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竜の血

カールレオン城があるログレス王国、グゥイネズの王都では、人々がこの王都の新しい名前となるらしい『キャメロット』という言葉が引っ切り無しに使われていた。

 大通りで、はたまた市場通りや職人通り、裏通りで、行き交う人々が『キャメロット』と口々に話した。

「アーサー王が、都をキャメロットと名付けるってさ」

「王都キャメロットかー」

「いい名前だな」

 カールレオン城の中庭では、アーサーが、午後の揺れる陽射しを木々の葉の間から受けながら、林檎の低木の枝にぼんやり腰かけ、林檎をかじりながら本を捲っていた。

 小さい頃から良く読んでいた本だ。部厚い革が張られ、中身はラテン語で、ローマの騎兵や、スキタイの騎士団など、様々な騎士の姿が描かれた絵入りの本だった。

 多分、エクトールの城にやって来たとき、マーリンが別れ際に渡してくれたものだったのだと思う。アーサーにとっては大事な本だ。

足元には白い狼カヴァルがちょろちょろと歩いていて、そこを猫のパルを連れたモルガンが通り掛かり、話し掛けて来た。

「何の本を読んでいるの?」

アーサーは目を上げると、再び視線を本に戻した。

「ローマや、スキタイの騎士団について」

アーサーの足下で、白い狼カヴァルが「きゃん!」と鳴く。

カヴァルは、カールレオン城にフラヴィラが一緒に連れて来た。

ロンディニウム教会に出立する前に比べると、カヴァルも少し大きく成長していた。

「その子は?」とモルガンが聞いて来たので、アーサーは答えた。

「うちのペットのカヴァル。今は義母(かあ)さん……僕を育ててくれた義母(かあ)さんのフラヴィラが、面倒見てる」

「可愛い犬ね」

「いや、犬じゃなくて狼」

アーサーが猫じゃらしを摘んで振ってみると、モルガンの腕に抱かれた猫のパルは、つんとそっぽを向いた。

「……可愛くないなー。この猫。僕を敵視してない?」

「苛めるからよ。よしよし。可愛い、可愛い」

パルは「にゃー」と、モルガンの手に顔をすり寄せて鳴いた。

無視されたアーサーは、猫じゃらしを捨てた。

「ふふふ……可愛くない」

白狼カヴァルの鼻に、モルガンの飼い猫、パルが鼻をつけて挨拶をする。

「こっちの二匹は仲良しみたいねー」

 モルガンはそう言って、二匹を撫でた。

そこへ、フクロウのピュタゴラスを連れたマーリンがやって来て、ピュタゴラスが、モルガンの飼い猫パルを差して言った。

「その子は、魔獣ヘンウェンの七匹の子供の一匹、魔獣キャス・パリーグじゃな」

モルガンが、吃驚してピュタゴラスを見つめたので、アーサーは眉を上げた。

「湖の巫女の君でも、喋るフクロウは珍しいんだね」

「えっと」

マーリンは肩に乗った、丸眼鏡を掛けた目つきの悪いフクロウのピュタゴラスを、モルガンに見せながら紹介する。

「彼は、森の賢者ピュタゴラス。パルは魔獣……魔物だという話です」

だが、魔物と呼ばれた、猫のパルは今はモルガンの膝の上で「にゃーん」と鳴き、前足で顔を洗っている。

モルガンは「……でも」と続けた。

「本来、この子は小さくて大人しいんです。……あの森で、池の水を飲ませたら急におかしくなったんです」

「池の水?」

 マーリンに、モルガンは小さく頷いた。

「おかしいって思ったんです。その池に近付いたら……母の形見の首飾りが、黒く光るし……」

 モルガンはそう言って、黒い服の中から、半分だけの蛋白石の首飾りをマーリンに見せた。

 アーサーも、服の中からもう半分の蛋白石の首飾りを取出した。

「首飾り……これかな? そういや、たまに光るんだよな。白だけかと思ったけど、黒くも光った」

マーリンは、二つに分かれた蛋白石の首飾りをそれぞれ見つめて、アーサーとモルガンに首飾りについて語り出した。

「その首飾りは色々なことを教えてくれます。白なら運命、黒なら闇の力を。他にも色々…まあ、その話は今は置いておきましょう」

マーリンの肩で、フクロウのピュタゴラスが眼鏡を光らせながら言った。

「魔獣は哀れな存在じゃ。罪もないのに罪の獣とされる。間違って闇の魔法樹の、葉や実や、樹液が染み込んだ池の水を、飲んだだけなのに」

アーサーは蛋白石を見つめていた顔を上げ、瞬きして、ピュタゴラスに聞いた。

