第六十二話 迷宮化(その七)
今いるのは教職員宿舎の屋上だ。
声がしたのは建物内。
私たちは扉を開けて階下へと向かった。
「ふん!」
「どりゃあ!」
バゴッ べゴッ
気合いの声が上がるごとに、大きな打撃音が聞こえる。
魔物を殴っていると思うのだが、これは相当なパワーの主だろう。
階段から音のする通路へと曲がった。
「だりゃあ!」
掛け声と共に魔物が飛んで来た。
「うわ!」
「ぬ、これはどうしたことだ? なぜ君たちがここにいる?」
正拳突きの姿勢で残心を取っているのは、なんと行方不明の学院長ではないか。
袴を履いて諸肌脱いでいる姿が、禿げ上がった厳つい頭と初老ながらマッチョな体に妙に似合う。
私たちは学院長の質問に、ゲートクリスタルやダンジョンコアを探す任務を授かった経緯を説明した。
「なるほど。実技において取り分け優秀な君たちが選ばれたわけか」
学院長は難しい顔をして頭を下げた。
なんで?
「我々教員が守るべき君たち生徒に、危険な探索をさせてしまうことを謝罪させてほしい」
「和尚の言いつけに従っただけっすよ」
「そうです。修行の一環なので頭をお上げください」
社会勉強だし、気をつければ命の危険は無いって和尚のお墨付きですからね。
「さすが寺院からの推薦者だ。ならばここからは儂と共に行ってくれるか」
そこらに散らばったドロップ品を見るに、学院長の実力は相当に高いもののはずだ。
さっきは学院長の安否を気にしたものだが、これは学院長こそが力でも学院のトップかもしれない。
「喜んで。よろしくお願いします」
私たちだけ特別授業を受けられるかのようで気が引けるが、役得だと思っておこう。
「高レベルのNPCが一時的に仲間になった感じっすかね?」
失礼なことを言う奴だ。
それにそういうイベントって、強キャラは結構悲惨な目に遭いがちじゃないかね?
いかんいかん。
不吉な想像はしないでおこう。
何がフラグになるか分からないんだし。
とにかくも学院長との三人パーティーが成立だ。
前衛学院長、中衛私、後衛後輩。
後輩は女魔法使いポジションゲットで上機嫌になっている。
「ところで学院長、ボクたちのことを知っていたんすね」
そのため後輩は学院長にも物怖じせず饒舌に話しかける。
「うむ。学生の概ねの成績や人物像ぐらいならば頭に入っているつもりである」
何でもないことのように言うが、直接会うことなどほとんどない人たちのプロフィールを何百人と把握しているなんて。
これが学院の頂点に君臨する人というわけか。
ま、私も格ゲーのキャラプロフィール見て覚えるの得意だけどね。
自身の技を戦いの道具として使うことに迷いを感じながらも、自分を必要とする家族や村人たちのために戦う――
みたいなバックストーリーなんかが好きなのよ。
「あ、道案内はボクたちのペット」
「家政婦」
「家政婦がやるんで任せてくださいっす」
後輩め、レベッカのことを迂闊にもペットとバラしそうになりおった。
目の前におわすのは学院の最高権力者なんだからな。
規律違反をしているなどと思われて退学させられたらどうするんだ。
「う、うむ。よく寮の手入れをしてくれているらしいな。感謝しているぞ」
知っていましたか。
無給で働いてくれる便利な奴ですよ。
って、よく考えると凄くブラックな環境と言えるような……
「これからも頼むぞ」
そう言うと学院長は、レベッカの前にお椀の形にした掌を差し出した。
?
“お手”かな? と思ったらレベッカは首を伸ばしてその掌に口を寄せて――あ、あれ魔力を団子みたいにしてるじゃん。
その魔力団子をパクッと食べてしまった。
え、ええ〜!?
