第九話 出家
E氏もといトンダーソン氏は和尚に願った。
「我は己の心の弱さに失望した。恋に溺れ、正々堂々の勝負から外れ、里を割るのも辞さぬこの性根。元より姫に相応しい男では無かったのだ。この上は俗世から距離を置き、心身を鍛え直したい! どうか、この我をここで修行させてはもらえないか!」
結論、和尚は良いも悪いも言わなかった。
ただ、「数日ここで過ごすが良い」とだけ言って、二人のお話はおしまい。
「どういうつもりっすかね、和尚は?」
隣の布団から声がする。
後輩はまだ眠ってないようだ。
「さあ? お試し期間でもあげるんじゃない?」
「ははぁん、労働力として雇う前においしい思いをさせるんすね? 『さっ、続けなさい。困ったことがあったら何でも言うといい』って」
――なんで下衆な方に想像するかな。
デブ繋がりか。
別に本人は厳しく鍛えられることを望んでるんだから、甘やかして囲い込まなくても大丈夫でしょうよ。
「厳しい修行で悪の心を追い払って神様に」
大魔王復活か。
「和尚にはきっとそれなりの考えがあるんだから、変に絡んで邪魔するんじゃないわよ」
「心・配・御無用!」
超心配。
それとなく見張っとくか。
そのままムニャムニャと話しながら二人とも知らぬ間に眠っていた。
子どもだからね。
翌朝、ボロ鎧から僧衣に着替えたトンダーソン氏とおはようの挨拶を交わす。
坊主としての仕事を身につけるべく、私と後輩について研修することにしたそうだ。
僧衣はどこから出したのか。
和尚が四人ぐらい入りそうなサイズ。
「推定サイズトリプルエックスオークっすね」
ドヤ顔すんな。
そんな上手いことは言ってない。
食事作って掃除して、修行してお祈りしてまた食事作って。
「け、結構キツイのだな。ずっと動いて休み無いのではないか?」
一日を終え、ヘロヘロになったトンダーソン氏が尋ねる。
「慣れっすよ慣れ。ねぇ、姉様」
「まあそうね。掃除は体使うし、修行は気を抜いたら危ないけど。食事の支度は美味しいもの作る過程だと思えば楽しいし、お祈りは……尊いものよ」
ストレス解消に良いと言いかけて、寸前で言葉を修正した。
変な心でお祈りされても困るものね、和尚が。
「なるほど、気の持ち様と言うわけだな。幼いのに大したものだ」
なに、通算年齢は既に不惑を過ぎておりますゆえ。
君も頑張りたまえよ。
「気楽にやるっすよ、トンダっち!」
「ト、トンダっち?」
「あ、エドワっちとか、エドちゃんの方が良かったっすか?」
後輩の妙な提案を聞いたトンダーソン氏は、突然黙って目を閉じた。
何を考えているのだろう。
「トンダと呼んでくれ。――名の方で呼ばれるのが自然とは分かっている。しかし、恥ずかしながら、我にはまだ家名を完全に捨てる勇気は無いようなのだ」
その気持ちは少し分かる。
私も家出したけど、姓を変えて逃げることには抵抗があったから。
だって、この名前で育ち愛着を持ってきたのと同様に、名字も生まれてからずっと自分に付いてきたものだもの。
捨てるには思い出が多すぎた。
「了解! トンダっち、よろしくっす!」
こういう時後輩の単純さは安心する。
トンダーソン氏も同じ気持ちだろうか。
いや、これからは
「よろしく、トンダ」
こうだよね。
「よ、呼び捨てっすか」
いいじゃん! 先輩だもの。
年齢だってトータルでは私の方が上だし!
