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十一の反乱王戦

『アーサーは、我らが主イエス・キリストの十字架を肩に着け、戦った』(ウェールズ年代記、カンブリア第七十二年、ベイドン山の戦い)


夜の帳が降りた、ベイドン山を囲むベデグレインの森。

ブリタニア軍の駐屯地は、大小、様々な色とりどりの天幕(テント)が乱雑に並ぶパビリオンが形成されていた。

アーサーがマーリンや騎士らと軍議を行なう大天幕(テント)には、ブリタニア軍を意味する赤いドラゴンの旗が、夜風にはためいている。

この旗はあちこちに立っていて、こののちも、ウェールズを意味する印として残り続ける。

天辺に三角旗をはためかせ、楯が、あるいは槍が掛けられた色とりどりの沢山の天幕(テント)

その一つ。

軍議を終えたアーサーは、幾つかある、神父のいる天幕にそっと入った。

肩には、イエス・キリストの十字架を象ったブローチで、青いマントを留めていた。

神父の天幕(テント)は、わかりやすく十字が描かれている。

天幕(テント)の中では、神父がちょうど寝支度をしようとしたのか、ラテン語で書かれた聖書や、急ごしらえの祭壇と木の聖書台を片付けていたところだったのだが、神父はアーサーの懺悔を聞き入れてくれるようだった。

 その日は、彼や、他の神父ら、ブリタニア軍の駐屯地に着いて来た神父達の元には、沢山、騎士や兵士が懺悔に訪れてきたものなので、すっかりてんてこまいだった。

 その代わり、今はもう、誰も酒を飲むこともなく、見張りや斥候に出た兵士以外は、僅かなひとときを休むために、早めに寝静まっていた。

 それは全て、アーサーによる取計らいで、命令によるものだったのだが。

 夜のベデグレインの森は音もなく、夜露に葉や草を湿らせていた。

「神父様。懺悔を聞き入れて下さいますか」

 そんなアーサーの申し出に、今しがた寝る用意をしようとしていた神父は、居住まいを正して咳払いした。

「……なんなりとどうぞ。王」

アーサーは少し躊躇いながら、神父に告白した。

「……神父様。私はずっとどこかで、神に愛されていない……寧ろ、生を弄ばれているように感じるのです」

「それは何故ですか」

アーサーは少し戸惑ったが、正直に話した。

「……私は生まれ方から異常なんです」

アーサーは躊躇いながらも、少しずつ、自分の心の内に隠していた想いを神父に話した。

「……幼い頃、養父エクトールの城に預けられる前まで……。湖水地方にあるカーライルの城で、暮らしていた頃のことです。召し使いの噂で、私の生まれ方が異常であったことを、私は知りました」

「生まれ方が」

「ええ」とアーサーは暗い表情で頷いた。

「……私は愛の中からでなく、罪から生まれました。実の父は母の夫を殺し、母を奪い、犯して私を作った。私という存在は、始めから間違いだったんです」

神父は聖書を開きながらも、しっかりと、アーサーの話を聞いていた。

「人は始めから罪を犯しています。全ての罪はイエスが背負われました」

アーサーは「でも」と暗い表情で言った。

「でも、罪に対して神は罰を与えます。私が善人であろうとも、ずっと神からの咎が付きまとい続ける。まるで罰されるために生かされてる。何故でしょうね。そんな感覚が消えないんですよ」

「……神は私達に試練を与えなさる。それは、その者が試練を乗り越える力を持つからです」

「前、カールレオン城で騎士に叙せられたとき。カールレオン城にいる司教にもそう言われました。でも……」

 アーサーは、瞼を伏せながら告白を続けた。

「……神が人を作り、罰を与えるなら、何故、神は人が罪を犯すように作ったのでしょうか。罰するのを楽しむためではないかと思ってしまうのは……罪人を面白がって処刑する者達ばかり見てきたせいでしょうかね」

神父が少し躊躇いがちなのを見て、アーサーは口をつぐんだ。

「……神は、人に自由な意思を与えました。それは、人に自分の意思で正しい道を歩んで欲しいからではないでしょうか」

アーサーは、少し視線を上げて、神父に聞いた。

「私にとって、正しい道とは一体なんなんでしょうか」

いつかの少女がアーサーに問い掛けた気がした。

『じゃあ、あっけなく死んで行く者達は?』

顔を上げると、いるのは、少し困り顔の神父だった。

「……あっけなく死にゆく人々は何の罪で、そうならなくてはならないのでしょうか」

「彼等も罪が贖われ、天国へ導かれることでしょう」

アーサーは少しだけ、暗い表情で言った。

「……これから私は沢山の人間を殺します。私自身も死ぬかも知れませんが、それ以上に多くの命を奪います。私の最も深い罪とは結局、それなのでしょう」

 

