第八話 自業自得
「お、おう。そう言えば寄進がまだだったな」
顔を引き攣らせ懐を探るリッチマンオーク。
え、そうなの?
お金貰ってないからそんな態度なの?
「無用である」
和尚がピシャリと言い放った。
良かった。
和尚はやっぱり高潔だったよ。
しかし目の前の猪頭は次第に怒りで赤くなり
「なんだと! 我に寺の雑用を申しつける気か! 我は貴族、エドワルド家であるぞ!」
大激怒である。
「関係ない。やれ」
おっと思いのほか厳しい和尚の言い方。
目の前に人がいようがタクシーを突っ込ませるような冷徹さを感じるぞ。
ますます怒る貴族様。
ちょっと、その辺の身分差とか大丈夫なのかな。
無礼討ち採用してないよね?
不敬罪とかないよね?
あの和風の武者鎧からすると、ハラキリ文化があってもおかしくない気がしてきたぞ。
はわわ、切腹はイヤじゃ。
「ふんがぁぁ!」
我慢の限界じゃい、と言わんばかりにトンダーソン氏がその巨体で和尚に襲いかかってきた。
和尚は小さいから、まるっきり大人が子どもに、本気で飛び掛かってるみたいに見える。
和尚逃げてえ!!
しかし和尚はその体格差を逆手に取って豚野郎の懐に潜りリバーブロー一発。
おおっと、豚野郎リバース。
昨日差し出した味噌汁が吐瀉物となって戻された!
くそぉ、掃除するの私なんだぞ。
拳法殺しみたいな脂肪しといて、パンチ一発で撃沈とは情け無い。
あ〜あ……うい!?
渋々雑巾を取りに行こうとした私の目に映ったのは、立ちあがろうとした豚マンにヘッドロックをかけ、頭をゴスゴス殴る和尚だった。
せ、折檻……リアル折檻や。
このゴブシム容赦せん!
とは言っていないが無言で殴る和尚、ちょっと怖いよ。
オ、オークさんボタン連打レバガチャして早く脱出しないと、ほら。
怖れる私たちに気づいたのか、和尚は拘束を解き深く一息、手を合わせ一礼した。
「これでよし」
何が!?
え、今の行為に何か宗教とか治療とか、ひょっとしてそんな意味が含まれてたの!?
ただの暴行を、私たちの教育に悪いからって誤魔化そうとしてないよね?
「は……わ、我は何を?」
おや?
「戻られたか。いや、乱暴なまねをして申し訳ない。何分精神治癒系の魔法は修行中ゆえ。客人への無礼は、拙僧への罰のみで許していただけまいか」
「罰などとんでもない! 礼こそ言わねばならないのに」
右の頬を叩かれたら左の頬を差し出す的な?
ありがたいゲンコツだったのかね?
「マゾっすね」
それは違うと思うな。
自信満々なところ悪いけど。
それはさておき私は疑問の解決を和尚に要求した。
「我が説明しよう」
憑き物が落ちたようなトンダーソン氏が賢者顔を向けてくる。
「小坊主たちよ、無礼を働いて済まなかった。我はどうやら思考と感情に悪作用を及ぼす魔法をかけられていたようだ。これは……」
ちょっと待って。
その話長くなる?
「そ、そうだな。説明しようと思えば」
なら先にアレ掃除しないと。
悪臭の元、腹打ちゲロですよ。
私の指摘で、トンダーソン氏も和尚も小さくなって掃除道具を取りに行った。
バケツに水を汲んで、掃除しながらトンダーソン氏は語った。
「我に魔法をかけた下手人は、恥ずかしながら身内の手の者である」
トンダーソン家で兄弟ゲンカが勃発。
行き過ぎた兄弟ゲンカは、最終的には弟が魔法をかけられ放逐された。
どこに行っても偉そうに振る舞う自称貴族は厄病神同然。
各地を当ても無く彷徨う羽目になり、最終的に彼を折檻の刑に至らしめた。
悲劇ですな。
そのケンカの原因はよくある跡目争いだそうです。
ところで和尚が何故トンダーソン氏の異常に気づいたかと言うと。
「オークは自らのことを貴族ではなく、豪族と言うのだ。精神的に何らかの誘導もしくは制限をされている可能性を考えた」
ヒュゥ、物知りぃ、痺れるぅ。
「ご慧眼畏れ入る。お陰で助かった」
トンダーソン氏も和尚の博識に感心しておるわ。
そんなこんなで手を綺麗に洗い終わるまでには、私たちとトンダーソン氏との心の距離は、少し近づいていた。
共同作業の力は偉大である。
今は後輩とトンダーソン氏とで一緒に芋洗いをしている。
「凡人種を見分けるのは苦手だが、坊主は可愛い方ではないか?」
「キャミィっす。間違いなく可愛いっすよ」
子どもだから許される言葉を臆面無く吐き出す元男子。
あれだけの暴言を放った事実も洗い流そうと言うのか後輩よ。
どうやらトンダーソン氏、魔法の影響を受けていた当時の記憶もしっかり残っているらしいが、後輩の暴言は荒ぶっていた自分の責任だと思っているみたい。
いえいえ、あなたの姿を見た瞬間に腰を抜かした事実を覚えてないのですか?
