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キャメロット

イングランドの北部、ノーサンバランドの森の中に、隠者ブレイスの塔はひっそりと建っていた。

隠者の住む場所らしく、ミルクのように真っ白な濃い霧に包まれた森の中に、蔦や蔓がびっしりと絡まり、苔に覆われ石が積まれた小さな塔だ。

ブレイスはマーリンにとって恩人で師匠だった。

双子の姉ガニエダと共に、この世に生を受けたマーリンは、赤ん坊ながら老人のような見た目だった。それもその筈。マーリンとガニエダは最初から、時を逆さに生きるさだめとして生まれたからだ。

生まれてすぐに、老人のように皺がれた赤子を見て、マーリンとガニエダの母親は当然、とても驚いてすっかり困り果ててしまった。

ウェールズ南部のカマーゼンに住んでいた母親は、当時、カマーゼンの森にひっそりと暮らしていたドルイドであるブレイスの噂を耳にして、ブレイスの元に、マーリンとガニエダを連れて行った。

ブレイスは、彼自身も魔法で若さを保っていて、既に自分の年齢が幾つかも覚えてなかったから、マーリンとガニエダには同情をした。

そして、ブレイスはマーリンとガニエダの母親の話を聞いて行く内に、彼女は悪魔である夢魔に子種を植え付けられて、結果、父無し子として、マーリンとガニエダを産む羽目になったのだと知った。ブレイスは生まれたての赤子二人に、ドルイドとして、祝福と洗礼を与えてやった。

すると、マーリンとガニエダは、知恵と知識に恵まれた魂を取り戻した。

マーリンとガニエダ。二人は生まれる以前に、古い神々の国、ティル・ナ・ノグに住んでいた。その神々の本棚に囲まれて、余りにたくさんの知識を得過ぎた結果、生まれてすぐに灰になるところだったのだ。

だが、母親がカマーゼンの街に戻った途端にマーリンは、その噂を聞きつけた、父無し子を探していたフォルティゲルン王の兵士に、連れ去られてしまったのだった。

塔の工事に何度も失敗していたフォルティゲルン王は、お抱えの魔術師に、塔の基礎部分に父無し子の血を振り掛けると良いと宣託を受けて、マーリンは選ばれてしまったのだ。

だが、ブレイスによって、その優れた魂を取り戻していたマーリンは、どうにか、塔の工事を上手くやるための生贄にされるところを、その機智であっさりと潜り抜けてしまった。

その後も、マーリンとガニエダにとって、隠者ブレイスは恩師であって、ずっと尊敬の心を抱き続けていて、ブレイスがノーサンバランドの森に移り住んだ後も、二人はたびたび、ブレイスの元に訪れていた。


 最近は、隠者ブレイスは、ウーゼル王が死んだ後のブリタニアの記録を、羊皮紙に書き連ねていた。伝記を作るつもりなのだ。

 ベイドン山の戦いを終えて、マーリンが隠者ブレイスの元に訪れると、ブレイスは早速、アーサー王について記録することが増えたと喜んだ。

 ブレイスは長い銀髪に、眼鏡を掛けていて、マーリンみたいにくたびれた灰色のローブを着ている。

聖ヨハネ祭が終って少し経った頃、マーリンがやって来ると、ブレイスはよしよしとその頭を撫でて、鵞鳥のペン先を、樹脂と灰を混ぜたインクに浸して、羊皮紙にオガム文字で記録をしていった。

「……さて。ブリタニア王国の新王アーサー、即位に反する十一の反乱王と戦争となる。ベデグレイン城の包囲戦で見事勝利をおさめ、サクソン及びゲール同盟と暫しの休戦協定を交わす……。これで宜しいかな。マーリン」

