第38話 化け物には化け物を
はい、戦闘は続きます。
サルの悪魔を魔界へ帰らせるために、ハリーと大臣が奮闘していた時、前線の右側ではジャポニカン軍を戦慄させる出来事が起こっていた。
アマザエが演奏した帰還の曲を聞いて、サルの悪魔のみならず、ヤギの悪魔のテンションも爆上がりしていたのだ。
「ヴェエエエエエーーーーッ!」
サンドロの魔法がつくりあげた土の壁の上でじっと動かなかったヤギの悪魔は、低い声で唸りながら、静かにその巨体をゆらゆらと揺らし始める。ヤギの目の色が赤に変わって、ゆっくりと、ほぼ垂直な土の壁を、もたれかかるような感じで横向きに下り始める。
「ヤギの悪魔が動いたぞ!」兵士。
「飛び降りるんじゃなくて、急な壁を滑り下りて来るのか」兵士。
サルの悪魔のことを望遠鏡で見ていたノダオブナガたちも、ヤギの悪魔の異変に気づいて、サルの悪魔どころではなくなっていた。
「何じゃ!?」国王。
「ヤギの悪魔が動いている」ビクター。
「コニタンはいつ目覚めるのじゃ?」国王。
「おい、ドロシー、もう一回コニタンにタッチしてみろよ」すぺるん。
「あ、はい」コニタンにタッチするドロシー。
ビリビリッ、と静電気が走ってコニタンが一瞬目を覚ますが、再び気絶する。
「あーあ、逆効果かもしれませんよ」かおりん。
「悪りぃ」反省のすぺるん。
「サンドロの土魔法なら、ヤギの悪魔の動きを止められるかもしれんが……」国王。
「あたしの鋼鉄魔法でもあいつの動きを止められるけど、すぐに鋼鉄は消えちまうから、一時的だねえ」マジョリンヌ。
「ぐぬ……」国王。
ノダオブナガたちがヤギの悪魔に気を取られている時、すぐ側ではメイジたちがアマザエを診ていた。アマザエは血で滲んだ灰色のローブの上から、サルの悪魔に引っ掻かれた左腕を押さえて辛そうにしている。
「回復魔法!」アイン・カベル。
青白い光の輪がアマザエを包み込む。
「ところで、アマザエよ。お主の属性は何だ?」メイジ。
「……属性……」
「魔法の属性だ」メイジ。
「……」アマザエ。
「それとも、神官か僧侶の修行をしたから、回復魔法を使えるのか?」メイジ。
「……魔法は、使ったことがありません」
「ん、何だと!? 強力な魔力を持ちながら、魔法を使ったことがない!?」メイジ。
「アマザエが魔法を使うのを見たことはない」マルテン。
「本当か!?」メイジ。
メイジは珍しく驚いている。神官二人も驚いているが、淡々と作業をこなす。
「悪魔に攻撃されたので、普通の傷ではないかもしれません」アイン。
「だから腕をよく見せて下さい」カベル。
神官二人がアマザエのローブを捲って左腕を見ようとするが、アマザエは咄嗟に腕を引っ込めた。
「え? どうしました?」アイン。
「アマザエさん、大丈夫ですよ」カベル。
アマザエは腕をローブの中に深く隠すように引っ込める。
「どうしたのだ?」メイジ。
「……」マルテン。
マルテンは険しい顔つきになる。
「悪魔に攻撃されたのです。念の為に見せて下さい」アイン。
「怖がることも、痛がることも心配いりません」カベル。
神官二人は優しく諭すように言った。アマザエはローブから左腕を出して見せた。
「えっ!」アイン。
「これは!」カベル。
二人は驚いた。メイジはその腕を見て、眉をひそめる。
「この烙印は……」メイジ。
「何てこと……」アイン。
「ひどい……」カベル。
アマザエの左腕には、魔法陣の焼印が押されていたのだ。アインがアマザエの手を優しく握る。カベルはアマザエの右腕も見る。そこにも同じ焼印が押されている。それだけでなく、番号や文字の焼印も。
「これは、魔法を使えなくする呪いの烙印だ」メイジ。
「……」アマザエ。
「お主、奴隷として使われておったのだな」メイジ。
