第四話 経験値ウマー
吹き飛ばされたカッツォだが、地面に激突する直前に辛うじて視点が定まり、頭を丸め後頭部を打つことを免れた。
背中を痛打し何度か地面をバウンドして転がったが、咳をしながらも彼はすぐ立ち上がれた。
(ラ、ラッキーだった)
割れた額に血止めを塗り幸運を振り返る。
危険な予兆を感じて後退った時、足元の出っ張りに蹴躓いた。
もしそれが無ければ彼の頭には風穴が空いていただろう。
すぐ後ろの地面にぽっかり空いた穴のように。
(飛び道具なんて無いって油断した。残りHPで行動パターンが変化するタイプなのかな……ん?)
分析の途中で彼は気づいた。
サジとローラの攻撃が来ない。
(まさかさっきのでやられた!?)
慌てて振り返った彼は、目を丸くすると同時に安堵した。
兵士が何人か大盾とともに倒れていたが、サジ、ローラを含め皆生きていたからだ。
(応援に来てくれたんだ!)
ゲルギオたちはどうやら食花を倒せたようだ。
「カッツォ〜。良かったぁ」
ローラが泣きそうな顔をしている。
「早くこっち来いよ!」
サジは慌て気味でカッツォに呼びかける。
仕切り直しだ、と皆の所へ駆け出そうとしたカッツォだが、ゾワゾワッと背中に寒気を感じて栗歩を見上げた。
(また……!)
栗歩は口を膨らませている。
「落ち着け! 大盾兵、前! 構え!」
「前! 構え!」
ゲルギオの号令を兵士三名が復唱し、一枚の大盾を持ち前身する。
サジとローラは大盾を構えた兵士たちの後ろで屈んだ。
「バリア!」
ゲルギオも立ち止まり防御魔法を使った。
範囲は狭く設定した位置から動かせないが、強固なシールドを発生させるものだ。
(え、えと、僕はどうすれば!?)
カッツォは忙しなく視線を動かした。
間もなく強烈な飛び道具が栗歩から発射される。
早くどこかへ退避しなければならない。
ビクゥッ!
栗歩の口が開きかけ、カッツォはほんの一瞬身を縮めたが咄嗟に身を投げ出した。
ガッ!
ドドドドン!
舌が伸びたと思った時には複数の場所から衝撃音と土煙が起こっていた。
三人がかりで大盾を持っていた兵士たちは大盾ごと弾き飛ばされ、強固なこと比類無しと思っていたゲルギオの防御魔法も一撃で破壊された。
(見えなきゃ防ぎようもないよ!)
栗歩の遠距離攻撃を見てカッツォは頭を抱えた。
(あんなスピードとパワーのある飛び道具、反則だ)
しかし諦めかけて周りの様子を見回した彼の目に入ってきたのは、立ち上がる兵士と魔力回復薬を飲む友人二人だった。
「大盾班を増やし展開せよ!」
ゲルギオもバリアを破られたが身体的ダメージは少ないようで新たな指示を飛ばしている。
(どうしようって言うの? ……っ!)
カッツォは踏み潰しに来た栗歩の大足を転がり避けて、しかし飛び道具を警戒し味方と合流できず中途半端な位置に立たされた。
それから彼は高速で飛来する棘を栗歩の真下に回避しては戻ることを何度か繰り返した。
真下から斬りつけると即座に反撃が来るため、ひたすら回避に徹していたが、その内見えてきたものがある。
(パターンに入ってる……)
三人一組の兵士が大盾を構え、その後ろにサジとローラが待機する。
残りの兵士は地形を利用して棘から身を守る。
棘の発射直後にサジとローラが遠距離攻撃をする。
吹き飛ばされた兵士の代わりには、安全地帯にいた兵士が三人組で大盾を持って出てくる。
サジとローラが大盾兵士の後ろで待機し、棘攻撃の直後に遠距離攻撃をする。
大盾の耐久力と魔力残量の問題はあるが、堅実な攻防パターンが組めたように思える。
そしてカッツォも必勝の予感により再び冷静に攻撃の機を窺えるようになった。
(ここだ!)
