アーサー対モルガン後編
モルガンはアーサーのいる部屋に入った。
アーサーは首に十字架の首飾りを掛け、ベッドで寝ていた。テーブルには葡萄酒の瓶があり、ベッド脇には聖剣エクスカリバーが立て掛けられていた。
(呑気に寝ていられるのね)
もう、アーサーには辛さや憎しみしか沸いてこなかった。
モルガンは聖剣を掴み、部屋を飛び出した。
物音に、アーサーは目を開けて飛び起きた。そしてすぐに気付いた。
(剣が……エクスカリバーがない!)
アーサーは、酔いの回った頭を振って足音を追い掛け外に出た。
そこへ、見張りをしていた一人の騎士がアーサーを怪しんで近付いた。
「何者だ!」
「僕はアーサーだ!」
「嘘をつくな!この賊めが!」
騎士が剣を抜き、アーサーに斬りかかる。
アーサーの右腕に血が迸った。普段よりも鋭く感じる痛みに、アーサーは驚き、目を開いた。
(……痛い! エクスカリバーの鞘がないから……。これじゃエクスカリバーを貰う以前だ……)
アーサーは舌打ちしながら剣を避け、騎士に殴りかかった。
騎士が転び、剣を手放したので、その剣を拾った。
モルゴースの指示通り。
モルガンは聖剣エクスカリバーを鞘から抜き、騎士に渡してやった。
騎士はアーサーに斬りかかる。さっきよりも遥かに、威力がある。全身傷まみれで、アーサーは必死に言う。
「やめろ! 僕は……私はアーサーだと何故信じない!」
アーサーは刃こぼれした剣で騎士の足を切りつけ、騎士を倒れさせた。
エクスカリバーを取り戻し、使用人を呼んで騎士を手当てさせるように言った。
騎士の恋人らしい侍女が、涙ながらに騎士に寄り添った。
「……何故僕を敵だと…」
アーサーの耳に、女の声が聞こえた。
「……そういう呪文を掛けられたからよ」
暗い茂みからモルガンが冷たい表情でアーサーの前に立ちはだかっていた。
アーサーの首元には、十字架の首飾りが月の光を受けて煌めいていた。
モルガンはエクスカリバーの鞘を手に、その場から走り去った。
「……モルガン!」
アーサーはモルガンを追い掛けた。
モルガンは城を出ると、アーサーの目の前で湖にエクスカリバーの鞘を投げ捨てた。
「モルガン……お前」
「私達は……敵同士なのよ」
モルガンは、鞘を飲み込んだ湖を見つめて、呆然と思った。
(……こんなもの……始めから作らなければ良かった……)
口に出してしまえば良かったのに、何故か出なかった。
月明かりで、アーサーには、モルガンの瞳に涙が浮かんでいるのが見えた。
モルガンはウリエンスの城から松明を持った騎士達が、追いかけてくるのに気付いた。
ウリエンスが、モルガンの態度やアコーロンの傷から何かの事態だと考えたのだろう。
モルガンは転移呪文でその場から消えた。
その場所には、石の輪が並んでいた。
アーサーは傷の痛みと出血から、気を失い、騎士達により支えられ、ウリエンスの城で傷の手当てを受けた。ウリエンスの城からモルゴースは消えていた。
アーサーはウリエンスの城に長居するのを嫌がり、さっさとキャメロット…カドバリ城に帰りたがった。エクスカリバーは白い布で巻いて扱った。
旅の途中、アーサーは宿屋や教会に寝泊まりして、医者に傷を診て貰ってを繰り返した。薬草を塗り、白い包帯を巻いて貰った。
『アーサーを殺しなさい』
モルゴースの命令を実行するために、モルガンは宿屋に忍び込んだ。
アーサーは手元にエクスカリバーを置いて寝ていた。
モルガンはエクスカリバーをアーサーの手から取り、アーサーの首元に当てた。
だが、それ以上は出来なかった。
(……何でなのよ)
モルガンは涙を溢れさせた。涙がアーサーの頬に落ち、アーサーは瞼を開いた。
「また泣いてるんだな、君は」
「……!」
「泣き虫だよな君は。昔からそうだ。僕のガキくさい言葉や…周囲の大人の心ない言葉に傷ついて、泣いて」
アーサーはモルガンの頬に手を伸ばし、モルガンに口付けた。
モルガンは涙を溢しながら、アーサーの温もりに身を委ねた。
「夢かな」
「知らないわ」
アーサーはモルガンのあちこちにキスを落とし、モルガンはアーサーに強くしがみついた。
「……モルガン……君の真名を呼んでいい?」
モルガンが頷くと、アーサーはそっと耳元に囁いた。
「僕は君を愛してるよ。……グウェンフィヴァル」
モルガンの目から涙が落ちた。
アーサーと手を重ねながら、モルガンは言った。
「……私、駄目ね」
「何が」
「だって……あなたを殺せなかったんだもの」
モルガンは泣きながら微笑んだ。
「……だから、もう終わりなの」
「……モルガン?」
「……私は貴方を殺すって契約を破ったから。ごめんなさい。アーサー……私……」
「……!」
アーサーは、モルガンの体が透明になっていくのに気付いた。
「私は……海の妖精なの。それをゴーロイスとイグレイン夫妻に拾われ、育てられた。だから海の泡になって消えるしかない」
「何を言ってるんだよ!」
「さようなら、アーサー」
モルガンが言うと、彼女は泡となって弾けて消えた。
