かつてマーリンが見たもの・アヴァロン
マーリンは静かに思い出していた。
以前に一度体験したもの。アーサー王やブリタニアの滅亡を。
周囲は、兵士達の死体に満ちていた。
アーサーは、傷ついたケイにペディヴィエール、グリフレットを見つけると、聖剣エクスカリバーを託し、湖に返すように言った。
ペディヴィエールがエクスカリバーを受け取り、近くの湖に投げると、湖の中から手がのび、エクスカリバーの柄を掴んだ。
そして、手と共にエクスカリバーは消えていった。
傷つき、倒れたアーサーの傍には、 三人の女が立っていた。
モルゴース、エレイン。……そしてモルガン。
ゴーロイスとイグレインの間に生まれた三姉妹。
死んだ筈の彼女らは、アヴァロンの女神となっていた。
彼女らはアーサーを小舟に乗せた。
アーサーはモルガンの膝に頭を乗せられた。
「……アーサー。弟よ。今こそ真の和睦を」
「……モルゴース」
「貴方の傷をアヴァロンで癒しましょう」
「……貴方には会ったことがないな。二番目の姉上ですか」
「ええ、その通りよ」
銀髪のエレインは微笑み、モルガンの胸元には第三の宝、首飾りがぶら下がっていた。
「モルガン……グウェンフィヴァル」
モルガンはアーサーに微笑みを向けて、歌を歌った。
「古の神々の住まう場所。遥か彼方に通じる道。りんごがたわわに実る園。常磐のアヴァロン。その門を開き我を運べ。永遠の国、魂の帰る悠久の楽園へ」
モルガンがアーサーの頬を撫でて呟いた。
「……大丈夫。次はきっと。だって私が貴方をアヴァロンへ連れて行くんだもの」
モルガンに連れられ、林檎がたわわに実る島、アヴァロンにアーサーは運ばれた。
水面にはイニス・ウィトリン教会が映り、厳かな鐘の音が鳴り響いていた。
アーサーは、うっすらと瞼を閉じた。
新たに目覚め、また新たにブリトン人達の王国を築くために。
モルガンが祈ると、胸元の首飾りが光輝いた。
ちょうど駆け付けたランスロットは、荒廃したキャメロットでグウェンフィヴァフに再会し、国の滅亡を嘆いた。
グウェンフィブァフは言った。
「ランスロット。私は貴方のことが確かに好きだったときがあった。……でも』
ランスロットも言う。
『……私も確かに貴方のことが好きだったときがありました。グウェンフィブァフ。
でも、今は違います。私の心の中には、カーボネックのエレインがいます。アストラットのエレインも。そして何より、アーサーが」
「私の中にも、貴方じゃない人がいるわ。アーサーに、それに……」
その先は、グウェンフィブァフは言わないことにした。
「……僕には貴方だけじゃない」
「……私にも貴方だけじゃない。……だから、きっと大丈夫」
ランスロットは僅かに笑った。
女神ブリギッドは空で、宙に浮き、輝く円環の紋様を手に静かに眺めていた。
モルガンの胸元の首飾りの輝きに呼応し、円環は静かに回った。
アーサー王の騎士や民達、ブリトン人逹は、アーサー王が傷を癒し、帰ってくることを強く願った。
何より、アーサー王自身がそれを強く望んでいた。
その想いは、第三の宝を通して、女神ブリギッドや遥かな天に通じた。
アーサーやモルガン達も、ブリトン人達も、第三の宝が放つ光の中に体が透き通り、消えてゆく。
天はアーサーや円卓の騎士達を呼び戻し、時を戻す準備に入った。
そして、彼らを『やり直し、二度目のループ』へと導いた。
第三の宝による力。
『大いなる秘術』。
ランスロットとグウェンフィヴァフの二人に、空から眩い光が差し込んだ。
ランスロットが光を見つめながら呟く。
「あれは何の光でしょうか」
「わからない。……何かしら。……私達の体が透き通って消えてゆくわ』
マーリンはそっと風に声を乗せ、二人に語りかけた。
「第三の宝による、大いなる秘術です」
ランスロットとグウェンフィヴァフは目を瞬かせた。
「この声は……マーリン様?」
「大丈夫、恐れないで。やり直したいという、アーサーや多くのブリタニアの民の願いが、第三の宝を通して、天に届いたのです。時は再び戻り、僕達はやり直すのです」
世界は真白な光に輝き満ちた。
その中に、ランスロットも、グウェンフィヴァフも、兵士達も消えてゆく。
グウェンフィヴァフは言った。
「ねえランスロット。次は、私の一番の友達になってちょうだいね」
ランスロットも「光栄です」と微笑み、二人は光の中に消えていった。
地面に伏せていた騎士達も、空に手をかざした。
体が輝きに包まれ、透き通り、消えてゆく。
マーリン小屋で、マーリンは溜息を吐いた。
『アーサー王』とは、本来、滅亡の物語だ。
……だが次は、自分達は、大丈夫だと思いたい。
皆少しずつ変わっている。どこまで残せるか。それが、これからだ。
マーリンは何となく思った。
(……でもまあ手始めに、邪竜教団を倒さなければ。えーと、あとは。そうだな、天空城やアトランティスにも行きたいし、僕にかかっている逆成長の魔法も解きたいな)
マーリンは、ぼんやりと意識を今に戻した。a
月の美しい夜。
マーリン小屋の外は騒がしかった。
兵士達が喜びに騒いでいる。
(アーサー達が遠征から帰ってきたのかな)
マーリンは小屋を飛び出した。
毛むくじゃらの巨人ガルがンチュアが畑を耕すのを横目に、城へと向かった。
そして傷まみれのアーサー達を笑顔で出迎えた。
それをケイやぺディヴィエール、ベイリンベイラン、パーシヴァルが少し呆れた顔で見ている。
少し離れたところに、留守を任されていたランスロットがいて、エレインが腕に抱きついている。
「ちょっとあんまり無理しないでよ。包帯がほどけるじゃない」
「これぐらい大丈夫だよ。ランスロット、グウェンフィブァフ姫が拐われたんだって?」
アーサーはモルガンと軽口を叩いていた。ランスロットとガウェインは、髪を結った金髪の十二歳程の幼い少年を挟んで、会話をしている。その少年は亡きゴーロイスがしていた髪飾りで髪を結っている。
「ええ。ガウェインまで拐われて。でも、彼に力を貸して貰いました」
ランスロットに、ガウェインが笑う。
「面目ない。けど、俺の末の弟が役立って良かった」
ガウェインは、少年モルドレッドを指した。
モルドレッドは少し遠慮がちに、距離を置いてはにかんでいた。
マーリンはアーサーの傍に行き、笑顔でアーサーを出迎えた。
「お帰りなさい、アーサー」
「ただいま、マーリン」
アーサーはマーリンに笑顔で返した。
マーリンの傍を、蛍がふわりと月に向かい飛んでいった。
マーリンは蛍に呼びかけた。
「今度こそ、どうにか上手くやりますよ。グウェンドロエナ」




