円卓の騎士団
聖母マリア昇天の日を迎える前頃。カールレオン城には牛車が引く輿の行列が城門の前で止まり、輿の中から、金蘭織りのドレスを着たグウェンフィヴァフは、乳母のアグネスを連れて、何の感慨もなく、カールレオン城を見上げて呟いた。
「……ここが、ブリタニアを統べる王、アーサー王の宮廷」
そして、王座の間ではベイリンとベイランとケイが、肩を並べて立ち、玉座に坐るアーサーの傍には、いつものように幼い姿のマーリンが、樫の杖を突いて控えていた。
アーサー王の眼前。
一同は、かしずくグィネヴィア姫と、物静かに下がっているモルガン、それに羊皮紙の手紙に目を通すアーサーを見やった。
更に、脇にはニヤリと笑うウルフィウス。首を振るブラスティウス、何を言っていいかわからないボードウィン。何も言わないぺディヴィエールが控えている。
ベイリンとベイランの双子は、ケイを挟んで耳打ちをした。
「なあ、どーいう状況なの、これ?」
「もしかして修羅場?」
ケイは「黙って聞いてろ」と双子を叱った。
マーリンの頭に乗ったフクロウのピュタゴラスが、咳払いをして、マーリンが説明する。
「えー、つまり要約すると、『カメリアード王国のレオデグランス王としては、既にブリタニア王国のウルフィウス卿とずっと昔に約束した事なので、グィネヴィア姫を贈って寄越す次第である。預かっていた円卓は返すが、持参金は結婚が成立したら払う』ということです」
一同は、皆、グウェンフィヴァフを見つめた。
グウェンフィヴァフは金蘭織りのドレスの裾を持ち上げて、丁重なお辞儀をした。
「私、カメリアードのグウェンフィヴァフと申します。皆からはグィネヴィアと呼ばれています。どうぞ宜しくお願いします」
グウェンフィヴァフは、幼いのに、どこか妖艶な笑みを浮かべた。
瞼を伏せて、皮肉げに笑っていたのだ。
(……まるで物ね。物のやり取り。(慣れているけど……。……何で、あの夢が頭によぎるのかしら)
ベイリンが、こっそりとケイに耳打ちする。
「結婚すんの?」
「決まったわけじゃない。婚約者として送りつけられただけだ」
ベイランは、何となくつまらなそうな表情のグウェンフィヴァフを見て、口を曲げた。
「なんか、あのお姫様も可哀想だな」
そう言って、双子は、肩をすくめた。
その後、カールレオン城の大広間には、切り分けられていた石製の円卓が運び込まれ、組み立てられて設置された。円卓は、ウーゼル王の時代、マーリンがヒベルニアにある巨石墓 の一部を切り取ってこしらえたものだったが、ウーゼル王が死んだ後はカメリアード王国に預けていたのだ。つまり、グィネヴィアの嫁入り道具だった。
アーサー、ケイ、ベイリン、ベイランが、円卓を見つめて「おおー!」と歓声を上げる。
「円卓だ! 円卓!」
ベイリンとベイランが声を上げて騒ぎ、アーサーは円卓をまじまじと見つめて喜んだ。
「へー! あ、僕の名前が彫られてる!」
「お、俺らの名前もある!」とベイラン。
円卓を前にしてマーリンも嬉しそうだ。
「円卓の騎士。運命に選ばれた者達。それぞれ、その席の主の名前が彫られています。主である騎士が現れると光り、主の命が失われれば名前も薄れます。あと、危険の席もありますから注意して下さい。その席の主以外が座ると死にます」
ベイリンが「ふーん」と頭の後ろで腕を組み、フクロウのピュタゴラスがマーリンの肩で「円卓の騎士のう」と、賑やかに騒ぐ一同を後ろから見つめていた。
だが、ケイが円卓を見て首を傾げる。
「でも、ヒビが入ってるな。こことここ……二ヶ所だ」
「本当だ」
ケイが指差す先には、確かにヒビが入っていた。
二ヶ所、向い合うように、端から中心へとヒビは深く円卓に刻まれていた。