「闇の魔法樹?」

「近くに、闇の魔法樹があるのかも知れません。モルガンは、乙女の城の授業で習いましたね」

マーリンの問いに、モルガンは「はい」と答える。

「乙女の城って? モルガンが確か、小さい頃連れてかれたところだよね」

 聞いて来るアーサーに、モルガンは頷いた。

「私達、湖の巫女の養成機関よ」

 マーリンが一つ、咳払いをした。

「この世界テハイ・ブラセルは魔法樹により支えられています。魔法樹はオーク、トネリコ、ブナなど様々な樹の突然変異で、魔力を持ちます。ドルイドや湖の巫女達は、魔法樹の枝を杖にして、魔法を使うんですよ」

 マーリンに次いで、モルガンもすっかり大人しくなった飼い猫、パルを撫でながら言った。

「闇の魔法樹は、強い怨念を持ちながら死んだ、竜の死骸などを養分に生える、呪いの樹だと習いました」

 マーリンが「ええ」と相槌を打つ。

「闇の魔法樹の近くの池や、怨念を持ちながら死んだ竜の血痕自体も、呪われた池、湖になります。その水を飲んだ獣は魔獣になり、人も理性を失います。川は海を循環しますから、その間に清められますが……」

「この猫は、どこで拾ったんだよ?」

 モルガンは、膝の上で丸まっているパルを見つめた。

「私があちこち旅をしているとき、光る泉を見つけたんです。その傍にいました」

 マーリンとアーサーは声を合わせた。

「光る泉?」

 フクロウのピュタゴラスも、興味深げに眼鏡を羽根で持ち上げた。

「光る泉とな?」

「はい。アヴァロンの近くにあります。この子はそこにいました。家族もいないようなので、この子をペットにしました」

 魔獣キャス・パリーグは、今はモルガンの膝の上で、大人しく撫でられている。

 マーリンは神妙な顔で呟いた。

「……モルガン、そこへ転移呪文を使えますか」

「はい」

 モルガンは懐から杖を取出すと、マントの下、腰に下げた皮袋から、乾した薬草をパラパラと指ですり潰して、自分や、マーリン、アーサーに振りかけて、呪文を唱えた。移動魔法だ。

 やがて、振りまかれた薬草から焦げ臭い匂いと煙が立ち込めて、立ち上る煙と共に、一同はその場から、消え去った。

 そして、アーサーが次に気が付いたときは、今はすっかり見慣れたカールレオン城の中庭から、全然違う場所に周囲の風景が代っていた。

 深い森の奥で、薄暗く、木はどれもがっしりとして巨大だった。古くから生えているオークの木だ。

 鬱蒼と生い茂る枝葉の間から少しだけ陽射しが洩れて、光る泉を照らしていた。

 木々は太い根を泉に下ろしていて、空気は澄み渡り、全てが神聖なようにアーサーには思えた。

 空気も木も獣も水も、全てが澄み切っている気がする。

 足下の草むらでは、小さな妖精達が虫のように逃げ出した。

 アーサーは、周囲を見渡してぽつんと呟いた。

「なんか、不思議な感じだな」

 マーリンやピュラゴラスも、済んだ空気の匂いを嗅いで、感心していた。

「……アヴァロンに近いせいか……まるでアヴァロンみたいですね」

「良い泉じゃ」

「この泉です」

 モルガンはこんこんと湧き出る美しい泉を見つめて、アーサーはオークの木の枝の間に顔を向けていた。

「オークの枝の向こう、奥に行けるみたいだな」

 アーサーはそう言って枝葉を掻き分けて奥へ進んで行き、モルガンやマーリンもそれに続いた。そして、眼前に広がる景色を見て、圧倒された。

「……うわあ、凄い」

 方々に生えるオークの枝の向こうには、巨大な竜の骨が泉に横たわっていた。

 その竜の骨は、古い大きなオークの木を何本も連ねたような大きさだった。

 竜の死骸は全てでなく一部だった。

 牙の生えた頭や、あばら、背骨、尾骨など大きな骨は見えるが、ところどころ失われている。 オークの根も竜の死骸も、半分は泉の水に浸かっていて、その竜の骨は苔むして、周辺を虫や鳥みたいな妖精達がフワフワ、うろちょろしていた。

 ピュタゴラスは耳をすませた。妖精達の声を聴いているのだ。そして「うむ」と唸った。

「あれは、偉大なる自己犠牲の竜の死骸の一部じゃ。この泉は、かつて竜達の戦争のときに死んだ竜の王……。仲間を生かすため、自ら死を選んだ……自己犠牲の竜が流した血痕なのじゃ。そう、ここに住まうピクシー達が言うておる」