マーリンは、羊皮紙に鵞鳥の羽根ペンを走らせる恩師を見つめて、少し苦笑いをした。

「ええ、ありがとうございます。ブレイス様。しかし相変わらずお美しい姿ですね」

「魔法で若作りしておるんじゃろ」

 マーリンの肩で、丸眼鏡を掛け、しかめっつらをしたフクロウのピュタゴラスが、目を細めて突っ込んだ。

ブレイスは、肩に掛かった長い銀髪を払った。

「あなたも相変わらずですねぇ、ピュタゴラス」

「男の癖に、香水臭くてかなわんわ」

確かに、ブレイスはジャコウの匂いを好んで焚いて、衣服に染み込ませていた。だが、ブレイスはピュタゴラスに言われても一向に気にした様子もなく、羊皮紙に記録を書き綴ってゆく。隠者ブレイスの興味は、機嫌が悪いフクロウでなくアーサーにあった。

「……ふむ、アーサー王ですか……。いいですねぇ。若さがみなぎって。女っ気がなさげなのがまたいいですねぇ」

マーリンが溜息を吐いた。

「相変わらず、女性より男性の方がお好きなのですか?」

「女は煩いし、嫉妬深い上にすぐ裏切りますからねぇ」

「ははあ」

「無垢な男程、美しいものはありませんよ」

衆道の気が多少あるらしい、マーリンの恩師ブレイスは、そう言うとにっこりと笑った。


マーリンがノーサンバランドで隠者ブレイスを訪ねて数刻経った頃。

ウェールズ地方北西部、グゥイネズに聳え建つカールレオン城では、ケイが少しの軍を率いてサクソン海岸から凱旋して、王都の人々に喜んで迎えられていた。

サクソン海岸からは、今は、木で作った小舟に乗ったサクソン人の襲撃は随分おさまっていたので、ケイは一旦、軍隊を半分以上サクソン海岸に残して、カールレオン城に戻ることにしたのだ。