「……」アマザエ。
「……」マルテン。
「マジョリンヌよ、手伝ってくれぬか」メイジ。
「ああ、いいよ、何だい?」マジョリンヌ。
「火炎魔法でこの烙印を焼いてくれ」メイジ。
「何だって!? めちゃめちゃ熱いし、痛いよ」マジョリンヌ。
「アマザエよ、荒技になるが、我慢してくれるか」メイジ。
アマザエは無言で少し頷いた。
「しょうがないね、火炎魔法!」
アマザエの両腕の焼印がピンポイントで細い炎に包まれる。
「んんぐぁぁ……」
アマザエは歯を食いしばって、声にならない悲鳴を上げている。十秒、二十秒……炎が焼印を全て焼き尽くす。そしてすぐにメイジが魔法を唱える。
「呪い解除魔法!」
アマザエの両腕から黒い靄が湧き上がり消えていく。そして直様、アインとカベルが魔法を唱える。
「回復魔法!」
青白い光の輪が両腕に纏わりつく。しばらく光を放ち、青白い輪が消え、アマザエの両腕の焼けた跡は元通りに回復した。
「よく耐えました。もう大丈夫」アイン。
「焼印も火傷の跡も残っていません」カベル。
「呪いは解けた。これでお主は魔法を使うことができるはずだ」メイジ。
「……」アマザエ。
ヤギの悪魔は土の壁を滑り下りてきて、地面に着いた。
「メエエエエエーーーーーーーッ!」
近くの地面から重量系のモンスターが50体ほど出現する。
「あら、またモンスター呼ばれちゃいましたね」かおりん。
兵士たちはすぐにモンスターどもと応戦する。ビクターも。ノダオブナガも剣を構えてモンスターの群れの中へ突入する。
「おい、金さん、どないしたんや。ちょんまげのかつらかぶったままやで」アホ雉。
「おわっ、しまった、私としたことが」金さん。
「なんか、関西弁と違たら変やな。わては行くでー」モンスターどもに斬り込むアホ雉。
ヤギの悪魔は息が徐々に荒くなっていく。それから、前足を交互に上げたり下ろしたりして、頭を少し下げていく。そして、深く息を吐きながら、走り出す。
「来たぞ!」兵士。
ヤギの悪魔は兵士たちを蹴散らして走り続ける。
「どわーーー!」兵士。
「デカ過ぎる!」兵士。
兵士たちはいとも簡単に蹴散らされてしまう。
すぐ側で、金さんが魔法を唱える。
「回復魔法!」
蹴散らされた兵士たちの傷が回復する。
ヤギの悪魔は目的もなしに走り回ってるようだ。自分が呼んだモンスターをも蹴飛ばして走っている。
「自分の仲間を足蹴にするなど、不届きな」バカ犬。
「そんなん、悪魔にわかるか!」アホ雉。
「金さん、魔法で何とかならないのか?」すぺるん。
「霧魔法は、敵味方が入り乱れた状況では危険だし、混乱魔法は知能の高い悪魔には効かないだろうし、仮に効いたとしても、暴れるだけだ。意味がない」金さん。
「難しいんだな」すぺるん。
「だが、魔法で攻撃するしかないか」金さん。
金さんは魔法を唱え始める。
「真空魔法!」
真空の刃がヤギの悪魔目掛けて飛んでいく。一瞬、衝撃で悪魔の動きが止まり、頭をふらつかせる。
「ィテエエエエーーーーーッ!」
ヤギの悪魔は唸りながら走り始める。
「魔法でダメージを与えられるが、大して効果はなさそうだ」金さん。
すぺるんはそれを聞いて、自分にできることをしようと気合を入れて、モンスターどもに突撃していく。
真空魔法を食らった悪魔を見ていたノダオブナガは、ヤギの悪魔に向けて魔法を唱える。
「光魔法!」
7本の光の矢が現れて、その全てが悪魔に向かう。そして7本の矢が全て命中した。
「ィテエエエエーーーーーッ!」
ヤギの悪魔は光の矢を受けて、首や脚から黒い血を流している。
「国王様の魔法が効いたぞ!」兵士。
「おおーーーっ!」兵士。
兵士たちの士気が上がる。
「光魔法、すげえ!」アホ雉。
「さすが、聖なる魔法だ」金さん。