アーサーは円卓を見て、何だかどこかで見たような、とても懐かしい気持ちになって、円卓を撫でた。
「何だろう。なんだか凄く懐かしい気がする。夢に見たような……」
確かに、アーサーはロンディニウム教会に出立する前、荒れ森のカエール・ガイ城で、ヒビが入り、割れてしまった円卓の夢を見ていた。
「ヒビが入ってるのは二ヶ所。主の名は……ランスロットと……モルドレッド」
アーサーが、ヒビが入っている箇所に刻まれた名前を読み上げると、マーリンもヒビが入っている円卓の所持者の名前を、気難しそうな表情で見つめた。
「……何れ時が来れば、それぞれの席の主が現れますよ」
「……まあ、何はとにかく」と、ケイが手を叩く。
「これで円卓の騎士って言えるわけだな」
アーサー王も、喜んで頷いた。
「ああ。円卓の騎士団の誕生だ!」
その頃、カールレオン城の柱廊を、モルガンが地味なドレスの裾を引き摺りながら、グウェンフィヴァフを案内していた。
自分の部屋に程近い、客用に置かれていた綺麗に整った部屋に、モルガンは通した。
「私も、この城に来て余り長くないのですけれど。この部屋があなたの部屋だそうです」
「そう」
グウェンフィヴァフはつまらなそうな表情で言うと、髪が他の女に比べて、肩までしかないモルガンを不思議そうに振り返った。
「あなた、何故、髪が短いの?」
「……えっと。その、髪を、暖炉の火で焦がしてしまって」
髪が何故短いのか聞かれたときに、決ったように言う嘘をついて、モルガンは笑った。
グウェンフィヴァフは「ふうん」と言うと、興味を失くしたようだった。
「服を脱がせて。湯浴みをして着替えたいわ」
モルガンは一瞬、何を言われたかわからず「え?」と聞き返した。
「あなたは侍女でしょ? 地味な格好だし。違うの?」
モルガンは溜息を吐いて苦笑いした。確かに、地味な色のドレスばかり好んで着ているし、侍女に間違われても仕方がない。
「……いいわ。わかった」
モルガンはそう言うと、城の侍女に言って、錫のタライを運ばせ、水と焼け石を運ばせて薔薇の花弁を散らした湯を張った。薔薇のかぐわしい香りが、湯気と共に辺りを包み込んだ。
グウェンフィヴァフは、婚礼用に着飾った重い金蘭織りのドレスを脱ぐと、そっとタライに張られた湯に浸かった。
そして、気持ちが良さそうに、湯を身体に掛ける。
モルガンは清潔な白い布で、グウェンフィヴァフの身体を拭いてやった。
つい、モルガンはグウェンフィヴァフの美しい容姿を、まじまじと見てしまうのだった。
(……白金色の綺麗な髪。睫毛も長いし、美少女ね。何だか我儘そうだけど))
やがて、グウェンフィヴァフは緑色の瞳に憂いを讃えて、長い睫毛を伏せ、ぽつんと言った。
「私……邪魔みたいね」
モルガンは、驚いてグウェンフィヴァフを見つめた。
「そんな空気だった」
やがて、モルガンはグウェンフィヴァフの身体に、幾つもの痣がついていることに気が付いた。モルガンが痣を見て驚いていることに気付いて、グウェンフィヴァフは口許に小さく笑みを浮かべた。
「気にしないで。この前、階段から転げ落ちたのよ」
「……グィネヴィア姫。顔には、傷一つないのね」
「……売り物だもの」
モルガンは何も言えず、無言で、グウェンフィヴァフの体をお湯で洗い、拭くと、他の侍女に言って、部屋から小さい小瓶を持って来させた。
木綿の布に小瓶から薬液を振り掛け、滲ませると、グウェンフィヴァフの痣に張り付け、更に白い木綿の布で、その小さな身体に巻いていった。
「あなた、医術に詳しいのね。そういう侍女がいると聞くけど」
「彼女達は、古の民の血を引く者達だわ」
だが、グウェンフィヴァフは眉をひそめる。
「魔法や魔女は、良くないって神父様に習ったわ。古の民やドルイド教は、父上の領地を度々脅かすし」
「……そう」