 城門の前で、アーサーはテンの毛皮に縁どられた青いガウンを羽織り、義兄ケイが戻ってくるのを喜んで出迎えた。

 身体中に少し傷を浮かべ、背中に長弓と矢筒を背負って、ケイは馬から降り立った。

 小姓が慌てて、騎士達が乗っていた馬を厩へと連れて行く。

 少し日に焼けた姿で、ケイはアーサーに声を掛けた。

「アーサー」

「ケイ! 無事で良かった」

 ケイは、アーサーが青いガウンの下で、身体中のあちこちを白い布が巻かれているのを見て、少し笑った。互いに傷だらけだ。

「何だ、あちこち布で巻いてるな」

「ああ、ちょっとペリノア王に刺されてな。ケイこそ、傷が出来てるぞ」

「まあな」

 二人は、すっかり傷だらけになった互いの姿を見て、笑い合った。

「暫く、サクソン海岸はルカンとグリフレットに任せる。どちらも、信頼出来る者達だ」

 アーサーの台詞に、ケイは少しホッとしたような表情を見せた。

「……そうか。でもサクソン語が話せるか心配だな。一応、サクソン語とラテン語の通訳書を僕なりに書いて置いてきたんだが」

「ルカンは学問の才があるから大丈夫だろう。何かあればまたケイを飛ばすさ」

ケイは、自分の後ろに控えている、狼の毛皮を纏った三人の男を、アーサーに紹介した。

「連れてきた者達がいる。サクソン海岸の鍛冶匠ワード、ウェイランド、ウィディア親子だ。サクソン海岸の者達から、アーサーへの感謝の気持ちらしい」

ワードは老人で、ウェイランドは青年、ウィディアは青年と言うにはまだ若い少年だった。

 アーサーは、三人のサクソン人を見て、喜んだ。また、彼らはアーサーに銀色に輝く鎖帷子を献上してくれた。

「これは有難いな。それでは、こちらもお返しをしなければ」

ケイは少し考えて、ケントの教会について話した。

「ケントにあるキリスト教会の補修をしてやってくれないかな。皆、キリスト教徒だからな」

「じゃあ、そうしよう。名前はケントだから、カンタベリー教会がいいな」

 ケイは、少し思い出したように、アーサーの周囲を見渡して、いつも傍にいる筈の小さな魔法使いが見えないことに気付いた。

「マーリンは?」

 ケイがそう聞くと、どこからか声がした。

「ここにおります」

マーリンの声だ。だが、マーリンの姿はどこにも見えない。

アーサーは不思議そうに、周囲を見回した。

「うん?」

「ここですよ。ここ」

 アーサーとケイは暫く周辺を見廻して、近くのニレの木に留まっていたハシボソガラスが、話しているのだとわかった。

 ハシボソガラスは、肩まで伸びた金髪に緑色の目をした幼い少年に姿を変えた。

ぶかぶかのくたびれた灰緑色のローブに、長い樫の杖を突いた、幼い少年、マーリンだ。

ケイはすっかり驚いて、マーリンをまじまじと見つめた。

「……いやはや相変わらずだな」

アーサーは慣れた様子で、マーリンに話し掛けた。

「お帰りマーリン。そこらへんに、糞してないだろうな」

「失礼な! そんな粗相はしませんよ!」

アーサーは、マーリンの肩にいつも乗っているフクロウのピュタゴラスはどこだろうと、マーリンの周囲を探した。

「ピュタゴラスは?」

「先に僕の部屋で寝てます」

ケイは「鳥か……」と呟いた。

「久々に、鷹狩りでもしたいな。カエール・ガイ城を出てから、全然してない」

アーサーも、そう言えば、と肩を竦めた。

「最近、全然、鷹狩に行ってないな。行くか」

「気分転換にいいですね」

「まあ、帰って来たばかりだから、少し休んでからな」

 そう言って、ケイとマーリンとアーサーは、一旦、カールレオン城に戻った。

 各々、楽な普段着に着換えて食事を取った後、自室でベッドで少し寝て休んでしまうと、その後で、一緒に鷹狩に行くことにした。

 夏空の下、穏やかな光が柔らかく、カールレオン城の中庭に差し込む午後だった。

 カールレオン城の兵舎とは反対側の、猟犬らを飼っている犬舎の隣に、鷹部屋はあった。

 止まり木には、ずらっとコチョウゲンポウやシロハヤブサ、オオタカが並んでいる。

 鷹小屋にやって来たアーサーとケイは、それぞれ足環を付けたコチョウゲンポウ、オオタカを連れて行くことにした。

 鷹小屋に入ると、アーサーは右手にコチョウゲンポウを乗せて、声を掛けた。

「具合はどうだマダム」

 すると、コチョウゲンポウが人語をすらすらと喋り出した。

「マダム? マダムですって?マダムとは失礼な」

「?」

 アーサーは不思議そうにコチョウゲンポウを見つめたが、今度は、ケイが右肩に留めていたオオタカが喋り出した。

「ああ、マダムはない。君は新しい士官かね? 彼は立派な『ア』ダムの裔であり大佐ですぞ」

コチョウゲンポウがオオタカに言う。

「ありがとうございます。ベイラン連隊長閣下。全くこの新入りはなってないですな」

オオタカは「えへん」と返事をした。

「何、ベイリン大佐。本当に最近の若い者は食べるばかりで、気高く飛ぶことを忘れて。さて、新入りの入隊式をどうするか」

 アーサーとケイはきょろきょろして、やがて、鷹小屋の外にいる二人の騎士に目を留めた。

アーサーとケイは、互いに目を合わせると、それぞれコチョウゲンポウとオオタカを連れて鷹小屋を出て、その二人の騎士の背後に回り込んだ。

「おい」

「何やってるんだ?」

「何? 何をやっているですと?」

アーサーとケイが鷹部屋の外に出てみると、窓際に互いにそっくりな、槍を背負った、肩まで伸びた濃い赤毛の男が二人が並んで、コチョウゲンポウとオオタカになりきって喋っていた。

