第四十九話 あなたは誰?(前編)
ツッパリ君ことイリオは私たちを見ると、バッと腰を折って頭を下げるようになった。
「シャーす!」
「ういーっす」
こんなむさ苦しい挨拶に普通に対応できるのはジャンネぐらいだ。
彼と言えばあれからケンカはしていないが、ジャガノス君と相撲したり、チビ呼ばわりしたアラシュに風でぶっ飛ばされたり、何かと上級生に絡んでくる。
もちろん保健室の常連入りを果たし、キュアプリン先生に頭が上がらない一人となってもいる。
意外なことにゾンビッシュ君とは気が合うようで、よく彼に勉強を教えてもらっているらしい。
「おーい、ビッシュ先ぱーい。ちょっと分からねえ問題あんだけどさぁ」
「また君か。この前教えた所、きちんと復習してるんだろうな?」
「まあまあ。いいじゃねえの」
気安く肩を組まれるとゾンビッシュ君はその手を振り払うが、きちんと教科書を広げて体を寄せ教えてやるのだから、悪くない関係なのだろう。
「ハァハァ、バリのワンコで、ネコがタチだわ……」
バラプドールさんが物陰から二人を見て謎の呪文を唱えている。
アルファでオメガがハァハァハァハァ?
オカ研か何かに入ってて黒魔術の開発でもしてるんだろうか。
私はその場を離れて寮に戻った。
ペットの散歩の時間である。
「ミサお姉様。お勉強お疲れ様でした」
「タクララちゃんこそお仕事お疲れ様。レベッカ大人しくしてた?」
「はい。よくお手伝いしてくれるんですよ」
当初は部屋に置いとこうと思っていたレベッカだが、寮生に早々に発見されてしまった。
これはもう捨てなければならないかと思ったが、レベッカはそこで雑巾片手に猛アピール。
私は一人の家政婦です
あら、そうなのかしら?
そんな雰囲気が少しずつ広がって、今ではすっかり一ハウスキーパーとして認知されている。
堂々と寮内を掃除したり、各部屋のシーツを替えたりと働き者の一面を見せる謎ドラゴンだ。
このまま寮内だけで満足してくれると楽なんだけど……
「クワッ!」
散歩をサボろうとするんじゃない
生意気にもそんなことを言ってくるのだ。
寮の外では家政婦だと言い訳できないので、相変わらず鞄に入れて移動、山で放して思い切り散歩させる。
私が修行を終えるまでは勝手に散歩をしているので、山に来たら手間は無い。
終えたらまた鞄に入れてササッと寮に戻り、私か後輩の部屋にドボン。
そうしてようやく私は食堂に行けるのである。
「それで、ミノンさんの様子は?」
「まだ変わらないんです。物憂げな顔して溜息ばかり。周りの人に聞いても『放っといてやんな』って苦笑いされるだけで、何がなんだか分からないんです」
「そうなんだ……じゃあ、今日はちょっと踏み込んで聞いてみようかな」
レベッカを置いて部屋を出た私は、お掃除中のタクララちゃんに話しかけた。
話の内容は、元気の無いミノンさんについて。
長期休暇が終わり食堂も再開されたのだが、久しぶりに見たミノンさんは度々溜息を吐き、遠くを見つめ、食卓に座ると頬杖を突き……
なんと言うかアンニュイ感たっぷりなのだ。
それで仕事が遅れるとか食器を割るとかしないから流石なのだが、彼女を師と仰ぐ身としては心配だ。
「どうしたんですか? 最近変ですよミノンさん」
ミノンさんは野菜を煮込みながら溜息を吐いたところだった。
はっ、とした様子で私に気づいた彼女は目を泳がせる。
「やだねぇ。いつもどおりじゃないか。ほら、このとおり」
彼女が差し出した皿を手に取り、私はゆるゆると首を横に振った。
「いつもどおりじゃないですよ」
そして箸でニンジンのブロックを一つ取った。
「火の通りがバラバラです。こんなこといつものミノンさんでは起こりません」
彼女はニンジンを口に入れると、ぐわっと目を開いて驚きを示した。
「そ、そんな」
「こりゃ重症だねえ料理長!」
「ほらほら、こう言うのは若い子に話した方が気分も若くなっていいもんだよ!」
「話してスッキリしちゃいなよ!」
あれれ、周りのお姉様方は事情を知ってるのかな?