モルガンは何だか悲しい気持ちになった。
グウェンフィヴァフは「……でも」と溢した。
「何?」
「……何だか良くわからない。それに変な夢を見るの。その夢を見ると、自分がただの馬鹿にしか思えないの」
グウェンフィヴァフは、辛そうな表情で自分の痣を手で隠すように抑えた。
「何の力もない、ただの頭の悪い女」
そして、グウェンフィヴァフは、ほうっと息を吐き出すと、悲し気に笑い、モルガンに振り返った。
「……何だか疲れちゃった。少し寝てもいいかしら」
モルガンは戸惑った表情だったが「ええ」と、グウェンフィヴァフに手当をしながら困ったように笑った。
「夕食どきには使いが来るわ」
「……私、何であなたにこんなこと、言ってるのかしら。ただの侍女なのに……」
グウェンフィヴァフは白金色の髪をお湯で濡らしながら、悲し気に微笑んでいた。
グウェンフィヴァフの部屋の扉を閉めると、グウェンフィヴァフ付きで一緒にカメリアードからやって来た、アグネスという乳母が立っていた。
「……グィネヴィア様が申し訳ありません。アーサー王様の御姉妹、モルガン様でらっしゃいますね。侍女扱いなど……どうかご無礼をお許し下さい」
モルガンは「いいえ」と首を振って笑った。
「……もしかしたら、自分の身体に傷があることを、見せるためだったのかも知れませんね」
アグネスは驚いた表情でモルガンを見つめた。モルガンは、先程グウェンフィヴァフを手当てした部屋を少し振り返りながら話す。
「彼女は、私をこの城の侍女だと思って、湯浴みをさせました。侍女は噂好きですから……。宮中で、身体が傷まみれだと噂されれば、結婚話が無しになる……。不良品と突き返されるだろうって、思ったのかも知れません」
アグネスは口を手で覆って「何故……」と衝撃を受けていた。
モルガンは苦笑いした。
「私も似たようなものですから。……私は彼女の立場が凄く羨ましいです……凄く。けど、何故こんなに傷が……」
不思議そうに言うモルガンに、アグネスは沈んだ表情で話した。
「グィネヴィア様の、お兄様のしたことなのです……」
やがて、夜の帳が降りて、夕食の時間となり、グウェンフィヴァフは手厚くもてなされた。広間のテーブルには焼けた猪の頭が載った銀盆が、使用人の手で乗せられた。
婚礼の儀式については、アーサーは話に触れなかった。
アーサーは、その日の夜、幼い頃の夢を見た。
湖水地方のカーライル城に、実の父ウーゼル王がやって来たときの記憶だった。
幼いアーサーに、ウーゼルが背を向けたまま話す。
「アーサー、お前は王位を継ぐ身だ」
アーサーは、またこの話かと辟易した。
ウーゼルはアーサーを見ても、王位を継ぐ存在としてしか扱わず、王位とは何たるか、そういった話ばかりをしたからだ。
「王の座にいるということは、大きな責任と重圧、それに孤独がつきまとう。今のお前にはわからないだろうが、いつかわかる日が来る」
ウーゼルはアーサーを見ず、どこか遠くを見つめていた。
「私がイグレインを求めたこと。人恋しさに焦がれたこと。この座につけば、お前も私のことを理解するときが来る。きっとな」
それは、ウーゼルがアーサーと話した、数少ない父子らしい会話だった。
アーサーは、カールレオン城の自室のベッドの上で、ふっと目を覚ました。
朝の日差しが、窓から差し込んでいた。
ログレス王国、王都キャメロットの中央広場には、木の立て看板が立てられ、そこには騎士団員募集のおふれが貼られていた。
噴水がある中央広場に面した酒場では、昼間から酒を煽る男共が、おふれについてあれやこれやと話していた。
例のおふれのせいで、今、キャメロットにはブリタニア中から騎士やならず者やらがたくさんやって来ていて、夏にけぶり立つ土埃の匂いと、男達が醸し出す汗や、酒の匂いが辺りに満ちていた。街中も酒場の中も、人が多くざわめいていた。