そっくりな男二人の後ろで、アーサーとケイは、何をやってるんだこいつらは、という視線で二人を見つめた。

マーリンが「ああ」と苦笑いした。

「アーサーとケイにまだ話してませんでしたね。ノーサンバランド王国から優れた二人の騎士を連れて参りました」

 槍を背負った二人……双子の騎士は、アーサーとケイに振り返ると、手をピースの形にしていた。

「ベイリンでーす」

「ベイランでーす」

 そして、声を揃えて言う。

「俺達、ノーサンバランドからやって来た仲良し双子ちゃんでーす」

マーリンが、双子を指差して鋭く突っ込んだ。

「逆です。あっちがベイリン、こっちがベイランです」

ベイリンとベイランは、驚いた顔でマーリンを見つめた。

「すげぇ! 何でわかるんだよ! 今まで、誰も見抜いた奴はいないんだぜ」

「いや、だからマーリンだからだろ」

「マーリン、マジパねぇ」

 アーサーは半目で、ベイリンとベイランを見つめた。

「優れた騎士……?」

ケイが「ただの、馬鹿コンビにしか見えないな」と溜息を吐き、そのケイの言いように、ベイリンとベイランが眉根を上げた。

「知ってるか? 馬鹿って言った奴が、馬鹿なんだぜ」

「あー、俺わかる。こいつは勉強大好きって顔してる。こっちは……うーん、甘えん坊?」

ケイとアーサーは、二人の言いようにすっかりアホらしくなっていた。

「誰に対して、甘えん坊扱いしてるんだよ!」

「ああ、僕にはわかる。お前らは勉強が苦手って顔をしている」

ベイリンとベイランは顔を見合わせて、ケイに言い返した。

「苦手なわけじゃないさ」

「苦手ではないな。ただ余り興味がない」

マーリンは苦笑いしていた。

「……腕は確かです。一応」

 そこへ、狩猟長が急いだ様子でやって、息を切らせてやって来た。

 狩猟長は、いつも角笛を首に引っ提げ、猟犬を連れて狩りに出掛ける。猪やら野ブタやら、鹿やらを狩って、見事に解体して、夜、アーサー達に食事に出すのが仕事だ。言わば、肉屋だった。その狩猟長が、何か困った様子でアーサーに訴えて来た。

「王様! ……大変です!」

オオタカを右肩に乗せたケイが眉をしかめて「どうした?」と聞いた。

「狩猟長」

「はい。王様の今晩の夕食用に狩りに出たら、魔物が……化け猫が出たのです! 猟犬達もすっかり怯えて……」

ベイリンが「へー」と口笛を吹いた。

「化け猫ね」とベイランが付け足す。

アーサーはふと、首元が白く光ったような気がして、服の中を見つめた。

「どうしました?」

 聞いてくるマーリンに、アーサーは「いや」と首を振った。

「首飾りが、白く光ったような……」

「取り敢えず、行ってみよう」

 そう言うケイに、ベイリンとベイランも、槍を手に頷いた。

「行こうぜ王様」

「王様~」


 カールレオン城の、鷹小屋や犬舎は、広い森に面していた。

 アーサーとケイは、コチョウゲンポウとオオタカを鷹小屋に戻すと、それぞれ聖剣、森に適した短弓と矢筒を持って、マーリン、ベイリンベイランと共に、森の奥へと進んで行った。

カールレオン城近くの森は、ウスク川沿いに続いていて、そんなに暗くはなく、木々の枝葉の隙間から、穏やかな光が差し込んでいた。

 揺らめく木漏れ日の中、木の根や枝からは狐や鹿、野ウーゼルぎ、リス、野鳥が駆け出し、鳥が羽ばたく。サンザシやハシバミなど低木や、草花、切かぶ、枯れ木の中からは、ひっそりと隠れて話していたピクシーや小妖精(コボルト)達が、虫みたいにわらわらと逃げ隠れる。

