第五十一話 あなたは誰?(後編)
トンダがどうしたって?
私がツンッと後輩の脇腹を指で突くと、後輩は信じられないという顔をした。
「マジっすか姉様。どう考えてもトンダっちのことじゃないっすか」
此奴め、トンダのことを最高のオークと思うあまりに、話の途中でイケメンオークをトンダにすり替えてしまったのではなかろうな。
「だって、豪族の頭首とかなり近い関係で、精神操作みたいな魔法をかけられたことがあって、九年もの間、遠くから故郷の平和を祈ってたって……トンダっち以外誰がいるんすか」
ガガーン。
そう言えばトンダってそんな過去があったっけ。
そうだ。
トンダってのも改名後の名前であって、確か過去の名前は……
「エドワルド=トンダーソン」
「トンダーソン……姉の嫁ぎ先の氏! エドワルド? トンダ? それが、あの人の名前なのかい!?」
おお、びっくりした。
ミノンさんが机に身を乗り出して私と後輩の手を握ってきた。
「そうっす! その美丈夫さんの名前っす!」
「あ、あらやだ……私ったらあの人のことをそんな風に……」
話してる時は結構トリップ入ってたからなぁ。
むんずと胸を掴まれた時の件とか嫌悪と生々しさがよく伝わってきていた。
そのせいで今でもミノンさんの胸に目が行ってしまう。
まあそれは置いて。
悪感情もその後の、美丈夫が来てバシバシボカン、メロメロテレテレの件に飲み込まれちゃうんだけどね。
「トンダっちはボクと姉様が居た寺院に来た、ボクたちの後輩っすよ。寺院に来てからずっと故郷の平和を祈ってた大した奴なんす」
「そ、それであの人に……会うことは、できるのかい?」
うぅん……
会えるかどうかって、不可能ではないけれど、ちょっと遠いかな〜。
「ぶ、文通からで……」
「今どきっすか!?」
こら後輩よ。
あんたこの世界での文通の位置付けなんて知らないでしょうが。
「?」
ほら、ミノンさんも頭の上に「?」を浮かべてるぞ。
「文通ってなんだい?」
そっち!?
文通ってそりゃアレですよ。
見知らぬ一人と手紙をやり取りしてあれこれ想像を膨らませる、原始の通信ですよ。
「手紙のやり取りかい……それはまた、時間もお金もかかりそうだね」
お金、結構必要なんだ。
そうだ、かつて和尚がスライメン先輩を呼んだ時、速達って言って金貨払ってたっけ?
「でも、やろうかな……文通」
そうだそうだ。
どれだけ早く行ったとしても、向こうからの返事を待つと、三月に一回手紙を出せればいい方だろう。
それなら負担はそこまでじゃないはずだ。
よし、トンダにも春の訪れが待っている。
以前はミノンさんにトンダのことを好物件ありますよ、って紹介したかったけど、トンダにこそミノンさんをお勧めしなければ。
「でも、カプルコン寺院に手紙が届くっすかね?」
む、そうか。
手紙の配達人が迷ってしまうかもしれない。
どうしようか……………………
そうだ。
「リーレイに言っておこう」
「なるほど。リレイっちまで届けて、リレイっちにトンダっちの所まで届けてもらう、と」
うん、どうかな?