「良いのだ。我が教えを請う立場だからな」
ほら、トンダもこう言ってる。
「今後ともよろしく。ミサ、キャミィ」
オークが仲魔になった。
会話の選択ミスが無かったことの証明だ。
「テッテッテ、テテテ、テッテッテ、テレレレレレレレ」
音楽だけが高評価を受けた海外クソゲーの曲を口ずさみながら野山を駆ける。
私じゃない。
後ろの後輩が。
和尚も最初の二日だけトンダの修行を見に来ていたが、今は私たちだけで修行をしている。
「幼児について行くのもやっととは」
歌いながらのアクロバティックランニング、余裕アピールは、トンダに劣等感を植え付ける。
いやいや、劣等感を覚える必要はありませんよ。
だってトンダは瞬発力が凄いんだもの。
その辺の大木にぶちかました時なんて、木が根っこから持ち上がって、今でも少し傾いてるぐらいなのだから。
残念ながら和尚の方針で、トンダにはまだ闘神像への祈りが許されてはいない。
けれどトンダの全力を受けた時、闘神像がどんな反応を示すのか、私は密かに興味を持っている。
そう言えばトンダの頭突きには、また私の心の奥底を刺激するものがあった。
以前はもう一押しだと思ったのだが、まだ決定打には足りないようだ。
次は王手であることを願う。
私と後輩にとってトンダの加入は、面倒見の手間が増えたマイナス面だけではない。
なぜならオークは土属性を得意としている種族だったからである。
土礫を撃ったり地面を操る、私たちはそんな魔法をトンダからは習っている。
今は剥き出しの地面を少しずつ柔らかくする練習中だ。
「土遁、蟻地獄っす!」
畑の地面を流砂化して蟻をイジメる後輩。
直径十センチメートル位の円から逃れられない蟻の姿は哀れを誘う。
「仮にも寺の子が何してんの」
精神が幼児退行している後輩にデコピン。
「こういう遊びを通じてぇ、物事を覚えるんすよ〜」
そういう真理めかしたことを言って、小さな悪事を正当化しようとする後輩情け無い。
とは言え、私も遊び心を忘れてはいない。
現に後輩を白い目で見る傍ら、手刀を下から前方に何度も振り上げて言うのだ。
切れろ切れろ切れろ切れろーっ!!
あ、これこそ元男子の後輩に相応しい技じゃない?
まあこれは私の心に秘めておこう。
その代わりに有名な聖剣の名前と共に、渾身の手刀を振り上げた。
エクスカリバー!
「ぷっ」
トンダに笑われた。
私の顔は熱くなった。
そんなこんなで修行の日々は過ぎ、とうとうトンダも闘神像に祈りを捧げる日がやって来た。
「そう緊張するな。素直な気持ちで祈りを込めれば良い。今のお主なら大地闘神に受け入れられると、拙僧は信じておるぞ」
和尚が励ますが、確かに闘神像を見上げたトンダの表情は硬過ぎる。
「はい。しかしいざ闘神像を前にすると、頭突きが良いのか体当たりが良いのか。突きが良いのか蹴りが良いのか迷っております」
そこからか。
全部やればいいじゃん。
え? 最初の一撃は大事にしたい?
ロマンチストか。
「そうか。ならば目の前には過去の、喝を入れたい己がいると思ってみてはどうかな?」
それって祈りよりも憎しみが強くなっちゃわない?
「……!」
おっと、しかしトンダは和尚のアドバイスで心が決まったようだぞ。
闘神像の前に立ち拍手一礼。
「どっせええぇい!!!」
!!!!!
足元まで衝撃が響くようなトンダの張り手が炸裂。
彼の頬を涙が一筋伝う。
祈りが受け入れられて感動しているのだろう。
しかし、感動しているのは私の方である。
エドワルド=トンダーソン、即ちE.トンダ。
分厚い脂肪、強烈な頭突き、張り手、ゴワス。
全て……全て繋がった。
トンダは、私がトンダに感じていたのは、一人の路上格闘家、スモウファイターの幻影だったのだ。
「どうだ? トンダよ」
「はい。我の祈りが故郷に届くように……故郷の平和を祈る気持ちは、大地闘神に受け入れていただきました……!」
和尚の問いに、トンダは噛み締めるように答えた。
そうか、トンダは自らが捨てた故郷の平和を願ったんだ。
謝って帰れたらいいのにね。
罪と向き合うというのも、つらくて悲しいものだね。
「もっと思いっきり張り手してよ」
私はトンダにお願いした。
百烈の張り手で、悲しみもボコボコにしちゃいなよ。
目指せボーナスステージ最速クリアだよ!
「ミサ……言ってることの半分は分からんが、百烈と言わず千発、無数の張り手で祈ろうぞ!」
この日は世界格ゲー化計画が一歩前進した喜ぶべき日となった。
ありがとう大地闘神!
ありがとうトンダ!
一緒に精進しようね!
章管理がよく分からずに各話タイトルが見づらくなっていたようです。大変失礼いたしました。
引き続き多くの方に読んでいただけることを願っておりますm(_ _)m