時は、数刻前にさかのぼる。

夕陽が差し込むベデグレインの森で、幼い姿をしたマーリンが、肩にフクロウのピュタゴラスを乗せ、樫の杖を手に、アーサーを気遣って言った。

「明日は戦いとなりますから、今のうちに少しだけでも休んで下さい」

「ありがとう」

マーリンは、淡々と今日の成果を報告した。

「カールレオン城の包囲は解かれました。六人の王は北方に退却してゆきます。けれど、またすぐに挑んで来るでしょう。恐らくは残り、五人の王を引き連れて」

アーサーは少しだけ、口許に笑みを浮かべた。

「……ルカン、ペディヴィエール、グリフレットが目覚ましい活躍をしたと聞いた。報奨を与えないとな」

アーサーは軍議用の大天幕(テント)に戻り、マーリンに聞いた。

「どれだけの人数が死んだ」

「敵はおよそ二千、こちらは七百です。死兵は皆、軽装の歩兵です」

「……そうか。鉄の鎧を増やさなきゃいけないな。あと兵士達に、馬に乗る訓練も施さないと。山や森では、騎兵より歩兵の方が役立つけれど……」

「死にゆくのは軽装歩兵……徴兵令で集められ、戦など望まぬ農民ばかりです。馬に乗り鉄の鎧を身に付けた貴族達は、ピンピンしてますよ。でも、戦を起こすのは農民でなく、そういう奴等なんです」

「ああ。ついこの間まで僕は田舎で従者になるだけの……徴兵されれば、簡単に死ぬだけの立場だった。でも皮肉だけど、今は王だ。戦を起こす側になってしまったな」

マーリンは夜空を見つめながら諭すように言った。

「それでも、王が立たないより遥かにマシなんですよ。国土は、王がいなければ荒れるばかりだ」

「……でも、何だか怖いって思うよ」

ピュタゴラスが、羽根づくろいをしながら森の様子を気にしていた。

「森の妖精や、鳥やウーゼルぎ達が逃げておる。罪深いな。人間とは」

様子を見に行っていたブラスティアスが、天幕(テント)に入ってきて報告した。

「アーサー王様、十一の反乱王の軍勢がベデグレインの森でベデグレイン城を包囲しています!」

マーリンが落着き払った声で、アーサーに言った。

「アーサー、出陣の準備を」


ベイドン山を包むベデグレインの森に、アーサー率いるブリタニア軍は暫し駐屯することになった。

 様々な騎士、兵士らが天幕(テント)を立てて、色様々なパビリオンが形成され、沢山の天幕(テント)、三角旗、槍、盾が並ぶ中、多くの兵士達が、旅芸人や詩人を取り囲んでいた。

