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『秘密の恋人』が終わるとき(3)

 『私の知識は借りもの』。自分で言って、自分で打ちのめされる。


(でも、すっきりした)


 きっと私は怖かったのだ。私のような人が他に現れて、「そのくらいの知識なら自分にもありますよ」と言われるのが。感謝されていたものが、実は大したことのないものだと落胆されることが。

 だから、こうして自分の口で決着を付けられてよかった。


「実は私、別の世界で生きた前世の記憶があって。その知識を利用したんです」


 こうなったらもうカミングアウト。破れかぶれ。私は一息に言った。

 珍しい発想をする者は歓迎しても、変人となれば(うと)まれる。わかっていて、ひと思いに自決した。

 つもりだったのに――


「まあ、そうなんじゃないかなとは思ってた」


 レンさんの反応は、予想だにしないものだった。

 冗談と捉えたにしては、茶化すような口調ではないそれ。思わず真意を探るような目で彼を見てしまう。


「水道や商店街の企画を聞いただけでも君はまるで見たことがあるように話していたから。そんなこともあるかもしれないとは、思ってたよ」

「……それ、レンさんの方が余程斬新な発想をする人ですよ」

「ははっ、ありがとう」


 頭が柔らかすぎるレンさんに毒気を抜かれ、私は半ば放心状態で彼を見つめた。そんなだから、「口を開けて」という彼の声に反射的に従ってしまう。

 どうして口を開けるのかと思ったときにはもう、私の口の中には一口サイズのお菓子が放り込まれていた。甘くてあっという間に溶けて行くこの感触は、買い足した中でも私が特に気に入っていたお菓子だ。


「そのお菓子を買うときに、店の人は誰だかが五年かけて遠くの土地に住む民族から教わってきたと話していたよね。僕にとっては、シアの前世というのもそれと変わらない気がするけど」

「?」


 口の中にお菓子があるので、目だけで彼に尋ねる。


「その人がやったことは、単に遠くにある土地の家庭料理を伝えただけ。できるできないで言えば、別にその人でなくてもよくて。何なら、その遠くの土地なら知ってる人は大勢いるわけだ。ほら、シアと同じだろう?」


 変わらない、同じ。そうなんだろうか?

 だって、お菓子を伝えた人は苦労して手に入れた知識と技術だ。最初から知っていた私とは違って。


「もし、その人物が他の誰かと一緒に行っていて。でも、そのうちの一人しかこの国に広めなかったらどうだろう? 僕たちは二人に同等の感謝を向けたかな? 違うよね。だからシアにも気付いて欲しい。僕たちが君に感謝してるのは、五年かけてお菓子を伝えた誰かのように、その()()()()()()だということを」

「…………」


 一拍遅れて、私は息を呑んだ。

 気付いて欲しいという、彼の言葉を理解して。


(伝えることに意味がある)


 そうだ。声であれ文字であれ、それは相手が受け取って初めて意味が生まれる。自分自身との対話でさえ、現在(いま)ではない()わば別の自分に向けられる。


(借りものかどうかは関係なくて、伝えた私に意味があった……)


 目から鱗が落ちた思いだった。

 もう口の中にお菓子はないのに、私は声を出せないでいた。


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