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聖剣エクスカリバー

『イエスは言われた。私の肉はパンであり、私の血は葡萄酒である』


三日三晩、ブリタニア軍とゲール同盟軍は戦った。

夜が明け、血生臭い戦いが終わり、空に太陽が出て青く晴れ上がったベデグレインの森で、風に吹かれながら、少年姿のマーリンは樫の杖を突いて空を見上げていた。

肩には、目付きの悪いフクロウのピュタゴラスが、丸眼鏡を掛けて空を見つめている。

 ふとピュタゴラスが声を掛けて来た。

「マーリンよ」

「どうしました、ピュタゴラス」

「あのとき……アーサーには竜が宿っておった」

ピュタゴラスは全軍を指揮したときの、赤い目のアーサーを思い出していた。

「竜ですか」

 ピュタゴラスは「ああ」と目を細めて頷いた。

「確かに、あの少年は竜の血を持っている。わしら全ての生命体の頂点に立つ、生き物の血をな」

ピュタゴラスはずっと空を見ていて、マーリンもピュタゴラスの方から、再び空へと目線を上げた。

大空を鷹が舞っていて、それを見たピュタゴラスが呟いた。

「……鷹が鳴いておるな」


多く兵士を失ったグウィアルは、むせる血の匂いの中で、青空を飛ぶ鷹を見つめていた。

 鋼の鎧と、スマラサクスといウーゼルクソン族の剣を身に付けたセドリック王が、グウィアルに声を掛けた。

「聞きましたかロト王」

「……セドリック王」

「アーサー王は、サクソン海岸に援軍を出したそうです。援軍も貰えない、哀れな奴らだと思っていましたがね」

グウィアルはふっと、瞼を伏せた。

「結局、キリスト教徒とそれ以外との戦いなのでしょう」

「キリスト教は、私としては誇り高く生きてきた者まで『罪深い』扱いなのが、どうもですがね」

グウィアルは、何となくセドリックに聞いてみた。

「あなた方サクソン族は、死んだら魂はどうなるのですか?」

「勇敢に死んだ者の魂は、戦の女神ヴァルキリーに迎えられ、神々のおわすヴァルハラで再び戦士となり戦うのです。ゲールはどうなのですか?」

「ゲールは……転生するんです。死んだ魂は、魚や鳥や蝶になったり……また人になる。死んだ後も続きがある。だから皆、死を恐れない」

セドリックはその言葉に、少し口許に微笑みを浮かべた。

「私達も……死後に続きがある。だから皆、死を恐れません。……でも、たまに思いますよ。キリスト教は、地獄や煉獄さえなければ、魂の安寧を得られる死に方だなって」

グウィアルは再び、空を舞う鷹を見上げた。

 鷹は自分達の紋章だ。

「……私は、沢山の兵を死なせました。私に王の資格はない。ゲールの王は、大地の女神と結婚し……自分の国や民に、平安をもたらせないなら……その血肉を、肥料にされなければならない。そういう、しきたりなんだ」


 ブリタニアの大天幕(テント)では、アーサーとマーリンを中心に、騎士達が顔を揃えて軍議を行っていた。

マーリンが予言のように言う。

「敵六万の内、生き残ったのはわずか一万五千人です。休戦を宣告なさるべきです。敵方は今日は、絶対負けません。これ以上続ければ。形勢は逆転します。陣営に戻り、休養を取り、臣下達に金貨や銀貨を与えるべきです」

アーサーもバン王もボールス王も、他の騎士達も異論はなかった。

「ああ、そうだな」とアーサーは頷いた。

バン王もアーサーに倣ってマーリンに頷いた。

「私共も異存ございませぬ」

マーリンは、アーサーに進言した。

「アーサー。この戦で獲得した物をかき集めてバン王、ボールス王に気前よく、差し上げて下さい。お二人はそれを、部下や騎士達に褒美としてお与えになります。こうしておけば、今後も有事のときには海外の同盟者達も喜んで助力して下さいます」

