かつてマーリンが見たもの・聖杯探究
マーリンはカールレオン城の庭にある自分の小屋の中で、瞼を伏せて思い返していた。
肩でフクロウのピュタゴラスが言う。
「何を考えておるんじゃ」
「僕達に待ち受けているかも知れない、未来の出来事を」
「滅びか」
「言ってみれば別世界のようなものです。かつて生まれる前ティル・ナ・ノグで本に囲まれていたとき。僕は、それを見ました。ブリタニア王国の滅びを。本当は僕達は一度滅んでいるんです。……でも……この世界ではそウーゼルせません。そのために、見つめ直すんです。僕達に待ち受けているかも知れない未来を」
マーリンはふっと思い詰めた表情で考えていた。
かつて味わった滅亡の記憶を。巡り巡る時間の波のうねりの中で、実際に起こった過去の記憶を。
……ブリタニア王国には、マーリン達には『滅亡』という道が存在する。
それは、マーリン達がかつて一度経験したこと。
それは、ゲール同盟との決裂だった。そして、ゲール同盟盟主の権限を持つスコーティア兄弟のランスロットと王妃への干渉。決裂。
……そして何より、ゲール同盟と同盟間にあるサクソン族の肥大化。
全てはそこからだった。
端的には、ベイリンによる二つの悲しみの一撃から始まった。
ベイリンは母の仇として湖の巫女ガニエダ……マーリンの双子の妹を殺した。
アーサーにエクスカリバーを渡した湖の巫女の総巫女長を……アーサー王の玉座の間で。
これが一つ目の悲しみの一撃だった。
ゲールの者逹は悲しみ、怒り狂った。
ベイリンはアーサーにも追い出された。
ベイリンは汚名返上のために、アーサーの宝を盗んだ騎士を討とうと追い掛けた。
その騎士はリスティノイス国王ペリノアの弟だった。
ベイリンはカーボネック城に乗り込み、騎士を殺し、怒ったペリノアと戦った。
そしてベイリンは城内で第一の宝を……ロンギヌスの槍の形態をとったマグナ・アームズを見つけた。
ベイリンはロンギヌスの槍でペリノアを刺した。
これが第二の悲しみの一撃だった。
王が傷つけば国土は荒廃し、疫病が流行る。
ペリノア王は傷つき立てなくなり、リスティノイス国や周辺のウェールズ一帯は荒野と化した。
ベイリンは結局、双子の弟ベイランと互いを知らず殺し合い、果てた。
取り返したアーサーの宝を僕に託して。
また、湖の総巫女長ガニエダをアーサー王の玉座の間で殺されたことは、ゲールの者逹に大きな衝撃を与えた。
水の精である湖の巫女逹にも疫病が流行った。
……融和をはかろうとしていたマーリンは裏切り者とされ、湖の巫女ヴィヴィアンによって岩屋に封印された。
マーリンは、ただ魂を飛ばしてアーサー逹を見守ることしか出来なくなった。
アーサーは土地の荒廃や疫病を止めるために……第二の宝、癒す(ラピス)杯を求めた。
ブランの鍋ともマナの壺とも、賢者の石とも…聖杯とも呼ばれる力を。
第二の宝は、第一の宝による傷を癒す力を持つ。
マーリンはいつだったかアーサーに、四つの宝の話をした。
その話を、アーサーに同情的なドルイドが持ち出したのだ。
アーサーは円卓の騎士逹を第二の宝を探究する旅に出した。
沢山の騎士が命を落とした。
だが、パーシヴァル、ボールス…そしてランスロットとカーボネックのエレインの息子、ガラハッドが第二の宝に辿り着いた。
彼らはガリアやイベリアにも足を伸ばし、聖山モンサルヴァートから冒険の間を通して、カーボネック城へと到着した。
そこは死人の兵士らに囲まれ、パーシヴァルが記憶していたカーボネック城とは全く違う姿を取っていた。
パーシヴァルはそこが故郷であることも、ペリノア王が実父であることも気付かなかった。
第二の宝癒す(ラピス)杯はカーボネックのエレインになついていて、彼女が病死してから、カーボネック城でペリノア王の元にあった。パーシヴァルは、ずっと昔に、自分の生まれ育った城に常にあったそれが、第二の宝だとは思わなかった。
ペリノア王はパーシヴァルに語った。
『第二の宝の巫女である妻が、第二の宝を呼び覚まし、魂を失ったこと。自分は妻の魂を蘇らせるため、四つの宝と竜の血を求めたこと。第三の宝以外全て集めたこと。
第三の宝はアーサーの手元にあると聞き、弟にアーサーから盗ませた。
