マーリンの休日
ウェールズ地方、カマーゼンにある岩山をくり抜いて作られたドルイド養成学校では、山の中の洞窟を利用した会議室に円卓のような石のテーブルが置かれ、七人のドルイド達がテーブルを囲んで座っていた。
幼い少年の姿でぶかぶかのローブを着て大きな樫の杖を手にした、ドルイド最高司祭長のマーリン。
老いた姿のカマーゼンのドルイド養成学校校長タナブルス。
タナブルスの下で動く若いドルイド、ケヴィンとヴァレリン。
ロジアンの女ドルイド養成学校の校長でマーリンの双子の妹ガニエダ。ガニエダの下で動く若い女ドルイド、ニムエとヴィヴィアン。
この七人が、テーブルに向い合い、真剣な表情で話し合っていた。
ケヴィンはブリテン周辺の地図を広げていて、地図には幾つか丸がついている。ケヴィンが地図を指し示しながら口を開いた。
「邪竜の血痕の池、黒い魔法樹の場所ですが……特にこのへんに集中しています」
ケヴィンの指し示す地図を見て、ニムエがマーリンに言う。
「調べる必要があるわね。ドルイドや騎士達を派遣しましょう。マーリン様」
「……ええ。そのように、よろしくお願いします」
マーリンが物憂げに呟いた。
やがて、会議を終えるとマーリンは転移呪文の薬草を指の間ですり潰し、煙が放つ光と共にカールレオン城に戻った。
「……やれやれ。会議は疲れますね」
疲れた様子で肩を叩くマーリンの元にピュタゴラスが飛んできて留まる。
「おや、どこにいたんですか。ピュタゴラス」
「グィネヴィア姫に抱きつかれておった」
「モテますねえ」
「人間の娘っ子は苦手じゃ」
ピュタゴラスは溜め息を吐き、嘴でよれた羽根の手入れをした。
マーリンはカールレオン城の裏にある自分の小屋に行くと、ブリキのじょうろを取り出して、薬草畑に水を撒いた。
畑内、植物達が地中を動き回り、虫のような小妖精がわらわらと逃げていった。
「マンドレイクが育ってきましたね」
傍で、毛むくじゃらの巨人の男が小妖精避けの藥を畑に撒く。
マーリンが魔法で造った巨人の使用人ガルガンチュアだ。
マーリンはガルガンチュアに「そのへんでいいですよ」と声を掛けると、小屋に戻って、庭に植えたお茶の木で作ったお茶を飲んだ。
マーリンが(そろそろですかね)と思った頃、誰かが小屋の戸を叩いた。
「おーい、マーリン」
マーリンが戸を開けると、ガウンを脱いで普段着姿のアーサーとモルガン、また、鎧を脱いで普段着姿のランスロットと、グウェンフィヴァフとエレインがいた。
「おやおや、皆さんお揃いで」
「呼んだのはマーリンだろ。面白いものを見せるって言うから。それを言ったら来たがってさ。モルガンまで……」
「ええ、まあ」
「何よ、私が来たら悪いわけ?」
「そうは言ってないだろ」
ランスロットとグウェンフィヴァフとエレインは物珍しそうに見ていた。
マーリンはアーサーの姿を見つめながら言った。
「アーサーは相変わらず普段着姿だと、地味な田舎の男の子にしか見えませんねえ」
アーサーは少しムッとして「悪かったな、田舎臭くて」と言うと、マーリンの小屋の中に入った。
マーリンの小屋は木の板を継ぎ接ぎして、作られていた。
屋根は細長い煙突が突き出ていて、屋根は赤いペンキで塗られ、ひしゃげている。
小屋の裏には傾いた倉庫に、赤と白の大きなキノコや茶色や白のキノコが幾つも生え、小さな妖精達がクスクス笑っていた。
マーリンの小屋の中は、中央に薪ストーブがあり、来客用の木のテーブルと椅子が置かれていた。ずっと奥に作業用らしい机があった。
床には巨大なカボチャや古びた竪琴、描き途中の綺麗な絵が置かれ、あちこちに様々な字……オガム文字やルーン文字や漢字などの本や小瓶が並び、ぎっしり詰まった本棚は埃を被り、蜘蛛の巣が張っていた。部屋の隅水槽には、鱗まみれのヘチという生き物や、猪のトゥルフ・トゥルイス、赤い犬ターメリックがぐっすり寝ている。
天井からは薬草がぶら下げられ、ランプと三脚の上には真鍮の釜が置かれ、中では紫色の液体が煮え立っていた。棚には骸骨の頭や、ホルマリン浸けのカエル、鷹の剥製が並び、作業机の上は角製のインク入れと鷲の羽根のペン、古ぼけた羊皮紙の束と、真鍮の天秤や乳鉢が置かれていた。