しかし、悪魔の血はすぐに止まり、何事もなかったかのように、また走り出す。
金さんはコニタンの様子を見に近づく。ドロシーが立つ横で、白目をむいて気絶している情けない勇者コニタン。よく見ると、よだれを垂らしている。意識を取り戻す気配は微塵もない。
そこへ、地獄の門からセサミンに乗って、ハリーとサンドロが戻って来た。
「国王様、サルの悪魔は地獄の門の中へ入り、魔界へ帰ったようです」大臣。
「セサミンによると、一度魔界へ帰って、同じルートを通って再び人間界へ来ることはできないそうです」ハリー。
「真か!」国王。
「でかしたな、ハリー!」すぺるん。
「爽やかイケメンだからな」ハリー。
「死ね、クズ!」すぺるん。
ノダオブナガは号令を掛ける。
「皆の者! サルの悪魔は地獄の門から魔界へ帰った! 後は、あのヤギの悪魔だけだ! 力を尽くすぞ!」
「うおおおおーーーーーーっ!!!」兵士たち。
全ての兵士の士気が上昇した。
サルの悪魔が魔界へ帰ったことを聞き、ヤギの悪魔が走り回っている状況を見ながらも、冷静に何かを考えている金さん。
「コニタンさんが目を覚まさない以上、やるしかないな」金さん。
考え事をしていた金さんは、悩みに悩み抜いて、結論に達したようだ。
「何をやるんですか?」ドロシー。
「賭けになるかもしれないが……」金さん。
「賢者になってもギャンブルかよ、金さん」ハリー。
「いや、ギャンブルじゃない」金さん。
そう言うと、金さんはローブの中から小さなガラスの瓶を取り出した。
「このままの状況が続いても、いつかみんなが倒れてしまう。そうなってしまうのなら、少々荒技になるが……」金さん。
金さんは、ガラスの小瓶の蓋に貼られた魔法陣のお札を剥がす。そして瓶を地面に投げつけた。瓶は割れ、白い煙が瞬く間に周囲に拡散していく。ものの数秒で周囲数十メートル四方が白い煙で包まれ、みんな何も見えなくなった。その煙は徐々に晴れていく。
「……おい、まさか……ウソだろ……」ハリー。
メイジとサンドロが金さんの所へやって来た。
「金よ、お主、まさか……」メイジ。
「これは危険じゃぞ」大臣。
白い煙が薄くなるにつれて、大きな何かの影が浮かび上がってくる。この光景は前線の左からも目立って見えていた。
「目には目を、歯には歯を、化け物には化け物を」金さん。
バカ犬とアホ雉は腰を抜かしそうなくらいに驚いている。もちろん、すぺるんも、かおりんも。そしてマジョリンヌも。前線の左で戦闘している、マゲ髪も。
煙が消えた後に、完全に現れた巨大な化け物は、耳を劈かんばかりの唸り声を上げる。
「パオオオーーーーーーーーーーーーン!!!」
兵士たちは何が起きているのか理解できないでいる。それが何なのか、なぜこの場にいるのかを。
しかし、以前に見たことがあるすぺるんたちは文字通り驚愕だ。
「マジかよ……」すぺるん。
「ナウマン象……」ハリー。
「えっ!?」かおりん。
「ナウマン象が……」バカ犬。
「ナウマン象ってことにしとこか」アホ雉。
金さんがガラスの瓶を割って、中から出てきたのは、何と、封印されていたナウマン象だったのだ。
「まさか……」マゲ髪。
「あーあ、やっちまったかね」マジョリンヌ。
「何ということだ! ナウマン象が再び!」ビクター。
「なぜ……」アイン。
「どうして……」カベル。
「金よ、制御できるのか?」メイジ。
「大丈夫です。いざとなれば、また封じ込めます」金さん。
「我々に攻撃してこないとも限らんぞ」大臣。
「ヤギの悪魔の巨体は目立ちすぎる。ゆえに、ナウマン象は我々よりも、ヤギの悪魔に対抗心を向けるはずです」金さん。
兵士たちの中には、見た目が巨大な象であるため、それがナウマン象であると思い始める者が出てくる。うん、ナウマン象であってる……あれ?