「ああ、そうだな。ありがとう。マーリン」

「……しかし、騎兵で一気に攻めてサッと逃げる。モンゴル帝国の戦い方を思い出しますね。私は」

 マーリンが言う言葉に、ピュタゴラスはおぞましそうに首を振った。

「恐ろしい生き物じゃ」

 天幕(テント)に戻り、アーサーは鎧を脱ぎ捨てると、血の汚れもそのままにぐったりと深い眠りについた。幼い自分が、幼い少女と遊ぶ夢を見ていた。


マーリンは空を見上げながら、ピュタゴラスと話していた。

「……アーサーは無事、勝利を納めた。……ゲールはドルイド七賢人議会で私が予言した通りの道を歩むことになる」

ピュタゴラスは「……ふん」と鼻息を洩らした。


その頃、ブリテン北方、スコーティア……ロジアン。今のエディンバラがあるだろう湖の奥底に、乙女の城は聳え立っていた。

ガニエダは杖を付いて、庭の池に映った映像を消した。

池には今しがた、ベイドン山を囲むベデグレインの森でのゲール同盟軍とブリタニア軍との戦争が映し出されていた。

ニムエはその行く末を見つめて、口許に手を当てた。

「ああ、沢山のゲールの命が消えてしまったわ……。何てこと」

ヴィヴィアンも無念そうに呟いた。

「ロト王は結局……」

ガニエダも、唸っていた。

「……ああ。そうじゃな。予測していた二つの道の内、我々ゲールの者達は、どちらを選ぶべきか決まったようじゃ。……ニムエ、わかっておるな」

ニムエの手には、聖剣が握られていた。

モルガンが自分の髪の毛で施した、あかがね色の刺繍が施された鞘に、聖剣は収まっている。そこには、ブリテンに相応しく、あかがね色のドラゴンも描かれている。

「ええ……わかっています。結局……この剣が、世に出る時が来たのですね」

 そう言うと、ニムエは腰に下げた革袋から薬草の粉末を取り出し、指で擦って周辺に振りまいた。転移の呪文だ。粉末は煙に代わり、煙は光の粒子に代わり、ニムエはベデグレインの森からそう離れてはいない、湖のほとりに移動した。

そしてニムエは、湖のほとりで天幕(テント)を張っていたペリノアに、話していた。

「わかっているわね……。ペリノア。示し合わせた通りに」

ペリノアが腰にぶら下げた剣の柄に、手を触れた。

「ああ。グウィアルは友人だった。だが過去の話。今は……宿敵だ」

「まず『彼』の力を見て、選定の剣を叩き割って。貴方の手で洗礼をお願い。……私達ゲールの古い王の終焉と、新たな王の誕生を」

 

どこかで、モルガンに似た死の女神が笑った。

『魂の円環。運命の歯車。今、古い王は大地に還り、新しい王が生まれる』

 それは、アーサーが見ていた夢で、女の微笑みにどきりとしながら、アーサーは目を覚ました。

 数日目の、ベイドン山を囲むベデグレインの森の、天幕(テント)での目覚めだった。

 アーサーは身体を起こすと、溜息を吐いてボサボサの頭を掻き、天幕(テント)の外へ出た。

 天幕(テント)の外では、待ちわびたようにマーリンが、いつものように幼い姿で、くたびれた灰緑色のローブを着て、しかめっつらのフクロウのピュタゴラスを肩に乗せ、長い樫の杖を突いて立っていた。

「おはようございます、アーサー。随分寝ていましたね。もう半日も過ぎていますよ」

「なんか喉が乾いたな」

 そんな二人の呑気なやり取りに、最近、小姓から騎士に叙され、新しく入ったばかりの騎士、グリフレットが声を掛けて来た。グリフレットは赤毛で、顔にうっすらソバカスが浮いている。

「アーサー様、あの。この近くに湖があるのですが……」

「湖?」

「はい。ですが、困ったことに、一人の騎士が独占しているのです」

「騎士ですか」とマーリンが聞くと、グリフレットは「はい」と頷いた。

「少し行けば川があるので、皆、そこで水を使っておりますが……。まあ、死体まみれで真っ赤なもので……。湖を使いたがって騎士に勝負を申し込み、倒される者が後を絶たないのです」

「じゃあ、僕が行って見てこよう。グリフレット、案内してくれ」

「僕も行きます」

 アーサーはそう言うと、早速、最近着込んでばかりいる鎖帷子と、鋼の鎧と青いマントを纏い、選定の剣を腰に穿いて、籠手と具足も身に付け、マーリンと共にグリフレットの案内で、その騎士が独占しているという湖へと赴いた。

