第五十六話 迷宮化(その一)
レベッカとイリオの仲がいい。
ついこの前ジャンネとアラシュの仲違いを見せられた身としては、仲良し場面というのは精神衛生面では非常にいい。
でもレベッカがイリオと遊んでるの、学院のグラウンドなんですけど。
「いいの、あれ?」
グラウンドの片隅で私の隣に腰掛ける後輩に尋ねる。
「すいませんっす。部屋に置いといたのに、勝手に出てちゃって」
どうやら散歩の時にイリオに会えなかったのがご不満だったらしい。
気づいたらああして堂々と遊んでいたようだ。
何故レベッカはこんなにイリオが好きなのかと言うと、それはイリオがレベッカ大好きだからである。
「今日もイカスじゃねえかレベッカ!」
「クワ!」
イリオはレベッカをカッコイイと手放しで誉める。
タクララちゃんの故郷のソニオ君も「かっけえ」と誉めていた。
レベッカは誉められることに弱そうだ。
元々魔物に準ずるように扱われるレベッカが、ソニオ君と仲良くなることで大分イメージが変わったこともあるからだろうか。
レベッカもそれを何となく覚えてて誉める人=助けてくれる人みたいな深層心理が働くのではないか。
とは後輩の分析である。
……って、それよりも問題は今の状況だよ。
あれじゃハウスキーパーって言い訳も通用しないじゃん。
完全にペットじゃん。
「イリオのせいにするしかないっす」
イリオごめん。
恨むなら自制心の無いレベッカを恨むんだ。
「クワー」
あっバカ。
こっち向いて手を振るんじゃないよ。
私と後輩は後でどうやってレベッカを迎えに行くのか、と言う問題を置き去りにその場を走って離れた。
それから私たちはビクビクしながら日々を過ごしていた。
いつ生徒指導から呼び出しを受けるのか。
デスシックル先生の究極神拳が発動しないように謝罪の方法に頭を悩ませる、そんな日々だった。
ところがそれから何日たっても呼び出し無し。
「レベッカだったらお手伝いさんとして認識されているそうですよ」
「給料も無いのは可哀想だから校内で遊ぶぐらいは自由にどうぞ、だってさ〜」
「メシも食わねえしなあいつ。マジなタダ働きだもんな! あひゃひゃ!」
朗報はミコルルたちから齎された。
持つべきは心の友よ!
これで私と後輩の心配も解消された。
ついでに散歩の手間も無くなったんじゃない?
いいことばっかじゃん。
……と思ってたのに。
「クワクワ〜、クワクワ〜」
ある日突然レベッカは何かを訴えるように鳴き始めた。
と言っても餌はいらないし、外で遊びたいわけではないようだ。
下を向いて、時には地面に這いつくばってクワクワクワクワ鳴いている。
ここ掘れワンワンのようにも見えるが、それが一定の場所ではなく、あちこち動くものだからどうすればいいのか分からない。
「なあレベッカよお、おめえ、俺らに何か伝えようとしてんだよな? でも俺には分かんねえ……一体何があるってんだ……?」
イリオは真剣にレベッカと向き合っている。
いや、ほっとけばいいよ。
どうせ穴掘っていいかとか、そんなこと考えてんでしょ。
「クワワイ!」
違わい! みたいな〜。
「生意気なパチドラゴンっす。『俺のターン』って乱舞食らわせるっすよ」
恋する美少女じゃないからね、このドラゴンは。
擬人化すればその希望も出てくるけど。
「クワ! クワクワ!」
レベッカは地団駄を踏み始めた。
何で分かってくれないの! って感じ〜?
「いい加減にするっすよレベッ」
「キャー!」
「うわぁぁ! 魔物だあ!!」
校舎の方で男女の悲鳴が聞こえてきたのは、後輩が怒ってレベッカに一言物申すところだった。
「え? ……本当っすね。何で学院に魔物がいるんすか? 結界はどうなったんすか」
「分からない。とりあえず行くわよ」
「ラジャっす」
私と後輩は魔物の気配のする方へ向かった。
レベッカとイリオもついて来るが、二人とも自衛ぐらいできるからいいだろう。
標的発見!
