第五十五話 迷宮入り(その四)
呼びかけられて気づいた時には遅かった。
私は魔物のムーンサルトキックをまともに腹に受け、後方へ大きく吹っ飛んでいる。
そして地面に手を突いてバク転一回、勢いで足を滑らせ止まった。
ぐうう、ダメージは無いのだが……食らい方はリバースものじゃないか。
なんたる屈辱。
「ミサ! 大丈夫ですか!?」
ミコルルが血相を変えて駆け寄って来る。
「大丈夫、それよりも二人の援護を」
「……! そうですね。先生、行きましょう! ミサが一撃食らうような相手です。強いですよ!」
「分かってます! 最初から全力ですよ!」
できればリベンジしてやりたかったが、早くあれを片付けなければ。
先生も加えたあのメンバーならすぐ倒せるだろう。
まったく油断したわ。
まさかガードキャンセルムーンサルトとは。
魔物じゃなければ格ゲー世界に必要な人材だとスカウトしていたに違いない。
それよりもガードキャンセルか。
長年ガードの研究していたから、そこからの発展技なんて先の先かと思い込んでしまっていたかもしれない。
固定観念や思い込みが進歩を阻害するのは格ゲーも同じなのだろう。
私は甚く反省した。
――と、私が反省とこれからの展望を描いている間に魔物は倒された。
「ジャンネ! 大丈夫!? ケガは!?」
「わりいわりい、助かったぜアラシュ」
ありゃ一人じゃ死ぬとこだったぜ、と笑うジャンネ。
よく見たら腕に痣ができてたり、服が破れてたりするのが分かる。
「バカ! バカバカ! 何ではぐれたりしたの! ジャンネのバカ!」
アラシュは袖を握って、力無いパンチを何度もジャンネにお見舞いしている。
伏せた顔からはキラリと雫が落ちた。
「いてて、いてぇってアラシュ」
力無いパンチでもケガにヒットしたらしく、ジャンネは本気で痛がっている。
「ご、ごめん」
「……アタシこそ、ごめん」
「私が悪かったの」
「いや、アタシの方が……」
スパン
スパン
「痛い! 何すんの!」
「いってえな! 何すんだミサ!」
何かイラっときたので、つい頭を叩いてしまった。
「私もいいですか?」
「じゃあ私も」
怒った二人もミコルルのマジ顔を見て、何か良からぬ雰囲気を読み取ったらしい。
「ごめんなさい」
「すまん、迷惑かけちまった!」
二人揃ってのお辞儀は、得意先の社長に遭遇した営業マンばりにキレがいい。
「じゃあ私も」と悪ノリしたモルガノ先生は無視された形だ。
「あ〜あ、私も心配したんだけどなぁ。先生って損な役回りだなぁ」
何を本気でイジケているのかこの人は。
「先生、それよりも迷宮とは、あの迷宮なのでしょうか」
そうだ。
ここが授業でも触れたあの迷宮でいいのだろうか。
「それよりもって……まあ謝罪も感謝も後でいいでしょう」
後で求めるんだ。
いや、感謝はしてますからね。
それで迷宮の件は?
「そうです。地理学で触れましたよね。ここがあの迷宮で間違いありません」
外から見るのとは全く異なる空間、数多の魔物、他にも特殊な磁場や天候、様々な効果のフィールド等々が迷宮の特徴と習った。
それに迷宮に入ったこともある先生が言うには、あの入る時の独特の感覚が正に迷宮のそれだそうだ。
キュポン、とかそんな効果音の付きそうな感覚だった。
金角銀角により瓢箪に封印された人や、炊飯ジャーに封印される大魔王はあんな感覚を味わったのではないだろうか。
ところで迷宮だったら大変だ。
迷宮は内部のどこかにあるゲートクリスタルに触れるか、ダンジョンコアと呼ばれる迷宮の核を破壊しないことには外に出られないはずだから。
ダンジョンコアは複数層から成る迷宮の地下奥深くにあるものだし、ゲートクリスタルは迷宮内に複数存在するが、どこにあるかはそれぞれの迷宮次第なのだ。
つまりこの迷宮のことを全く知らない私たちは、迷宮に閉じ込められてしまったのである。
どうしよう。
いつか授業で聞いたある冒険者のように、何日も彷徨って力尽きてしまうなんて嫌だ……
「ありましたよー、ゲートクリスタルです」
「はーい」
「戻ろ戻ろ〜」
「早く休みてえぜ」
なんで!?