「アーサー王が騎士団員を募集してから一週間か」
酒場の主人がカウンター内で、幾つか並んだ木製の杯に大麦酒やら蜂蜜酒やら、葡萄酒やらを入れながら溜息を吐いた。
「どけよ、おらぁ」
「邪魔だっつってんのがわかんねーのか!」
酔っ払ったならず者が、他の客にいちゃもんをつけていて、相変わらずの盛況だ。
「どこの宿屋も酒場も、入団テストを受けに来た奴でいっぱいだな」
「店が繁盛するのはいいが、困った客も増えたなあ」
酒場の主人が首を振って、カウンター席に座っていた常連客も、他の席で酒杯を手に大声で笑っている騎士や、ならず者らで賑わっているのを見て、肩を竦めて大麦酒の入った杯を煽った。
ブリテンの北方。寒風が吹くオークニー諸島、カークウォール城では、モルゴースは執務室で蝋封された手紙を読んで、息子達を呼んだ。
並んだ息子達の前で、モルゴースが手紙を見せながら言う。
「……グウィアルに代わり、ゲール同盟の盟主として……休戦条約を結ぶためにアーサー王の城へ出向くことになったわ。貴方達もいらっしゃい。ガレスは修行中でいないから;…貴方達三人だけよ。アグラヴェイン、ガヘリス……それに……ガウェイン。私の息子達」
モルゴースは育った息子達を順番に見つめた。
三人とも、父のグウィアルに似て赤味がかった髪で緑色の瞳だった。
モルゴースは、その中でも一番背が高い長男ガウェインを、申し訳なさそうな顔で見た。
「ローマから帰って来たばかりなのに悪いわね、ガウェイン」
ガウェインは「いいえ」と首を振った。
「私はどっち道、アーサー王に仕えるために育てられましたから」
モルゴースは辛そうな表情で溜息を吐いた。
「貴方達を差し出さなきゃいけないなんてね。ガウェイン、傍で育てられなくてごめんなさい」
三男ガヘリスは、何か文句を言いたげに、モルゴースとは視線を合わせずそっぽを見た。
次男アグラヴェインが、悔し気に拳を握る。
「母上。私はブリタニアに仕えますが、父上を殺された無念は忘れません」
ガウェインは眉をしかめて、アグラヴェインを見、複雑そうなモルゴースを見た。
「……父上を殺したのは、ペリノアという男でしょう。そうですよね、母上」
モルゴースはガウェインの真剣な表情を見上げた。
「……ガウェイン?」
ガウェインは心を決めたような表情だった。
「私は父上を尊敬しています。けれど、アーサー王にも忠誠をもって仕えるつもりです。母上にとっては裏切りでしょうか。……でも、母上……私は……」
ガウェインは一呼吸置いて、口を開いた。
「父に手を下したペリノアを許さないつもりです。絶対に私が殺します」
モルゴース、アグラヴェイン、ガヘリスは驚いてガウェインを見つめた。
アグラヴェインが「兄上……」と呟くが、ガウェインははっきり言い切った。
「ペリノアは、私には父を倒した仇でしかありません。お許しください、母上」
その数日後、カールレオン城の兵舎に面した訓練所には、白い天幕が張られ、我こそはブリタニアの騎士にならんという騎士達が集まって行列をなし、書官が鷲ペンで羊皮紙に名前を書き連ねていた。ペディヴィエールとブラスティアスが、書官の隣で騎士達を案内する。
模擬試合をして、騎士や兵士希望の戦士達の力量を見なければならない。傍の競技場ではベイリンとベイランが力量をはかって騎士や兵士を選ぶために、槍を抜いて模擬試合を行い、参加者の相手をしていた。
「入団希望者はこの紙にサインを書いてくれ」
ちょうど、髪が赤茶けて大柄な男、ガウェインと、小柄な黒髪の男が、肩がぶつかった。
「おっと、わりい」
「こちらこそ」
そう言って行列に並ぶ小柄な黒髪の男の後姿を、ガウェインが見つめた。
