第六十四話 失踪
ジジジ
目にでも耳にでもない、強いて言うならば脳内? に入ってきたこのノイズは何だ。
父さん、妖怪です!
つい頭髪のアンテナが立ってしまいそうな、警戒させる何かがある。
一部の先生や学生もノイズに気がついたのか、「何か聞こえなかった?」とか言っている。
ジッ、ジジ
ノイズがより大きくなってきた。
ざわめいていた学生が一斉に黙った。
ほとんどの人がノイズを聞き取り、身構えているようだ。
その時、突然和尚が空中に飛び出した。
「和尚!」
何があるのか分からないが、嫌な予感がして私も飛び出そうと体を沈める。
「来るな!」
ビクッ
久しく頂くことのなかった和尚からの喝に硬直してしまった。
ブォン
超大型のパソコンでも起動したかのような音が、和尚の向かう先から響いた。
宙空が裂け、さっき壊したはずのダンジョンコアが姿を見せた。
それを中心に、星の散りばめられた夜空みたいな空間が広がっていく。
「させん!」
和尚がダンジョンコアに突進しながら手を伸ばした。
その直後、夜空みたいな空間は収縮し、ダンジョンコアを飲み込むように消し去ってしまった。
……和尚と共に。
「和尚!」
「和尚! どこ行ったっすか!? つまらない冗談はダメっすよ!」
完全に消えた和尚の気配に、只事ではない事態が発生したのだと直感する。
慌ててダンジョンコアが消えた辺りを探すが何の痕跡も無い。
トンダたちも後輩も血の気の引いた顔で周囲を駆け回っている。
一方先生方は、騒つく生徒たちを引率して校舎へと戻った。
人が多過ぎて捜索に集中できなかったので、私たちもその方が助かる。
「クワクワ」
残ってたんだ。
生徒たちと戻ったかと思っていた……っていうか存在を忘れかけていたレベッカが、私たちを呼ぶように鳴いた。
「これは……」
そこにあったのは幾片かの輝く欠片。
小指の爪程もない小さな欠片だが、黒光りするそれらから感じるのは不気味な気配。
「何だと思う? これ」
「分からないっす。でもレベッカ……えと、このチビドラゴンは迷宮をスイスイ進んで、不思議な能力を僕たちに見せたっす」
「この欠片から感じるのは、迷宮の気配の残滓だろうか」
「何がどうなってるの? 和尚がどうなったかこれで分かりそう? ねえ先輩……」
リーレイが泣きそうな顔で、トンダとブランクの袖を引っ張ている。
「すまん。我も迷宮に関しては大した知識を持っていない」
「ここの大人たちはどうだ? 色々と学ぶ場所なんだろう? 知ってる人がいるかもしれないぞ」
「そうだな。早速尋ねてみよう」
当然私と後輩もその案に乗り、先生方に聞き込みをした。
しかし有意義な情報は得られず。
ただ、“空間支配系”の魔法と“空間転移系”の魔法が重なったことによる転移事故ではないか、という仮説は立てられた。
「ダンジョンコアが何を企てていたのかは分からんが、和尚がそれを看破して自分ごと転移した、という可能性ならありそうなものだ」
先生方による考察を振り返り、トンダが腕組みをして唸った。
「和尚の転移って距離的にはどれぐらいのもんなの?」
「基本は見える範囲でしか使わないそうだ。最長でどれほど移動できるかは定かではない」
「めちゃ遠くに行ってる可能性もあるんすね」
「それにダンジョンコアの魔法の影響が加えられてるなら、どこまで行ったのか……」
後輩は珍しいことに、口数少なく考えごとをしている様子。
ブランクとリーレイの顔は暗い。
「とにかく、だ」
トンダが私と後輩の方を見た。
「何?」
「我々は帰らねばならん。帰って寺院にこのことを伝え、それから和尚を探すこととしよう。ミサ、キャミィ、お前たちはしっかり勉学を続けるのだ」
「僕も和尚を探すっすよ!」
後輩がトンダに食ってかかろうとする。
私はその襟首を掴んで止めた。
「分かった。私たちはこっちで調べるから、そっちはよろしくね」
「姉様!?」
「いいから。こっちでもやれることはあるでしょ」
和尚が消えたのはココなんだから。
それに、ここの生徒は各地から集まっているんだし。
後輩にはそれを活かして動いてもらいたい。
何よりも……私は今年卒業だけど、後輩はまだ一年以上残ってるじゃん。
充実してるんでしょ? 学院生活。
もったいないよ、今やめちゃうの。
もしすぐに和尚が見つかったら後悔するよ。
それに和尚だって怒るに決まってる。
「……分かったっす。そっちで何か分かれば教えてほしいっす」