 木々の間を抜けると、広く、葦が生い茂り清浄な湖のほとりに出た。

男は長く赤みがかった髪に、ボロボロのマントを纏って、天幕(テント)の前で、腕を組み、アーサー達が来ることをわかっていたかのように、立ちはだかった。

「我が名はリスティノイス国王ペリノア。この湖を使いたければ、私と勝負して倒してみよ」

湖の傍にはペリノアの天幕(テント)が張られていて、すぐ近くの木には馬が綱で繋がれていたが、それだけでなく、沢山の盾がぶら下がっていた。今まで、たくさんの騎士を倒し続けて来たということが、すぐに見てとれた。

アーサーは溜息を吐いて、ペリノアを見つめた。

「ブリタニア王国の国王である、私が言ってもどかぬか」

「俺に勝てたら良いと言っておる」

「……そうか。わかった。マーリン、グリフレット、どいていろ」

 アーサーとペリノアは、互いに腰から剣を抜いて、構えた。

ペリノアが「勝負!」と叫んだ。

そして、アーサーとペリノアの二人は、血まみれになりながら剣を打ち合った。

アーサーの傷が増えて行くものだから、ずっと見つめていたグリフレットが、段々真っ青になっていった。

ついには、アーサーは、せっかく石から抜いた剣をペリノアに叩き折られてしまった。

「ああ! 選定の剣が!」

腹を立てたアーサーは、素手でペリノアの顔を殴った。

そこでマーリンが審判として「そこまで!」と止めに入り、睡眠の呪文をペリノアに掛けた。アーサーは身体中を傷だらけにしながら、マーリンに文句を垂れた。

「何で止めるんだ!」

「双方ズタズタだから止めたんです! アーサー、あなたはブリタニアの王なんですよ!ここで死ぬわけにいかないでしょう! この男も、貴方も手当をしなければ……全く。近くに、医術の得意な隠者がおります。そちらで、アーサーもペリノア王も診て貰いましょう」

グリフレットは「あの……」と恐る恐る、マーリンに聞いてみた。

「恐れながらマーリン様が……癒しの術を使って下されば」

だが、これにはピュタゴラスが代りに答えた。

「マーリンは、癒しの術は苦手なんじゃ」

グリフレットは、吃驚した目でピュタゴラスを見つめた。

「驚いてないで、そこでぶっ倒れている男と、アーサーを連れてゆくぞ」

 マーリンの魔法で眠りこけているペリノアと、ペリノアに叩き割られた選定の剣を見比べて、アーサーは溜息を吐いた。

結局、アーサーはマーリンに案内され、グリフレットと共にペリノアを担いで、隠者が暮らす住処に連れて行った。

隠者は、蔦と苔にびっしり覆われた岩屋に住んでいた、年老いた男だった。

隠者は、岩屋の中にアーサー達を迎え入れ、薬を塗ったり白い布で傷を覆ったり、アーサーとペリノアを手当てしてくれた。

ペリノアは、マーリンの魔法が効いているのか、ぐっすりと寝台で眠りこけていて、アーサーとマーリンは隠者に、暫くペリノアを置いといて欲しいと頼んだ。

グリフレットは少し嬉しそうに笑った。

「これであの湖も、皆、使えるようになりますね」

「うん。でも、剣が折れてしまったな」

 アーサーは、ペリノア王に折られた選定の剣を眺めて、肩を落した。

マーリンの肩で、フクロウのピュタゴラスも、折られた剣をじっと見つめる。

「ウーゼル王の前から代々続く……ローマ総督が使っていた剣じゃの……」

マーリンは仕方ないのだと首を振った。

「……結局ウーゼル王は、ゲールに冷たいキリスト教徒の王でした。その剣では、これから渡ってゆけない。でも、ゲール同盟に打ち勝った今こそ、ゲールの王の証である聖剣を受けるべきときです。アーサー」