女みたいに綺麗な顔立ちだったからだ。
だが、すぐに気を戻して、自分も行列の後に並んだ。
カールレオン城、ドラゴンの彫刻が施された柱が立つ王座では、アーサーが、テンの毛皮で縁どった青いガウンを羽織って、早速、皆と話し合った政策を、膝を付いて臣下の礼を取る臣下達に指示していた。
「とにかく、ローマ街道や主な道は、矢が届く範囲は草を刈り取って。旅人を襲うゴロツキ達は全て倒して、死体は道の脇に積んでおけ」
だが、そんなアーサーの元に、マーリンが息を切らせて駈け込んで来た。
「どうしたんだよ、マーリン。珍しく、そんなに息を切らせて」
マーリンは、普段と違って少し動揺した表情で、アーサーに今しがた到着したばかりの客の到来を、報告した。
「アーサー! 姉君のモルゴース様がご来城です!」
アーサーはマーリンに言われて、眉根を寄せた。
「モルゴース?」
「はい。貴方の母イグレインの娘で、ゲール同盟の盟主、ロット王の奥方です。今は臣下です」
モルゴース。父違いの姉だ。そして、アーサーが負かしたゲール同盟の名主の妻。
アーサーは右手を口許に当てて考えた。
「……そうか。せっかくだからモルガンも呼ぼう。姉妹同士、積もる話もあるだろう」
やがて、騎士に案内されてやって玉座の間にやって来たモルゴースは、紫のマントを羽織り、黒いダマスク織りのドレスを着ていて、他の者達と同じように、臣下の礼を取った。
そして、後ろには二人の、赤茶けた髪の少年を控えさせていた。
どちらも、少し生意気そうな顔で、モルゴースに続いて臣下の礼を取っていた。
モルゴースは、アーサーにかしづきながら、自分の子供達を紹介した。
「アーサー王様。お初にお目にかかります。私はモルゴース。御存知でしょうが、アーサー王様、貴方にとっては父違いの姉ということになります」
そう言うと、モルゴースは後ろに控えている、二人の赤茶けた髪の少年を紹介した。
「こちらは次男アグラヴェイン。三男ガヘリスです。他に長男と四男がおりますが、四男は修行中で今はおりません。長男は長くローマ育ちで……。我がオークニーの城に帰って来たので共に参った次第ですが、用があるとかで、後から王様に顔をお出しするとのことです。ご無礼をお許しください」
アーサーは「そうか」と微笑んで返した。
「楽しみだな。その内に顔を出すだろう」
モルゴースは「……ところで」と続けた。
「妹のモルガンが、こちらにいると聞いたのですが」
アーサーは「モルガン」という声に、表情を変えた。
「ええ。呼びに使いをやっているのですが…。全くどこにいるんでしょうね」
アーサーの顔に柔和な笑顔が浮かんでいるのを、モルゴースは見止めて不思議に思い、怪しんだ。
(……この男。いえ、考えすぎね。幼少時はモルガンと共に過ごしたと聞くし……)
モルゴースは右腕に手を沿えた。袖の下には、黒い蛇の刺青があった
兵舎に面した楕円形の競技場では、新しい円卓の騎士や兵士を募って、模擬試合が行われていた。ちょうど、黒髪の小柄な男が、槍を手にしたベイランを圧倒的な強さで負かしていて、剣をベイランの咽喉元に突きつけたところで、審判であるペディヴィエールが銀の片腕で、勝負を止めた。
「それまで!」
審判のペディヴィエールも、見守っていたブラスティアスも、驚いた表情でその、小柄で黒髪の男を見つめた。
その男は、整った顔立ちで、紫のマントを風に靡かせ、汗も掻かずに女みたいな笑顔で笑った。
「僕の勝ちですね」
ベイランは汗だくで悔しそうに唸っていた。
「畜生! 何だこいつ!」
玉座の間では、アーサーの傍に、ケイとマーリンが立って執務を手伝っていた。
マーリンの肩では、いつも口出ししてくるフクロウのピュタゴラスは寝息を立てている。