「ああ、勿論だ。そちらも情報収集頼んだぞ」
「ラジャっす」
平常心を取り戻したのか、後輩が口をへの字に曲げながらも了解した。
明日にはトンダたちはカプルコン寺院の方へ出発する。
落ち着いて私たちと過ごせるのは今晩だけだ。
私と後輩は、トンダたちと水入らずで一晩過ごせるように先生方から取り計らっていただいた。
翌日――
「気をつけて帰るっすよ」
「ラーニャたちによろしく」
「分かった」
「うん。勉強頑張ってよ」
私と後輩はブランク、リーレイとお別れの挨拶を交わした。
トンダは、と言うと――
「カプルコン寺院は辺鄙で、便利さや面白さとは無縁の地ですから……その、暮らしていくのには覚悟がいると申しますか……」
トンダが歯切れ悪く言葉を紡ぐなんて雪でも降るんじゃないか。
と茶化したいところだが仕方ないのだ。
――相手がミノンさんなのだから。
「覚悟ならあります。……いいえ、何も分かってない私が言えることじゃありませんよね。ですが、娘の時分から家を出てこれまで生きて来られた、そのぐらいの力はあると自負しております。それに私はただ、あなたと共に生きたいと、そう願うだけなのです」
「オークのお姉さん、あなた中々目の付け所がいいよ」
「おいリーレイ」
「先輩はこう見えて面倒見のいい男前だからね。捕まえて離さないのが正解だってば」
リーレイが親指を立ててミノンさんを焚き付ける。
それでも煮え切らないトンダの背中をブランクが押して、トンダはよろけた。
ミノンさんはたたらを踏んだトンダの手を取った。
「その、なんだ……我は女心など分からぬ唐変木であるし、第一には世話になった和尚の安否を確認せねばならぬから迷惑はかけるが………………ついて来てくれるなら、それは我にとってこの上ない喜びである」
分かりにくいぞトンダ!
はっきり言え! 嬉しいです、って。
とまあ、こんなトンダの返答でもミノンさんには伝わったらしく、彼女は頬を赤らめてトンダの胸に体を預けたのだった。
さて、と。
真夜中の寮舎、私は肩掛け鞄一つ持って部屋の扉を開けた。
「ミサ」
部屋の外でミコルルがゆらりと立っていた。
その後ろでジャンネは腕組みし、アラシュは体育座りしている。
「みんな……」
「何か言うこと無えのかよ」
「後少しで卒業なのに、ダメなの?」
三人は悲しそうな顔をしている。
「ごめん」
それ以上言葉が続かない。
ふぅ、とミコルルが溜息を吐いた。
「キャミィさんには言ってませんよね?」
「しゃあねえなあ。アタシたちがフォローしてやるよ」
「本当言うと、私たちのこと頼って欲しかったな〜」
みんな困り笑顔だ。
詰られても仕方ないのに、気を遣ってくれている。
「ごめん。ありがとう」
「楽しかったですよ」
「マジでな」
「私たちのこと、忘れないでよ」
「私も……」
涙声になりそう。
私も楽しかったって伝えたいのに。
「いいから。ほれ行け行けー!」
「くらえ〜」
「えい」
熱っ! 冷たっ!
突風で背を押され、お尻に火をつけられ、涙を凍らされた。
むう! 酷いことするんだから!
…………みんな、本当にありがとう。
和尚が見つかったら、きっとみんなの故郷に行くから。
その時まで格ゲースキルを磨いててね。
第二章もようやく終わりました。
この章、中盤辺りまではノリノリで楽しく書きました。
……書けたのですが、ただ、読み返すとプロレス編なんかは楽しく書いた割に読みにくく、表現力不足で読み手の方々に伝わりにくい所が多かったりと、反省すべき部分も目につきます(ノД`)。
この章では他にも、主人公に鍛えられたいじめられっ子が成り上がる、だとか、部活動で先輩後輩を巻き込んで先生に叱られる、等々書いてみたいことは沢山ありました。
しかし、あまり書きたいことを盛りすぎると冗長になるかと、ここいらで切っておこうと決断した次第です。
第三章は……現在展開にとても悩んでいます。
大きな分岐があり、どちらに舵を取るか。
こうなるとやはりプロットと言うものは重要だと痛感しますね(^^;
勢いで描き始めずに、一本芯を通しておけば良かったかと。
いっそのことこのままエタらせて、と思いもしました。
が、少数でも応援してくださる方がみえるのが嬉しくて。
最後まで諦めずに書こうと、力を与えていただきました。
拙作を閲覧して下さっている皆様、どうもありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。