 アーサーは、目を瞬かせて聞いた。

「自己犠牲の竜?」

 アーサーとモルガンは、不思議そうにピュタゴラスとマーリンを見つめた。

 マーリンが、巨大な竜の骨を見上げながら、説明する。

「キリスト教が生まれた場所、シュメールの神は真水の竜神アプスと海の竜神ティアマトを殺して、真水と海を作りました。知恵の林檎が実る、エデンを囲む赤い川……チグリス川、ユーフラテス川も、神に引き裂かれた蛇……雄竜と雌竜の赤い血です。東方の神話において蛇と竜は同じです」

 ふわふわと、ピクシーがマーリンの横を通り過ぎた。だが、マーリンは特に気にもせずに続けた。

「ドルイドや(いにしえ)の民の聖地……知恵の林檎が実るアヴァロンの(トール)は、聖なる竜の遺骸の墓であり、湖は聖なる竜の血溜まりなのです。近くにあるベルテンの火祭りが行われる、ドラコンアイランドも、聖なる竜の死骸です」

 アーサーは、巨大な竜の骨の傍に近付いた。触っていいかどうか迷った挙句、人差し指でちょっとだけつついてみた。

「キリスト教だと、蛇は全て悪いかのように思われていますが、最も高位の天使セラフィムは、エデンにて燃える蛇だと言われています。そう、悪いものばかりでもないのですよ」

 モルガンも、自分が授業で教わったことを思い出した。

「本来、湖の巫女は聖なる竜の血痕である湖を所有し、守るものだと、乙女の城で聞いたことがあります。そして、丘の巫女は、ローマに絶やされるまで、竜達の死骸である(トール)を守っていたのだと」

「古い神々は妖精となり、竜の血や死骸の中で暮らしています。多分、この竜の死骸も高位な丘の巫女……今は、湖の巫女のみが管理しているのでしょう」

 アーサーは何となくマーリンに聞いてみた。

「誰のかはわからないの?」

「恐らくはガニエダかヴィヴィアン、ニムエ……またはイグレインの血を引く者……誰かのものです。魔獣キャス・パリーグはこの泉の水を飲み、魔性が浄化されたのでしょうね」

 マーリンは、くたびれた灰緑色のローブからガラスの小瓶を出して、泉の元に屈みこみ、

瓶に光る泉の水を汲んだ。

「せっかくだから、汲んで取っておきましょう」

 モルガンも、黒いマントの下からガラスの小瓶を出して、屈みこんで泉の水を小瓶に入れるので、アーサーが突っ込んだ。

「君も汲むのかよ」

「ええ。以前来たときも汲んだけど……。魔法回復薬を作るのに使い切っちゃったから。凄くいいの。普通の魔力回復薬の倍の効き目。本当は所持者の湖の巫女に断らなくちゃいけないんだけど……。マーリン様が大丈夫っていうなら大丈夫よ」