今から恐怖の迷宮探索が始まるんじゃなかったの!?
「いやあ、できたばかりの迷宮だったんでしょうね。こんな狭くて助かりました」
教場程度の広さのこの空間の他には、狭い通路の先にもう一部屋あるだけらしい。
私が迷宮に閉じ込められて困ると言う妄想をしていた時に、先生はしっかり見て来たようだ。
まあ早く戻れるならそれに越したことはない。
私の冒険の予感を返せ!
などとは言わず、モルガノ先生の手招く方へと進む。
「あれがゲートクリスタルですか」
宙に浮いた水晶の周りを幾つかの光が円を描いて飛び回っている。
電子の配列された原子核のイメージ図みたいだ。
「そうです。できればダンジョンコアを壊しておきたかったのですが、まだ姿を隠しているようです。とにかく今は脱出です。ここの措置については私から通報しておきます」
迷宮は発見したら迷宮管理機関に通報しなくてはならない。
近づいたら吸い込まれ、魔物の湧く空間に放り出されるなど危険極まりないのだから、厳重な管理が必要だと言うことだ。
せっかくだからダンジョンコアとやらも見てみたかったが、発生間もない迷宮は、ダンジョンコアが地下深くへと潜ろうと擬装を凝らしながら活動しているので捕捉は困難らしい。
「それと、もう一つ発生間もない迷宮の危険としては……」
モルガノ先生が話し始めると同時に濃い瘴気が一箇所に集まり始めた。
「ダンジョンコアが自身を守るために、未熟な力の限りを尽くして強力な魔物を生み出すことです」
冷や汗を出す先生。
霧状の瘴気が段々と形を為していく。
ズゴゴゴ……
更に教場程度の大きさだった空間が広がり、体育館ぐらいの広さになった。
試しに瘴気に向かって魔法を撃ってみた。
霧に穴が空いたが、そこはまた元通りになっただけだ。
そして出来上がっていくのは、大型トレーラーぐらいの巨大カバ
……なのかサイなのかゾウなのか?
とにかく肉厚の体に大きな口、額から伸びた角、長い鼻を持つ怪獣である。
トレーラーと言ったが、あんな洗練されたフォルムではなく、肉厚でゴツゴツしているので迫力は断然こちらが上だ。
さてどうやって倒すか。
打撃は通るのか属性への耐性はあるのか。
ひょっとするとメイドボール零式に頼るしかないかも。
「今のうちに行きますよ!!」
え? あれ??
私があれこれ勝利への道筋を検討していたら、先生は私たちの肩を叩き回っていた。
ミコルルたちはもう走り始めている。
「ミサさん! 急いで!!」
うわああ!
最初から最終手段かよぉぉ!!
私は泣く泣くゲートクリスタルに駆けて行った。
出来上がっていく魔物の目が、逃げる私の姿を追うのが妙に心を刺した。
あ、そうだ。
あれ多分ベヒモスって奴だ……
さらばベヒモス。
もう二度と会わないかもしれんけど。
ジジジ、ビ〜ユンって、ちょっとデジタルな感じで外に出た。
モルガノ先生は大きく息を吐いた。
ミコルルは辺りを見回している。
私はモヤモヤした感情を抱いていたが、手を取り合って喜んでいるジャンネとアラシュを見たらどうでも良くなった。
無事で良かったと思うことにしとくか。
実習としての成績は良好になりそうだと先生から教えていただけた。
ミコルル対バラプドールさんの対決はまたの機会に持ち越してもらおう。
あ〜、それにしても今回は気疲れしたなぁ。
キャンプ自体で私たちが成長したか、と言われると何とも言えないが、一つの危難を乗り越えてケンカしていた二人も仲直りしたし。
これも吊り橋効果みたいに一時的なものだったら困ってしまうけど。
とにかく迷宮入りはしたけれど、二人のいざこざが迷宮入りしなかったんだから万事オーライか。
――何言ってんだ私。
やっぱ疲れてるな。