立派な官臣用のローブを着たケイが、アーサーにモルゴースの息子達について耳打ちをした。
「モルゴースの息子……次男アグラヴェインと三男ガヘリスは、この城に残って騎士団の入団試験を受けるらしい」
アーサーはそれを聞いて、瞬きをした。
「ゲール同盟盟主、スコーティア国王ロトと姉の息子達か」
マーリンが「そう言えば」と愉快そうな顔で口を挟んだ。
「入団試験と言えば、先程報告がありましたが。我が城の騎士全員を負かした大型新人が、二人もいるらしいです。連戦連勝だと」
アーサーは驚いた顔でマーリンを見つめた。
「全員を?!」
「ええ。明日、その二人を対決させるとか。見に行きませんか」
「ああ、是非」
嬉しそうに話すアーサー達の横では、宮中の婦人達が扇子を広げてコソコソ話し、ボードウィン卿を捕まえて何か訴えていた。
婦人達に押されて、ボードウィン卿が困り顔で、アーサーに聞いて来た。
「あの……失礼ですが……。アーサー王様とモルガン様は、どういう関係なんですか?」
「は?」
アーサーは、一瞬、何を言われたのかわからなくて、怪訝な表情でボードウィンを見た。
ボードウィンも、仕方なくといった顔で、笑った。
「その……。アーサー王様とモルガン様が、危ない関係ではと宮中で噂になってるようで」
そう聞いて、アーサーは顔を真っ赤に染めて必死に否定した。
「……な、なっ! あ、危ない? 有り得ない。姉妹だぞ。大体、同じ姉妹でもモルゴース妃の方がずっと美人だし好みだ」
それを聞いて、ケイは「あー」と、視線をアーサーからその傍ら、赤いドラゴンのタペストリーの横に移した。マーリンも「あー」と唸って、気まずそうに、ケイと同じ方向を見つめる。
アーサーが「ん?」と、怪訝そうにケイとマーリンの視線の先に振り返ると、モルガンが呆然と立っていた。
タペストリーの横にはちょうど、モルガンがやって来ていたところで、モルガンは、ショックを受けた表情でその場から、脱兎の如く走り去ってしまった。モルガンは涙を浮かべていた。
マーリンは「追い掛けたらどうですか」とアーサーをけしかけ、ケイも頷いた。
「公務は今日は終わりでいいぞ。大体済んだし」
「……うん」
モルガンが気になったアーサーは王座から立ち上がると、重いガウンを羽織った状態で、モルガンを追って走り出した。
マーリンの肩では、フクロウのピュタゴラスが目を覚ますところだった。
「……ん? 何じゃ。わしが寝てる間に、何があったんじゃ」
ケイは「修羅場」と言い、マーリンは「青春です」と評豹とした顔で言った。
城内では、アーサーが焦って走りながら、侍女に話し掛けていた。
「ちょっと、モルガン見なかったか?」
調理場に向かっていた侍女は「モルガン様だったら中庭の方に」と言い、アーサーは「サンキュ」と再び走り出した。
カールレオン城の中庭では、ちょうど薔薇園の薔薇が美しく咲き誇っていた。
そのむせるような薔薇の香りの中で、モルガンは、泣きじゃくっていた。
(何よ……。あそこまで、言わなくてもいいじゃない。何も皆の前で……。そりゃ、モルゴースお姉様は美人よ)
そんなモルガンに、先程まで競技場で模擬試合をしていた、赤茶けた髪の大柄な男が話し掛けて来た。
「お嬢さん。何故、泣いているのですか?」
「?!」
モルガンは驚き、振り返った。肩まで伸ばした赤茶けた髪、緑の瞳に、随分と背が高い、緑のマントを羽織った男が、心配げな表情でそこに立っていた。
男は、傍で咲いていた赤い薔薇を摘み上げて、モルガンに手渡した。
「ふむ。泣いている顔も可愛いけど、俺は君の笑顔が見てみたいな」
「わ、私可愛くなんか…!」
「いいえ」と、男は歯を光らせて笑った。
「凄く魅力的ですよ。涙に濡れたつぶらな瞳に、薔薇色の唇。誰に泣かされたんですか? 罪深い奴だな。良かったら、私が仇を討って……」