聖剣を背中に背負ったアーサーは、それを目の端に入れて「動物や妖精達が逃げてくな」と呟いた。

槍を背負ったベイリンとベイランは、マイペースで口許に手を当て、声を上げる。

「にゃんこちゃん出ておいでー」

「にゃんにゃーん」

「にゃー、にゃーん」

矢筒を背負い、短弓を番えたケイが「気味の悪い泣き真似をするな!」と突っ込むので、ベイリンとベイランは口を尖らせた。

「化け猫と、話が通じるかも知れないだろ」

「そうそう。全ての平和は対話から生まれるのだ」

「争いもまた然り。アーメン」

アーサーはうんざりして、双子を見つめた。

「あー。こいつらウッザいなー……」

「にゃんにゃんにゃん!」

「にゃにゃにゃにゃにゃにゃっ」

「にゃー、にゃんにゃん」

ケイが堪らずに、ベイリンとベイランの二人に文句を付けた。

「猫語で会話するな!」

そこで、マーリンは大木に何かを見つけたようで、一同を呼び止めた。

「アーサー、皆さん! 見てください」

マーリンが指し示す大木には、大きな爪痕が残っていた。

アーサーとケイが、気圧されたように呟く。

「すげぇ大きい爪痕だな」

「この辺に、化け猫がいるってことか」

 ベイリンとベイランも、大木に残った傷跡を見て、顔を見合わせた。

「えっ、マジで」

「これはヤバいな。我らの範疇を越えておりますぞ、ベイリン大佐」

「そのようですな、ベイラン連隊長閣下。ケイ宰相様、お先へどうぞ」

「どうぞどうぞ」

ケイは呆れて、双子を前へと押し出した。

「お前らが先に行け」

そのとき、アーサーの首元では、首飾りが黒い光を帯びていて、アーサーが不思議そうにそれを見つめた。

(……あれ? 首飾りが黒く光って……)