中には酒を飲む者もいた。

それを、じっと見つめるアーサーに、声を掛ける男がいた。

いつだったか、エクトールの城でアーサーやケイに武術を教えてくれた、ウーゼル王仕えの、黒髪に隻腕の騎士で、名前をペティヴィエールと言った。

「酒を飲む兵士達を見ておられるのですか」

 アーサーが振り返ると、ペディヴィエールも真面目な顔で、酒に酔う兵士達を見つめていた。

「何故、酒を飲むんだろう」

「彼等は戦を良く知る者達です。恐怖を良く知っているから、ああやって酒の勢いを借りなきゃいかんのです」

アーサーは、隻腕の男、ペディヴィエールを見つめた。

「でも、お前は酒を飲んでないな、ペディヴィエール」

 ペディヴィエールは少し首を傾げた。

「王、貴方も落ち着いておられる。それが私には少し不思議なのです。失礼ですが私には、貴方はただの、田舎の少年にしか見えないものなので」

「……いや、かなりビビってる」

「そう、普段は。だが、本当にここぞというとき、貴方は勇気に満ち、冷静で、どこか長い年月を生きて来たような。その年齢相応の少年に見えなくなるのです」

アーサーは少しこそばゆくなって、首を掻いた。

「そうかなあ? お前こそ、その腕で良く、戦場に立ち続けられるよ」

「ゲールの神には、銀の腕のヌアダという隻腕の英雄がおります。不敗の神です。私もそれに続くまで」

「お前は、ルカンやグリフレッドと共に、良くやってくれている。報奨を考えていたんだ。マーリンに銀の腕をつけるよう頼んでみよう」

ペディヴィエールは「勿体ないお言葉です」と、真面目くさった顔で微笑んだ。


 アーサーが少し歩いて、パビリオンをぐるりと見渡した後、軍議用にしつらえられた大天幕(テント)に戻ると、ブラスティアス卿とウルフィウス卿が何か言い合いをしていた。

マーリンはそれを無視して地図を見つめ、黒髪を後ろに縛ったボードウィン卿が、ブラスティアス卿とウルフィウス卿に挟まれ、困り顔をしながら、アーサーに報告した。

「……直に夜になります。ゲール同盟の兵力は六万で、こちらは二万。敵方の軍勢はこちらのおよそ三倍。こちらの方が不利です」

ブラスティアスが付けたすように言う。

「斥候によれば、あちらはこちら以上に騒いでいます。人数差から、勝利を確信して浮かれいるんですよ」

アーサーは、ふっと瞼を伏せた。

「……怖いよな」

 そう言って、アーサーは何となしに、自分の手の平をじっと見つめた。

「沢山の命が、僕達の手にかかっている。僕達の民の命。それに敵の命も」

「戦争というのはそういうものです」と、マーリンが諭す。

「どうすればいいんだろうな。あちらの方が人数もずっと多い……」

 アーサーは少し思案するように黙り込んだが、何かを思いついたように目を開くと、ふっと顔を上げて、マーリンや騎士達に命じた。

「……今晩は懺悔をしよう。司祭を呼んで」

ウルフィウスは嘲笑するように、口許を歪めた。

「懺悔ですか。アーサー王様は異教徒かと思いましたが、真面目に懺悔を行うのですか」

アーサーは頷いた。

「そう、真面目にね」

 マーリンの肩に乗っていた、丸眼鏡を掛けた目付きの悪いフクロウ、ピュタゴラスも、続けて言う。

「真面目に」

 アーサーは「そう」とこともなげに言った。

「兵士達も皆、今宵は真面目に懺悔だ」

マーリンは少し、心配そうにアーサーに言い募った。

「アーサー、余り怖がっていては、貴方の恐怖が兵士達に移り、士気に関わりますよ」

「怖いもんは怖いんだよ。文句ぐらい、好きに言わせてくれよ」

ウルフィウスは(ふん。怖じ気づいたか)と心の中でせせら笑い、ピュタゴラスは翼を振りながら「幾ら祈っても、人間の罪深さは救われんと、人間でないわしは思うがね」と溢した。


 一方、ベデグレインの森を挟んだゲール同盟の駐屯地では、こちらも色とりどりの天幕(テント)が並ぶパビリオンの中、大将であるスコーティア国王……ロトの名を継ぐ、グウィアルが、鋼の鎧にマント姿で闊歩していた。

 兵士は皆、蜂蜜(ミー)()をがぶつくように飲んで、酔っぱらっている。

 詩人と共に陽気に歌を歌い、旅芸人が火を噴く芸などを見せている。

 それが戦いの倣いではあると、グウィアルは知っているものの、何かが心の中に引っ掛かったように蔭っていた。

 ゲール同盟の軍議用大天蓋の中に入って、グウィアルはふっと呟いた。

「……浮かれすぎる」

 グウィアルの横には、白鬚を生やした、ブランデゴリス王と、黒髭を生やしたネントレス王が並んでいて、事もなげに笑いながら言う。

「宜しいではないですかな」

「人数はこちらの方が多いのですから」

 ブランデゴリス王はストランゴアという国の王で、ネントレス王はガルロットという国の王だった。

どちらも、ゴア、ガルはゴールを意味していて、ゴールという土地はブリテンの中程にあった。異界アンヌゥンに近く、森と藪に包まれた暗く広大な土地で、ゲールの国が幾つか存在する。