モルガンは、顔を真っ赤にして視線を反らした。そして、そのあとで酷く驚いた顔をした。
男は不思議そうに「ん?」と、モルガンの視線の先を追った。
男が顔をそちらに向けると、剣呑な顔をしたアーサーがいた。
テンの毛皮で縁どられた青いガウンを纏ったアーサーを見ても、男は王だと思いもしない。
「あー、泣かせたのは私だが、何だ? まあ、ここは私の国で、私の城だがな」
と、アーサーが言うものの、男は舌打ちをした。
「ちっ。いいところだったのに、無粋な奴だな。大体、土地の主だから、婦人を泣かせていいわけじゃねーだろ……ん?」
男は、アーサーが言った言葉を反芻した。
「この国の主で……この城の主」
口許に手をあてて、男はアーサーに聞く。
「この国は」
「ブリタニア宗主、ログレス王国」
「この城は」
「カールレオン城、首都はキャメロット」
男は、薔薇を片手に、言葉を止めて暫く沈黙した。
モルガンも苦笑いして、男を庇う。
「この人は、私を慰めてただけよアーサー」
「いや、口説いてたろ」
男は、ようやく相手が誰だか思い当たると、すぐ様、片膝をつき臣下の礼をとった。
「失礼しましたぁー! し、しかし王、申し上げます。ご婦人を泣かすなどドーバー海峡より深い罪だと」
アーサーは半目で、自分より背が高い赤茶けた髪の男を見上げた。
「おい。お前、名は」
男は「はっ」とかしこまって、自分の身分と名を名乗った。
「私は、スコーティア国王ロトとモルゴースの長男。ガウェインと申します。モットーは全ての婦人に愛をばら撒くことです」
アーサーは「ああ」と納得した。ガウェイン。この男は、モルゴース妃とロト王の長男だ。
「お前がそうか。一体何してたんだ?」
ガウェインはかしこまったままの状態で言った。
「早速入団試験を受けていました」
アーサーは、もしかしてと、目を輝かせてガウェインを見た。
「じゃあ、もしかしてお前か! うちの騎士、僕とケイ以外全員倒した大型新人ってのは」
「ああ。あともう一人いて、明日対決することになっています。綺麗な顔だけど相当の手練れですね。……えっと。あの、失礼ですが。彼女とアーサー王様のご関係は?」
アーサーは(またこの質問か)と溜息を吐いた。
「姉妹のモルガンよ」
モルガンとアーサーは、どちらも少し沈んだ顔をした。
ガウェインはこの二人の間に漂う微妙な空気を読んで「ふむ」と頷いた。
「まあ、俺にわからないことが多々あるのでしょう」
腕を組むガウェインに、アーサーは首を掻きながら言った。
「ないよ、別に」
「ん……ちょっと待てよ。アーサー王は俺の叔父で、モルガン様は俺の叔母だ。あれ? 俺は叔母を口説いて……ぎゃぁー!」
ガウェインは一人で勝手に、頭を痛めていた。
アーサーは「三等親以内は全ての女に入らないようで良かったよ」と笑った。
そのあとで、モルガンを見た。
「モルガン、あの…」
アーサーはちらと見ると、またしても微妙な空気を見事に読んだガウェインは、軽く礼をしてモルガンにウインクをして下がった。
アーサーは「……えっと」とどもった。
王妃の部屋では、グウェンフィヴァフが、掘りが深い細窓から、外の景色を見つめていた。
「何だか騒がしいわね……」
カメリアードから運んで来た櫃から衣服を整理していたアグネスが、グウェンフィヴァフに教えた。
「何でも、とても強い騎士が、二人入団試験に現れたとか」
グウェンフィヴァフは「そう」と小さく呟いた。
「円卓、円卓って、私は円卓のオマケね」
円卓の間では、それぞれ円卓の縁のところで、それぞれの席の持ち主の名が……ガウェイン、アグラヴェイン、ガヘリスの文字が光る。
そして、ヒビが入った箇所で、うっすらとランスロットの文字が光り出した。