 すると、ガサガサと、低木の茂みが音を立てて、巨大な山猫が現れた。

 鋭い牙と爪で、アーサー達を見つめて、斑な毛を逆立て、唸り声を上げている。

アーサー達は驚いて後ずさりながら、その、巨大な山猫を見つめた。

「うわあ……」

「こりゃ……でかいな」

 アーサーとケイは後退りしながら呟き、ベイリンとベイランも息を吐いた。

「こいつはすげえ」

「相手に不足なし」

マーリンが、樫の杖を突いてアーサー達に注意を促した。

「……気を付けて下さい! こいつは魔獣キャス・パリーグです!」

アーサーは背中に背負った聖剣を引き抜き、ケイは短弓を構えて矢筒から出した矢を番え、ベイリンとベイランも背中に背負っていた槍を構えた。

 マーリンが「今、僕が眠りの呪文をかけます!」と、樫の杖を振って何か呪文のようなものを唱えた。

 だが、大きな山猫……魔獣キャス・パリーグには何も起こらず、マーリンは慌ててアーサー達の後ろに隠れた。

「あっ、失敗しちゃった……」

 マーリンが何かしてくれるだろうと期待していた、アーサー達は驚いて身構えた。

 キャス・パリーグは驚くべき素早さで動き、アーサーに襲い掛かった。

「うわあ!」

 アーサーは、聖剣を振って爪を弾いた。

 ケイは短弓で矢を番えるが、キャス・パリーグは余りに早く動くので、的が中々絞れない。

「駄目だ、速すぎる」

 ケイは、矢を引き絞って、何本か放った。

放った矢は一本、キャス・パリーグの背中をかすめて、一本は足に突き刺した。

 だが、キャス・パリーグはそのまま、爪を立ててケイを引き裂こうとする。

ベイリンは「ちっ」と舌打ちすると、ケイの前に走ってゆき、槍で魔獣を刺した。

ベイランも槍で魔獣を刺し、アーサーも剣を持って魔獣に振りかぶり、肩を斬り裂いた。

 だが、止めを刺そうというときに「やめて!」と、少女の声が響き渡った。

 草陰から肩ぐらいまでの栗色の髪の少女が現われて、手を広げ、毛を逆立てて唸るキャス・パリーグの前に躍り出た。

「この子を苛めないで!」

アーサーは剣を振りかぶっていたので、驚いた。

「えっ……、ちょ、君、あぶな……」

だが、少女は杖を取出して、すぐに魔獣に呪文を唱えた。

すると、魔獣は小さくなった。

 小さくなった山猫、キャス・パリーグを抱き締めると、少女はアーサー達に向って叫んだ。

「この子は私のペットなの! ペットの猫のパルなのよ!」

少女の腕の中で、キャス・パリーグは気の立った猫のように毛を逆立てている。

そして、アーサーに飛び掛かり、手を引っ掻こうとした。

アーサーは「うわあ!」と叫んで手を引っ込めたが、脇にあった木の枝に手がぶつかって、結局、手に引っ掻き傷が出来てしまった。

少女は「駄目!」と杖を振って眠りの呪文を猫にかけた。すると、キャス・パリーグはぐっすり寝込んでしまった。少女は傷つけられては堪らないと、キャス・パリーグを抱き締めた。

 アーサーは「いってえー!」と手の傷を見つめ、マーリンは困ったように、少女と、少女が抱いているキャス・パリーグを見つめた。

「貴方はモルガン。えーと……。キャス・パリーグは、あなたの猫ですか」

「はい、マーリン様。私のペットの猫です。乙女の城を出て、旅をしていたんですけれど。旅の途中で仲良くなったんです」

 少女の言葉に、マーリンは「ははあ」と頷いた。

ベイリンとベイランも、少女の腕で大人しく眠っているキャス・パリーグを見つめて、声を揃えた。

「ペットだって」

「ペットじゃ、仕方ないにゃ」

アーサーはすっかり怒って「ちゃんと躾しておけよ!」と注意した。

「マーリン、知り合いか?」

 弓矢を矢筒に仕舞いながら質問してくるケイに、マーリンは頷いた。

「彼女はモルガン。湖の巫女。そして亡きゴーロイス公とイグレイン様の養女。……アーサー、貴方の姉妹です」

アーサーとモルガンは、少し困ったような剣呑な空気の中で、暫くの間、黙って見つめ合っていた。

二人の間に、小さい頃、湖水地方のカーライル城で共に育ち、それぞれ別れた懐かしい記憶が甦った。

水鳥の群れが魚を突く、澄み切った静かな湖畔で、顔を土で汚しながら、泥団子を作っていたアーサー。(いにしえ)の血と、使用人や兵士に笑われながらも、一生懸命に炬人(こびと)に薬草を習っていたモルガン。