アーサーの目の前で、モルガンは泡となって消えたのだ。
邪竜教団の大司祭クリングソルが宿屋の影に立っていた。
クリングソルが呪文を唱え、宿り木の魔法樹を振ると、水の泡に包まれた光が現れる
彼はそれを、懐から出した水晶の中に入れた。
「失われた古代文明アトランティスの秘術。確かに胎動している。小さな命が。モルゴース。君が育てるんだ。……死の際モルガンに宿った小さな命をね」
邪竜教団の司祭の脇にはモルゴースが控え、「わかりました」と頷いた。
その後、ウリエンスは行方をくらませたモルガンの態度に怒り、他の女と再婚した。
彼女とは上手くいったようで、ウリエンスは新たに子供をもうけた。
カールレオン城の胸壁で、モルガンは猫のパルを抱きながら、雨降る海をずっと見つめていた。泡となって弾けて消える自分が、どうしても瞼の裏から離れない。
モルガンはやがて、歌を口ずさんだ。
「トカゲのしっぽ、バターミルク、腐りかけの丸太橋…」
昔、おぼろげに覚えている、イグレインが歌ってくれた子守唄だった。
隣にいた……小さな白狼、カヴァルを抱き寄せたアーサーが、口を開いた。
「……モルガン」
「……何?」
「……その夢のことなんだけど…。いや、何でもない」
「……そう」
二人の間に沈黙が降りた。
「……この勢いだと川の堤防、工事し直さないといけないかもな」
アーサーがぽつりと呟いた。
「……ねえ、モルガン。君の歌が聞きたいな。竪琴を引いて歌ってくれないか」
「……ええ、いいわ」
モルガンの首元に月の首飾りが光った。
邪竜教団ではモルゴースがシャヘルに呼び出され、モルゴースは額に汗を掻きながら臣下の礼を取った。
シャッヘルはオズモンドに水の泡に包まれた光る球体を持ってこさせ、モルゴースに渡した。モルゴースはそれを見て、眉をひそめた。
「何でしょうか、これは……」
「命の卵。人間だ。確かに生きている。カドバリー城のある人間の墓の上に落ちていた。君が育てるんだ」
「……人間?」
「成長促進の呪文を掛けているから、すぐに成長するだろう。古代アトランティス文明の技術によるものだ。知ってるか。妖精も竜も巨人も小人も、全ては皆、古代アトランティス文明に造られた産物なんだ」
モルゴースは、人になる前の生命が水晶の中に入れられ、手のひらに納められている……
その気味の悪さに顔を歪めた。
(間違いなく、許されざる神の領域、禁断の術だわ)
「その人間は、アーサー王にとって最も身近な存在であり、最大の敵となる」
シャッヘルは歪んだ笑みを口許に浮べながら、命の卵を手のひらに乗せて呟いた。
「……アーサー王と妖精姫モルガンの息子。モルドレッドだ」
ベイリンはボンヤリ、部屋から窓の外、雨が降るのを眺めていた。
それを双子の弟、ベイランが物憂げに見つめていた。
「ベイリン。まだ、前見た夢のこと考えてるのか」
「……ベイラン」
「気にしすぎだろ」
ベイリンは、ベイランに目をやると、再び窓の外に目を向けた。
「前、話したろ。夢に出てきた……文字が彫られた剣の話」
「ああ……」
「剣には、俺が最も身近な者をこの剣で殺す。その者はベイランであるってあった。そして俺は……お前をお前と知らずに戦い殺して……俺も死んだ」
ベイランはムキになって言った。
「そんなことにはならねえよ。俺は生きてる」
「……続きがあるんだ」
ベイリンは鎮痛な面持で、吐き出すように呟いた。
「剣の銘文が変わるんだ……。この剣はガラハッドとランスロットのものである。ランスロットはこの剣で最も身近な者を殺すだろう。その者の名はガウェインである。それで……夢では、その後に、ランスロットとガウェインが戦って……ガウェインが血まみれで倒れるんだ。そして……また剣の銘文が変わった」
ベイランは何も言わず、真剣な眼差しのベイリンを見つめた。
「……この剣は……。何だっけ。そう、『この剣は……モルドレッドのものである。モルドレッドはこの剣で最も身近な者を殺すだろう。その者の名は……アーサーである』」
ベイリンは出来る限りのことを思い出しながら、恐る恐る口にした。
「……それで。ガウェインの身体に刺さった剣を……誰かが抜くんだ」
ベイリンは言葉を切った。
ベイリンとベイランの間に沈黙がおりた。
「誰だよ、モルドレッドって」
「わかんねえ……。でも。近い内に現れる。そんな気がするんだ……」
外は、雨が勢いを増して降っていた。
微かに残された記憶の中で泡になり、消えた筈のモルガンは美しい青空と海に囲まれた島にいた。
林檎の樹が幾つも生え、大きな林檎がたわわに実っていた。
モルガンは成長した姿で、白いローブを纏い、長い杖を傍においていた。
モルガンは膝の上に傷を負ったアーサーが頭を乗せ、うっすらと眠りについていた。
アーサーもまた、ずっと成長していた。
爽やかな風が二人の髪を揺らす。
「……大丈夫。次はきっと。だって私が、アヴァロンの女王になったんだもの…」
アーサーの額に、モルガンは静かに口づけを落とした。