魔物は三体で強さはタクララちゃんの故郷にいた奴らと同レベル!
……だがもう私たちは不要っぽい。
その場には各学年の学年主任がいたのだ。
淑女風ゴリラ、マダムコングを相手しているのは、一年の学年主任。
ゴーゴン何とかって言う、長たらしい種族名のエーリューレ先生だ。
イリオが番長どうのこうの言って問題起こしてた時は、何も言わずただ微笑んで眺めていた落ち着いた人。
でもクイラ先生に顔の小皺のことを言われた時にはクイラ先生をしばき上げていた。
美人だがお肌の曲がり角が気になるお年頃の、怒ると怖い先生である。
先生は魔眼持ちで状態異常のスペシャリスト。
マダムコングには石化の魔眼を浴びせた模様。
マダムコングは足から石化が始まっている。
上半身は必死な様子でドラミングをしているが、それも徐々に石化が進んで行く。
そして全身が石と化すと同時に足先から風化が始まり、マダムコングはドロップ品を残し塵となった。
二学年の学年主任ブッドー先生は、マダムコングのペアらしきダンディコングを相手にしている。
魔物だから番いとかそういうのではない筈だが、何故かこの魔物は男女っぽいのがセットで現れる。
それはさておき、ダンディコングはブッドー先生に胴体をがっちり掴まれながらも、自由な両手で先生を殴りまくっている。
石である先生に効いた様子は無いが、それでも先生がやっているのは相手を掴むだけ。
魔物にダメージを与えている風ではない。
先生は確かに硬そうだから、こうやって魔物の動きを封じて、他の誰かに倒してもらうのだろうか。
……と思ったら先生の顔がどんどん赤くなってきた。
ダンディコングは気づいてないのか、ダメージを与えていると判断したのか、激しいラッシュを繰り出している。
私には分かる。
あれ、怒りメーターでしょ……
多分あの顔が真っ赤になった時……
パンッ
ダンディコングのパンチがブッドー先生にあたった瞬間、ダンディコングの体が爆散した。
先生の顔は元に戻っている。
やっぱりね。
多分受けたダメージに比例して反撃するタイプの魔法だったんだね。
しかし食らったのが魔物で良かったよ。
普通の生物だったらとんでもなくグロい死に方だもん。
さて、残る一体はデスシックル先生
……は、もう終わってる。
何故刃物の腕を横に振ったのに、魔物の首が上に飛ぶのか。
恐ろしい絵面なのにギャグ漫画みたいじゃないか。
いや、さすが危険物指定の学年主任先生たちだ。
あのレベルの魔物では実力を測ることができない。
「ブッドー先生〜、大丈夫っすか〜?」
物怖じしない後輩は気軽な感じでブッドー先生に声をかける。
すごいな。
私はデスシックル先生に、あんな風に声かけることできんわ。
「おお、プロレ……キャミィ君とミサ君ではありませんか。ホッホッホ、君たちこそ大丈夫ですか?」
このとおり。
悲鳴を聞きつけて来たばかりですから。
「ところで何故魔物が? 結界はどうしたんですか?」
「今他の先生が確認に言ってますが、何が起きているのやら」
そんな話をしている間に周囲に瘴気が満ちてくる。
このままではまた魔物が発生するのは時間の問題だろう。
「た、大変です!」
モルガノ先生が大声出して走ってこの場に向かって来る。
結界を確認に行ったのはモルガノ先生だったのか。
「め、めめめめい、めいめい」
先生はとても慌てた様子で何かを伝えようとしてくる。
「落ち着いてくださいモルガノ先生」
「ひいっ!」
落ち着かせるのに最も適さないデスシックル先生が、モルガノ先生の肩を叩いてしまった。
その後エーリューレ先生が何とか宥めて、モルガノ先生が口にしたのは。
「迷宮化してます」
はい?
「学院がほぼ丸ごと、迷宮に取り込まれているようです」
な、なにー!?
って、本当だ。
この感覚この前味わったばっかじゃん。
……なんてこった。