だがそれは半分で、完全ではなかったし、ベイリンに取り返され、マーリンを通してアーサーに返された。あれをまた盗むか貰うかしても、もう半分がどこかわからない。また、第一の宝もあちこちに動いてどこかに行ってしまった』
だが、第一の宝はガラハッドが手に入れていた。
旅の途中で、彼はソロモンの船に乗り、船の中にあった第一の力を手にしたのだ。
ガラハッドは第一の力を見事に手なずけ、また秘めたる力をも引き出していた。
それは、隠された癒しの力。全く逆の力だ。
ロンギヌスの槍に染み込んだキリストの血は、癒しの力……第二の宝と同質の力がある。
第二の宝……聖杯の形態が本来持つ力だ。
聖杯にもキリストの血が染み込んでいる。
第一の宝はロンギヌスの槍の形態をとり、その槍から流れる血でガラハッドは、ペリノア王の傷を癒し……ペリノア王妃エレインに一時的に魂を取り戻させた。
王妃エレインは語った。
第二の宝、癒す(ラピス)杯の真の力を解放するには、パーシヴァルがペリノア王に質問しなければならなかった。
ペリノア王は誰であるか。
聖杯とは何であるか。
その質問と質問の答えを第二の宝の巫女エレインは、実の息子パーシヴァルに教え、天上へと消えた。パーシヴァルとボールス、ガラハッドはついに第二の宝に宿る真の力を解放した。悲しみの一撃により荒廃した国土は回復し、疫病も止まった。
ガラハッドはそれきり、姿を消してしまった。
皆、命を落としたのだと思った。パーシヴァルはボールスに再会し、その後、宮廷には帰らず、旅で出会った若い娘と、ひっそりと静かに暮らした。ボールスはアーサー王の宮廷に還り、ことの顛末を説明した。 だが、話はそれで終わらなかった。
ガウェインは父ロト王の仇、ペリノア王を殺す誓いを立てていた。
聖杯探求の旅でガウェインもまた、カーボネック城に訪れていた。
剣の形態をとった第一の力は、主を失い、刀身にまたも予言を残していた。
『この剣はガラハッドとランスロットのものである。ランスロットはこの剣で最も身近な者を殺すであろう。その者の名はガウェインである』
第六話 かつて、マーリンが見たもの。ガウェインとモルドレッド。
マーリンは頬杖をつき、窓の外を眺めながら思い巡らせていた。
マーリンが旅に出ていた間のことだ。ゲール同盟の盟主、モルゴースが子供を産んだが、アーサー王の子供ではないかと噂が立った。謁見に来た日、出来たのではないかと。
ドルイドの一人は、その子供はいずれ、ブリタニアを滅ぼすだろうと予言した。
ウルフィウスは、その月。国中の赤子を殺すよう、おふれを出した。それはまるでヘロデ王の如く。
秘密裏に、ゲール同盟の盟主であるモルゴースを反逆の罪人として扱い、オークニーの城に騎士達を遣わせた。
だが、モルゴースは既にそこにいなかった。
とっさに、ガウェインが逃がしたのだ。
モルドレッドは樽に流され、逃がされたと噂が立った。
モルゴースの子である、ガウェインら兄弟はガウェインの功績から、見逃された。
但し、母モルゴースを見つけ、討つように命じられた。
アーサーの知らぬ所での話だった。
ガウェインだけは、末の弟、モルドレッドの存在を知っていた。モルゴースは相手が誰かなど言わない。
父グウィアルを敬愛し、ペリノアへの敵討ちを誓ったガウェインは母、モルゴースに不信感を抱いた。
モルゴースも、妹モルガンの子供だとか、もっと言い様があった筈だが、結局自分の子だと言い張って育てた。
……結果、ガウェインは末の弟、モルドレッドに対して冷たい距離感を抱くことになった。
モルドレッドは、長兄ガウェインを慕いながらも、冷たく拒絶され、寂しさの中で育った)
モルゴースはスコーティアにある古城に少しの使用人と共に逃れ、モルドレッドを育てた。古代アトランティスの魔法技術で形作られたモルドレッドは、速すぎるスピードで育った。
あるとき、幼いモルドレッドがモルゴースの部屋を漁っていたとき、亡きゴーロイスの紫の髪飾りを見つけた。モルゴースが大事にしまっていた父の形見だった。
モルゴースは、何かの運命だろうと、モルドレッドの髪にその髪飾りを結ってやった。
モルドレッドは竪琴の弾き語りや魔法が上手く、ドルイドの才能を持っていた。
