鳴る。
「マーリン、何やってるんだ? 入るよ」
よれよれの黄色いシャツに、くすんだ緑のズボンを履いた金髪の男の子が、小屋の中に入ってきた。
「アーサー、どうしました?」
「公務が終わって暇なんだ。何か面白いことない?」
「円卓の騎士達は?」
「なんか腕相撲してる。何作ってるんだ?」
「カビ防止薬です。アーサーは参加しないんですか?」
「いや、なんか戦って負けるのが嫌だから」
「自信がないのに負けず嫌いだとそうなりますよね」
「ふふふ……、うるさいな」
「腕相撲でも観戦して来たらどうですか?」
「マーリンは?」
「僕はやろうと思えば幾らでもズルしまくれるのですが、まあそれは良くないでしょう?」
「ああ、魔法でね。魔法なしだとマーリンてどうなるんだ?」
「……知りたいですか」
「うん」
「僕はスポーツは苦手です」
マーリンは眼鏡を光らせた。
「おらあ!」
アーサーとマーリンが円卓の間に入ると、騎士達が円卓を囲んで、やんややんやと声援を送っていた。
「誰と誰が戦ってんのかな」
「あれは……」
騎士達の中心にいるのは、ベイランとカーボネックのエレインだった。
ベイランは、ぜーはー言いながら前髪を乱れさせ、エレインは腕捲りをして目を爛々と輝かせていた。
「もう一回ぃー! もう一回やらせろぉー!」
もがくベイランを、ペディヴィエールが首根っこをつかんで引っ張って行く。
ベイリンも「マジかよ……」と呟いてそれを見ていた。
「エレインすげえー!」
ポカーンと見つめる騎士達の中で、ガウェインは口笛を吹き、ランスロットが遠い目で二人を眺めていた。
「あれ、どうなってんの?」
アーサーがランスロットに聞くと、ランスロットはふっと息を吐いた。
「まあ、トーナメント制でですね。腕相撲大会をしてるわけなんですけど、僕はちょっと、昨日寝相が悪かったのかお腹冷やしちゃって。トイレに行ってたら何かエレインが出るっとことになってまして。いや、ていうか、腕相撲大会やろうってアーサー王が言い出したんじゃないですか」
「あー、うん」
「嫌がらせなんですよ」
ランスロットの横からパーシヴァルが顔を出して説明し出した。
「ほら、ランスロット様モテるじゃないですか。エレインをひがんだファンの女の子が、何 でかランスロット様の代わりにエレインの名前を、抽選箱に入れたんですよ」
「で、何でエレインが出ているんですか?」
「いや、僕も本当に知らなくて」
マーリンの質問にランスロットが苦虫を噛んだような顔で呟き、パーシヴァルが言う。
「まあ、適当に負ければいいんじゃないかと思ったら、何でか勝ち上がっちゃって。今や、円卓の騎士レギュラーのベイランとタイマンして勝ってしまったわけです」
円卓の間の壁にでかでかと張られた羊皮紙には、赤いインクを付けた羽根ペンで、エレインが下の方から勝ち上がっていくのが記されていた。
あの赤いインクは鶏の血かなあと、アーサーはぼんやり思った。
円卓で腕捲りをしたエレインが「次ィィ!」と叫んぶのを、ランスロットが遠い目で眺めていた。
「いや、何でか僕ははじめ、エレインにもうちょっと病弱で弱々しいイメージがあったんですけど。最近はまあ、こんなもんなんだろうなって思ってます」
「病弱って多分“以前”のイメージの名残ですね」
マーリンが呟き、パーシヴァルは最近のことを思い返した。
「あいつ、ハタキで猪を倒したことがあるんですよ」
看護部屋で、使用人の服装にお団子頭のモルガンが、薬草の汁を染み込ませた布を、アーサーの腕にあて、白い布を巻いていた。
「で、あなたも倒されちゃったわけ?」
「……ふふふ。逃げずに挑んだだけマシだと思ってくれ」
「エレイン、凄いわね。ガウェインも?」
「太陽が出てなかったとか言ってたけどね」
「彼女には聖杯がなついてますからねー。多分、今日は聖杯『ラピスエクシリス』の具合が良かったんじゃないですかね」
モルガンにマーリンが言う。
「聖杯ね」