グリフレットが不思議そうにマーリンに聞いた。

「聖剣ですか?」

 マーリンは頷くと、岩屋の扉を開けて、外の空気を室内に入れると、そっと、先ほどの湖の方向を指差した。

「あの湖にあります。あの湖は恐らく湖の巫女がいる。ペリノアは、彼女の夫か愛人なのでしょう」

アーサーは手当を受けた傷を見つめながら、溜息を吐いた。

「勝負は結局、どっちが勝ちもなくなっちゃったな」

だが、マーリンの肩でフクロウのピュタゴラスが、ピシャリと言った。

「わしにとってはどうでも良い」

ペリノアは隠者の元に寝かせておいて、グリフレットはブリタニア軍のパビリオンに帰させ、アーサーとマーリンは早速、葦に覆われた茂みを抜けて、湖に出た。

 青く澄んだ広い湖を見ると、すっと、湖の中から、ふんわりした長い銀髪の女が現われた。

 女は剣を一振り、両手の平に乗せて、何の感情も浮かばない顔で湖の中を歩き、やがて湖から、岸辺に立つアーサー達の方へとやって来た。

剣は不思議な青い光を帯びていて、女の手の平から少しだけ、浮かび上がっていた。

剣を持つ女は、どことなくアーサーの姉エレインに似ているとマーリンは気付いた。

他に、湖の中からもう一人、波打つ長い金髪の女が現れて、アーサー達の元へ歩いてきて事の次第を説明した。

「……私は、湖の巫女ニムエ。この湖の本来の持ち主は、アーサー王、貴方の同母姉エレインでした。しかし、亡くなりましたので、私が代わりにこの湖を管理しています。そして、エレインの夫であるペリノア王は、今も妻の湖を守っているわけです」

 ニムエはそう言うと、アーサーの方を向いた。

「アーサー。ドルイド七賢人会議の結果、あなたを私達の王と認めます。私達、(いにしえ)の民の聖剣エクスカリバーをお貸ししましょう」

「貸す?」

 不思議そうに、剣と、剣を持つ女を見つめるアーサーに、ニムエは剣を差して言った。

「差し上げるわけには参りません。何故なら、この剣はゲールの王の象徴なのです」

マーリンが、アーサーに説明する。

「今、ゲールの者達は、貴方を信じるものと信じられないもの、二つに分かれています。サクソン族が押し寄せる今、ブリタニアが残るには、ゲールの者達を受け入れることなんです。それが僕の役割でもあります」

アーサーは押し黙って、じっと聖剣を見つめた。

青い鞘は、あかがね色の美しい渦巻いた刺繍、ブリテンらしくあかがね色に輝くドラゴンが施された刺繍もある。剣自体も金色の装飾が施され、柄頭には赤い石がはめ込まれている。

アーサーは、その聖剣を見て、美しい剣だと思った。

マーリンも、聖剣を前に厳かに言った。

「……アーサー。ブリテン人だけでなく、ゲールの王にもなると、お誓い下さい。ペンドラゴンの名にかけて」

「わかった。ペンドラゴンの名にかけて」

ニムエが「こちらへ」とアーサーを呼ぶと、聖剣を手にした女が、その手に載せられた聖剣をアーサーの前へと差し出した。

「貴方が死ぬときまで、この剣をお貸ししましょう。但し、お貸しする代わりに頂きたいものがございます。それはのちほど申します」

アーサーも進み出て、足下を湖の水に浸しながら、聖剣を受取った。

聖剣を手にしていた女は、少しの感情もなく、喋ることもなかった。

 マーリンの肩で、ピュタゴラスがニムエに対して、少し毒づいた。

「ケチじゃのう。スコーティア人か?」

 

 隠者の岩屋で目を覚ましたペリノアは、岩屋をそっと抜け出していた。

ペリノアの馬は、ペリノアが天幕(テント)を張っていた湖の傍に、綱で繋がれていたので、ペリノアは天幕(テント)を畳んで馬に乗せた。そして、ニムエと示し合わせた通りの場所で、グウィアルを待ち伏せした。