別れ際、それぞれ半分ずつの蛋白石の首飾りを首に下げ、アーサーは「僕はエクトールの息子だ」と言ってモルガンの頭を撫でた。

あれから、アーサーもモルガンも、随分背が伸びていた。


アーサー達は森から戻ると、ケイ、ベイリン、ベイラン、マーリンはアーサーとモルガンの間に何かを感じて気を利かせたのか、それぞれ部屋に戻って行った。

カールレオン城の渡り廊下に面した庭先、石造りの階段に、アーサーとモルガンは並んで座っていた。

モルガンは膝の上で眠る、飼い猫……キャス・パリーグを乗せて、懸命に手当をしていた。

 何やら、黒いマントの下から小さなガラスの小瓶を出して、蓋を開けて、キャス・パリーグの傷口に振りかけている。

「真水で洗って汚れを落として……。これはアルコールを濃縮した凄く強いお酒。これで消毒。薄荷とニガヨモギを混ぜた藥を塗って……、これで良し」

アーサーも、枝に引っかけて出来た手の甲の傷を見て、溜息を吐いていた。

「ああ、酷い目にあった。君さ、普通だったら首を跳ねられるところだぞ」

「パルが貴方を傷つけようとしたのは、悪かったと思うけれど……。貴方達だってパルを傷つけたわ」

「良く言うぜ。僕は王だぞ。ベイリンベイランといい君といい……」

 溜息を吐くアーサーに、モルガンは眉を少ししかめた。

「……私は、湖の巫女だもの。別に、貴方を王と仰がなきゃいけないわけじゃないわ」

アーサーもムッとして、背中に背負った聖剣を見せつけた。

「僕は、聖剣エクスカリバーを持ってる」

「そうね。でも湖の巫女が渡したものだわ」

「……ああ、そう言えばそうだな」

二人の間に、沈黙が降りた。

アーサーとモルガンはそれぞれ、自分達が幼かった頃のことを思い出していた。

湖水地方、葦に覆われた広い湖に面したカーライル城。

湖の岸辺で、良く、一緒に遊んだり喧嘩したりしたものだ。

 そして、半分だけの蛋白石を持って、アーサーはウェールズ、荒れ森にあるエクトールの城に連れられ、モルガンはスコーティア、ロジアンにある乙女の城に連れられた。

あれから時は経った。お互い、随分背が伸びた。

アーサーのくすんだ金髪は癖っ毛で、溌剌とした青い目には少し憂いが浮んでいたし、モルガンは栗色の髪は肩までと短く、紫の目は賢そうに輝いていた。

何となく気まずい空気の中で、お互い、随分成長したものだと目の端で互いを見ながらしんみり思っていた。

そして、数ヶ月前、旅の途中、夜の湖や、ロンディニウム教会で出会ったのは、今、隣にいる相手なのだったのだということも、今では何となく感じ取れた。

アーサーは、先程、モルガンに手当てされた傷を見て、口を開いた。

「……あのさ」

「何?」

「何で、髪、短いの?」

 モルガンは戸惑ったが「ちょっと、暖炉に火をくべるときに焦がしちゃったのよ」と(うそぶ)いた。アーサーはモルガンの髪が他の女に比べて短い理由については、特にそれ以上追及はしなかった。

「何度か会ったことあるよな。ロンディ二ウム教会やその近くの湖……」

「……そうだったかしら」

「昔、凄く小さい頃。カーライル城で一緒にいたよな。母上の元で」

「……凄く昔ね」

「うん。でも……僕は覚えてるよ」

アーサーは、飼い猫パルを手当てするモルガンを目の端に入れながら、思い付いたことを言ってみた。

「……あー、その。良かったらでいいけど。ここにいてくれないか。マーリンは癒しの術が苦手なんだ。君は、癒しの術が得意みたいだから。僕も癒しの術とかは、ちんぷんかんぷんなんだけど」

モルガンは黙り込んで、俯いて、飼い猫パルを撫でた。

「昔から、そういうの得意だったよな。変な薬草良く練って」

アーサーが少し笑うと、モルガンは溜め息を吐いて口の端に笑みを浮かべた。

「……そうね。考えてもいいわ」


 その夜。モルガンはカールレオン城で部屋と、医女という仕事が与えられた。

女達が糸紡ぎをする糸紡ぎの間や、マーリンが薬や薬草を集めた部屋に近かった。

何だかんだで、ティンタジェル城に戻るに戻れず、一人で旅を続けていたモルガンにとって、それはありがたい話だった。

それから、モルガンは、ニガヨモギを使った黒い傷薬を手に付けて、良く、怪我した騎士や兵士達に塗ることが多かったため、また、炬人(こびと)の黒い血を引いているという噂もあってか、モルガン・タッド……黒い手を持つモルガンと呼ばれるようになった。