「お前、魔力食べるんすか!?」
同時に驚く後輩と私。
「クワ?」
何が? って、そんな顔されても。
「よく食べておるぞ。もしや知らなかったのか?」
う、学院長から可哀想なものを見るような目を向けられている。
「自然に漏れている魔力や、魔法を使った時の排魔力だから何も気にしていないがな。むしろそれで働いてくれるのだから感謝せねばなるまい」
「飲まず食わずでよく生きていけてると思ったら、そういうことだったんすか……」
ま、まあちょうどブラックな職場環境は良くないよね、って思ったところだから一つ解決した感じでどうでしょう。
「クワ?」
よく分からんと?
無知とは罪なり。
なんてね。
レベッカを背負った学院長を先頭にズンズン進む。
次第に増える魔物が、迷宮の奥へと進んでいることを示す指標のようで緊張感も増していく。
ただ魔物自体はほとんど学院長が倒してしまう。
それも一撃か、要しても二撃で。
「攻撃力高いっすね〜」
いや、素晴らしい。
通常攻撃で私の二倍強程度の威力があるんじゃなかろうか。
それは体格が違うから良しとして、学院長が素晴らしいのは魔法をあまり使わず肉弾戦で魔物を屠っているところだ。
ショルダータックル、飛び回し蹴り、回転足払いetc.
剛拳だが鈍重ではない。
中々バランスの良いファイターではありませんか。
ボスクラス、若しくは裏コマンドでプレイ可能になるキャラみたいな感じだろうか。
私は格ゲー脳が大変心地良く刺激されるのを感じた。
学院長の戦いに見惚れていると、纏わりつくような悪寒に襲われた。
格ゲーで対戦相手に五十連勝ぐらいしていると、背中に感じるあの重苦しい気配に似ている。
「うむ、ゲートクリスタルより先にダンジョンコアにたどり着いたな」
いつの間にか目的地に着いていたようだ。
ここは学院内の施設には違いないようだが、立ち入ったことも無い部屋。
魔石や見慣れぬ魔道具が配列されている。
目の前の扉からは世界を否定する、この禍々しいオーラが漏れ出ている。
ダンジョンコアの発する破滅の波動らしい。
「残すは守護者との戦いだ。ケガは無いか? 疲れは?」
「あの、守護者と戦わせていただいてもよろしいでしょうか」
「ボクもっす」
ダンジョンコアを守護する魔物は、原則ダンジョンで最も強い。
それを承知の上で頼む。
それが和尚の望むことだろうし、私も初めて見る守護者とやらに興味があるからだ。
教養のため、と教職の方が断り難い理由を前面に出してお願いする。
「分かった。後方でサポートさせてもらおう。ただし、君たちの身が危ないと感じたらすぐ前後交代するぞ」
「ありがとうございます」
「やったぁっす!」
よし、戦闘許可ゲット。
扉を開くぞ。
ここは、完全に学院とは別空間だ。
作りかけの機械室と言った感じのメカニカルな広間。
その奥にはジョブチェンジの時にお世話になりそうなクリスタルが、ブォンブォンと音を立てて浮かんでいる。
「あれを壊せばいいんすね」
「そのとおり。あれを打倒してな」
学院長の視線の先には巨大な魔物が……
って、またお前かよベヒモス!
「グオオオン!!!」
和尚が倒した個体より一回り大きいか。
相手にとって不足は無い。
「むむ、若い迷宮だが中々の魔物を振り絞ってきたな! 最初から儂も参戦しようか?」
学院長は警戒を強めている。
「平気っす! 和尚が一人で倒せた奴を、ボクたちが二人がかりで完勝できないなんてあってはならないっす!」
後輩の言うとおりだ。
パーフェクト勝ちをこそ目指さねばならない。
空間の広さから考えると、全力メイドボールや、後輩の合成魔法は使わない方が良さそうだが、それは二対一で戦う上での制限としておこう。
「承知した! ならばダンジョンコアからの支援や他の魔物は儂に任せてもらおう!」
そうか、ベヒモスだけじゃなくて他の魔物も湧いて来るのか。
ここは学院長の申し出に甘えさせてもらおう。
行くぞ、パーフェクト勝利!