ベイドン山を囲むベデグレインの森から、それ程離れていない平原。

 多くの兵士を死なせ、失意の中にあったグウィアルが馬で道を歩いていると、道の上を、ペリノアが立っていた。

 グウィアルは驚いて、ペリノアを見つめた。

「……お前、ペリノア……」

ペリノアは、旧友を見つめて笑った。

「久し振りだなグウィアル……。古き友よ。そして、亡き妻エレインの姉モルゴースの夫。我が義理の兄」

 そう言いながら、ペリノアが腰から剣を抜くのを、グウィアルは訝しんで聞いた。

「何故、剣を抜く」

「お前の敵、アーサー王に借りが出来たのでな。俺は、とっと借りを返したいのだ。……それに」

 ペリノア王は息を吸い、詰めた息を吐くようにグウィアルに言った。

「ゲールで言えば……多くの兵を死なせたお前は、王失格。大地の肥やしになるさだめなのではないか?」

グウィアルは、ふっと、瞼を伏せた。

「……使いか。お前の手で……私の契約の終わりを果たすか」

「その通りだ」

「……すまない、モルゴース……息子達」

 グウィアルが瞳をそっと閉じた次の瞬間、ペリノアは剣で、グウィアルの胸を斬り裂いた。

 鋼の鎧ごと斬り裂かれて鮮血が宙に迸り、グウィアルは馬から落ちて絶命した。

ペリノアの頬と剣には、べっとりと赤い血が付着していて、ペリノアは剣を思い切り振り払って血を飛ばした。

「アーサー王への借り、そして我が妻エレインを殺された恨み、返したぞ」

ペリノアの手に握られていたのは、妖しい光を放つ第一の宝『大いなる(マグナ)(フォルス)』。魔剣だった。ずっと、その剣には『ペリノアは最も近しい者をこの剣で殺す。その者の名はグウィアルである』と銘文が刻まれていた。

(剣の銘文の通りになったな)

ペリノアは、ふと魔剣を見つめて眉をしかめた。

 魔剣に彫られた銘文が、変っていたからだ。


 ウェールズ北西、グウィネズ。

ブリタニア宗主国、ログレス王国。その王都。

ウスク川のほとりに聳え建つカールレオン城に、アーサーは軍を率いて凱旋した。

人々は勝利を喜び、アーサー達が馬に乗って都の大通りを闊歩すると、都に並ぶ家々の窓から、女や子供、老人達が歓声を挙げて、籠から花弁を散らした。

都中で、男も女も祝杯を挙げ、詩人が朗らかに誇張された勝利の歌を歌う。

そんな喜びに沸くカールレオン城にて、アーサーは自分の部屋に戻ると、血と汗の匂いが染みついた鋼の鎧や鎖帷子、籠手と具足、皮のチュニックも脱いで、ぐったりとベッドに寝そべった。

そんなアーサーに、少年姿のマーリンが声を掛けて来たのだった。

アーサーはベッドから起き上がると、青いマントを纏って、マーリンと共にバルコニー……胸壁に出て話をした。

疲れて火照った肌に、夜風は涼しく気持ちが良かった。

外は夕暮れで、太陽が炎のように赤く輝き、地平線に薄紫色の雲が靡いていて、稜線を柔らかく照らしている。

星がちらちら出始めて、夜の帳がもうすぐ降りるというのに、都はあちこちで灯りが焚かれて明るく、民衆が喜びに賑わいでいるのが見てとれた。

そんな都を見下ろしながら、マーリンは沈んだ面持ちでアーサーに告げた。

「……アーサー。ペリノア王がゲール同盟の盟主、ロット王を殺しました」

アーサーは一瞬、何を言われたのかわからず、マーリンに聞き返した。

「なん……だって?」

「ゲールの中には、休戦を申し込んですぐ、アーサー王がペリノアを使い殺させたのではないかと不審がる者もおります。……どっち道、ゲール同盟は暫く、三年程は攻めて来ないでしょう」

「そうか」

「サクソン海岸からもサクソン族が引きつつあります。一~二年後、また攻めてきますが、その間は大丈夫。それまでに準備をしましょう」

マーリンのその言葉に、アーサーは肩を竦めた。

「ああ、わかった。他数名の騎士と重装兵をサクソン海岸に寄越して、ケイを一旦カールレオン城に呼び戻そう」 

 マーリンの肩で、丸眼鏡を掛けたフクロウのピュタゴラスが、眼鏡を光らせて言う。

「マーリン、言うことがあるんじゃろう?」

「……ええ。アーサー」

 マーリンはピュタゴラスに頷くと、アーサーの顔を見上げた。

 マーリンは十歳程の幼い少年の姿なので、十五~六歳程のアーサーの顔を見ようとすると、自然、見上げる形になった。

「私は、ほんの少し留守にします。ノーサンバランドにいる恩師に会いに行きたいので……。幼少時……まあ私は、老人からのスタートでしたが……色々と良くしてくれた方なのです」