アーサーとマーリンは、胸壁に並んで、夜の王都や、その向うに広がる広大な夜空を見上げた。

今は、いつもマーリンの肩に乗っかっている目付きの悪い丸眼鏡を掛けたフクロウのピュタゴラスはいなかった。餌を求めて、近くの森へ狩りをしに行っているのだ。

 夏草の匂いがする風が、ふわりとアーサーとマーリンを撫でた。

「なあ、マーリン。ずっと考えていたんだけど……」

「はい」

「僕はウェールズ近くで育ったし、この城もウェールズの北東部、グゥイネズにある」

「はい。僕も、ウェールズ南部にあるカマーゼンで育ちました」

「じゃあ、知っていると思うけど。ウェールズでは、同胞をカムリと言うんだ。だから僕は僕の都を『キャメロット』と名付けようかと思う」

マーリンは口の中で「キャメロット……」と呟いた。

「王都キャメロット」

アーサーが嬉しそうに笑う。

「では、カールレオン城が第一キャメロット、カーライル城が第二キャメロット、カドバリー城は第三キャメロットってところですね」

アーサーは「うん」と頷いた。

「あと、僕の騎士団を結成しようと思う。本で見た、ローマやスキタイの騎兵のような優れた騎士団。力を奮いたい者達は僕の騎士団に入ればいい。規律を守り、世の中に秩序を行き渡らせるんだ。次、また一~二年後、サクソン族が襲ってくるんだろ? だからそれまでに育て上げるんだ。勇敢な騎兵達をね。馬に乗って鎧をつけ、剣や槍を手にマントをなびかせる、かっこいい騎士団をさ!」

「へぇ。いいんじゃないですか」

「ここは僕の国だ」 

マーリンの返事に気を良くして、アーサーは青いマントを夏風に靡かせながら両腕を開いた。

「ここはログレス王国。ブリタニアの王都、キャメロットだ!」


 暗い海を隔てた嶮しい岩山の中にある、石造りの邪竜教団。

 暗闇の中に、ガーゴイルを象った石像が並び、不気味な装飾を施された燭台の炎が、周辺を薄暗く照らしていた。

大きな四角い穴には穢れた竜の巨大な死骸が、蠅をたからせて横たわり、それを祀る祭壇には、ボロボロのローブを纏った司祭、クリングソルが口許を笑みに歪ませて立っていた。

祭壇の上には、クリングソルに短剣で身体を刺し貫かれ、血を流し、死んだ山羊が、虚ろな目で横たわっていた。クリングソル自身がシチリアからやって来たように、彼らが祀る神も、彼らが使う魔法も、古くからブリテンに伝わってきたものというよりは、遠く、東からキリスト教と共にやって来たものだった。呪文もラテン語だ。

クリングソルの目の前には、黒いドレスを着て黒いマントを纏い、アメジストの耳飾りを付けたモルゴースが目を伏せて立っていた。

「貴方はきっと、ここに来ると言ったでしょう。その通りになりましたね。モルゴース」

モルゴースは泣き腫らし、精気を失った顔でそこに立っていた。

彼女の中に今、あるものは、夫を殺した仇ペリノアや、アーサーへの憎悪の情だけだった。

「……アーサー王を殺し、夫の仇を討つ。私が望むのはそれだけ」

「面白いね」と、少年の声が聞こえて、モルゴースはそちらに目を向けた。

クリングソルの傍、銀髪の小さな男の子がクスクス笑いながら口を開いた。小柄でほっそりとして、汚れたローブを纏っているが、その赤い瞳は危なげな光を帯びていた。

「まるでユダヤの聖典に出てくるユディトみたいだ。君も、我々の側の人間になればいい」

「……あなたは」

 少年はあどけない顔で含み笑いをしながら、名乗った。

「シャヘル。僕の名だ。……モルゴース。君は思う存分、アーサー王と戦えばいい。邪竜の血から造ったしもべや、邪悪な妖精達を兵として、君に貸し与えてあげよう。でも、アーサー王に与したり、七賢人会議に秘密をバラしたら、君に命はないよ」

少年はそう言うと、モルゴースに手をかざして、何か文句を唱えた。

その声音を聞くと、モルゴースは視界がぶれたような、意識が遠くなるような、心が重くなるような気がした。忠誠の呪いなのだと、モルゴースが気付いたときにはもう、遅かった。

「汝、モルゴース。我に仕え、その命、魂、全てを我と邪竜に捧げるがよい」

モルゴースの手首に黒い竜の入れ墨が刻まれたのを見て、モルゴースは瞼を伏せた。

(グウィアル、ごめんなさい。私は……貴方と父の仇を討つわ……。必ず)


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