棘の射出範囲を見切ったカッツォは、栗歩の口が膨らみ舌が伸ばされるのに合わせて前進した。
今回は栗歩の足元に退避するのではなく、その体に張り付くように移動している。
栗歩は棘を発射するために体に張り付いたカッツォを攻撃できない。
またその位置は棘も飛んで来ない。
射出される棘自体は見えないが、舌に穴が空いたのは目視できる。
「はあっ!」
栗歩の舌がボコボコと穴だらけになると、カッツォは栗歩の体を蹴った。
「飛燕斬!」
彼が放ったのは最も切れ味鋭い斬撃だ。
この技では栗歩の殻を切ることはできないが、彼の勘は舌ならば切れると訴えていた。
ズ……
重い手応えに一刀両断は不可と悟り、剣を引きつつ振り抜いた。
ブシッ
舌の半分近くまで切れた。
(やった! ――ぶ!?)
剣を振り抜いたカッツォの全身は突如謎の衝撃が駆け抜けた。
彼を地面に叩きつけたのは、舌によるハエ叩きのような一撃。
「カッツォ!」
「勇者様! 追撃を!!」
カッツォに駆け寄ろうとしたサジとローラはゲルギオの声で立ち止まる。
「あ……!」
だがそれにより栗歩の舌が千切れかけているのが目に入った。
カッツォへの反撃は相当無理をしたらしい。
あの舌の状態ならカッツォへの打撃は軽減されているのでは。
その予想は当たっていた。
カッツォが震えながらも起き上がろうとしている。
ならば自分たちは栗歩の意識を引かなければ。
サジとローラは栗歩の口元に矢を射て、魔法を撃った。
カッツォを叩いたことで、より裂け目の大きくなった舌に魔法と矢が直撃した。
栗歩の舌が千切れ飛び、黒い砂塵が風に溶けるように魔力が漏れ霧散し、損傷箇所が広がっていく。
「勇者様が栗歩を討伐なされたぞーっ!!」
ゲルギオの掛け声に続いて、兵士たちの大歓声と勝鬨が場を沸かせた。
喜びを分かち合うよりサジとローラはカッツォのことが心配だ。
しかしカッツォ当人は駆け寄ろうとした二人を片手を上げ制し、その掌を握り込み親指を突き出した。
「カッツォ!」
「心配させんじゃないわよ!」
大丈夫だ、と示したカッツォの挙手も無視して二人は駆け寄り、カッツォを押し倒した。
「痛い痛い!」
「うるせぇ」
「もっと痛くなるといいじゃない」
戦いの興奮の余韻と勝利の歓喜と、仲間の無事を安堵する気持ちがごちゃ混ぜになり三人は妙に高揚してはしゃぎ合っている。
そんな三人を兵士たちは囃し立て、また彼らも騒ぎ合う。
ゲルギオは苦笑しつつもその様子を見るだけで、苦言を出すことはやめておいた。
「やっべえ」
「やばいわ」
「やばいよね」
ヤバイヤバイと言っているのは、先の戦闘の反省会を終えたカッツォたち三人だ。
ヤバイと言うがもちろん何の危機も迫ってはいない。
むしろ彼らはニヤケている。
何故なら
「三十も上がるなんて思わなかったわ」
「やっぱりあれか? 格上と戦うとより強くなりやすいってか?」
「命懸けの戦いが原因かもよ」
そう、彼らは栗歩との戦闘を経て、戦闘力が三十も向上していた。
経験値ウマー、と言い己の戦闘力を見てはニヤついているのである。
「あの栗の魔物も油断しなきゃ私だけで倒せただろうなぁ」
「でもよ、あれで戦闘力も上がったし、これからは俺らだけでクラス四も相手してけんじゃね?」
「増長は危険だよ」
と言いつつカッツォも、一度の戦闘でこれだけの成果を得られると、もっと効率良く戦闘力を上げたく思ってきていた。
「増長は危険、そのとおりです」
「ゲルギオ隊長」
いつの間にやらゲルギオが部屋の入口に立っていた。
説教でも始まるかと警戒する三人だが、寂しげなゲルギオの顔を見て首を傾げた。
「しかし勇者様方にはもう旅立っていただかねばなりません。我らがついて行くにも、並みの兵士では足手まといですし」
ゲルギオは別れの挨拶に来たらしい。
これから先、三人は各地を旅し、魔族を滅ぼす方法と元の世界への帰還方法を探すことになる。
三人ももちろん寂しいし、不安でもある。
それでも彼らは世話になったゲルギオに強がり、平然を装い礼を言った。
ゲルギオは三人の気持ちを汲み、頼りになると持ち上げながら話を聞いた。
そして
「そうそう、我らは同道できませんが、教会から心強い味方が来てくださいますぞ」
そう言って部下の兵士に何やら指示をした。
兵士はすぐに一人を伴い戻って来た。
修道服を着た一人の少女だ。
彼女は胸の前で両手を交差させ、頭を下げた。




