表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/44

物語が始まる前に(2)

 扉の向こうからの「どうぞ」という返事を待って、私は入室した。

 色々な設計図が壁一面に貼られた室内。出入口から真っ正面にある執務机に座る、ギルドお仕着せのカッターシャツ姿な壮年男性。

 私は目的の人物を認め、執務机の前まで歩いて行った。


「やあ、シア。平日に来るのは珍しいね」


 書き物をしていたらしいレンさんが、手を止めて顔を上げる。

 そんな彼を前に、私の方は呼吸が止まって心拍数が上がった。


(ああ……今日も声が良い……!)


 耳から(はら)む。こういった表現は令嬢的にアウトだろうが、これ以上しっくり来る言い方が思い浮かばない。

 まあアデリシアは見た目が美人なので、自ら暴露しない限りは周りが勝手に「素敵」くらいのマイルドな訳を付けてくれるだろう。悪意がある者には「この平民風情が」というアテレコをされるかもしれないが、どちらにしても本音がバレることはないに違いない。


「こ、こんにちは。レンさん」

「また何か思い付いたのかい?」


 レンさんがにこりと笑う。癒やしの笑顔だ。

 小柄な体格に小麦色の肌。左肩で一つに纏められた艶やかな黒髪。濃茶の瞳。

 ローク王国では一般的に色素が薄い方が美しいとされるが、私にはレンさんの容姿の方が魅力的に映る。前世で三十年近い人生を送った日本人に近くてしっくり来る、という理由もあるかもしれない。

 まあ私でなくても、密かに狙っている女性は多いだろう。レンさんは絶世の美男ではないけれど、「職場の部署で一番格好良い」くらいにはハンサムだ。人気はありそう。


「思い付いた……には、違いないのですが……」


 私はしどろもどろに答えた。

 「うん?」と、レンさんが頬杖をつく。

 レンさんが聞いているのは、新しい建築のアイディアについての『何か』だろう。答えてしまってから気付いたが、私のこれは「思い付いた」ではなく「思い立った」に該当する。

 とはいえ、私がやるべきことに変わりはない。私はグッと両手を握って気合いを入れ直した。

 と、そのタイミングでレンさんが欠伸(あくび)をする。


「おっと、これは失礼」


 直ぐさまレンさんは、ばつの悪い顔で謝罪した。私はというと、全然失礼だとは感じず。寧ろレアなレンさんの姿に、少しドキドキしてしまった。


「いえ、すみません。お忙しかったでしょうか」


 よく見れば、レンさんの目元には隈があった。私が今の返事をする間にも、レンさんがまた欠伸をする。今度はかみ殺してはいたけれど。


「いや、ギルドの仕事の方は普段より少ないくらいだよ。これはちょっと家のごたごたで、昨夜年甲斐もなく完徹してしまって」

「完徹!?」


 私の前世の記憶によれば、二十代後半辺りから徹夜はかなり翌日に響いた。レンさんは確か三十八歳。「ははは」なんて笑っているが、大丈夫なのだろうか。


「レンさん、遠慮せず欠伸して下さい。脳に酸素が必要です」


 三度目の欠伸もかみ殺したレンさんに、私はつい口出ししてしまった。

 レンさんが小さく「え?」と言った後、また「ははは」と笑う。今度は苦笑いではなく、可笑しいときに出る方で。

 先程が苦笑いだったあたり、本人に疲れている自覚はありそうだ。


「できれば今日は早めに寝て下さいね」

「そうだね。ギルドの書類についてはこれで一旦区切りを付けて、続きは明日にするよ」


 言ってレンさんが、書きかけだった文章の続きをサラサラと記入する。

 それから彼は、手にしていたペンを机に置いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