派閥
アーサーの王宮にランスロット、エレインが来たことで、ランスロットの故郷……アルモリカのベンウィック王国の騎士、それにエレインの故郷……ウェールズ地方のリスティノイス王国の騎士も集まった。そして、ペディヴィエールは彼らの力を測るために更に入団試験をする羽目になった。
兵舎に面した訓練場では、双子の騎士ベイランが文句を言っていた。
「円卓の騎士も一気に増えたな」
ベイランは言うが、隣の相棒からは何の反応もない。不思議に思ったベイランが片割れを見やると、ベイリンは何か深刻そうな顔付をしていた。
「おい。ベイリン。お前どうも変だぞ。女にでもフラれたのか?」
「……ベイラン」
「なんだよ」
ベイリンに神妙な顔で言われて、ベイランは眉を上げた。
「……俺、母上を殺した女への恨みが、ずっと腹の底にあった」
ベイランは「……ああ」と答えた。母が湖総巫女長ガニエダに殺されてから、ベイリンは強くガニエダを憎んでいた。ベイランは思いとどまるように言うが、ベイリンは仇を討つと言って聞かなかった。その、ベイリンが苦し気に言った。
「……どうにか抑えようかなって」
ベイランは不思議そうに、追い詰められた表情の双子の片割れ、ベイリンを見つめた。
「あいつのツラ見たら絶対殺すって思ってた。……でも。それじゃ、いけない気がして……それじゃいけないって思う。それでいいんだよな?」
ベイリンの台詞に、ベイランは仄かに口許に笑みを浮かべた。
「……ああ。思い止まれよ。絶対。……お前が何かやらかしたら、お前を止めるのは俺なんだからな」
「……そうだな」
新たにやって来た騎士らが訓練するのを見ながら、ベイリンは思い詰めたものがどこか吹っ切れたように呟いた。
アーサーはマーリン、ケイ、ガウェインと共に、円卓の間で円卓を見つめていた。
一気に加わったのは、ランスロットの親戚や兄弟のボールスにライオネルにエクトール・ド・マリス。 それにメロディア、ラモラックなど、エレインの兄弟達だ。
沢山の名前が光る円卓を、アーサーは感慨深げに見つめた。
「ずいぶん、集まったな。ランスロットの故郷、ベンウィック王国の騎士に、エレインの故郷、リスティノイス王国の騎士か」
マーリンがアーサーに頷き、ガウェインが思い出したように言う。
「リスティノイス王国の連中は、ランスロットにエレイン姫を助けて貰っただけに、ランスロットの下に付くつもりみたいです。俺んところも、あともう一人弟がいるんですよ。ガレスと言うんですが修行中で。来るように呼んでるんですけどね。あと、スコーティアのハイランドには最強とされるピクト族がいます。ゲール同盟では影として使っています。彼らも呼んでるので……その内、キャメロットに来ますよ」
「へえ。楽しみだな」
アーサーは気楽に言うが、マーリンは物憂げに悩んでいた。
楽天的なアーサーを見て、ケイが溜息を吐きながら言う。
「楽しみだけとも言ってられないぞ。まあランスロットとガウェインどちらが強いとか、どちらがアーサーと血が近いなど、ベンウィックやリスティノイスの連中と、スコーティアの連中とで、言い合いする奴もいたからな」
「ランスロット派とガウェイン派で、ちょっとした派閥が出来はじめていますね。……仕方ないですが」
円卓で輝く名前を見つめながらマーリンが呟いて、アーサーが受け答えた。
「……ランスロット派とガウェイン派か」
「あと、ベイリンベイラン達のようにどちらにも属さない派ですかね」
アーサーは溜め息を吐くと、よっこらせと立ち上がった。
ケイが「よっこらせとか爺くさいな」と突っ込む。
「ちょっとお腹空いたな。何か軽くつまみ食いでもしてこようかな」
「あ、じゃあ僕も」
アーサーとマーリンは席を立ち、ふらっと厨房に入った。
厨房では、炬人や使用人達に混じって、赤みがかった髪の男の子が、豚肉を刺した串を火で炙っていた。その男の子に、アーサーが声を掛けた。
「ねえ、君。苺の砂糖漬け食べたいんだけど、いいかな」
「あっ、アーサー王! ちょっと待ってて下さい。確かここの棚に……はい、どうぞ」
若い男は、愛想の良い笑顔でアーサーに苺の砂糖漬けが入った瓶を差し出した。
「うん。ありがと」
何故だかマーリンは、苺の砂糖漬けをくわえながら、ぽかんと若い男を見つめていた。
鍋をかき混ぜていた女使用人が忙しそうに、若い男に言った。
「はあ。忙しい。ほら、あんたのんびりしてないで」