私がミノンさんの顔をじぃっと見ると、彼女は顔を赤くして後ろを向いた。
「余計なこと言うのはやめとくれよ! まったくおしゃべりなオバチャンばっかなんだから!」
「オバチャンだからこそまだ若いアンタが心配で言ってるんだけどねえ」
「そうだよお。花は咲いてる内に生けるもんだろ?」
「アタシらは枯れても味があるけどねえ」
「そうそう!」
アッハッハ、と食堂はパワフルな笑い声で満たされた。
「でも、人に話しても……」
「いいからいいから。騙されたと思って話してみなって。はい、ミサちゃんにはお食事つきだよ」
「ありがとうございます。いただきます」
どうしよう。
話したら解決するみたいな流れになってしまったぞ。
これで何もいいアドバイスとか無ければ、騙された、って失望されてしまうのではないだろうか。
悩みの種のことも全く知らないのに。
学生の居なくなった食堂の片隅で、私はミノンさんと向かい合わせに座った。
「実は」
ドキドキ
「気にな」「恋患いなんだってさ〜。可愛いとこあるだろ〜」
「ちょっとぉ! 何で言っちゃうのさ!! 今思い切って言うところだったってのに!」
「そんなこと言われてもね〜」
「オバチャンはお喋りしたいのよ〜」
こりゃだめだ。
苦手分野じゃないか。
「ちょ、ちょっと待っててください! すぐ戻ります」
僕に三分だけ時間を下さい。
……いやこの決めゼリフはイカン!
ほぼ間違いなく、取り返しのつかなくなった後の話をする時の言葉だったわ!
いいストーリーは多いんだけどさ。
私は全速力で二年生寮まで走った。
「な、何すか!?」
そして姿見の前で可愛いポーズの研究をしていた後輩の首根っこを掴んで、掻っ攫うようにしてまた食堂へ。
食堂に戻る十数秒で簡単に説明は済ませた。
「す、すいません準備完了です」
「キャミィちゃん……? なぜ……?」
すいません、アドバイザーなんです。
こんなんでも私に欠けた恋愛脳を余分に持ってるです。
「最高のオークを知ってるボクを呼ぶとは、お目が高いっすね。大船に乗ったつもりでドンと話すといいっす」
偉そうだなおい。
ミノンさんちょっと引いてるじゃないの。
でも後輩の言葉で目が覚めたぞ。
私だってどこに婿に出しても恥ずかしくない好物件を知っているじゃないか。
よし、心の準備は完璧だ。
さあどうぞミノンさん。
「な、なに? 急に雰囲気が変わったねミサちゃん……」
「ほらほら、ぐずぐずしてたら言い辛くなるばかりだよ」
「〜〜分かってるよ! じゃあ聞いとくれよ!」
それはミノンさんが長期休暇で里帰りした時のことだった。
久々の故郷に帰る彼女の心は複雑だ。
と言うのは彼女は親に反発して家を出たからである。
それでも十七の頃に出てからもう九年。
親や嫁いだ姉のことも気になるし、何とか一人で生きている自分を見てもらおうかとも思えてきた頃でもあった。
名家の子であったためダチョボに乗れる彼女は、風を切ってダチョボを駆りながら不安と期待を胸にしていた。
不安は当然久しぶりの両親との再会がどうなるか、と言うもの。
期待は姉との再会について。
名家に生まれたが故に姉も名家に嫁ぐことを宿命付けられていたが、姉は許嫁と相思相愛であった。
別の名家に嫁ぐことを両親から求められ、相手となる男性が全く好みでなかった自分とは大違いだと思った。
当時はただ羨むばかりで姉の祝福もできず、挙げ句の果てに家を出てしまったが、今なら姉の幸せを素直に喜べる。
自分は結婚こそしていないが、料理と言う打ち込めるものがあり、自分の作った料理を喜んでくれる多くのひとに囲まれているのだと。
結婚する気が無いから子どもは、姉の子を存分に可愛がらせてもらおう。
何人の子がいるのだろう。
不安を心の奥に押し込めて期待を膨らませ、故郷に近づく。
そして故郷に踏み入った彼女は、その変わりように驚いた。