後輩も蒸し返すつもりはないようだ。
その上自分のことを可愛いと他種族に刷り込もうとしている。
ずるい。
魔法の影響下にあったトンダーソン氏だが、後輩の無礼にも乱暴を働かなかったのは彼の性格に依るところが大きかろう
――とは和尚の言だ。
もしくは放浪の内に魔法の効果が低下してきたか。
私たちにとってその性格は好ましいものだ。
ところが当のトンダーソン氏にとっては、そうではないらしい。
「我にも一人の漢として強く在りたいという願望はある」
暗く不気味な夜の寺の廊下、トイレに立った私は、ふと聞こえてきた大人二人の声でつい足を止めた。
おっと、聞き耳を立てるのは品の無い行為だ。
私はその部屋から意識を逸らし通り過ぎようとした。
「力が欲しいか?」
そこに現れる下品な後輩。
聞く気満々である。
首根っこを掴んで引きずって行くか。
「聞きたい聞きたい、聞きたいっす!」
抵抗するんじゃないの!
「む?」
ほら、気配を感じたっぽい和尚が腰を上げたぞ。
「あわわ!」
あ、コラ!
後輩はゴキブリみたいに素早く這って、隣の物置き部屋に潜り込む。
私も同じ場所に逃げざるを得なかった。
慌てて入ったのは掃除道具なんかを納めた狭い部屋。
和尚には見つからなかったが、下手に身動きを取ると箒とか倒れてきそうだ。
結局私はトンダーソン氏の告白を、薄壁を隔てて聞くことになった。
慎重に動いて何とか物置きを脱した頃には、話の大筋が理解できてしまっていた。
「女っすか〜。案外軽薄なオークなんすかねえ?」
スパーン
後輩の頭が揺れる。
軽はずみに人の抱える悩みを批判するんじゃないよ。
だがまあそう言うわけだ。
トンダーソン氏が故郷を追われたのは、兄との跡目争いに負けたことである。
だが彼が兄と争ってまで家を継ぎたいと思ったのは?
それが色恋にまつわるものだった、ということだった。
トンダーソン家の後継者に嫁ぐことになっていた他氏族の娘(仮称A子)、彼女にトンダーソン氏は惚れてしまった。
……トンダーソン家にトンダーソン氏って紛らわしいな。
でもエドワルドってイメージでもないし。
なんか適当な呼び名でも考えとくか。
エドワルド、E……あ、今また何か引っかかったぞ。
くっ、しかしまだもう一押し必要だな。
まあいい、今はそれよりA子のことだ。
うちのE氏はトンダーソン家の跡を継ぐことで、A子を手に入れようとしたのだ。
ところでE氏の兄上とやらは中々に出来た人物で、E氏が優秀なら、自分に代わり跡継ぎとなるのも吝かではないと思っていた。
ところが色恋に目の曇ったE氏は、優秀さをアピールして勝負するのではなく、謀略を用いて兄を蹴落とそうとした。
卑怯に走り、一族の不和を生み混乱を齎す弟に、家族は追放を決意。
本人への罰と他への見せしめのため、思考を制限したり精神の悪性部分を増幅するような魔法をかけ、お里から叩き出したのである。
そりゃ、里の権力者が混乱を招くようなことをすれば、粛正されてもしょうがないよね。
で、E氏が和尚に相談してきたのは単なる懺悔ではない。
ここからが本題である。