アーサーやモルガンは普段からこの小屋に来ていたので特に驚きもしなかったが、初めて小屋の中に入ったランスロットやエレイン、グウェンフィヴァフは物珍し気だ。
「へえ、マーリン様は普段、ここにいらっしゃるんですね」
「まあ、アーサーのお付きの仕事がないときは大体ここですね」
ランスロットは古びた竪琴を見つけて手に取ると、軽く引き鳴らした。
「ランスロット様、竪琴が弾けるんですか?」
「まあね。昔、お師匠様に習ったから」
マーリンは、アーサー達にお茶とお菓子を出した。
「庭のお茶の木で作ったお茶です」
グウェンフィヴァフはピュタゴラスを見つけると「あっ、ピーちゃん!」と追い掛け出した。 執務の後のアーサーは、少し疲れた様子で椅子に腰かけた。
「執務も終わったし。ちょっと暇が出来たから来たんだけど……目のところにかけてるそれ、なんだ? フクロウのピュタゴラスも普段かけてる……」
マーリンは「ああ」と眼鏡の縁に手をあてた。
「眼鏡です。視力の低い人間にはありがたい未来文明の利器ですよ」
「へえ」
アーサーが眼鏡をかけてみる。マーリンは眼鏡達をケースに入れ、近くの棚の引き出しに閉まった。
「そういうのどこで手に入れるんだ?」
「秘密の入手経路があるんですよ。来てみますか?」
不思議そうに聞くアーサーに、マーリンはふふふと含んで笑った。
やがて、お茶を終えるとマーリンはアーサー達を連れて小屋を出て、マンドレイク畑の向こうにある、城壁の扉に向かった。城壁と扉はツタまみれだった。
マーリンはじゃらじゃらと鍵の束から、うんうん唸りながらようやく扉の鍵を探しだし、扉の鍵を開けた。
少し不安になってグウェンフィヴァフがマーリンに聞く。
「どこに行くんですか?」
アーサーが腕を組みながら、ツタまみれの扉を見つめて言った。
「マーリンゾーンだな。キャメロットの街のはしっこをマーリンに言われて開けておいたんだけど」
「マーリンゾーン?」
聞いて来るランスロットに、モルガンが答える。
「アーサーも私も行ったことないのよ。これが初めて」
グウェンフィヴァフが「アーサーもモルガンも初めてなんですか?」と興味深げに言うと、アーサーが「初めて」と頷く。
グウェンフィヴァフはきらきら目を輝かせた。
ランスロットとエレインも楽しそうだ。
「へえ。それは楽しみですね」
「ランスロット様が行くなら私も行きまーす!」
マーリンは鍵を見つけ出して、ツタだらけの扉の鍵穴に鍵を差し込み、扉を開いた。
ツタにまみれた煉瓦の城壁の向こうに、一向は足を踏み入れた。
オークの木やへんてこな植物が並ぶ道の向こうには、石を切り、セメントで張り付けて並べて造られた縦長の大きな石台があった。石の階段もある。
木の立て札があり白いペンキで塗られ、黒い字で大きく『銀河鉄道、ファンタジエ線アトランティス行き、キャメロット駅』と書かれていた。
その右下には『天空城駅』、左下には『常若の島駅』とあり、その下に左向きに横に矢印が引かれていた。
立て札の裏も同じように書かれ、ただ矢印の方向が逆に右向きで、『天空城行き』となっていた。
要は、駅のホームだった。
ホームの上には木製のベンチが一つだけ置かれていた。
ホームの両脇には真下に線路が一本ずつ引かれ、西側の線路は途中で空にはね上がり、東側の線路は海の中へ続いていた。
アーサー達はホームに上がってみた。
「なんだ? これ」
「駅です」
「銀河鉄道ファンタジエ線アトランティス行き…」
「アトランティスですって?!」
アーサーが駅名を読み上げていると、モルガンがやってきてアーサーをはねのけて、路線図の駅名を読み上げていた。
「どれどれ……ティル・ナ・ノグ、ネバーランド、巨人の国、小人の国、不思議の国、鏡の国、イース……アトランティス。これはえーと……乗り換え駅?ネバーランド駅から、海賊島駅、ロンドン時計塔駅……。アトランティス駅や天空城駅は乗り換えが沢山あるわね……。乗り換えってどういうことかしら」
ランスロットは手持ちぶさたになって、取り合えずベンチに座り「何や不思議やなあ」とフランス語をこぼし、エレインもランスロットの隣に座り「ランスロット様フランス語こぼれてますよ~」と指摘していた。
マーリンは時刻表の立て札を見つめ、ポケットから懐中時計を出して呟いた。