「ニムエって人なら会ったことあるな。エクスカリバーをくれた人だ」

「なんだか植物も不思議だわ。虫も……。採取しておこう。この羽根、何の鳥かしら。綺麗……」

 モルガンは、珍しく金色に光る羽根を拾い上げて、まじまじと見つめていた。

 ピュタゴラスは、澄んだ空気を吸いながら、珍しく嬉しそうな顔だ。

「ここは、気が澄みきっておる。良い場所じゃ」

 指の大きさ程の小さい妖精が、フキの間でわらわらと逃げてゆく。

「おい、ちっこい妖精達が逃げてるぞ」

 そんなアーサーは無視して、マーリンは小瓶をローブに仕舞いながらモルガンの方を見た。

「モルガン、パルがおかしくなった泉に案内してくれますか?」

 モルガンは頷き、再び、腰に下げた袋から乾した薬草を摘まんで擦り、自分やアーサーやマーリンに振りかけた。焦げ臭い匂いと煙と共に、再び、場面は変わった。

 そこは、先程と打って変わって、空気が淀んでいるように、アーサー達には感じられた。

「昨日、ケイやベイリンベイラン達と来た森だな」

 ピュタゴラスがマーリンの肩の上で顔をしかめる。

「障気が漂っておるな。ここらへんのミミズや蝿は不味そうじゃ」

 ふと、アーサーとモルガンの首に下げられた、半分だけの蛋白石の首飾りが黒く光って、アーサーとモルガンは顔を見合わせた。

「首飾りが黒く光ってる」

「私のも」

 モルガンははっとした表情で、周辺を見渡した。

 叢の間に泉があったが、濁った色をしていた。先程の泉に比べると随分と違う。

「この泉です。確かにこの周辺は魔獣が多いし、植物や妖精もおかしいし……」

 マーリンは鼻を利かせて周囲の匂いを嗅いでみた。

「闇の魔法樹の障気がありますね」

「嫌な感じじゃ。気分が苛々してくるわい」

 羽根で鼻を摘まむピュタゴラスを肩に乗せながら、マーリンは周辺の木々の間をうろついて、木を見比べた。やがて、闇の色に淀んだ一本の木を見つけた。

「ありました。これが闇の魔法樹です」

 その木は森の中で、障気を放っているのが、マーリンとピュタゴラスにはありありとわかった。 木の穴から、何かにょろにょろした大きな毛虫と蛾が現われた。

「あれ? 木からなんか出てくるぞ」

「魔獣です!」

 巨大な毒々しい毛虫と蛾だった。毛虫は赤黒くて毛が逆立っていたし、蛾は白い色をしていた。どちらも、普通の毛虫や蛾の十倍はでかい。アーサーは嫌そうに首を振った。

「うわぁー! 僕、毛虫苦手なんだよ……。触るとヤバいんじゃないの。昔、畑でイボガエルに触ってイボが出来たし!」

 マーリンとピュタゴラスも、半目で毛虫と蛾を見つめた。

「闇の魔法樹に、住み着いて育ったのでしょう」

「不味そうじゃ」

 一番、拒絶反応を示したのはモルガンだった。

「きゃぁー! (ティーナ)!」

 モルガンは杖を振り、呪文を唱えた。途端、巨大毛虫と蛾に炎の雨が降り、焼きつくした。 

 モルガンの調整が上手いのか、火は他の草木までには回らなかった。

 マーリンがアーサーをせっつく。

「アーサー、今です」

「……やんなきゃ駄目?」

「はい」

 ピュタゴラスは首を振って溜息を吐きながら、アーサーを励ました。

「頑張れ、生き物の王」

「ちきしょー、やけくそだ!」

 アーサーは、背中に背負った聖剣を抜くと、前に構えて、剣で蛾と芋虫を真っ二つにした。

 蛾と芋虫のねっとりとした体液が、アーサーの身体にくっついてしまった。

「うわぁ……ネトネトした臭いのがべったり」

「……だ、大丈夫?」

 心配そうに聞いて来るモルガンに、アーサーは嫌そうな顔で、手を嗅ぎながら頷く。

「うん。すっげぇ臭い」

 マーリンはそれどころではなかった。モルガンが蛾と芋虫に放った炎が、モルガンは調整したようなのだが、アーサーに斬られたときに、他の木に飛び火してしまったのだ。

「わぁ! 他の木に火が移った! 水よ出でよ! (ウィスカ)!」

 マーリンは樫の木の杖を振って、魔法を唱える。

 モルガンも「雨よ降れ! (ウィスカ)!」と唱えた。

 マーリンとモルガンが唱えた魔法によって、空からは雨が降り注ぎ、他の木に移った火は消え去った。マーリンは、汗を拭って溜息を吐いた。

「ふう。成功した」

 マーリンの肩では、フクロウのピュタゴラスが迷惑そうに全身をぶるぶるっと震わせて水気を飛ばしていた。

「わしまでびしょびしょじゃ!」

「森の中で火の雨は駄目ですよ。習ったでしょう」

 マーリンに注意されて、モルガンはすまなそうに誤った。

「はい、すみません。でも、ネトネトがとれたでしょ。王様? それともお兄様?」

 モルガンに言われて、アーサーは剣呑な顔をした。

「……ふう。どっちが上だっけ? 面倒だからアーサーでいいよ」

 全身びしょ濡れでアーサーは呟き、マーリンは地面の上で、真っ二つにされた巨大な蛾と芋虫を見つめて、ふてぶてしく言った。