グウィアルは、首を振った。

「……これでは、まるで烏合の集だ。兵達に、統一感がないんだ。ゲールという立場は皆同じだが……嫌な予感がする」

だが、ネントレス王は一笑に伏せた。

「皆、酒で勢いをつけているのです。戦争とはそういうものです。スコーティアのロト殿は恐れながら、余り戦争を知らないのでは? 遥か北方のお住まいですからな」

 そんなネントレス王に、ブリタニアに対する全サクソン軍の指導者である、狼の毛皮を羽織った四十代程の黒髪の男、カラドス……セドリック王が言った。

「……ネントレス王。それは違う。スコーティアのロト王は……ローマ帝国も、侵略することが叶わなかった国々の宗主です」

セドリック王を見て、隣ではイドレス王が馬鹿にしたように笑った。

「ふん……。サクソン人が偉そうに」

 イドレス王は、ティンタジェル公ゴーロイスが死んだ後、コーンウォールでゲール、(いにしえ)の民らを纏めていた王だった。

 ブリテンの西方にある島国、アイルランド……ヒベルニアの国王であるアングイシュ王も、渦巻いたゲール模様の服や装飾品を身に纏った姿で、セドリック王に次いで頷いた。

「スコーティア王は、我がヒベルニアの上王であり同盟相手だ。ノルウェーとも同盟を組んでいる。馬鹿にしないで頂きたい」

隣で、ウリエンス王が冷静に言った。

「いずれにせよ、人数ではこちらの方が有利、憂慮することは何もない。斥候によればアーサー王は翌朝、仕掛けるとのことだ」

 ウリエンス王はレゲッド国の王だ。レゲッド国は、他二つの国のようにゴールという土地にあり、湖水地方に面していて、ブリタニア王国でいうとカーライル城が近い。

グウィアルは、考え込んだ。

「……皆、聞いてくれ。寝るときは念のため、鎧を身に付けて寝るんだ」

ガルロット国のネントレス王が眉根を寄せた。

「はあ? 重い鉄の塊にくるまれて寝ろだと? 肩が凝って、肝心の戦のときには疲れとるわ!」

レゲッド国のウリエンス王も口を挟む。

「斥候が、敵方は翌朝仕掛けてくると言うんだ。アーサーは臆して懺悔しているらしい。

朝、戦を始めるのは定例通りだ。あちらも騎士だ。騎士道を守るだろう」

 だが、グウィアルは爪を咬みながら、首を振った。

「……いや。私はそうは思わない」


翌朝になっても、アーサー軍はゲール同盟軍に攻めて来なかった。

ゲール同盟の軍議用大天幕(テント)では、鋼の鎧を纏ったグウィアルが「来ないか……」と、呟いた。

ネントレス王は取るに足らぬとでも言うかのように、酒の匂いを漂わせて笑う。

「はっ、小僧っ子が、わしらを恐れて打って来られないのよ」

そうして、ゲール軍は勝利を祝って馬鹿騒ぎを続けた。

軍議用天幕(テント)では、ネントレス王以外にも、蜂蜜(ミー)()臭い王が何人かいて、ウリエンス王が肩を竦めながら言った。

「こちらから打って出て、さっさと終わらせればいいんですよ」

グウィアルは二人の息を嗅いで、顔をしかめた。

「ウリエンス王……蜂蜜(ミー)()を飲んでいるのですか。ネントレス王も」

ネントレスはすっかり陽気な気分で笑う。

「斥候によれば若いアーサー王はびびって震えて、家臣らに慰められてるって話だ。そりゃ十五歳つったら俺なんか従者の頃だ」

グウィアルは溜息を吐いて、ゲール同盟の王達を見渡した。

(セドリックのサクソン軍、アングイシュ王のヒベルニア軍は鎧を着ている)