モルゴースはゲール同盟の国々を、幼いモルドレッドを連れて回った。
モルドレッドは、北部ピクト族の王子フェルグスや、ハイランドのピクト族最強部族の王子トリスタン。サクソン族のセドリック王、その子供シンリックと親交を持った。
マーリンもモルドレッドに会った。
一方で、モルゴースの長兄ガウェインは魔女によって、醜い老婆に姿を変えられた娘、ラグネルに出会った。
ガウェインは彼女に口付けすることで呪いを解いてやった。
ラグネルは、ヒベルニアの第一王女であり、トリスタンの恋人イゾルデ王女の姉だった。
ガウェインはラグネルと婚姻を結び、ヒベルニアの王権を手に入れた。
ちなみに、父グウィアルにそっくりな四男、ガレスはアーサー王の宮廷で、何の間違いか調理係になってしまっていたが、ようやくガウェインやアグラヴェイン、ガヘリスに気付いて貰えた。
ガレスは仕事はじめにアーサー王に命じられ、相談人のリュネットと共に赤い騎士を倒し、リュネットの妹リオノルスを助け出し、リオノルスと結婚した。
ガウェインの妻、ラグネルは、そばかすに金髪の明るい娘だった。姑モルゴースにこき使われながらも、持ち前の呑気さと明るさで上手くやっていた。
だが、ラグネルは三人の子供を産み残し、病死してしまった。
一 見、明るく見えたガウェインは、その表情にちらりと陰を見せるようになった)
あるとき、邪竜教団の魔術師ヴァレリンが、アーサー王の宮廷からグウェンフィヴァフ王妃を誘拐した。いつもの花摘みのときだ。
ガウェインが傍にいたが、ガウェインまでも倒され、拐われ、ヴァレリンの城に捕われてしまった。
二人を助けるため、ランスロットがヴァレリンの城に駆け付けた。
蛇に囲まれた部屋で、グウェンフィヴァフ姫は魔法で眠らされていた。
ヴァレリンの城の中は、化物で満ちていた。
ヴァレリンは古代アトランティス文明の技術……超古代魔法を使い、沢山の生き物を混ぜてキメラ……魔物を造り出していた。
後の世に言うマッドサイエンティストだった。
ブリタニア最強の騎士ランスロットも、さすがにお手上げだった。
そんなランスロットの前に、一人の魔法使いの少年が現れた。
……モルドレッドだった。
モルドレッドは兄、ガウェインを心配して、ヴァレリンの城に訪れていた。
モルドレッドに超速成長の古代魔法をかけたのはヴァレリンだ。
母モルゴースに連れられ、モルドレッドは定期的にヴァレリンに実験やそのデータを書き留められていた。モルドレッドにとってヴァレリンの城は慣れたものだった
モルドレッド。魔法使いのマルドゥーク。バビロンの竜殺しの英雄の名だ。
モルドレッドはランスロットに持ち掛けた。
……兄、ガウェインを助けてくれるなら、グウェンフィヴァフ王妃を助けてやると。
モルドレッドは言った。ヴァレリンから聞いたが、ガウェインは地下牢に幽閉されている。見張りの魔物達がかなりいるが、ランスロットならどうにか出来ると思う。
「あんたなら、その剣で柵も切れるだろう」と。
「グウェンフィヴァフ王妃は蛇に囲まれた部屋で、眠りの呪いを掛けられている。魔法の得意な魔物達が見張っていて、ちょっと面倒だ。俺は魔法が使えるから、俺がどうにか助けてやる」
ランスロットは名を尋ねた。「君は誰。何故、そんなことを」
モルドレッドは答えた。
「マルドゥーク。訛ってモルドレッドと呼ばれてる。……俺も、この城の魔物達と同じ。ヴァレリンに造られた人ならざる存在なのさ」
ランスロットは承知した。ランスロットは剣を手に地下牢へ、ガウェインを助けに行った。
モルドレッドは、魔物達と魔法で渡り合いながら、蛇の部屋に入った)
ランスロットはガウェインを救出し、モルドレッドはグウェンフィヴァフに口付けして眠りの呪いを解き、助け出した。
グウェンフィヴァフは見知らぬ、その少年が助け出してくれたことに驚いた。だが、懐かしさも感じていた。そして、グウェンフィヴァフ王妃を助け出した英雄として、モルドレッドがキャメロットに現れた。
初めて、アーサーとモルドレッドは対面した。
モルドレッドは、亡きゴーロイス公の髪飾りをその身に付けて。
モルゴースは無罪とされ、手配も解かれた。