「いつか、ウェールズ地方の国々が取り合った、四つの宝の話をしたでしょう。まあ三つとも四つとも五つとも、何個とも言えるんですけど。姿形を変えますから」
(“以前”は、エレインの死後、ベイリンの悲しみの一撃によって荒廃した大地を回復するため、聖杯探求ということになったんですけどね)
マーリンは心の中で呟いた。
「……最近は余り体を動かしてない気がするな。何か稽古しなくちゃな」
「弓矢の訓練とかしたら?」
「モルガンも、その姿だと使用人にしか見えないな」
「この方が動きやすいのよ。それに、黒いマントや黒いドレスでいるよりこっちの方が、余り悪く言われないし」
「悪くね……」
小さく呟くアーサーに、マーリンが相槌を打つ。
「……モルガンは、ランスロットやらアーサー王やら、色んな男と関係してるだの、酷く言われてるんですよ」
「……知ってる。僕は違うって何度も言ってるんだけどな」
「湖の巫女の立場が悪くなってきてるから……。ただ、それだけよ。気にしないで」
モルガンは僅かに瞼を伏せた。
「そういうば、グウェンフィヴァフが見えませんね。いつもの花畑ですか。ランスロットやガウェインはいるのに」
最近は、皆はグウェンフィヴァフのことを、そのまま呼ぶようになった。
以前はグィネヴィアと略称で呼んでいたが、アーサーがモルガンの真名がグウェンフィヴァルだとモルガンから教えてもらってから、分けるために呼ぶようになり、皆もそれに倣いはじめたのだ。
「ケイと、ガウェインの彼女だっていうラグネルって人がついてるよ。ラグネルは、強さで言うとそれほどでもないんだけど、馬や槍、弓矢を使えるみたいだし。女向けの武器が武器庫から出てきたから、あげたよ」
「グウェンフィヴァフも、ランスロットやガウェインらと関係があるって色々言われてるでしょう。だから、女がついてた方がいいんじゃないかって」
「なるほど」
エレインは「さすが、最強の男の(自称)妻」と囁かれ、優勝カップを手にキラキラと輝くのだった。
「ランスロット様ぁ~! 見てください! 私、ランスロット様の名誉を守り抜きました!」
「ああ、えっと……うん。良かったね」
エレインはランスロットに飛び付き、抱きついた。
その頃、オークニーの城では、モルゴースが何か、瓶やら薬やらをごちゃごちゃと取り扱っていた。
「母上、何をしてるんですか?」
「……モルドレッド」
金髪の小さな男の子が、モルゴースに話し掛けた。
男の子は、左に垂らした長い金髪を、髪飾りで緩く縛っていた。
「モルドレッド、貴方は?」
「絵本を見てました。母上は何を?」
「……オズモンドに見せて貰ったのだけれど」
「オズモンド?」
「そう。オズモンドは様々な魔法の研究をしてる。古代アトランティスとゲルマン地方の魔術を混ぜたもので……。死んだ者の魂を、かりそめの身体に宿す術があるの。かりそめだから、本当に生き返るわけじゃないけれど」
「?」
「……リスティノイス王国の漁夫王、ペリノア王は未だに妹を……エレインを生き返らせるため、クエスティングビースト……竜の一種だけど。こいつを追い掛けてるって聞くわ。禁断の死霊術で沢山の死人で、死人兵団を造って。いい加減にしなさいっていうのよ。だから、妹の魂を、かりそめの身体に宿す術式を行ったの。人には使えないけれど、妖精には使える。私もあの子も、人ではなく妖精だから」
「母上……」
「妹に会いたくなってね」
モルゴースは隣の部屋に向かった。
(……本当は、私だって、グウィアルに傍にいて欲しい。でも…。材料には貴重な、魔法樹の宿り木を使う。一つしかない。使えるのは一回だけ)
薄絹の向こうに、モルゴースの妹のエレインが、かりそめの命を取り戻し、目を覚まして起き上がっていた。
後日、エレインをひしと抱き締めるペリノアの姿があった。
その代わり、モルゴースは自分の身体が透けて行くのを感じた。
(……代わりに私の命が消えかけているのね)