 グウィアルはふっと呟いた。

「十五歳……それぐらいの頃でした。私が苦労する羽目になったのは」


 その晩、懺悔を終えたアーサーは、鋼の鎧にマント、具足、籠手を全て身に付けて、軍議用の大天幕(テント)に入った。

 軍議用の大天幕(テント)は、周辺の地図を乗せたテーブルを中心に、すっかり戦支度を整えた騎士達が顔を揃えていて、ブラスティアスがアーサーに問うた。

「アーサー王様、目が醒めましたか」

「うん。懺悔も済ませた……。他の兵士らも目を醒ましたかな」

少年姿のマーリンが、フクロウのピュタゴラスを肩に乗せ、樫の杖を手にしてアーサーに言う。

「行くんですね」

アーサーが「うん」と頷くと、マーリンの肩の上で、フクロウのピュタゴラスが目を細めた。

「月は満ちつつある。吉兆ではある。誰にとってかはわしにはわからんが」

「……僕達にとってだとありがたいな」

アーサーはそう言うと、一同の顔を見回した。

 皆、酒の匂いもしないし、意識もはっきりしているようだ。

「一晩中、懺悔して、寝て。皆頭は酔っぱらってないな」

「……ええ。それが?」

ブラスティアスが不思議そうに聞き返すと、アーサーは少し微笑んだ。

「戦いに慣れている奴ほど酔っぱらうなんて、勿体ないよ」

 マーリンは小さな声で「なるほど」と呟いた。

 アーサーは、一つ、息を吸うと、目を開いて命令を発した。

「全ブリタニア軍に命ずる。全力で敵軍に攻め込め! 騎兵は歩兵を無視して、騎兵と敵将を狙え!」

 皆、息を呑んだようにアーサーを見つめたが、すぐに要領を得たのか、臣下の礼を取った。

一瞬、アーサーの瞳が赤く輝き、アーサーの首飾りも赤く光っていた。

 それから、夜も明けぬ内に、アーサー率いるブリタニア軍は、一気に、敵方、ゲール同盟に夜襲を掛けて攻め込んだ。

騎士の倣い通り、夜攻められることはないだろうと思い込んで、すっかり酒に酔って寝ていたゲール同盟軍の天幕(テント)は、どれもこれも、すっかりアーサーの軍に押し潰された。

だが、鎧を身に付けていたスコーティア国王グウィアルと、アイルランド……ヒベルニア国王アングイシュ、そしてサクソン族の指導者セドリックの軍は、咄嗟に体制を整えた。

向って来るゲール同盟軍に向って、馬に騎乗しながらアーサーは手を上げた。

「今だ! バン王とボールス王に合図を!」

アーサーの号令と共に、狼煙が挙げられ、それが同盟軍への合図となった。

アーサーは、マーリンの案によって、海を隔てた同盟国……ガリアのベンウィック国王バンと、ガネス国王ボールス王が、ベデグレインの森に軍を引き連れて潜ませていたのだ。

ブリタニア軍から突然の夜討ちに遭い。体制を崩し、逃げ惑うゲール同盟軍に、左右の森から多くの……ガリアから来た同盟軍が、包囲し、一斉に畳み掛けた。

 蜂蜜(ミー)()を飲んだくれていた国王の軍は一溜まりもなかった。

ネントレス王は「何だと!」と叫び、ウリエンス王も「伏兵だ!」と、酒にフラつく頭で必死に軍を率いて剣や槍を抜いた。

マーリンと打ち合わせていた通りに、アーサーは歩兵を無視し、馬で掛けながら敵将を狙った。

ネントレス王に仕えていた、ジルという騎士は、酔っ払っていたので、あっさり死んでしまった。

普段、顔を合わせれば言い合ってばかりのウルフィウスとブラスティアスは、ノーサンバランド王国のクラリアンス王と戦った。

グリフレットとルカンは、ブランデゴリス王、イドレス王、アングィシュ王に馬から叩き落とされてしまっていた。アーサーを育てた父、エクトールは、蜂蜜(ミー)()を浴びるように飲んで酔っ払っていた百人の騎士の王、クラデルマントに身体中を斬り裂かれ、突き倒されていた。