「ナウマン象……か」兵士。
「ナウマン象だよな」兵士。
「ナウマン象」兵士。
徐々にざわめきが広がり始める。
「パオオオーーーーーーーーーーーーン!!!」
ナウマン象の咆哮に、ヤギの悪魔が気づく。悪魔はゆっくりと脚の動きを止めて、体を方向転換させる。それから、首を真っ直ぐに上げて耳を澄ます。自分の遙か前方に巨大な獣がいるのを確認し、走り出す。
「メエーーーーーッ!」
ナウマン象も、自分の遙か前方に巨大なヤギがいるのを見て、走り出す。ヤギの悪魔は全長が10メートルほど。対するナウマン象は全長が20メートルほど。人間から見れば巨大すぎてわかりにくいとはいえ、体格差がかなりある。
ヤギの悪魔とナウマン象はお互いに向かって猛ダッシュしている。走る、走る。
「ぶつかるぞ!」国王。
ヤギの悪魔とナウマン象が真っ向からぶつかる。
「パオオオーーーーン!」
ナウマン象が下から掬い上げるような感じで、ヤギの悪魔をはじき飛ばした。ヤギは後ろへふっ飛ばされる。そして背中から地面に叩きつけられた。固唾を呑んで見ていた全ての兵士たちが、驚き、叫ぶ。
「うぉーーー!」
「悪魔をふっ飛ばしたぞ!」
「ィテエエエエーーーーーッ!」
ヤギの悪魔はそろりと片足をつきながら起き上がり、再びナウマン象目掛けて突進する。そしてまた激突。今度はナウマン象が頭をヤギの悪魔の顔にぶつけるかたちで、悪魔をふっ飛ばした。ヤギは地面に倒れる。
「ィテエエエエーーーーーッ!」
「おおおーーーー!」全兵士が絶叫する。
「いけるかもしれんな」大臣。
「めちゃめちゃ強いぞ!」すぺるん。
「ふぉふぉふぉ。そりゃ、ナウマン教が世界征服に利用しようとしたわけだのう」メイジ。
ヤギの悪魔は起き上がり、再びナウマン象に突進する。そして激突。ナウマン象が牙でヤギの悪魔を突き刺して持ち上げて、投げ飛ばす。ヤギは真っ逆さまに地面に落ちる。
「ィテエエエエーーーーーッ!」
「うぉーーーーー!」兵士たち。
「ナウマン象は強いが、ヤギの悪魔はダメージを受けていないようじゃの」国王。
「やはり、聖剣でしか物理攻撃でダメージを与えることはできませんな」大臣。
「時間稼ぎにしかならぬのかの」メイジ。
ノダオブナガたちはナウマン象とヤギの悪魔の激突を冷静に分析していたが、兵士たちは単純に気勢を上げている。
「うぉーーーーー!!!」兵士たち
この時、この大歓声のせいで、髪が薄くて、背が低くて、おやじ狩りに遭いそうな佇まいを持つあの男が目を覚ました。
「あっ、コニタンさん、起きました?」ドロシー。
「え、コニタンさん、やっと目を覚ましましたか」かおりん。
コニタンは周りを見て状況を確認し、悲鳴を上げる。
「ひいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」
ナウマン象とヤギの悪魔よりも大きなコニタンの悲鳴。これにみんなが嫌でも気づく。
「コニタンか!」大臣。
「コニタン、ようやく目を覚ましたか」国王。
「やかましい!」すぺるん。
「確かにうるさいな」ハリー。
「勇者様がお目覚めですじゃ」ゲソ。
「まったくうるさい勇者だねえ」マジョリンヌ。
「しかし、キモい声だな……」マゲ髪。
ノダオブナガは紋章入りの皮の袋を持って、コニタンの所へ来た。
「コニタンのパーティーよ、集まってくれ」国王。
驚きの展開!
ナウマン象が現れた!
コニタンが目覚めた!




