第六十話 迷宮化(その五)
まさか和尚がドリルキックを習得していたとは!
和尚の爪先に力が集中しているのが分かる。
鋭い回転を加えられたキックはベヒモスを吹っ飛ばすか!
プス
え?
爪先がベヒモスの分厚い外皮を突き破った。
ズガガガガ
おいおい、ねえ、ちょっと。
和尚の回転は勢いを緩めずベヒモスの体に穿っていく。
そして大穴を空けられたベヒモスは活動を停止し、霧と消えた。
和尚が止まったのは硬い地面に膝まで埋まった頃だ。
これはドリルだ………………
って違う!
ドリルはドリルでも、これはリアル掘削機だよ!
ロマン兵器の方!!
いや、魔物だから良かったけど、人とか生物にやったら阿鼻叫喚極まれりですから!
ブン
うわ!
突然和尚が目の前に現れた。
「発生したと思ったら突然いなくなるので急いで追って来たが、それほどの敵でもなかったようだな。図体は大きいので技を披露するのに良い的にはなったが」
ボスっぽい登場だったのにそんな扱いをされたベヒモスって……
まあいいや、それより。
「和尚、ますます技を磨かれているとは。感服いたしました」
「お主はどうだ? 良い友人はできたか?」
お陰様で楽しい日々を過ごさせていただいております。
「和尚〜! どうっすかこの服? 可愛いっすよね〜」
「う、うむ。お主が楽しんでいることはよく伝わってきたぞ」
フリフリの服をヒラヒラさせて和尚に見せるんじゃないよ。
子どもが中学とか高校デビューして喜ぶ親がどこにいるのって話だよ。
「すいません! 助かりました! あの、ところであなた方は……?」
モルガノ先生がすっ飛んで来て頭を下げた。
「ゴブシムと申します。この付近に迷宮が出現したと伺い、依頼を受けカプルコン寺院と言う片田舎から馳せ参じました」
「まあ! ではあなたがミサさんとキャミィさんの保護者ですのね!」
「和尚、私の担任のモルガノ先生です」
「これはこれは。二人は迷惑をおかけしておりませぬか」
「おほほ、そんな迷惑だなんて。迷惑だなんて……」
モルガノ先生の目が妖しいぞ。
模範生徒です、って言っていいのに。
あ、後輩がダメか。
くっ、私までマイナス評価に引っ張られているとは。
後輩許すまじ。
「おい、あのゴブリンのおっちゃんミサの保護者だってよ」
「超ヤバくない〜? あのおっきな魔物殴り殺すんだよ〜」
「あんな高度な空間属性魔法初めて見ました。他の見たことない三人もミサの知り合いのようです。これが寺院本職の方の実力なのでしょうか」
ジャンネたちはじめ、学生たちは和尚や寺院のみんなを見て騒ついている。
お互いきちんと紹介してあげたいけど、今はまだ魔物がポイポイ発生してきているからなぁ。
「さて、まずはこの迷宮を何とかしたいのだが」
「そうだ和尚、依頼ってどういうことなんですか」
さっき聞こうと思って後輩に割り込まれたんだ。
「うむ。迷宮が発生したと風の噂で聞いてな。それがこの学院の近くだと言うので、志願して来たのだ。依頼が出る前に先取りした形だが、いずれ正式な依頼が出るだろうから、と依頼扱いになっている」
「あ、私が報告した迷宮ですよ! 私が報告したんですよ」
モルガノ先生が右を見て左を向いてアピールしている。
じゃあ遠足で見つけた時の件かな。
「うざ」
「何ですって!」
クイラ先生がボソリと言って、それがモルガノ先生の耳に入った。
二人のケンカはこんな場面でもお構い無しに始まるらしい。
「お二人とも。今はそのようなことをしている場合ではないと思いますがね」
「ヒィッ! す、すいませんでした!!」
デスシックル先生の冷ややかな声が二人の背筋を伸ばした。
生徒たちだけでなく先生の規律も守っているのか。
安定の指導力だ。
「ゴブシム様、寺院の方々、では迷宮化の解決はこのままお任せしてよろしいでしょうか」
先生方が頭を下げる。
「頭をお上げください。依頼を成し遂げるのは当然のことですから。ただ、魔物が現れ続けるこの場には、人手が足りないのではありませんかな?」
「確かに。苦しい状況ではありますな……」
「拙僧らも魔物の排除に加わりましょう」
「ですが、それでは迷宮の探索が……」
「こちらの二人に行かせましょう」
和尚が指したのは、私と後輩だ。
「い? ボクたちっすか!?」
「ボク?」
「そ、それはいいっすから!」
後輩の一人称はこの際無視するにしろ、何故迷宮素人の私たちが探索を?