「いいんじゃないすか。早速リレイっちに速達出しとくっす」
いえ〜い。
リーレイも喜んで配達人を請け負うに違いない。
でも手紙が覗き見られないように封緘しとかなきゃ。
「良かったじゃないか! 料理長」
「何なら今から書きなよ、手紙をさ!」
「もう! 冷やかすのはやめとくれ! …………ミサちゃん、キャミィちゃん、ありがとね」
ミノンさんは照れくさそうだ。
「私なんかが相手にされるかは分からないけど、思いだけは伝えてみるよ」
そして自信が無さそう。
「ミノンさんって、お姉さんに似てますか?」
「え? 何だい、いきなり。……そりゃまあ姉妹だからね。似てるとは昔からよく言われたよ。姉の方がキリッとした美人で、私の方がちょっと間の抜けたような顔だと思うけど……」
あらら、オーク美人なのに自覚ないのか。
でも大丈夫。
トンダはお兄さんの奥さんになる人、つまりミノンさんのお姉さんに惚れてしまっていたんだから。
顔の問題は無しですとも。
それに何度か顔を合わせて話した時の様子もモジモジ話してくれたけど、そう悪そうじゃなかったじゃないですか。
「ああ、緊張するね。でも話して良かったよ。ありがとう、二人とも」
「どういたしまして」
「いいっすよ。トンダから手紙来たら教えてほしいっす!」
そういう頼みにくいこと気軽に頼めるのって凄いわ。
ミノンさんの恋愛話が一区切りついた後、食堂はちょっとした宴会場のようになった。
お客様は私と後輩、それに食堂勤めのお姉様方。
タクララちゃんも呼んで来て、おもてなしをするホスト側はミノンさん。
美丈夫だとかイケメンだとか、そんな言葉が飛び交って、ミノンさんは顔を真っ赤にしながら鍋を振るって調理にかかっている。
お姉様方は何度もミノンさんを席に呼んだが、ミノンさんは調理を理由に同席を断り続けた。
「良かったですね。ミノンさんの思い人が見つかって」
タクララちゃんがコソコソと聞いてくる。
「クララっちもいい人いたらボクたちに言うといいっす! 現時点ではハーピー女子しか知らないんで紹介はできないっすけどね」
「そんな、恥ずかしいですよ……それにミサお姉様よりカッコいい人なんてそんなに……」
「え? なんすか?」
私も終わりの方が聞こえなかった。
タクララちゃんももしかして片想いの人とかいるのかな?
あの村にはそれっぽい子は居なかったと思うけど。
……この学院の生徒もタクララちゃんと同年代だから、一人ぐらい気になる人がいるのかも。
どこの誰だか分かったら一度試してやらねばなりませんな。
「思えば全然浮いた話とか、教室で無いっす」
「そうね。ミコルルもジャンネもアラシュも、そんなこと興味ありませんみたいな感じだし。クラスの男子と女子見てても全く恋愛的気配を感じないわ」
「そ、そうでしょうか? 寮の中ではその手の話がたまに耳に入って来るような……」
ん? タクララちゃん何か言った?
「い、いえ、なんでも。……ミサお姉様はこのままでいいんだよね……」
さっきからタクララちゃんがボソボソしゃべる。
言いづらいことでもあるのだろうか。
ミノンさんと違って落ち込んだり深刻そうな様子は無いから追及しない。
けれども、少し寂しい気がせんでもないのよ。
「いいんすいいんす。アイドルは恋愛しないもんすから。ね、クララっち」
「え? あ、そうなんですか? ……でも、それいいですね。恋愛禁止ですね…………ふう」
後輩のアイドル論の何がタクララちゃんの心の琴線に触れたのか。
なぜ彼女がすっきりした顔をするのか、私にはさっぱり分からなかった。
自らの可愛さを追求する後輩、意味不明の納得顔をするタクララちゃん、頬杖を突き時々ニマニマするミノンさん。
彼女たちを見ていると、なんだか私が居るには場違いな気がしてしまう。
私は食事に専念することで、その気をごまかすしかなかった。
後日。
「食堂の調理師さんって〜、恋人ができるって本当?」
ぶーっ!
「うわ! 汚いなぁも〜!」
アラシュの不意打ちのような質問に思わず噴き出した。
それまで何の話をしていたかとか完全に忘れてしまった。
「な、なぜそれを?」
「キャミィちゃんが言ってたもん。『ここだけの話っすよ』って」
ダメじゃん。
内緒の話が翌日には校内に広まってるパターンだよ。
どこまで広まってる?
アラシュは後輩と仲いいから、まだこの子だけか?
「ジャンネやミコルルは?」
私の態度で察するものがあったのか、アラシュは肩を竦めた。
「その二人ぐらいは今頃知ってるんじゃないかなぁ」
私はそれを聞くとダッシュで後輩の元へ向かった。
そして、負けファイターのようにボコボコになった後輩は、今回の恋愛話を胸に秘めると誓ったのだった。