「わかった。ありがとうマーリン。君には何をあげたらいいだろう」

 アーサーの言葉に、マーリンは首を振った。

「……何も。ただ、ドルイド教や古の民を……ゲールの民を大事にして下されば」

アーサーは何となく不安になって、胸壁の縁に肘を置きながら、マーリンに聞いた。

「また帰って来てくれるんだろ?」

「もちろん……そうだ。アーサー」

 マーリンは何か思いついたように、アーサーを見た。

「何?」

「一つ聞きたいことがあります」

「何だよ、改まって」

 マーリンは、今、アーサーが腰にぶら下げている、新しい剣を……聖剣エクスカリバーを指差した。

「これは聞いておかなければならないんだった。聖剣エクスカリバー、アーサーは剣と鞘、どっちがいいですか?」

 アーサーは不思議そうに、剣を見つめて首を傾げた。

「何を言ってるんだ? そりゃあ、剣に決まっているだろう」

 マーリンはやっぱりと苦笑しながらも、少し笑いを引っ込めて真面目腐った顔で言った。

「アーサー、鞘を大事にして下さい。その鞘は、剣以上に大切なものなんです。ある湖の巫女が五日間飲まず食わずで、貴方の無事を祈りながら、呪文を縫い付けた鞘なのです。その鞘があれば、死に至る程の血は出ません」

アーサーは、ふっと、美しいあかがね色の渦巻くような刺繍が施され、あかがね色のドラゴンが描かれた鞘を見つめた。

「貴方を守ってくれる鞘です」

「でも、僕はやっぱり剣の方が好きだな」

 アーサーの言うことに「それじゃ駄目なんですよ」とマーリンは注意した。

 その後、マーリンはアーサーに言っておいた通り、ノーサンバランド王国に転移呪文で移動して、師匠である隠者ブレイスの元を訪れた。

隠者ブレイスも、本当は年老いているのだが、歳若く見える魔法で、若さを保っている。

ブレイスはマーリンの訪問を喜び、マーリンは戦について詳しく話し、ブレイスは鵞鳥の羽根ペンで羊皮紙に書き取り、それを記録した。


 ローマの都にも、空高く、鷹が鳴いていて、すっかり背が伸びたガウェインが、その空を舞う鷹を見つめた。

大聖堂で勤めを終えた司教ギルダスが、ガウェインに声を掛けた。

「どうしたガウェイン」

「……神父様」

 ガウェインは、父、グウィアルに似て、赤茶けた髪に緑色の目を持っていた。

「私は、いずれ仕える主君、アーサー王を尊敬しています。ゲール同盟を前にしながら、サクソン海岸に援軍を送ったり……。そんな話を聞いて。でも……」

 ふっと、ガウェインはブリテンがある方向を見つめた。

「私の父は、ゲール同盟の盟主だった。それでも、私は父に会ってみたかった」


ブリテン、北東にあるオークニー諸島。カークウォール城では、届けられたグウィアルの遺体をモルゴースが弔い、小舟に乗せて流した。

モルゴースは何日も泣き続け、息子の次男アグラヴェインや、四男ガレスに慰められていた。

 グウィアルとモルゴースが作った子供達は皆、グウィアルに似て赤茶けた髪に、緑色の眼だった。

三男ガヘリスは、つまらなそうに呟いた。

「父や母は、キリストを馬鹿にしていたから、バチが当たったんですよ」

小舟に載せられた父の遺体を、泣きながら見つめていたガレスは、ムッとしてガヘリスを見た。

「ガヘリスお前!」

「母上?」

 アグラヴェインが聞くと、モルゴースはふらっと、魔法を唱え、腰に下げた革袋の中に入っている粉末を擦り合わせ、振りまいて、巻き起こった煙と共にどこかへ消えてしまった。 

転移呪文だ。ガヘリスはやってられないとでも言うように、馬鹿にしたように言った。

「お前達は良く、あの魔女に媚びてられるよ。俺は、あんな魔女が実の母なんて嫌だね」

「ガヘリス……」

「一番上の兄ガウェインはアーサーの騎士になるため、キリスト教の神父の元で修行しているのに。……羨ましいよ」


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