「その意図をお伺いしても?」
先生も同様に疑問を持ったようだ。
和尚は一つ頷いた。
「この二人は迷宮に入ったことはありません。ただし、今現れている魔物に後れを取るような鍛え方はしておらず、この学院やこの辺りの地理にも詳しいでしょう。迷宮がこの周辺を取り込んだならば、迷宮の構造は学院や周辺の地理、地形を所々で色濃く反映しているはずです。だとすれば土地勘の無い拙僧らよりも、二年近くここで暮らしているこの子らの方が、探索上有利だと思われます」
なるほど。
確かにベヒモスぐらいだと少し手間取るかもしれないが、負けることなどないだろう。
それに迷宮にそんな性質があるなら、和尚たちではスムーズに進めないかもしれない。
しかし
「任せてください、と言いたいところですが、和尚、私はゲートクリスタルを見たことはあっても、ダンジョンコアを見たことはありません」
「ボクはどっちも見たこと無いっす」
“ボク”を小声で言う後輩。
今更隠してもしょうがなかろうに。
堂々としとけ。
「ゲートクリスタルを知っているならば問題無い」
和尚は言った。
その心は?
「闘神像に触れて育ったお主らならば、ダンジョンコアを見た瞬間に分かるはずだ。それが大地闘神と真逆の、破滅を司るものだということがな」
つまり、格ゲー世界の敵と言うことですね?
「カワイイの敵と言うことっすね?」
「それはちょっと分からんが……」
独特な思い込みで和尚を困らせるんじゃないよ。
しかし迷宮滅ぶべし、ということは疑いない。
早速行ってダンジョンコアを破壊してくるとしましょう。
「ミサ! 私たちも行きます」
ミコルル、ジャンネ、アラシュが名乗りを上げた。
彼女たちも守りたいものがあるのだろう。
しかし
「和尚たちの戦いを見ててよ。きっと勉強になるから」
「でも」
「心配無用。あの二人は我よりも寺院生活が長い。単純な力以外ならば我らより高いし、魔法の技術も幅が広い」
「トンダ様がそうおっしゃるのだから」
何故かミノンさんがミコルルたちを宥め始めた。
「ええと……ダンジョンコアの破壊も大事だけれど、何より自分の身の安全を第一に考えるのですよ。それにゲートクリスタルを見つけたらその時点で戻ってください。そうすれば生徒たちを脱出させてから、大規模な探索隊を組織できますから」
一人の先生が言った。
それもそうだ。
この場で滅ぼさねば、と思いかけていたが、何よりも優先されるのはこの世の安定。
それには人海戦術で迷宮を片付けるのが一番であることは確かだ。
「分かりました。最優先はゲートクリスタル。次点でダンジョンコアですね。お任せください」
「最優先はあなた方の無事ですからね」
念を押された。
「行ってきます」
「ささっと片付けてくるっす! ……って、ボクたちどこに行けばいいんすか?」
はっ!
そう言われてみると、校舎を探索すればいいのか、学院の敷地外に出ようとすればいいのか分からないぞ!
和尚!
「拙僧にも分からぬ。探し回るほかない」
先生!
「だからこその一旦の脱出です」
そう言うことか……
しょうがない、しらみ潰しと行くか。
「クワクワ!」
「あ、レベッカ」
どこからともなく現れたレベッカが男子寮に向かって飛んで行く。
「こっちへおいでよ、ってことっすかね?」
そっちへ行ったら帰っちゃうよ。
王宮の戦士の友達か。
ただ、レベッカからは無視できない何かを感じる。
私たちはレベッカの後を追うことにした。