女使用人に言われて、若い男は慌てて調理台に戻り、包丁を手にして肉を切り分ける作業に戻った。
「す、すみません!」
「全くこんな綺麗な真っ白い手で。今までまともに働いて来なかった手だよ、全く!」
「すみません……」
「ぼやぼやしてないで手を動かしな! 白い(ボー)手!」
「は、はい!」
アーサーは大変だなぁと思いながら、その若い男が料理をするのを見つめていた。
自分も、エクトールの城では料理など台所仕事をさせられたものだったと思い出して、アーサーは若い男を元気づけた。
「えーっと……その、頑張って。あ、そこの肉ひっくり返した方がいいよ」
「あっ、本当だ!」
若い男は焦って、豚肉を刺した串をひっくり返しに行った。
アーサーは、マーリンが間抜けに口を開いているのに気付いた。
「どうしたんだよ。マーリン。ぼけっとして」
「いや……ちょっと今の男の子が余りに似ているので」
「誰に?」
マーリンは言おうかどうか迷っていたが、言うことにした。
「……若き日のロト王に」
「……ロト王って、僕が戦った、今は亡きゲール同盟の盟主じゃないか。ガウェインの父親でモルゴースの夫の。彼がうちの城の厨房で働くわけないだろ」
変な顔をして言うアーサーを見て、マーリンも様々なことを振り返り、思い出して苦笑いした。
「……そうですね。いや……えーと。うんと。ああ。そうだそうだ。うん。そうだった」
「何一人で勝手に納得してるんだよ」
「いえ、おかまいなく」
マーリンにとっては既に知っている事柄なのだが、少し忘れてしまっていたのだ、
「ああ、僕もエクトールの城では良く厨房を手伝わされて、串に刺した豚肉をひっくり返してたものだよ」
若い男が串に刺した肉を焼くことに奮闘している姿を見て、アーサーはしみじみと呟いた。
モルガンは、最近は兵舎でメレアガンスに傷を負わされた兵達の傷の手当てをして、休み時間は食事も忘れて庭園で一人竪琴を弾き、歌うことが増えた。
聖母マリア被昇天の祝日のとき思ったように歌えなかったので練習に励んでいるらしかった。足元では猫のパルが欠伸をしていた。
アーサーの育ての母、フラブィラはモルガンの演奏が気に入ったらしかった。小さい白狼カヴァルの散歩がてら良く聞きに来て、モルガンは妙にそわそわしていた。
グウェンフィヴァフは花を摘むのが好きで、聖母マリア被昇天の祝日が終わっても、近くの花畑でリンドウや野薔薇など初秋の花を摘んでは、宮廷に飾るために篭に入れていた。
「初秋の花が増えてきたわね。ランスロット」
「……そうですね」
その日、ランスロットはグウェンフィヴァフのおつきで、一緒に花畑で花を摘んで、器用に花の冠を作っていた。エレインも勝手について来て、共に花摘みに励んでいた。
「グィネヴィア様! あちらに百合が咲いてました」
「あら本当。綺麗ね」
「次の聖ミカエル祭には、私も頑張ってお城に花を飾りますよ!」
エレインは沢山の花の首飾りを首に下げて、再び花の首飾り作りに励んだ。
やがて、暖かい陽射しの中で、グウェンフィヴァフらが花を摘んでいると、そこに馬に乗った小柄な騎士が通りかかった。
「すみません。ここはキャメロットでしょうか」
騎士に聞かれたランスロットは、少し警戒しながらも騎士に教えた。
「ああ、ここはキャメロットだが」
その言葉に、騎士はホッと胸を撫で下ろしたようだった。
「良かった。途中で迷って、いつの間にかスコーティアの方に行くところでした」
グウェンフィヴァフが「それは大変でしたね」と、騎士の方向音痴ぶりに苦笑した。
その騎士の様子がおかしいことに、ランスロットが気付いた。その騎士は、ちゃんと鎧を身に付けていないのだ。
「おや、鎧がガタガタいってますよ。具足もちゃんと締まってないし……」
騎士が一旦、馬を降りると、まともに取り付けられてない鎧がガチャガチャ鳴った。
恥かしそうに騎士が笑う。
「いや……実はその……鎧って着るのはじめてで。アーサー王の宮廷で騎士にして貰おうと意気込んで旅立ったはいいんですが、途中で、ある騎士に戦いを吹っ掛けられて。勝って、装備や馬を奪ったのはいいんですが、鎧の付け方がイマイチわからなくて……。脱ごうにも脱ぎ方も良くわからないし」
騎士の声に、エレインが反応した。エレインが驚いた顔で、騎士を見つめる。
「……その声……まさか……。パ、パーシヴァルお兄様?!」
「……え、……君はエレイン?!」
騎士が慣れない手つきで兜を外すと、気の強そうな眉に幼さの残る顔の褐色の髪の少年が現れた。エレインの顔がぱあっとほころぶ。