「父上!」

アーサーはエクトールに剣が振りかざされるのを見ると、馬を必死で走らせて、エクトールを斬ろうとするクラデルマントに剣を降り下ろし、一気に倒した。

 返り血がアーサーの頬に走った。

戦いの中で、アーサーも槍で足を刺され、剣で斬られそうになった。

だが、ベンウィック王国の軍を率いていた歳の近い少年が、咄嗟に相手を殺し、アーサーは死なずに済んだ。

「大丈夫ですか、アーサー様!」

 少年は(いにしえ)(たみ)の血を引いているのか、小柄で、髪も目も黒かった。

アーサーは、顔の血を拭いながら、少年にお礼を言った。

「バン王の騎士か……ありがたい! 名は?」

少年は、アーサーに礼を言われて、嬉しそうに頬を染めた。

「ランスロット! 人は、湖のランスロットと呼びます」

黒髪を風に靡かせた少年は、十字が描かれた旗をはためかせた自軍を振り返ると、勢いに乗って命じた。

「行くぞ、ベンウィックの者! 我に続け!」

 彼の号令によって、多くの騎馬兵が頼もしく掛けて行く。

皆、ゲール同盟の王達とそれぞれ一戦を交え、退却させた。

グウィアルは次々に倒れて行く自軍を見ながら「一時、退却だ!」と号令を出した。

 ゲール同盟軍が一斉に引いて行くので、肩で息をしていたアーサーは、ようやく、少しだけ呼吸を整えた。

 折れた剣や槍が散らばり、内臓がはみ出た死体が転がるベデグレインの森の中で、血塗れの仲間達がアーサーの元に集まって来た。

 丸眼鏡を掛けた目付きの悪いフクロウ、ピュタゴラスを肩に乗せて、どこからかマーリンが現われて、アーサーを心配した。

「ああ、アーサー。血塗れで誰かわかりませんでした」

「……敵の血だ。……ああ、剣に脳味噌がついてる」

 アーサーは息を整えながら、剣に付いた脳味噌を嫌そうに振り払った。

やがて、同盟軍のベンウィック国王バン王と、ガネス国王ボールス王が、馬に乗ってアーサーの元へやって来た。

バン王は髪が白く、うっすら白い鬚を生やしていて、ボールス王は若く、大きくがっしりした体躯の持ち主だった。

「アーサー王様、ご無事ですか」

「バン王、ボールス王には同盟を結んで頂いてありがたい。……特にバン王、ランスロットという騎士には命を助けられました。この戦いが片付いたら、必ずそちらの戦争にも駆けつけましょう」

「いや、こちらこそありがたい」

アーサーは手を伸ばし、ボールス王とバン王とそれぞれ握手を交わした。

バン王は「しかし」と、ゲール同盟が去って行った方向を見つめた。

「あのゲール同盟軍。十一人の王達は皆、素晴らしい武人です。貴方の臣下か同盟者だったらどれだけ良かったか」

 その後も、喜びの声を交すアーサー達を横目に、マーリンはフクロウのピュタゴラスが瞼を伏せているのに気付いた。

「ピュタゴラス?」とマーリンがピュタゴラスに声を掛けると、ピュタゴラスは強い血の匂いを嗅いで、やっていられないと言うかのように、辛そうに首を振った。

「……人間はこれだから嫌なんじゃ……。同じ人間同士で多く殺し合う……。……そんな生き物は人間と……竜だけじゃ」


一時、退却したゲール同盟軍は、必死に体制を整え直していた。

 酒に酔った間に、随分、数を減らされてしまった。

生き残った王達が顔を突き合わせ、グウィアルが暗い顔付きで自分の考えを言った。

「……我々は大多数の部下を失ってしまった。一々、歩兵を庇うために十人の騎兵が減っている。これでは駄目だ。だから……ここからは私の案だが、歩兵を我々から離そうと思う」

弾かれたように、イドレス王が顔を上げてグウィアルを見つめた。

「歩兵を見捨てるのか?!」

「……いや。アーサー王は、歩兵は狙わない。だから、歩兵は森に充分避難できる」

グウィアルは少し息を止めて、吐くように言った。

「騎兵が集合したら『逃げる者は殺す』と布告して下さい。一人の臆病者のために、多くが殺されるより、一人の臆病者を殺す方がましだ。どうでしょうか」

 グウィアルは王達を見つめたが、誰も何も言わずに、意を決したような表情でグウィアルを見つめている。

アングイシュは「誰も異論はないようです」とグウィアルに言った。

グウィアルは「ありがとう」と言うと、顔を引き締めた。

「死のうが生きようが、我々は味方を絶対見捨ててはならない。勝手に逃げる者は、騎士の恥だ。殺せ」

 軍議を終えて一同が大天幕(テント)から、それぞれの天幕(テント)に戻ろうとしたとき、一陣の風が吹いた。

 スコーティア国王グウィアルと、サクソン族の指導者セドリックと、アイルランド……ヒベルニアの国王アングイシュ。

 そして、向い合う戦陣に、赤いドラゴンの旗を立てたブリタニアの王アーサーが、ふと、夜風に引かれて、星が輝く夜空を見上げた。

 戦いは、再び切り開かれた。


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