「そろそろかな」
すると空から汽笛の鳴る音が響った。
アーサー達が驚いて空を見上げると、真っ黒な蒸気機関車が蒸気を吐きながら走ってきて、空に跳ね上がった線路に着地し、アーサー達の立つ駅のホームまでやって来た。
アーサー達は化け物か何かだと思って驚き、ランスロットは心の底からビビったらしく、「メルド(くそ)!」と剣を抜いて襲いかかろうとしたが、マーリンが止めた。
「ランスロット、大丈夫ですから剣を仕舞って下さい。ドンキホーテですかあなたは」
機関車から、眼鏡をかけ、シルクハットに燕尾服姿、高級そうなトランクとステッキを持った紳士姿の、二足歩行の猫が現れた。
「おやおや、何ですか。物騒ですね。私はケット・シイのジョン。こちらには会社の出張販売に来ただけで、武器など持ってませんよ。ほらこの通り」
「ジョン、お久しぶりです」
「おやマーリン。これはお久しぶりですな。こちらの方では貴方が一番の私のお客様ですよ」
呆気に取られるアーサー達に、マーリンはジョンを紹介した。
「彼はケット・シイのジョン。良く銀河鉄道に乗って彼の会社の商品を出張販売に来るんです」
シルクハットを手にしてジョンは頭を下げ、挨拶をした。
「皆様始めまして。我がソロモン社は銀河歴三百五十三年に月面居住地区に本社を置いております。他に火星や各宇宙居住区、地球の様々な時代に支社を置いております。各種商品を売っておりますので是非ともごらん下さい」
ジョンは高級ブランドのトランクを開いた。
お得意客であるマーリンは、広げられたトランクの中を見つめた。
「……そうだなあ。杖の手入れ油を一つと、白銀の弦を一つ、繰り返し羊皮紙を一枚、気体石鹸を一箱、透明インクを一個、妖精の蜂蜜を一瓶、特製のど飴を三袋、月刊メルキオールを一冊。あと、新しいカタログを貰えますか?」
「ええどうぞ」
ジョンはマーリンに冊子を渡した。
「あとはまた、カタログで注文します」
「ありがとうございました」
興味をそそられたアーサーが顔を覗かせた。
「へえ、面白そうだな。僕も何か買えるの?ブリタニア硬貨で買える?」
「ええ。そうですな……貴方には、これはどうです。ムテキニンジン。馬に食べさせれば、その馬は戦いでは絶対傷つかないし死にません。ファンタジエ沿線では人気の品です」
話を聞き、アーサーとランスロットは目の色を変えた。
「そりゃいい! 沢山くれ! 僕のスタリオンや他の奴らの馬に食べさせよう」
「本当にこれはいいですね」
アーサーは他にも、美しい角笛を見つけて買っていた。
「ご婦人方には……コスモローズ水はいかがでしょうか。肌が綺麗になりますよ」
エレインとグウェンフィヴァフが色めき立った。
「買う、買います!この腕輪と交換でいい?」
「私もこのネックレスと交換で!」
モルガンも面白そうに指輪を手にした。
「……へえ、面白そうね。私もこの指環と交換で買うわ」
やがて、商売を済ますとジョンはトランクを閉めて、再び駅のホームに立った。
「……それでは私はこれで……おや」
ジョンはモルガンを不思議そうに見て呟いた。
「不思議な栗色の髪。アトランティス人の髪色だ」
「え……?」
「海に沈んでしまいましたがね。イースの人魚達も不思議な髪色なんですよ。赤やら緑やら色々いますが……見たところドルイドの格好ですね」
ジョンはふむ、と呟きながら一束の弦を取り出した。
「沢山買って頂いたので、オマケです。そこの栗色の髪の……海の妖精のお嬢さんに」
「わ……私に?」
アーサーが「どういうものなんだ?」とジョンに聞いた。
「マーメイドの弦といって音楽家に人気の品です。海に沈んだアトランティスに住む人魚の髪の毛で出来ています。貴方ならアトランティスの力を引き出せるでしょう」
モルガンは弦を見つめて、大事そうに握りしめた。
「アトランティス……」
アーサーは微妙な顔で呟いた。
「おっと、汽車が出てしまう。それでは失礼」
汽笛が鳴り、ジョンは機関車に戻った。
車掌が警笛を吹くと、機関車はまた白い煙を吐いてゆっくり、段々速く走り出した。
機関車は線路に沿って海の中へと走って行った。
マーリンはまたツタにまみれた扉に鍵を掛け、皆それぞれ戻った。