「やっぱりパーシヴァルお兄様じゃないですか!」
エレインはパーシヴァルに抱き付き、頬にキスをした。
「……あの、ご兄妹なのですか?」
聞いて来るグウェンフィヴァフに、エレインが喜び顔で頷いた。
「はい。でも数年前に、突然行方不明になって……」
エレインの記憶から比べると、随分と成長して背が伸びたパーシヴァルが、わけを話し出した。
「……ある女性に『妖精に自分の子を入れ替えられた。私の本当の子はお前だ』と言われて、俺はカーボネックの城から荒れ森に連れられ、育てられました。でも……円卓の騎士の噂を聞いて、いてもたってもいられず飛び出してきたのです」
「ああ、お兄様……」
思わずエレインが呟いた。パーシヴァルのそれまでの苦労を、ランスロットが労うように言った。
「そうか。……まあ、取り敢えず、鎧の脱ぎ方と付け方を教えてあげるよ」
「あ、ありがとうございます。あの……あなたは」
パーシヴァルが戸惑いながら聞くと、エレインが自慢げにパーシヴァルに答えた。
「ブリタニアで最高の騎士、ランスロット様よ」
パーシヴァルは一瞬固まると、まじまじとした目でランスロットを眺めてから、感激した声を上げた。
「ラ……ランスロット様?!」
「そうだけど……」
ランスロットが何気なく答えると、パーシヴァルは慌てて地べたに膝まずいた。
「エレインやグィネヴィア姫を助け出した話や、サー・ガウェインと手合わせして勝った話は耳にしております!」
ランスロットは驚いて「え? 何?」と、膝パーシヴァルにびくつき出した。
「ランスロット様、貴方は俺の憧れの存在なんです! どうか弟子にして下さい!」
「……え、えっと……取り敢えず、立ってくれないかな。あの、弟子でもなんでもいいから」
パーシヴァルがランスロットに弟子入り志願をしている様子を見て、グウェンフィヴァフが「ランスロット、モテる~」と笑う。エレインも、笑顔でパーシヴァルに言う。
「パーシヴァルお兄様。他のお兄様達もとっくに、ランスロット様の下で働くって言ってます。大丈夫ですよ。多分」
「そ、そうか」
パーシヴァルは立ちあがり、ランスロットは不思議に思ったことを聞いた。
「……えっと、パーシヴァルだっけ? ……馬には乗れるんだな?」
「はい。昔カーボネック城で父から習いましたから」
「鎧はつけられないんだな?」
「……そこまで習ってないもので」
「でも、その鎧と剣と馬は、他の騎士と戦って奪ったんだな」
「はい。あんまり強い奴じゃなかったです」
ランスロットはパーシヴァルをじっと見つめた。どうやら、騎士として鎧の着方や作法などの様々な形式ばったことは未熟だが、その強さは確かなようだった。
「……まあ、まずカールレオン城で入団試験を受けてくれ」
「あ、はい。わかりました」
だが、まずランスロットは鎧の着方脱ぎ方をパーシヴァルに教える必要があるようだ。
ランスロットは、鎧を指差しながら言った。
「えっと……仕方ないな……。じゃあ鎧の脱ぎ方だけど……」
「あ、ありがとうございます!」
パーシヴァルは感激しながら叫んだ。
「いや、叫ばなくていいから……」
その後、赤いマントを靡かせ、ひたすらランスロットを追い掛け、ときにランスロットの具足を懐に入れて温めるパーシヴァルの姿が様々な人達の目に映るのだった。
その頃。スコーティア、高地と呼ばれるハイランドのリオネス城では、タルロク王が手紙を見つめながら息子、トリスタンと話していた。
「ゲール同盟盟主の息子ガウェインが、わしにアーサー王の宮廷に一度来るように言う。アーサー王からも、行事の招待状を貰い受けている……まあ行事には出席するが。ウルフィウス卿からは、お前を修行がてら、一度コーンウォールの城主マルク王に仕えさせるよう話がきている。……どうするか。本来、コーンウォールはゴーロイス公の末娘、モルガン姫の城らしいがな。どうする? トリスタン」
アッシュブロンドの騎士トリスタンは、目を輝かせてはきはきと答えた。
「……父上。俺がコーンウォールを、そのマルクという王からモルガン姫の手元に戻すように仕掛けてみましょうか」
「余り派手なことはするなよ」
「……フェルグスとブーディカ兄妹がいるから大丈夫ですよ」
トリスタンはアッシュブロンドの髪を揺らして不敵に笑った。
「行くぞ。フェルグス、ブーディカ」
トリスタンの影、天井から「はい」と応える声が響いた。