「蛾の麟汾は幻術に、毛虫の針は毒藥に利用出来そうですね」

「採取しておきましょう」

 マーリンも「僕も」と頷き、二人共またしても、小瓶を幾つか取り出して、その何かの魔法に使えそうな素材を採取に掛かった。

 アーサーは、やってられないという顔で肩を竦めた。

「あーあー、魔法使い共は全く」

「騎士が、倒した相手の所持品を拝借するのと同じですよ。アーサー」

 フクロウのュタゴラスも珍しくアーサーと同意見だったみたいで、その様子を見て溜息を吐いた。

「人間とは全く」

 マーリンとモルガンが、小瓶に蛾の鱗粉やら毛虫の針やらを採取してほくほく顔でいるのを半目で見ながら、アーサーが「そう言えば」とマーリンに聞いた。

「闇の魔法樹はどうするんだ?」

「光る泉の水を振り掛ければ……浄化されるかも知れません」

 マーリンはそう言って、早速、くたびれた灰色のローブの下から、聖なる泉の水を入れたガラスの小瓶を手に、闇の魔法樹に向き直った。

 その腐りかけた根本に小瓶の水を垂らすと、闇の魔法樹の障気は消え去り、普通の木に変わったように見えた。周辺の淀んだ空気も晴れたように消え去った。

「禍々しい感じがなくなったわね。普通になった」

「これで、周辺の植物や獣も直に戻るでしょう」

 アーサーはそんなマーリンを見て、何となく思った。

(さっきの魔獣も、これを使っていたら、ただの蛾と毛虫に戻っていたんじゃないかな……。まあ、戻ったところでピュタゴラスの餌になっていただけだな)

 だが、アーサーは言わなかった。巨大な蛾と芋虫を斬って、気持ち悪い粘液がべっとりくっついた聖剣を見つめて、そこらへんに生えている草で一生懸命拭うことにつとめた。

 そうして、三人が森を歩いてカールレオン城の中庭に戻ると、待っていたのか、槍を背負ったベイリンとベイランが声を掛けて来た。

 そう言えば、ベイリンとベイランがカールレオン城に来てから、数日が経過していた。

「魔獣と戦ったんだって? 王様ー」

「王様ー。うわ、くっせぇ!」

「王様、すげぇ、くせぇッス」

 虫の粘液まみれのアーサーに対して、鼻を摘まむ双子のベイリンとベイランに、アーサーは溜息を吐きながら一人ごちた。

「魔獣の体液をびっしょり浴びてね。お前らを連れて行きたかったよ」

「いや、でもこの臭さ……。その魔獣の体液、何かに使えたかもなあ」

「いや~な奴への嫌がらせにな」

「一々、規律にうるさいケイとかな。だって、朝の鐘が鳴ったら、六十数える間にベッドメイクしろとかないだろ」

「シーツの畳み方とか、うるさ過ぎだっつの!」

 ケイへの文句を言う双子に、アーサーは「ああ」と、エクトールの城にいたときのケイと自分を思い出した。

「うちの日課だな、それ」

モルガンが、パルを抱き上げながら苦笑いする。

「せめて、百数える間にベッドメイクにしたら?」

ベイリンとベイランは目を細めて文句を続けた。

「女連れ込めねーな、この騎士団」

「人集まるのか」

マーリンの肩の上で、フクロウのピュタゴラスが「人気は上々じゃな」と口を挟んだので、ベイリンとベイランは驚いてピュタゴラスを見つめた。

「フクロウが喋った」

「誰かが演じてるんじゃねーか? 王様とか」

アーサーは「してないよ」と呟き、ピュタゴラスは「失敬な!」と怒った。

「すげえ! マジで喋る」

「マーリンは、ペットまで半端ねぇな」

ベイリンとベイランに触られて、ピュタゴラスはかんかんに怒った。

「触るでないわ!」

だが、ベイリンとベイランは懲りずに、ピュタゴラスに構う。

「ほい、餌。あーん」

ベイリンがパン屑を掌に乗せると、ピュタゴラスは「全く最近の若いもんは……」と文句を言いながら食べ始めた。

 マーリンはそれを、珍しそうにピュタゴラスを見つめ、アーサーが腕を組みながら話した。

「入団希望者は沢山いるけど、入団試験や、厳しい規律があるからね。でも、皆と色々話し合って決めたんだ。ボードウィン卿とペディヴィエールに試験を行って貰ってる。上も下もない、皆が平等な騎士団を作るんだ」

「今こそ、円卓の出番ですね!」

 マーリンが目を輝かせ、アーサーは「円卓?」とマーリンを見つめた。

「ウーゼル王の時代に僕がヒベルニアの石でこさえたものです。全ての民の王になるよう、ウーゼル王と僕の約束の証です。上座も下座もなく皆が平等だという」

 ピュタゴラスにパン屑を食べさせながら、ベイリンが笑う。

「いいね~、円卓の騎士団ってか」

アーサーも口にしてみた。

「円卓の騎士団か」

「その円卓はどこにあるの?」

 モルガンの問いに、マーリンが何の躊躇もなく親切に教えた。

「アーサーの婚約者、グィネヴィア姫のところです」


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